第22話強行突破

「センターが……」 


 イーサンは、目を見開いた。


 ラシルと共にセンターに近づいたが、四角いセンターはおびただしいゾンビの群れに囲まれていた。隙間無くあるまるゾンビに、イーサンは絶句していた。


「ここでは、ゾンビでもあつめていたのか?」


 ラシルの言葉に、イーサンは首を振る。


「そんなわけないだろ」


「だな。このゾンビは、何に対して集まっているんだか」


 ラシルは考える。


 ゾンビは、大きな音に集まる傾向がある。だが、ゾンビが集まるような大きな音など、この場にない。


「まるで、集団戦だ。絶対に敵わないものに、集団で挑んでいるみたいだ……」


 イーサンは、そう呟く。


 ラシルもそう思ってしまった。


「ゾンビにそんな知能はないだろ」


 だが、理性が直感を否定する。


「ゾンビは、脳死した人間の遺体をウィルスが動かしてる……本能的なものはあるとは思う」


 イーサンはそういうが、ラシルは皮肉げに笑った。


「センターのなかにゾンビの天敵でもいて、ゾンビたちはそいつを倒そうって集まってきたのか?バカらしいぞ」


 ゾンビには、天敵らしい天敵はいない。


 いや、やつらに噛まれてもゾンビにならない獣人こそゾンビの天敵であろう。だが、ゾンビは獣人を恐れたりはしない。


「普通に考えれば、センターに音を発する何かがあるんだろ。問題は、俺達がどうやって中にはいるかだな」


 センターの周囲は、ゾンビに囲まれてしまっている。


 正面から入るのは、不可能である。


「センターには、念のための脱出通路がある。そっちを使えれば、入れると思う」


 イーサンは、ラシルをそちらに案内する。


 脱出経路とイーサンがいったのは、昔の下水道であった。暗いし、狭い。もしも、このなかにゾンビがいたら、簡単に追い詰められてしまう。


「おい、お前は夜目は効くのか?」


 ラシルは、そんなことを尋ねた。


 イーサンは首を傾げる。


「あんまり……でも、鼻なら効くから」


「暗闇で、それだけを頼るのは不安だな。先に、俺が入る。おまえは、後に続け」


 ラシルの言葉に、イーサンは戸惑う。


「でも、道とか……」


「脱出のための通路だから、ほぼ一本道だろ。案内なんているか」


 それでも、イーサンは心配そうな顔をしていた。


「もしも、なかにゾンビがいた場合は連戦になる可能性もある。それに、猫が得意の奇襲だって、通路じゃつかえない。俺が先に行ったほうがいいと思う」


 イーサンは譲らなかった。


 恐らくは、本気でラシルを心配しているのだろう。あるいは、自分の我侭でラシルを危険にさらすのが嫌なのか。今更だな、とラシルは内心思った。


「狭い通路で、嗅覚だけじゃ不安だ。猫の視力をなめるなよ」


 たしかに、夜目は猫のほうが利くだろう。


 それでも、不安になる。避難通路が安全である保証などは無く、ゾンビだけではなく人間との遭遇も考えられる。危険だからこそ、イーサンは自分が先に進むべきだと思った。


「イーサン。おまえは、俺が死んでも絶対にシリルとセナを奪還しろ」


 ラシルは、イーサンにそう告げる。


 イーサンはつかの間、言葉を失った。


「そんな……」


 呆然とするイーサンの肩を、ラシルは叩く。


 恐る恐るラシルの顔を覗き込むと、ラシルは笑っていた。


「それぐらいの覚悟でいくってことだ。あんまり、気にするなっと」


 ラシルは、通路に入り込む。


 暗いが、猫の目で見えないというほどではない。猫の目も犬の目も基本的な作りはかわりがない。違うのは、猫は犬よりもわずかな光で先が見えるということだけである。


「ゾンビはいないか。人間もいないのは……センターからの脱出が終わっているからか――それとも皆仲良く死んでいるか」


 ラシルは、どちらだと闇を睨みつける。


 ことによっては、無駄足になるかもしれない。


 センターにはシリルはいなくて、ラシルだけがセンターで死ぬかもしれない。それでも、可能性があるのならばラシルはシリルの元へと走りたい。


 だから、向う。


 イーサンは、ラシルを巻き込んで利用していると思っているのだろう。だが、ラシルはそうは思っていない。イーサンがいなくとも、ラシルはシリルやセナを助けにむかった。


 そして、セナやイーサンが生まれていなくとも、ラシルはシリルの元へと向った。だから、これはイーサンがラシルを巻き込んだのではない。ラシルが、イーサンを巻き込んだのだ。


「シリルが、簡単に死ぬわけがないしな」


 そうやって、ラシルは自分を鼓舞する。


 もう一度会える、その希望が足を進ませる。


「随分と信頼しているんだな」


 ラシルの独り言に、イーサンが尋ねる。


 まさか声をかけられるとは思わず、ラシルは一瞬だけ言葉に詰まった。


「……そうだな。あいつは遠慮がないんだ。血が繋がってない兄貴をいつも本気で殴りやがる」

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