第14話
ミュゲは父親の仕事部屋へと急いでいた。今日の事を正しく報告せねばならない。その義務感からであった。
「お父様」
扉を叩き声をかける。気配はあるものの、返事がない。不審に思った彼女は扉に耳を当てた。
「なるほど? それで我が家に……しかし、他所の者を研修に受け入れるわけには……」
「では、何か条件を頂けませんか?」
「条件?」
「私とて、校長に無理をお願いしてその通行証を発行していただいた手前、ダメでしたと帰るのは申し訳なく。何か条件を決めていただき、その結果次第で再考していただけないでしょうか」
父親と会話するアルゼアの声が聞こえる。どうやら正門から直接向かった彼の方が一足早く着いたらしかった。
「……なるほど。条件か。良いだろう。その結果わが家の研修に耐え得ると判断したら、もう一度話をしよう」
「ありがとうございます」
「そうだな……ミュゲ、入ってきなさい」
扉に耳を当てて盗み聞きをしていた彼女はビクッと肩を跳ね上げる。思わず扉から距離を取ると、腕を伸ばしそっと扉を押し開ける。恐る恐る室内を覗く彼女に父親は早く入れと促した。
「失礼します」
ミュゲはそう言うと、部屋の中央に置かれた2人掛けのソファの一つに腰を下ろす。
「恥ずかしながら、そこの末娘は試験の点数があまり芳しくなくてね。聞くところに依ると君はあのスコラで首席だというじゃないか。2週間後の追試験、その次の本試験両方とも彼女に合格点を取らせることができれば、一考しよう」
ミルフォルはミュゲを一瞥しそう言い放った。
「……家庭教師は付けられていないのですか?」
アルゼアはそう問いかける。
「教育に関する決まり事も多い家でね」
ミルフォルは彼の言葉を受け取らずに軽くあしらう。
「そうですか。……試験合格までは、私のやり方で彼女に勉強を教えて構わないのですか?」
「ああ。好きにするといい。一階の使用人部屋なら空きもある。必要ならばそこに閉じ込めても構わん」
彼は何か言いたげなミュゲの目を見てこう続けた。
「生徒の前でそれを誇示したそうだな」
冷たい視線が彼女の羽を撫でる。ミュゲは小さく頷く。
「言い訳はあるか?」
「あります」
そう言うと、ミュゲは校舎が出てからの事、今日父親を訪ねた事について話をする。
「なるほど。黙って受け流しておけ。気にするほどでもない」
「ですがっ!」
「お前の気持ちとその責任感は評価する。だが、我々が直接対処すればそれは権力による横暴と受け取られないか? それを傷つけられたか? 考えてから行動しろ」
ミルフォルの言葉に分かりましたと答え俯く。
「恐れながら、御当主様、僭越ながらその一件私にも非がございます」
2人のやり取りを見ていたアルゼアは恐る恐る口を挟んだ。
「非があろうとなかろうとこの程度のことで娘を庇い立てる必要はない。わかったら2人とも行きなさい。使用人部屋の空きはベロニカかジャスミンが知っている」
これ以上話を続けるつもりのない様子のミルフォルに一礼し、ミュゲはアルゼアの手を引き部屋を後にする。
「どこに行くつもりです」
「ニカとジャスミンの所です。部外者を勝手に歩き回らせたら私が怒られます」
「だとしても、手を引かれる必要はありませんよ」
それでもミュゲはその手を離さぬまま彼女らの部屋へ向かう。左右対称の大きなその屋敷の中、正面エントランスで彼女は目的の2人を見かける。
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