第16話
「それは……それでいいんですか?」
「なにがですか?」
「だって、貴女の翼はそんな扱いを受ける様なものではないでしょう?!」
アルゼアは思わずその声を荒げた。
「私だって実家に帰ればソファに座りますよ。ここの使用人に専用の椅子が用意されてるのは、そうする理由があるからです。あるからと言って皆が座るわけでもありません。座らない者もいます。それは、自分で判断してそう行動するのです」
その怒りに釣られるようにジャスミンの声に力が入る。
「失礼します……なんの騒ぎですか」
ティーセットの乗ったワゴンを押してベロニカが室内に入ってくる。
「貴女は……貴女もソファには座らないと?」
アルゼアは彼女に信じられないという勢いで詰め寄る。
「何のことかはわかりかねますが……そうですね、今は紅茶を淹れる仕事がありますから、ソファに座ってしまっては不便でしょう」
そう言うとベロニカは4客のカップに順に紅茶を注いでいく。全員分注ぎ終わると彼女は自分の椅子を取り出し座る。
「それで。なぜ一緒に?」
「お父様に押し付けられた」
「押し付けられた?」
「私が言い出したんです。研修を受けるに値するか判断する条件をくれと」
アルゼアは先ほどのやりとりを二人に説明する。彼の説明を聞くなり、二人は静かに頷きあい、ミュゲを見る。
「な、なに」
二人の視線に怯えたようにミュゲが言葉を発す。
「ついに……」
「本当に」
「なんで、そんなに感慨深そうなの」
「あの生徒会長様が教えてくれるなら、大丈夫でしょ」
「外から来て研修生試験を突破できるなら、きっとお嬢様の成績も上がりますよ」
「話の理解が早くない? ニカに至ってはさっきまで敵対心いっぱいだったじゃん」
「だって、あの旦那様に直談判しに来るような方ですよ。多少の常識違いぐらい目を瞑ります」
そういったベロニカはにこやかに彼のカップに砂糖を添える。
「……歓迎されてるんですか?」
「まあ、別に反対する理由もありませんから」
「そうですか」
「そういえば、使用人部屋に空きがありましたね。もし生徒会長様が問題なければ泊まっていただけばよろしいのでは?」
ジャスミンが名案とばかりに発言する。
「ご当主殿から伺ってます。必要があれば彼女を閉じ込めても良いと」
「あはは、いいわけないじゃないですか。あんなところにお嬢様を入れれませんよ」
笑顔で、しかし笑わぬ目元でそう明るく言い放った。
「それが……その……」
「え、本当ですか」
信じられないというジャスミンに静かに頷く。
「いえ、別にそんなことをする必要があるとは、今の所考えてもいません」
アルゼアのその言葉に二人は胸をなでおろす。
「ですが、もしかすると今後お借りするかもしれません。……もちろん、彼女の成績次第ではありますが」
彼の言葉にミュゲが小さな悲鳴をあげた。彼は気にもかけず、話を続ける。
「スコラで共に過ごす時間も多くなるでしょう。ご迷惑をおかけするかもしれません」
「そういえば、先ほどお嬢様とジャスミンが変なことをいっていましたね」
彼女はさも今思い出したかのようにそう言った。
「あー……それは……」
ミュゲは今日の出来事を彼女に話す。
「……そういうことですか。別にそこらの一般生徒に遅れをとるとは思いませんし、まあいいでしょう。深くは突っ込まないことにしておきます」
ベロニカは含みのある声色でそういい、アルゼアの目を見る。彼は彼女に軽く微笑み返し、「内緒です」と唇を動かした。
帰宅するアルゼアを屋敷の正面まで見送る。
「そういえば、彼の通行書ってどうなっているんでしょう」
「あっ……」
「……まさか」
「そのまさかです」
小さく呟いた声に二人は深いため息をつくことになる。
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