第14話兄弟の真実
かつて、人間はどんな生物よりも栄えていたらしい。
ジュニアは、その時代を取り戻すのだといった。そのためにセナやイーサンを産ませて、ゾンビを殺すウィルスに感染させたらしい。
セナは、ジュニアやシリアが話していた内容を自分なりに理解しようとしていた。セナが連れてこられたのはセンターによく似た建物だった。立っている場所が違うだけで、作りはセンターと一緒だった。そこでセナは解熱剤を飲まされて、一人で檻のなかに放り込まれている。
誰もいない。
誰も来ない。
セナは、それになれていたはずだった。センターにいたころは、ずっとこうやって一人で過ごしていたはずだった。なのに、今は少しだけ心細い。
ジュニアの計画は、セナやイーサンを野に放つことで完成するはずだった。
あとはセナたちが保有している病原菌にゾンビが勝手に感染し、ゾンビ内でも爆発的に病気が感染していく。さながら、ゾンビウィルスで人間社会が完全に崩壊したころの再現のように。
だが、問題があった。
セナが感染したウィルスも、イーサンが感染したウィルスも、ジュニアが想定した威力にはならなかったのだ。イーサンのウィルスでは弱すぎて、セナのウィルスでは強すぎる。セナのウィルスに感染したゾンビは歩き回ることも無く、すぐに死んでしまう。ジュニアはゾンビが歩き回り、自分達で感染を広げていく図式を理想とした。だが、その理想には一歩とどかなかった。
セナ達が感染させられたウィルスは、ゾンビウィルスと似た多くの特徴を多く持っている。菌保有者を独占するために体内で無限に増え続け、外部からやってきたウィルスを駆逐する特徴だ。
アンチゾンビウィルスは、ゾンビウィルスを駆逐するほどの強い感染力を持つ。そして、ゾンビの肉体に発熱などの症状を起こして完全なる死へと至らしめるのだ。
だが、それは同時にセナ達が他のウィルスには感染しないということも意味する。すべてのウィルスは、アンチゾンビウィルスによって駆逐されてしまう。
セナ自信も、アンチゾンビウィルスによって危険にさらされる。セナは、ゾンビに噛まれることで発熱する。アンチゾンビウィルスが、体内に侵入したゾンビウィルスを殺そうとするための一時的な反応である。だが、体の弱いセナにとっては、この発熱が致命的なものになる。長生きはしないだろう、セナは自分自身の体にそのような思いを抱いた。
「セナ」
檻の外から、声がした。
それは、若い男の声だった。
イーサンとジュニアに呼ばれた、獣人だ。大きな耳にふさふさの尻尾の犬の獣人は、少しばかりセナを心配そうに見ていた。
「熱は下がったな」
イーサンは、ぶっきらぼうに尋ねた。
セナは、頷く。
なんとなくだが、イーサンはラシルに似ていた。ラシルも変なところで不器用だったから、そう感じるのかもしれない。
「……俺のことをなにか聞いているか?」
イーサンは、セナに尋ねてきた。
セナが元いたセンターでは、ほとんどなにも教えられてはいなかった。自分のことも、センターのことも、ゾンビのこともだ。感情だって、自分ではほとんど学べなかった。
「聞いてない」
セナの言葉に、イーサンの尻尾と耳がたれた。
表情に感情は出ないが、尻尾と耳に感情が出るタイプらしい。
「俺は、おまえの兄だ。お前を産んだ母親と俺の母親は、同じ人だ」
セナは、目の前にいる犬の男をぼんやりと見つめた。
「年、すごく違う」
イーサンは大きすぎて、シリルたちとほとんど同年代に見えた。だが、セナの言葉を聞いた途端にイーサンは唖然としていた。どうやら、セナの言葉にかなり驚いたらしい。
「……こうみえて、十三歳だ」
イーサンは、若干恥ずかしそうに答えた。
セナは猫にしても小さなほうだが、どうやらイーサンは体が大きくなるタイプの犬らしい。きっと、父親は違うだろうなとセナは思った。セナは小さいのだ、両親もきっと小さな固体に違いない。
「俺は、おまえのことを聞かされていた。ずっと、妹に会いたかった」
イーサンは、そう言った。
どこか、ほっとしたような顔だった。
その顔には見覚えがあった。
シリルだ。
最初に会ったシリルも、セナを見た途端にほっとしたような顔をしていたのだった。それが無性に懐かしくなった。
泣きたいような気持ちになった。
大きくて、黒くて、似ているところなんて全くないのに、イーサンを見ていたらシリルを思い出してたまらなかった。気がついたときには、セナはもう檻のなかにいた。シリルがどうなったのか、分からない。
シリルが恋しい。
「なっ、泣くな!」
慌ててイーサンが檻の隙間から、ハンカチを渡す。
セナは首を振る。
「泣いてない」
「泣いてる!何が怖いんだ。俺がいるから、独りじゃないぞ」
イーサンは慌てていた。
だが、その言葉は響かない。
シリルがいなければ、一人だ。
「シリルは……怪我してない?」
「してない!」
イーサンは力強く答えた。
セナがほっとすると、イーサンも何故かほっとする。
「センターからお前を攫った猫なんて、どうして心配するんだ?」
イーサンは、かつてのセナと一緒だった。
センターしか、知らなかった。
人間に従い、いいように扱われることしか知らなかった。
「だって……」
セナは、そのとき初めて上手く説明できないと感じた。
家族だ、とシリルはセナに対して言っていた。だが、セナがシリルを心配する感情は、そんな一方的な情報が原因ではなかった。
「それにしても、シリルか……」
イーサンが呟く。
その顔には、どこか慈しみがあった。
「俺達の母親もシリルって名前だから、情が沸いたのかもな」
その言葉に、セナは目を丸くした。
ずっとバラバラだったパズルが、はじめてピタリとはまるような感覚であった。
「は……母親だったんだ」
セナをずっと求めて、手を伸ばしていたシリル。
両性のシリルは、子を三人孕んだといっていた。
そのなかの一人が自分だったことに、セナは初めて気がついた。そして、後悔した。
セナは、シリルに母親としては彼を受け入れられないと言った。
ものすごく、残酷なことを言った。
あのとき、シリルはどんな顔をしていただろうか。
セナには、思い出せない。
「う……」
セナは、涙をこらえた。
あのとき、シリルは泣かなかった。実の子供であるセナに、ありのままもシリルでは母親として見られないと言われても泣かなかった
だから、泣けないと思った。
どんなに後悔しても、泣いてはいけない。
時は、戻すことなどできないのだから。
「ど、どうしたんだよ」
イーサンは、再びオロオロとし始めた。
「あなたの母親は、シリルなのよね……」
「あっ、ああ!」
セナに話しかけられた、イーサンは大げさに答えた。
セナの目から見ても、イーサンは自分の扱いに戸惑っているようであった。どのように接していいのかわからず、ただ泣かせたくないとは思っている。なのに、セナは泣いてばかりいる。
「シリルは、母親なの……」
「ああ、俺たちの母親はシリルって名前の雌で――」
「違う」
セナは首を振った。
「シリルは、両性体。雄でもあって、雌でもある。私たちの母親は、シリルなの」
イーサンは、唖然としていた。
自分と戦った、猫。
それが母親である、とイーサンは言われたのだ。しかも、イーサンの目にはシリルは雄にしか見えないであろう。無理もない、とセナは思った。
シリルは、雄らしく振舞う。
近くにいなければ、彼の雌らしいものを発見するのは不可能に近い。そして、そんなシリルが母親だといわれるのは衝撃的だろう。
「シリルは子供を三人産んだといってた。一匹しか育っていないと思っていたけど」
だから、シリルはセナだけに固執した。
イーサンは、言葉を失っていた。そして、恐る恐る口を開く。
「俺達には、姉がいた。もう、いないけど」
「……」
セナは、目を瞑った。
悲しみが心の底から、わいてきた。だが、それは自分自身の感情というわけではなかった。見たことのない姉を哀れんだわけでもなかった。
シリルの気持ちになったのだ。
子を亡くした母の気持ちを想像し、セナは悲しんだ。狂気すら感じるほどに、子を思うシリルである。三人のうち二人が生きていたとしても、一人が死んでいればシリルは悲しむであろう。
その悲しみをセナは想像する。
だが、理解はできない。
子を亡くした親の気持ちなど、当事者でなければ理解などできない。
「どうして、姉は死んだの」
「毒性が強すぎた初期のアンチゾンビウィルスに感染させられたせいだ。本当に……あいつが、俺達の母親なのか?」
イーサンは、未だ信じられないようであった。
「本当」
証拠があるわけではない。
それでも、セナはそう信じていた。
盲信である。
シリルが証拠もなくセナを我が子と信じたように、セナも証拠もなくシリルを母親と信じた。だが、イーサンは信じられなかった。
「証拠……証拠を探す。あいつが昔センターにいたなら、なにかしらのデータが残っているはずだ。血液型でも何でもいい。俺達との関係性を探す。そうじゃなきゃ、俺は受け入れられない」
イーサンは、セナの前から消えていった。
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