第5話 少し成長した僕の日常 - Ⅱ -


-スターチス子爵 屋敷-



 火の処理をし、土壁を崩して屋敷に戻り、作業報告のためルーカス執事長の元へ向かう。


 すれ違う仕事仲間にあいさつしつつ進んで行くと、向かっている先から執事長が歩いてくるのが見える。


 僕は頭を下げて礼を取りつつ伝える。

「報告宜しいでしょうか、執事長。

 依頼のありました裏庭の掃除が終わりましたので、報告にあがりました。」


 そんな僕に執事長は穏やかな笑みを浮かべながら答えてくれる。

「お疲れ様です、トキト。

 予想より幾分早く出来た様ですね、ちょうど仕事の様子を見に行くところでした。」


『良かった、課題点の礼が取れているみたいだ。

これが屋敷の廊下じゃなくて、控室の様な場所だったらもっと褒めてもらえたかも。』

僕は心の中で安どの笑みを浮かべつつ、少しの残念だなとも思っていた。



 次のセリフを聞くまでは、



「しかし、服装が少し乱れています。

 それに、汗をかいた影響でしょうが髪がぼさぼさになっています。

 これは減点です。」


「…すみません。」


「ここは子爵様の屋敷です。

 いつ何時お客様がいらっしゃるかわからない場所です。

 常に身だしなみには気を付けるように。」


「…すみません。」


『良かった、これが屋敷の廊下じゃなくて、控室の様な場所だったらもっと怒られていたかも。』

 僕は数十秒前と似てる様で真逆のセリフを心の中で呟きつつ冷汗をかく。



「ですが、あの裏庭をこの短時間で片付けられたという事は、魔法の練度が上がっている証拠でしょう。

 よく頑張りました。

 次回の講義から複合魔法も教えてあげましょう。」

 ここで、少し棘のあった声色が元の穏やかな状態に戻りながら伝えてくるのだからずるい。


 僕はすっかり上機嫌で返事をする。

「本当ですか!?頑張ります!」


「ここは廊下ですよ、少し声のトーンを落としなさい。

 今日は少し早いですが上がって疲れを癒しなさい。

 顔と手を先に洗って、食堂で暖かい飲み物を飲んでから帰りなさい。

 料理長には伝えてあります。」


「ありがとうございます。

 お先に失礼します。」


「はい、気を付けて帰りなさい。

 次回は明後日にきてください。

 その時までに裏庭の確認もしておきます。

 それと、レイアズは奥様と先ほどお出掛けになられました。

 報告は次回の時になさい。」


「次回の仕事前に挨拶に行くようにします。」

 僕は一礼して、道を譲り執事長が歩き去るのを待つ。



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『まだ子供らしい部分も多いですが、3年で礼儀作法が板についてきましたね。』

『もう少し子供らしくても良いのですが、つい仕事中は厳しくしてしまいます。』

『今度控室に甘い物でも準備しておきますか』

そんな事を考えながら、老執事は普段通りの穏やかな表情で裏庭に向かっていく。



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 執事長の視線が完全に外れた頃を見計らって、僕は頭を上げた。

改めて自分の姿を確認すると、確かに髪はぼさぼさで服は汚れてしまっている部分がある。

ため息を付きそうにになるのを、我慢して食堂裏の井戸に向かって歩き出す。


『次から気を付けよう。

 2属性を同時に使えれば、常に風の障壁でガード出来るんだけど、、』





-薬剤師 [ミントの店]-


ちりんちりん


扉を開けると、取り付けられた鈴が鳴る


それなりな音量で鳴ったはずである


僕はカウンターに姿を出さない店主に向かって声を上げる。

「ミント婆ちゃん、屋敷の仕事が早く終わったから手伝いにきたよ」


「なんじゃ、トキ坊かい。客かと思って居留守を使っちまったよ。

 さぁ、寒かったろう。

 暖かい茶を入れるから飲んでいきな。」


 そういいながら一人の若い・・女性が奥から顔を出して手招きしてくる。



 僕は苦笑しつつお決まりとなっているセリフを伝えながら、奥に入っていく。

「毎回ブレないね。

 お客さんの相手もしないとお店潰れちゃうよ。」


 ミント婆さんもお決まりのセリフを返しながら、僕の頭を小突いて茶を入れに厨房に向かっていった。

「儲ける所で儲けてるから問題なんてないよ。

 まったく、子供が金の心配なんてしなくていいんだよ。

 どうせ表からくる客なんてナンパ目的がほとんどなんだからほっときな。」

 


 ミント婆さんの種族は普人ではなく、エルフだ。

大抵のエルフは森の近くに街を構えて暮らす事が多く、森林豊なサーマ公国の中核を担っている種族だ。

一番の特徴は長い耳と長寿であること。

普人種も魔力が多くなると寿命が長くなるが、エルフと比べれば全然短命な種となる。


 基本的に森との共存を好む種であるが、稀にミント婆さんのような変わり者が森から離れた街で暮らしている。

いつまでも若く美しい容姿のためか、本人の言葉通り街にファンも多い。


 僕はベルガ師匠に薬剤師を紹介してもらう際に、凄腕である事と"ミント婆さん"と言う名前と年齢だけを聞いて店にやってきた。

奥から出てきた若い女性に「ミントお婆さんはいらっしゃいますか?」と声を掛けた瞬間殴られ気絶させられた。

僕が気絶している間に、持ってきた紹介文を読んだミント婆さんと自己紹介しあってから、二人でベルガ師匠を闇討ちに行った。


 ボコボコのベルガ師匠を見て満足気な表情で、弟子になる事と今後も"ミント婆さん"で良いと言ってもらえたが、見た目とのギャップで今も違和感が凄い。



 僕がぼけっと強烈な出会いを思い出し終わった頃、戻ってきたミント婆さんと茶を飲みつつ、この後やる作業の打ち合わせ及び指導を受ける。

今は仕上げ前の薬草を乾燥しているらしく、仕上げの手伝いをしていく事となった。

まだ乾燥が終わるまでに時間があるらしいので、棚に置かせてもらっている材料で対ベルガ師匠用の酔い覚ましを作るため作業部屋を借りる。


『師匠もあれだけ呑んでるんだから酒耐性とか付かないのかな?』



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 太陽が落ちきるギリギリ前に製薬作業が完成したので、僕は走って宿舎に向かう。

夕飯もミントばあさんと食べたので、後は帰って寝るだけだ。



街から徐々に灯が消えていく。



今日も街の一日が終わる。


『少し遅くなっちゃったな。』




『早く帰って寝ないと。』




『"亜空"の植物達の世話が間に合わない。』



僕は肉体強化<風>を使い帰路をさらに急ぐ。



僕の一日はまだ終わらない。








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