第8話 少し成長した僕の日常 - Ⅴ -


- 亜空 -


僕が目を開けるともう見慣れた鳥居が視界に映る。


鳥居とその先に見える社、さらに先に居るであろう神様に向かって一礼をする。


僕は参道を歩き進め、二礼二拍手の作法を取り声を掛ける。


「ウカノミタマノ神、本日も無事一日を過ごす事が出来ました。

 こちら"オレンジキーカ"が手に入りましたので、どうぞ御納めください。」


僕はそう言って、キーカを狐像の前にお供えする。


”こんばんわ、トキ”


”まぁまぁ、キーカみかんではありませんか!”


”こちらの蜜柑は甘さ控え目ですっぱくて美味しいです”


”よく持ってきてくれました”


そんな声がどこからともなく響くと、お供えしたキーカが突然無くなった。


「喜んで貰えたなら、良かったです。

 もう旬の時期が終わりに近づいているから、市場でも少なくなってるみたいで今日はラッキーでした。」


”今回のキーカも非常に美味しいです”


”ふふふ、魔力も多少貯まりましたし何か作りますか?それとも亜空を拡張しますか?”



『自分から魔力消費を進めてくなんて!

 今日のキーカは当たりだったみたいだ。』


僕は苦笑しつつ、亜空を見回す。


初めて来た時は何も無かった空間との変化を確認する。



 元々存在していた空間を囲む様に柵が出来、さらに柵の周りが水路となっている。

出入口用の陣から北側に橋(水路)→鳥居(柵)→参道→社の順となっている。


『未だにどこから水が来て、どこに流れていくのかさっぱりわからない』



 また、陣の西側に畑が広がっている。

大きさは15m×15m程度の広さがあり、一角に休憩所兼道具保管兼収穫物一時保管庫を兼用した小さな小屋が出来ている。


『さすが豊穣の女神様が居る空間だけあって、成長も早いし品質も良い(と思う)』

 

 今は神様から種を貰った大豆、小麦、砂糖大根を育てている。

他に調合用に薬草等を少し育ててみている。


『そろそろ、ウカ様のために"米"に挑戦してみるのも良いかもしれないな。

 いつか"稲荷寿司"ってやつを作る約束しちゃったし』


 

 陣の東と南側は未だ何も存在していない。

将来的には南側に住居兼調合室を建てるのが一つの目標だ。


 

 最後に社の後ろに存在している木を見る。

今の季節は咲いていないが、白から橙の季節に変わる頃に満開の花を咲かせる"桜"の木。


『去年見た満開の桜は綺麗だったな。

"ウカ様"の言う通り、亜空を夜にして光の魔法で照らした時なんて幻想的だった。

タイムでは"桜"は見た事無いけど、"らいとあっぷ"は応用出来そうなんだよね。』



 僕は一通り変化した亜空を見回した後も暫く悩んで結果を伝える。

基本的に"ウカ様"は、求められれば助言をくれるが、自分で悩んで出した結果を尊重してくれる。


「せっかくなので、西側の奥をさらに拡張したいです。

 前に話をしていた辺りを拡張して、水路から水を引ける様にして、"米"作りに挑戦してみようと思うんだ。

 今から挑戦すれば、成人13歳までに食べられる"お米"を作れる様になるかもしれない。

 そうだ!米作りを始めたら、南側に空間を拡張して家畜を飼うとかも良いかもしれない!

 確か前に貰った本に、米は家畜の餌になるって書いてあったはずだ、、

 いや、流石に米だけじゃ家畜の餌は足りないか、、う~ん」


 僕はその場に座り込んで、あーでもないこーでもないと悩みだす。



神様が少し呆れの混じった声色で僕に語り掛ける

”私が色々本を渡した事も原因の一つですが、もう少し幼子らしくやりたい事をやっても良いのですよ?”

 

”いや、農家の幼子としては理想的かもしれませんがね”


”それに、本の知識だけでは実際の栽培は難しいと大豆等を育ててみてわかっているはずです”


”米に挑戦するなら、まずはそちらに集中しなさい”



 僕はこの三年間でやった栽培の難しさを思い出し、頭を振るう。

「ウカ様、ありがとう。

 今回は西側の奥を拡張と水路の延長をお願いしたいんだけど、魔力は足りる?」


”ふふふ、いいのですよ”


”拡張と水路延長は問題ありません”


”明日までにやっておきましょう”


「ありがとうございます。

 それじゃ、畑の様子を見てきますね!」


 僕は一礼して畑の方に向かって進む。



”怪我等しないように”


”昼間に雨を降らせましたので、水やりは不要ですよ”


 鳥居を抜けた僕は、社に向かって手を振りつつ返事を返す。

「はーい!」


『最初はこんな気安くて問題無いのか不安だったけど、流石に毎日一緒に過ごすと近い存在に思えちゃうな』



 畑についた僕は、作物の成長の具合を確認して回る。

まだこの時期は収穫できる物も無く、確認だけで終わってしまう。


 水やりも必要無い様なので、最後に使えそうな薬草を採取し、小屋の屋根の下で天日干しの準備をする。

前回干した薬草が良い感じになっていたので、代わりに袋にしまい込む。


これ干した薬草は後で魔力液に直接漬け込んでおこうかな。

 いや、一部別の壺にいれて、ディルク神父から貰った"ティグリスの角"の細粉を混ぜてみて効果が変わるか検証してみようかな。

 確かティグリスの角は大地の魔素と相性が良いはずだから、回復に地属性の補強が追加出来れば前衛の人の生存率があがりそうだし。』



 僕は考えをまとめつつ手を動かし、ウカ様おすすめの白い板ホワイトボードに記録を書き留めていく。


『ウカ様おすすめらしいから魔力で変換してもらったけど、これホワイトボードを売るだけで一財産稼げちゃいそうなくらい凄いよね。

 地球って場所は魔力が無いらしいけど、便利な物が多いんだよな。』


 

 最後に畑の状況の記録を書いて、僕はペンを置いた。

ワームの魔石の細粉を調合した栄養剤を使った作物の成長が特に良さそうなので、ディルク神父に素材を依頼する事を忘れない様に頭の隅に書き留める。


『ウカ様曰く、魔力が無いから化学(科学)が発展したらしい世界。

 魔力がないんじゃ、農作物を作るにしても"畑を土属性の魔力で整えれば良い作物が育つ"って言うエルダーの常識とは違ってくるのは仕方ないか。』



 作業が一通り完了した後は、読み終わっていない本地球の農作物に関わる本を持ち出し、桜の木に寄りかかりながら読書をする。

今日はあと少し亜空に居ても大丈夫だと、今までの経験でわかる。


『最初の難関は"土"作りだ。

 一応前から本で読んで考えていたけど、実際やってみないとわからないな』




穏やかな時間が過ぎていく。


だいたい僕の毎日の締めくくりは本を読む事で終わる。


エルダーでは本を買う事なんて高くて出来ない。


貸本屋はあるが、それでも僕には高い。


教会にある本も時間を見つけて読ませて貰っているが、農作物をここまで研究している本を見た事がない。



僕は毎日”今日はもう寝なさい”と怒られるまでのんびりと飽きる事無く読書を続ける。






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