第15話ラシルの虐殺

 ラシルは、歩き続けた。

 シリルとセナを失った。

 人間達に奪われて、ラシルは一人ぼっちだ。この虚しさをラシルは、経験したことがある。自分の身代わりに、シリルが人間に囚われたときの空虚の気持ちだ。

 シリルが無事な場所にいると信じていたころのラシルの心には、核があった。どんな感情にも犯されない、まっさらな核が。だが、今ではその核の輪郭はぼやけている。

 悲しみも苦しみもありすぎて、表に出てこない。

 心のなかに渦巻き、ただ身を焼く。

「どうして……こうなった」

 シリルが、セナを求めたからだろうか。

 だから、人間達にシリルの居場所がバレたのだろうか。

 あるいは、シリルがいつかセナを求めると人間たちには分かっていたのだろうか。

 求めなければ、よかった。

 セナを求めなければ、シリルを失わなかった。だが、セナを知った今では彼女を得られないことなど考えられない。シリルとセナ、二人がいない人生など意味などない。

 ふらふらとラシルは歩く。

 目指したのは、ジーンを倒した場所だった。エイプリルもまだそこにいた。彼らは寄り添うことはせずに、どうすればいいのか分からずぼんやりしているように思えた、エイプリルが、ラシルに気がつき顔をあげる。

 だが、傍らにシリルもセナもいないことに気がついて顔を伏せた。

「……お前を一生許さない」

 ラシルは、ふらふらとジーンに近づく。

 そして、気絶しているジーンの胸倉を掴んだ。

「人間の飼い犬になったお前を許さない!」

 ジーンは、全ての獣人の未来を哀れんだ。

 人間と共に滅びることしかできない、同胞の種を逝きながらえさせるために人間の飼い犬となった。そのために、あらゆるものを犠牲にしたのだろう。

 ラシルは思う。

 そんなこと、どうでもいい。

 自分達など、滅んでしまえ。

 シリルやセナを犠牲にしての繁栄などいらないのだ。全てのものがなくなり、滅んで、人間と獣たちが嘆いても、ラシルとセナだけが微笑んでいればそれでいい。

「……本当に、そう思うのか」

 目を覚ましたジーンは、ラシルに問いかける。

 ラシルは、ジーンを睨んだ。

 ジーンの様子は、腹が立つほどにいつもどおりだった。

「仲間の全てが滅びさり、この地上が動く死人共に埋め尽くされるのが本当に正しいと思うのか!!ゾンビがいない世界を――はるか遠くの世代に残したいとは思わないのか」

 次の世代では、叶わない。

 次の次の世代でも、叶わないだろう。

 だが、その先ならば叶うかもしれない。この世に動く死体であるゾンビはいなくなり、人間は再び繁栄し、獣人も増えるかもしれない。

「人間は俺達を嫌っている」

 ラシルは、静かに言った。

 人間達は、獣人を敵とみなす。だから、ラシルたちも人間たちを敵とする。このような世界で生まれ育ったラシルには、人間の元で獣人が繁栄するとは思えなかった。あるいは繁栄したとしても、それは元の獣人に戻るだけだ。人間の戦争のために生み出されたソルジャーとして、ただ生きていくだけの種族になるだけだ。

 リーダーを求める犬には、それでいいかもしれない。

 だが、自由を知った猫にはその未来は歓迎できない。

「ジーン。シリルたちは、どこに連れて行かれた。教えろ!!」

 ラシルは、ジーンを地面にたたきつけた。

 だが、ジーンは口を割らない。

「教えてくれ……お前を好いていたシリルのために教えてくれ」

 ジーンは、その言葉に何も答えない。

 エイプリルは、自分の腕をぎゅっと抱きしめていた。

「ラシル……」

「黙ってろ」

「いいから、聞いて!」

 エイプリルは、大声を出す。

 その声に、ラシルはようやく顔を上げた。

「シリルが好きだったのは、あなたよ」

 エイプリルの言葉に、ラシルは呆然とする。

 あまりにも唐突で、現実味のない言葉であった。

「……嘘だ。俺は、あいつの兄だ」

 シリルは、家族だ。

 兄と弟としての愛情の関係しかない。

 そういうふうに、育てたのだ。

「それは、あなたが求めたからよ。シリルは、ずっとあなたのことが」

「嘘だ!!」

 シリルは、ずっと好意を寄せていたジーンの子供だからセナを欲しているのだと思った。

 だから、ラシルはシリルの行為に恐れを感じながらも納得していたのだ。

 だが、根本が違っていた。

 シリルは、ラシルを愛していた。

 セナは恋焦がれた相手の子供ですら、なかった。なのに、シリルは産んだ子供を求める。狂ったように、狂ったように。

 ラシルは、ぺたりと座り込む。

「ははははっ、なんなんだよ。あいつ……」

 理解できない、と改めて思う。

 ただ、産んだだけ。

 一回も顔すら見ていない、ただ産んだだけの自分の子供。

 その子供を狂おしく求めている。

 愛しく思う相手の子供でもないくせに、求め続けている。

「分からない、理解できない」

 それでもだ。 

 ラシルは、シリルを見捨てることなんてできない。

 自分は、望んでシリルの兄になったのだから。

「ジーン、教えてくれ。どこにシリルたちはいるんだ?」

 ラシルは、再びジーンを見た。

「ずっと、おまえたちがよく分からなかったよ」

 自分達はきっと他人から見れば異質であっただろう、とラシルは思う。

 赤の他人なのに、肉親のような顔をして。

 それでいて、肉親には向けないような愛情を隠しあって。

 はたから見ていたジーンには、さぞかし狂った関係であっただろう。それでも、ラシルはそれが正しいと思ったのだ。ラシルは、シリルを自分の子を産む相手にではできなかった。この荒廃した世界では、雄として生きるほうがシリルのためになると思ったのだ。

「ジーン、俺は……俺達は全ての獣人の未来よりも――たった一匹の獣の今のほうが大切なんだ。それを、よく知っているだろ。このまま秘密にしていたら、俺はここでお前らを殺す」

 ラシルは、エイプリルを見た。

 そして、遠くにあるイーサンが襲ったキャンプを見た。

「俺は、殺し続けてやる。お前が救おうとした獣人を、絶滅させるまで全部!!」

 ジーンは、ラシルを睨む。

「お前には無理だ、そんなこと!」

「できるさ。俺を止めるヤツは誰もいなくなるんだからな」

 ラシルは、笑った。

 本気の笑みだった。

 この場でラシルが全員を殺す恐慌に及んだとしても、誰もとめることなどできない。そして、ラシルの耳には何も入らないであろう。

 殺しつくせる。

 友人も、知人も、同胞も、全て殺せる。

 たった二人の肉親のためならば、全てを物言わぬ肉に変えられる。

「ラシル……止めろ。止めてくれ……」

 ジーンは懇願したが、ラシルは立ち上がる。

 ラシルは、そのままキャンプを目指す。エイプリルはラシルに声をかけようとしたが、恐怖で動くことが出来なかった。

 ラシルは、もう笑わない。

 嗜虐が始まった。

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