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 記憶の中で、若い父と母が訊ねる。

「大きくなったら何になりたいの?」

 ぼんやりとした姿の両親は、確かに笑みを浮かべている。

 優斗は、胸を張って答える。

「ぼく、映画を作る人になりたい!」

 それを聞いた両親はきっと、さらに笑顔になった。そして「すごいね」と優しく頭を撫でてくれた。

 記憶は少し鮮明になり、母の顔も背景もはっきりとしている。色合いも鮮やかだ。しかし、どこか作られたような感覚がある。自分の記憶というより、そう、フレームのないテレビ画面を観ているかのようだ。幼い頃の記憶よりも真実に近いはずなのに、なぜかリアリティが感じられない。

 母は微笑んではいなかった。ため息さえついた。明るい自宅のリビングだが、電灯は点いていない。

「あのね優斗、いつまでもそんな夢みたいなこと言ってないで、ちゃんと勉強しなさいよ。塾に行ってせっかく翠丘に入れたのに、ついていけてないじゃない。ここでしっかり挽回しておかないと、大学受験に間に合わないわよ」母はもう優斗から目を逸らしている。「映画監督なんて、そんな不安定な仕事で食べていけるわけないじゃない」

 画面は一瞬で父の顔を映す。いつの間にか、背景は夜だ。室内は電灯の灯りに白く染まっている。

 父親は少し笑みを浮かべている。微笑んでいるのではない。うすら笑いだ。

「無理に決まってんだろ」いつものように缶ビールを一口飲み、テレビ画面に顔を戻す。映っているのは、きっと野球だろう。「お前、そんなので食っていけるやつなんかほんの一握りしかいないんだぞ。映画監督なんか無理無理。やめとけやめとけ」

 優斗は確かに監督という言葉を出したが、本当は映画作りに関わることができれば、監督に拘ってはいなかった。だが、あまりにもショックで、それすら言葉にならなかった。食べていける、いけないという次元の話ではなかった。だが、その魔法のような概念よりも、現実的な理由はなかった。

 小さい頃は「夢を持て」「なれるといいね」「きっとなれるよ」と言っていたのに、なぜ少し大きくなっただけで、逆のことを言われなければならないのだろう。自ら持たせた夢を自ら潰すというのは、どんな気持ちなのだろう。そうではない親もいると聞いている。おそらくスポーツ選手などは、子どもの頃のまま、親が応援してくれたはずだ。親の協力がなければ、プロの選手にはなれない。本人たちも、インタビューなどでいつも言っているではないか。

 では、俺が今映画監督ではなく、地元の小さな会社に勤めているのは、親が応援してくれなかったからなのだろうか。プロ野球選手になれなかった松崎は、親に反対されたのだろうか。

 そんなはずはなかった。優斗は確かに選択をした。高校の勉強についていくために努力したし、大学受験にも本気で挑んだ。就職活動には映画製作会社を候補に入れなかった。大きな企業は全て落ちたが、拾ってくれた地元の会社はアットホームで居心地が良かった。

 良い映画を観ると胸を締め付けられるような感覚になる。

 意識して呼吸をして、早く寝ようと急いで歯を磨かねばならなくなる。

 瞼に浮かぶ感動と、仄かな光のようなものを、力を込めて闇で塗りつぶさなければならない。

 優斗は、そうしなければならない。

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