第17話 始まり

 昨日以上の視線を浴びながら、ミュゲは俯くことなく上級生の廊下を歩いていた。それは、昨日思い出した通行証の件でアルゼアを尋ねるためであり、それ以上でもそれ以下でもない。教室の扉の前で数回深呼吸すると顔を覗かせる。

「すみませーん。アルゼア先輩はいらっしゃいますか?」

彼女の声に教室中の視線が集まり、そしてアルゼアに移動する。彼はミュゲに微笑みかけ、近づいてくる。

「何か用ですか?」

周囲のざわめきが大きくなるのを感じながらミュゲは胸ポケットからカードサイズの封筒を取り出す。

「これを預かってきました。昨日、お忘れになられたようで」

ブランシュの封蝋が押されたそれ。一目見れば彼の忘れ物ではないことは、分かったであろう。だが2人の手元は周囲から良く見えず、会話から推測するほかなかった。

「ああ……これはこれは。わざわざありがとうございます」

「いえ。頼まれただけですから。それでは」

そう言って踵を返したミュゲの腕を取り、アルゼアは彼女に耳打ちする。彼が出を話すと彼女は冷ややかな声で「失礼します」と言い、去って言った。アルゼアは手元に残された封筒を眺めながら自分の席に座り直す。

「アル。新聞部に餌あげるなよ。対応するの誰だと思ってんだ……ん? それは?」

「ああ、ほら研修の件で昨日交渉に行った時に忘れてしまったらしい。わざわざ返してくれたみたいだ」

そう言ってアベリアに見せるようにひらひらとさせる。

「へぇ。じゃあうちじゃなくて、ブランシュ家で研修を?」

「いや、まだ交渉中だよ。今年度中には決まるといいのだけど」

「決まらなかったらうちはいつでも歓迎するからな」

「心強いよ」

そう言ってアルゼアは笑い返した。

「そういえば、新聞部がまたへんな記事書こうとしてるって噂知ってる?」

「変な記事?」

アベリアは少し悪い顔をし、彼に話し始めた。

 ミュゲは憂鬱な顔で中央棟最上階にある生徒会室へ向かっていた。昼休みに彼に通行証を届けた時、放課後生徒会室に来るようにと耳打ちされたのだ。

「ライラは先に帰ってしまうし、ジャスミンとはほとんど交流ないし……。何で最上階なんだろう」

そう言いながらエントランスホールをまっすぐ飛び上がっていく。中央棟最上階への階段はかなり離れたところにあり、吹き抜けの中央エントランスを登るのが一番の近道なのだ。何食わぬ顔でおおよそ10階分の階層を通り過ぎ、天井近くで羽をふわりと広げ、ゆっくりとした動作で生徒会室前の廊下に降り立った。

「すみませーん」

少し気だるそうな声でミュゲは扉を押し室内に顔を覗かせる。夕焼け以外に光源の無いその部屋は、薄暗く重々しい雰囲気を纏っている。

「ああ、どうぞ入ってください」

ミュゲに気づいたアルゼアはそう言い、扉を引いた。

「ありがとうございます」

「そちらにどうぞ」

彼はそう言って、窓側の席を示す。

「失礼します」

既製品の作り揃えられた椅子。背もたれに翼をぶつけぬようゆっくりと座り声を掛ける。彼女が座ったことを確認するとアルゼアは口を開いた。

「試験の結果が芳しくないからと、私に言われましたが本当ですか? 誰に聞いてもあなたの成績が悪いと言う話は聞きません。このあいだの試験がたまたま悪かっただけではないのですか?」

真剣な面持ちで彼は彼女にそう問いかける。豪華だが決して派手さのない、木製の調度品に囲まれたその部屋。夕暮れの赤は壁の紺と溶け合い、夕焼け空を部屋に映す。オレンジの夕焼けに色を飲み込まれた淡いブロンドは白く光り、その羽は陽の光が橙に染める。大きな会議用に設けられた机の短辺、壁にかけられた校旗を背に座るアルゼア。その髪は夕日を受けさらにその金色を濃く、羽は橙と紫の二色に染まっていた。何も知らずにこの光景を覗いた者がいたとするならば、その者はきっと触れてはいけない。そう幹事たちにがいなかった。二人の間にはなんともいえない緊張感があり、重苦しい空気が流れているのだから。

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