第4話

「まあ、検討ぐらいなら……」

「失礼します。お嬢様をお連れしました」

ベロニカが扉をノックし声をかけ、部屋の主の返答を待って部屋に入る。

「試験はどうだった? そろそろ合格でも持ち帰ったか? 希望はどこだ? 何処でも叶えてやろう」

捲し立てるように発せられたその言葉。一切の光を見せない目元にミュゲは背筋を悪寒が走るのを感じた。ベロニカの背に隠れていた彼女は、恐る恐る彼の前に踏み出し、裏向きにした答案を渡す。

「ミュゲ。その手を離しなさい」

「いやです……」

堂々としたその声に気圧されたのかミュゲの返答は消え入りそうなか細いものだった。

「……はぁ。何故出来ない。ベロニカはもうこの時期には研修先が決まっていたぞ」

威圧するかのように、言葉を投げる。それは、ミュゲの両肩に重くのしかかっていた。

「すみません」

「それで? 約束は忘れていないだろうな」

「はい……」

「なら良い。下がれ。次にここで会う時には、合格の話を聞かせてもらおう」

当主はそう告げると3人を部屋から追い出した。

 廊下を歩く3人の周りには重苦しい空気が流れていた。

「私だって、このままで良いって思ってるわけじゃないんだよ……」

縋るようにミュゲは言葉を紡ぐ。その言葉に返答を投げかけるより早く彼女は扉を閉め鍵をかけた。


 そう、そんなことわかってる。私は名門ブランシュの娘で、純白持ちで、翼の数こそ少ないけれど大きさも質も王族と大差ない。王家に嫁ぐ事が決まっているようなもの……。そんな娘が、研修先も決まらず、研修試験すら合格せず、3年目を迎える。それがどれだけ噂の的になるか分からないほど子供じゃない。噂は噂を呼び、やがて嘘になる。その嘘で没落していく家をいくつも見てきた。残酷な仕打ちをいくつも見てきた。……だからこそ、私は絶対にお父様との約束を違えるわけにはいかない……。

「とは言っても、どうしろって言うの……家庭教師の先生、まだ元気かな……」

ふと一つの可能性に行きつき、転がっていた長椅子から立ち上がり、机に向かう。引き出しからレターゼットを取り出すと、傍に置いたペンにインクをつける。私は、かつての家庭教師の先生に手紙を書く。スコラに入ってから疎遠になってしまっていたけど、話を聞いてもらえるだろうか。そんな不安とともに文字を綴っていく。

コンコン。部屋の戸を叩く音にハッと顔を上げた。窓の外は完全に夜の闇に包まれていた。

「お嬢様?」

返事がないことを不審に思ったのか、ニカの声が扉の向こうから聞こえた。私は慌てて返事をし、彼女を部屋に入れる。

「お夕飯の時間です。気は進まないかもしれませんが……」

彼女は気まずそうにそう切り出した。

「すぐいく」

私は、手元から目を離さずにそう答えた。背後で紙を拾い上げる音が聞こえる。

「何を……お手紙ですか?」

ぐしゃぐしゃに丸めた紙を広げながらニカはそう問いかけてきた。私は慌てて、振り返る。

「読まないで!」

「すみません、ここに放り投げられていましたから。これは、先生宛ですか?」

「読まないでってば! ……これぐらいしか思いつかなかったの」

私の言葉に楽しそうに笑っていた彼女は、少しその顔を曇らせこう答えた。

「考えは素晴らしいと思います。……ですが、この手紙は届きませんよ」

「どうして?」

私の行動を否定した彼女が珍しく思わず聞き返す。

「彼女は人里離れた場所で隠居をされているのだとか。誰もその行方を知りません」

彼女が言うにはある日突然連絡が取れなくなったらしい。ニカの担任教師だったこともあり、何度か家に問い合わせの連絡もあったらしいが、お父様もお兄様も、誰も知らなかった。優秀な先生でありブランシュの元家庭教師ということで、警察も必死に探してはいるらしいが、それでもその足取り一つ、魔法の痕跡一つ見つけられないのだと言う。先生なら、魔法の痕跡の一つや二つ隠せてもおかしくはないけど、それでも全く見つからないと言うのもおかしな話だ。私はその話を不審に思いながらも夕飯へと向かう。お父様と顔を合わせるのは正直憂鬱でしかないのだが、それでも夕飯の席に出ない方があとが怖い。いつもよりもいくらか小さい歩幅で一階の食堂室へと歩いていく。

「お嬢様、今日は歩いて行かれるんですか? 歩いたところで顔をあわせることに変わりはありませんよ」

ニカは私の顔を覗き込み、同じペースで歩きながらそう言う。私は彼女に気分じゃない。と返し、彼女の歩きやす歩幅に合わせた。

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