第5話

 「それで、ミュゲはまた、ですか?」

「ああ。どうしたものか……もういっそ、お前のところで引き取れないか」

「試験すら合格できないものを国境に出すと? 現当主どのの言うことは私の予想を超えていますね」

「嫌味か?」

「嫌味ですよ。私の時はもっと厳しかったじゃないですか。3度目で見習いにされた覚えがあります。あれはあれでいい経験でしたが」

主に、貴族の屋敷での下働きのことである。決して綺麗でも華やかでもない、ただ地味でただただ純粋な体力仕事。魔法を使うことを禁じられ、各地から集められた黒翼とともに働く。王家を含めた御三家は子息に三ヶ月の見習い経験をさせる。そのタイミングも条件も現当主の判断に委ねられている。ミュゲの兄、ウィスクムはスコラ二年目の冬、3度目の研修本試験不合格にしたがって、3ヶ月休学しその間見習いとして各地を転々としながら働いていた。

「ならよかったじゃないか」

「……おかげで、親戚の子みたいでほっとけないって、いく先々で言われていますよ」

ウィスクムは父親の言葉に苦笑いで返す。彼はそれを人ごとのように笑っていた。静かに食堂室の扉が開かれる。ベロニカの後ろから様子を伺うように室内を覗く。

「お兄様?!」

驚いたように声をあげ、先ほどまでの気まずさなど忘れて、定位置の椅子に座った。

「帰ってらしたのですか?」

父親の方を一瞥もせず、兄を捲し立てる。

「今回はどちらに? 何か面白いことはありましたか?」

目をキラキラさせながら尋ねる彼女の質問を無視し、言葉を紡ぐ。

「ミュゲ、父上から聞きましたよ」

その一言は彼女を黙らせるのに十分だった。先程までの勢いは何処へやら。勢いを失い、目尻が下がっていく。

「…………」

「何か言ったらどうですか」

「……前回より点数はいいです……」

「それは、本試験よりもですか、追試よりもですか?」

「本試験よりもです……」

ミュゲの言葉にウィスクムはため息を吐く。それに彼女はさらに縮こまっていた。彼は無言で腕を持ち上げ、そっと彼女の頭の上に下ろした。

「へ?」

「よく頑張ったね。前回の本試験よりも点数がいいと言うことは、あと5問ちょっとで合格だね? 次は合格するんだよ」

その言葉にミュゲは目を大きく開き瞬きを繰り返す。何が起きたのかわからないと言う顔で兄とベロニカの間で視線を走らせる。ベロニカも彼女と同じく驚いた表情で顔を左右に振る。

「んんっ」

ミルフォルが咳払いをし、兄妹の間に割って入る。2人は姿勢をただし食事を迎える準備をする。ベロニカが合図のベルを鳴らすと、料理が運び込まれ始める。淡々と進んでいく食事の時間。そこに会話はなく。気まずい空気が流れている中、ミュゲの頭の中は先ほどベロニカから聞いた話でいっぱいになっていた。

「お兄様」

彼女の呼びかけにウィスクムが返事をする。

「魔法の痕跡を一つも残さずに、誰にも見つからずにどこかで生活するってできるの?」

ブランシュ当主、ミルフォルはミュゲの問いかけに気を向ける。ウィスクムはその問いのきっかけに思い至り、慎重に答えを選ぶ。

「そうだなぁ……可能か不可能か、という話ならば可能ではある」

「本当?!」

ミュゲはその言葉に顔を明るくする。

「だが、現実的ではないな。少なくとも我らの国より南では難しいだろう」

「現実的じゃないって?」

ウィスクムの言葉に引っかかり、彼女は尋ね返す。

「ウィス、ミュゲ、話は食事の後にしなさい」

黙って聞き耳を立てていたミルフォルが口を挟む。

「お父様には聞いていません」

父親が口を開くと思っていなかった彼女は、不満を口にする。だが、彼の意図を察したウィスクムは話をやめ食事を再開した。その二人のやりとりに納得のいかないミュゲは頰をふくらますが、それは一瞥すらされず食事は淡々と進む。少し早く食事を終えたミルフォルは席を立ち、退室する。

「ベロニカ、お茶を用意してくれるか」

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