第13話

 それ以上の変化は見込めず彼はひとまず一歩足を踏み出した。踏み出した足が地面に触れる。目の前地面に薄氷が張っていく。その薄氷を踏み割りながら、森の中を進む。しばらく進んだところで薄氷の道は茂みの方に向かっていく。アルゼアはその道をたどるように茂みに入る。

「……なんなんだよ」

翼を小さく畳み、道無き道を進んでいく。足元には木の根、進路を阻むために植えられたのであろう低木や草木に引っかからないよう慎重に歩く。制服の裾が時折足元に引っかかり足が止まる。

「痛っ……」

枝がかすった顔に手をやる。わずかにひりつくその感覚に怪我をしたのだと察する。小さな怪我を治し、再び薄氷をたどるように歩いていく。10分ほど道無き道を進んだ頃だろうか、突然目の前の森が開けた。

「本当に正面に出るのか……」

アルゼアは目の前に広がる巨大な屋敷に思わず感嘆の言葉がこぼれた。金属の柵に覆われたその敷地。どこか要塞を思わせる低く重量感を感じさせる外観を持ちながらも、南部の伝統工芸である繊細で精密な彫刻が至るところにあしらわれていた。また、正面玄関の上部にはブランシュ家の紋章が氷彫刻で彫り込まれ、その左右には片翼の男女がそれぞれ槍と剣を紋章に向かって掲げる様が描かれている。大小様々な窓がいたるところに取り付けられており、そのほとんどが開放可能な窓になっており、有事の際には様々に使用されるのだと想像するのは容易だった。青銅色の金属製の門に手を伸ばすと、ひとりでに門が開く。アルゼアは伸ばした手を引っ込め、足を踏み入れる。薄氷は入り口の扉まで続いている。門と扉の間には石畳に舗装された通り道があるものの、その左右は全て芝生に覆われていた。

「にしても、まだ歩かせるか」

通用門からここまで歩いてきた距離に比べれば、そこまで長い距離でもない。普通に歩いて20分弱ぐらいはかかりそうな距離である。ここが学園内であれば彼は飛んで移動したのであろう。しかし、この場に本来ならば立ち入ることのできないはずの身分。そんな彼が、我が物顔で飛んで移動するのは憚られた。自分より身分の高い相手の前では、許可なき飛行はマナー違反であるからだ。飛ぶ、と言う行為で相手を見下す形になることが多い。また、翼を少なからず広げる必要があるため、相手を威圧することにもつながる。と言う理由からだと、スコラ入学と同時によくよく言い聞かされていた。

 アルゼアは扉の前まで来ると、深く深呼吸をする。扉に取り付けられたノッカーには翼の意匠があしらわれ、番の部分にはブローディアの花々が彫刻と青の濃淡であしらわれている。一見すれば氷のように透明なそれは、どうやら強化を施されたガラスのようで、光の反射で時折水色を映し出していた。アルゼアはそれに手をかけ数回打ち鳴らした。

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