第10話

大きく広げた翼を畳み、彼女は彼らを見つめる。彼らは先ほどまでの勢いを失っていた。自身の後ろにライラを立たせ、真正面から彼らの行動を見つめる。

「……魔力登録証は?」

ミュゲは彼らに投げかける。

「そんなもん持ち歩いてねーよ。それとも品行方正なお嬢様は、肌身離さず持ってんのか?」

投げやりに、煽るように、引くに引けないと言う勢いで彼らは言葉を発する。

「持ち歩いてない……?」

彼女を煽った言葉は、ミュゲの衝撃の前に空を切った。

「ライラ、聞いた? 持ち歩いてないって……どうやって家に入るんだろう」

その声色には純粋な困惑が表れていた。彼女は自宅のある居住区への出入に身分証が必要な事を思い出しながら彼らに尋ねる。

「家、帰れます? 大丈夫ですか? 必要なら寮の手配もできるけど……必要なら手続き教えるけど……」

ライラは彼女の言葉に笑いが溢れる。

「あーおかし。ミュゲ、この人たちは別に家に入るのに身分証要らないんだよ」

「いらない?」

「そう、必要ないの。ミュゲはその人たちと今まで会ったことある?」

ライラはミュゲの問いかけにそう答える。身分証の常時携帯が必要のない地域。そこまで思い至り、彼女はようやく彼らの背後にある翼に目をやる。薄青に桃、藤色と決して高位ではないその翼に彼女は再びため息を吐く。

「ないかなぁ。多分」

「じゃあそう言うことだよ」

ライラの言葉にミュゲはそっかと頷く。

「おい! 馬鹿にするのも大概にしろよ! 反撃すらできなかった癖に」

そう言って彼は再び魔法を放つ。ミュゲの前に石の壁が立ち上がる。

「そこまで! ミュゲも煽らない。1-Fの生徒ですね。担任の先生には連絡しました。生徒指導室でお待ちです。ついて来てください。2人は職員室で待ってて」

彼女はそう言い放つと、彼らを連れて生徒指導室へ向かった。

「ライラ! 私手出してないよね?!」

 ミュゲの言葉にライラは苦笑いで「そうだね」と返した。

「失礼しまーす」

そう言ってミュゲは職員室に入っていく。顔見知りの教師と軽く言葉を交わし、職員室入り口近くのソファに座る。

「失礼します、教頭先生はいらっしゃいますか?」

聞き覚えのある声が聞こえ、彼女は扉の方に目をやる。

「あー……もうすぐ戻ってくると思うから座って待っててくれ」

「そうですか。ではこちらで待たせていただきます」

そう言うと生徒会長のアルゼアはミュゲの向かいのソファに腰掛けた。

「えっと確か貴女は……」

「ミュゲです。ミュゲ・ブランシュ」

「ああ、そうでした。新聞部が懲りもせず変な記事を出したみたいで。ご迷惑をお掛けしてませんか?」

「いく先々で変な目で見られるし。今日は移動教室が多いしで大変だったんですけど」

「それはそれは。私がぶつかったばかりにご迷惑を」

昨日の笑みとは違う優しげな、どこか壁のあるようなその表情。

「いつもそうなんですか?」

何気なく出た言葉に慌てて口を塞ぐ。

「何のことです?」

アルゼアは気にしていない様子でそう問い返した。

「昨日はもっと雑な態度だったじゃないですか」

「あははは。面白いことを言われる。時と場合によって態度を変えるのは誰でも当たり前にすることでは?」

少し悪意が込められたその言葉にミュゲが言葉を返そうと口を開いた時、彼の背後から声がかかる。

「アルゼア、待たせたな。昨日の報告なら向こうで聞こう」

「はい、先生」

アルゼアは先生にそう返事をすると立ち上がりその後ろをついて職員室の奥へと歩いていった。不満げな表情を浮かべるミュゲにライラが話しかける。

「ミュゲが話しかけるなんて珍しい」

「私だって誰かに話しかけるぐらいするよ」

彼女はそう答え、黙ってしまう。彼女は何を思ったのか、制服のポケットからメモ帳を取り出し、一言二言書き記すと紙飛行機を折った。

「すぐ戻るから、ちょっと外の空気吸って来る」

そう言って彼女は紙飛行機を手に、職員室の外へと出ていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る