第6話 少し成長した僕の日常 - Ⅲ -


-魔法の教会裏 [宿舎]-


 僕が所属している魔法の教会裏には独身者用の住まいがある。

僕の様な孤児上がりや、賃金を稼ぎにくい見習い神父が住んでいる。


 また、ローテーションを組んで神父様が一人か二人泊まっている。


 基本的に夜間は教会も灯を落とすが、魔獣等の突発的なアクシデントが発生し、対応を取る必要が出た場合の備えも兼ねているため格安で住居を提供している。


『本当に寝るだけの設備しかないんだけどね。

 それでも一応一人部屋を貰えるんだから、僕にとっては非常に助かるとしか言えない。

 むしろ、ここ以外で生活を送っていけるだけの稼ぎがまだないから、出られないに近いのかな』


 そんな風に考えながら、僕は宿舎の入り口には向かわず、宿舎の周りに仕掛けた罠の状況を確認していく。


 この罠は司祭様の許可を得て、対ベルガ師匠様に仕掛けている物だ。


--------------------------------------------------------------------------



 全ての教会で【(下働き<)見習い神父<神父様<司祭様(各教会のまとめ役)<司教様(地区のまとめ役)<枢機卿様<教皇様】という大枠の呼び方は共通している。

実際はもっと細かく分けられるけど、式典等に出席しない限りは大枠の役職を使うのが一般的だ。



--------------------------------------------------------------------------



 これは、上司が部下の問題を認め、下働きの僕に罠を作成しても良いと許可を出している事となる。

本当に柔軟な司祭様でよかったと思う。



『師匠は注意しても、酒癖だけは治らないからな』


 僕はさっきミント婆さんの所で作った、即効性のある酔い覚ましを罠に仕掛けていく。



 わざわざ、宿舎に罠をしかける必要があったのは、僕のスキル吸魔とベルガ師匠の酒癖の悪さが原因である。

昔から師匠は酔っては、ふらふらと宿舎や教会にきて無差別に魔法を唱えては床で寝ている事を繰り返していたそうだ。

師匠の得意な魔法が"封印"や"解呪"といった部類が多いため、今までは朝起きるとスキルが"封印"されてしまっている人が続出し、"解呪"持ちが朝から忙しくなる程度の被害しか発生していなかった。


 それでも大問題なのは変わらないが、人命に関わる問題は発生してこなかった。


 ところが、"吸魔"封印状態の僕が寝ている間に"解呪"を受けると、吸魔が完全開放されてしまう。

さらに、魔力開放状態の師匠が同じ建屋内で寝てしまう事で、空中の魔力濃度が上昇してしまう。

"亜空"スキルがあるお陰で普通の吸魔持ちより余裕があるとはいえ、吸魔開放と魔力濃度の上昇が合わさり、睡眠中に亜空に送っている魔力量より吸魔で増える魔力量が上回ってしまう。

魔力の増加が多い状態が続くと、"魔窟病"という限界値を超えて魔力を取り込み死に至る症状が発症する事を僕は身をもって知った。



『初めて朝起きて死に掛けていた時は、本当に終わりだと思った』


『見回り強化だったり、部屋に結界を張ってみたり色々やったなぁ』


 この感想で察して頂けるだろうが、僕が死に掛けたのは1回じゃない。

流石に見かねた司祭様と相談を行い、現状の酔いを強制的に覚ます方法を採用している。


 "調合技術"・"罠作成技術"と魔法教会に所属しながらどこに向かっているのかわからなくなる時もある。

それでも、将来物作りをしながら、街中でのんびり暮らしたい僕にとっては調合技術は非常に有用で、今後も力を入れていこうと思っている分野だ。

色々修行を付けてもらっているが、やっぱり僕は戦う事は苦手で、隠れたり逃げたりする技術の方が得意だったりする。



『よし、罠設置完了っと』


「最後に【罠注意】の立て看板を準備して、さっさと寝る準備しちゃおう」




-魔法の教会 宿舎 [トキトの部屋]-



 ベットと小さいクローゼットが一つしか無い部屋。

正確には、ベット以外に何かを置くスペースが無い位の部屋。


 罠の設置後に、日課の夜の祈りを実施し寝る準備も終わり、僕はベットに横になった。

帰り掛けに売っていた"オレンジキーカ"というほのかに甘酸っぱい果実を持って。


 僕は目を瞑りながら、言葉に出す事が出来ない独り言を呟く。


『キーカは柔らかいから潰さない様にしないと、"ウカ様"が好きだから見付けると買っちゃう癖がついてるな』


『いっそ苗でも買ってきて、育ててみようかな』




彼が寝息が立ち始めると、手に持っていたキーカは消えていた。



------


----


--



- 5年前 スキルの儀の夜 [亜空] -



ぼくの前には木で作られたと思わしき、赤い門がある


その奥に見えるのは、同じく木で作られたであろう小さな小屋


小屋の前方は扉が付いており、開け放たれている


開け放たれた扉の奥に石で出来た狐が鎮座しているのが見える



とても不思議な空間だった


それほど広いわけではない


空間の真ん中にある小屋を中心に半径30m程度しかしかない空間だ



教会で感じた荘厳な空気ではない


街の広場の様な活気ある空気ではない



一度だけ入った事のある森の中に居る様な感覚


あの時と違って、死の恐怖も自分以外の生命の鼓動も感じない



「とても静かな落ち着ける森があればこんな感じなのかな?」


空気に圧倒されていた僕は声を出す事で少し落ち着きを取り戻す。



「寝たらいきなりここに居たって事は、セルフチェックで見た"亜空"スキルが発動したって事だよね」


ゆっくりと門を潜り小屋を目指す。


「"亜空"って最初から何か建ってるのが普通なのか?それとも制約スキルだから何か違うのかな」


制約スキルの事を口に出せている状況に気付かないまま、小屋の前に辿り着く。



”よくきました、人の子よ”


「へ…?」


”私の名は"ウカノミタマ"”


”あなたには聞き覚えない無い名でしょう”


”この場合"異世界の神"と言うのがわかりやすいでしょうか?”


”この社と異世界ちきゅうとの距離が遠すぎて、あまり力を行使する事は現状出来ませんが”


”これも何かの縁、今後ともよろしくお願いしますね”



僕が一方的に話を続ける相手の言葉で理解出来たポイントは唯1つ



「…か、かみさま!?」



僕は叫ぶ以外の選択を全て放棄した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る