第15話

左右対称の大きなその屋敷の中、正面エントランスで彼女は目的の2人を見かける。

「ニカ、ジャスミン!」

ミュゲは2人を呼び止めると、大きく手を振る。アルゼアの腕を引いたまま2人の元に飛んだ。勢いよく向かっていった彼女に引っ張られる様にして、ついていく。

「お嬢様、そのお方は?」

「あれ? 生徒会長様じゃないですか」

「ジャスミン、知ってるの?」

「知ってるも何も、私とお嬢様のスコラの生徒会長様」

「へぇ……でも見慣れない顔ね」

ベロニカは彼の背後に目をやりそう言った。

「外の出身なので、無理もないかと」

何でもないような顔をして彼はそう答えた。スコラに入学してから、何度も何度も言われた言葉。今更いちいち気にかけてなどいなかった。

「そうですか」

ベロニカは興味のない様子でそう答えると、ミュゲに向き直る。

「それで、いつまでその方の腕を掴んでいるつもりで?」

その言葉に視線を左手の方に動かす。

「すみません」

そう言い彼女は勢いよくその手を離した。

「いえ」

「それで? お嬢様に何か御用で?」

ベロニカはミュゲを彼から引き離すように間に割って入り、アルゼアに尋ねる。

「いえ、目的は彼女じゃなかったのですが」

言いづらそうに話す彼をベロニカの背中から覗き込む。その顔には悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。声を発しないまま、彼女は揶揄うように口を動かす。

「まあいいです。あまり無碍に扱っては後で叱られそうですから……」

「お嬢様! 例の噂は本当なんですか?」

ジャスミンがミュゲに囁き尋ねる。彼女は首を左右に勢いよく振りそれを否定した。ベロニカはジャスミンの言葉を拾い、軽くため息をつく。

「貴方、時間はありますか」

「ありますが……」

「では、あちらの談話室でお話しいたしましょう。私はお茶を入れてまいります。ジャスミン、案内は頼みますよ」

そう言い残し、

そう言ベロニカは台所へ向かう。残された3人は彼女が指差していた、エントランス近くの談話室に入る。銀の糸で縁取りが施された赤いカーペット。部屋の中央には猫足の長椅子が3脚、腰を支えられるだけの低い背もたれの1人掛の椅子が2脚とフットスツールが2脚。その全てが金色に塗装された枠組みに、水色のベルベットが張られている。壁は白く、入り口右手の暖炉の上には紋章の盾、正面玄関の扉の上部にあしらわれていたのと同じ片翼の像が飾られ、それぞれ剣と槍を手にしている。大きな窓を模したガラス細工は室内を明るく照らしていた。

「眩しければ調整するので仰ってください」

長椅子に当然のように腰かけ、ミュゲはアルゼアにそう言った。ジャスミンは彼女の翼の邪魔にならない場所に四角い物体を浮かせる。ミュゲは慎重にそれにもたれかかった。

「わかりました」

「うーん。やっぱり六翼はこのサイズじゃ合いませんね。お嬢様六翼用の背もたれどこでしたっけ」

「お姉様が使ってたのが、そっちの棚に入ってるはず」

そう言って、ミュゲは暖炉と反対側に備え付けられた大きな戸棚を指差す。

「そういえば、そうですねー……残ってるといいですけど」

そう言いながら、ジャスミンは扉を開けては閉めを繰り返し始めた。

 双翼と六翼では、背中の空きが変わる。肩甲骨と背骨と肋骨の間からのみ翼が生えている双翼は、その下側に横長の物と頭を支える物とを配置する。六翼はその下に背骨を挟み込むように4枚の翼が等間隔で生える。腰を椅子につけられた低い背もたれで、背骨と頭を別添えの背もたれでそれぞれ支えるのが、一般的な方法である。

「別に私はこのままでも……」

「気を遣わないでください。ちゃんと使える物は常備していますから」

ミュゲはそう言い切り、アルゼアを制する。

「ありました!」

そう言って嬉しそうに彼女は細長い物と丸い物を両腕で抱え、アルゼアの後ろに設置する。

「これで大丈夫なはずです。ゆっくりもたれてください。勢い良くもたれると跳ね返るので」

アルゼアは慣れないそれに慎重にもたれかかる。わずかにバネのような跳ね返りを感じたもののすぐに慣れ、体重を預けた。

「大丈夫です。ありがとうございます」

「いえいえー」

そう言ってジャスミンは自分の背もたれを取り出し、部屋の隅に置かれた青色の布張りの椅子を持ってくる。

「……ソファには座らないんですか?」

彼女の動きに違和感を感じたアルゼアはジャスミンに尋ねる。

「座らないですよ? 使用人なので」

「そう言った決まりでも?」

「決まりというか、マナーですね。目上の人の前では飛ばない。それと同じレベルの話ですよ。……他のお屋敷なら専用の椅子すらない所もあるらしいですけど」

アルゼアはその発言に少しの怒りを覚えていた。自分よりよっぽど生まれに恵まれた物でも、主人の一族ではないと言うだけで、同じ椅子に座ることができない。自分の生まれた場所では、身分の上下なく皆が同じ食卓を同じように囲み食事を、お茶を、各々に楽しんでいた。それが許されないというのが、如何にも理解しがたかったのだ。

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