第3話
学園地区から少し離れた中央区にあるブランシュ家の邸宅。ミュゲは閉ざされた自室の窓を見上げながら、ため息をつく。顔を左右に勢いよく振り、なにかを決心した顔で地面を蹴る。
窓枠の中央に手をかけ引く。ガタと音は立てるものの、開く気配は一向にない。
「ルーナ」
彼女はそう囁き鍵のあるはずの場所を微かに照らす。
「はぁ……やっぱり」
その視線の先には確かに掛けられた鍵。その鍵の上から魔法で固く閉じられている。朝食の席で溢した言葉を聞いていた誰かの仕業である事は間違いなかった。
「ここから入れないとなると……」
灯りを消すと屋敷の西側へと回る。階段の踊り場に取り付けられた窓に手をかけ持ち上げる。換気と採光の為だけに取り付けられた窓は、大きな翼を持つ彼女が通るには少し小さい。ミュゲは荷物を窓から中に入れ、窓の縁に手をかける。慎重に翼を畳みながら40cm四方の空間を潜っていく。上半身の殆どが屋敷の中に入った時だった。
「でね……そうなの! ……面白いわよね」
遠くからメイド達の話し声が聞こえた。
「やば……」
ミュゲが焦れば焦るほど、翼のコントロールがあやふやになっていく。その間にも気配と話し声は近づいてくる。
「そうそうそれでね……あら? 何か音がしない?」
「言われてみれば……。階段の方かしら」
翼が持ち上がりガタガタとなっていた窓の音に気づいた彼女らは、様子を確かめに階段を覗く。そこにミュゲの姿はなく、窓もいつも通り締められていた。まさかお嬢様かしら。などと笑い合いながら遠ざかる気配にミュゲはほっと息を漏らす。
「はぁ……間に合った……部屋に行かなきゃ」
立ち上がり階段を登り切った所で目の前に灯りが灯る。
「うわっ!」
彼女は驚き声を上げる。その勢いで大きく開いた翼は彼女の重心を後ろへと傾ける。柱の影から飛び出した1人が大きく開いた彼女の翼の下から体を支え起こす。
「すみませんっ! ご無事ですか?」
「大丈夫……」
一度隠れた手前、バツが悪そうにミュゲは目の前の彼女にそう返す。
「お嬢様、どうしてこんな所からお入りに? お陰で羽が少し乱れておりますが」
淡い青翼の彼女は凛とした声で問いかけた。その言葉に目線は忙しなく動く。その姿に軽くため息をつくと足元に落とした鞄を拾い上げ、ミュゲの部屋へと向かう。
窓際にある荷物置きに通学用カバンを置かれ、部屋の中央の椅子に座らされた彼女は、無言で羽を整えられていた。
「それで? どうしてあんな所から?」
「それは……その……」
「そう言えば! お嬢様今日試験の返却日でしたよね!」
無邪気な顔で黄翼のメイドが部屋の掃除をしながら声をかける。
「へぇ……それはそれは、さぞいい成績でしたのでしょうねぇ……」
背後から刺されそうなほどの気迫を受け、ミュゲは冷や汗が止まらないでいた。彼女はしどろもどろになりながら、なんとか怒りを逸らそうと言い訳を連ねていく。されど、ミュゲと共に育ったとも言える青翼の彼女がピンと来ないはずもなく。
「さ、お嬢様出来ましたよ。一緒に旦那様のところにいきましょうね」
「ニカ、見逃してくれたりは……?」
「しません。ほら、ジャスミンも一緒に行きますから」
そう言って青翼を持った彼女は掃除を終えた黄翼のメイド、ジャスミンに目配せする。
「えぇー。私も行くんですかー?」
めんどくさそうにそう返事を返した。
「お嬢様を見つけたら連れてくるように言われたじゃない」
「それは、そうですけどー」
ミュゲは「誰に」と尋ねそうになる口を押さえる。
「お嬢様、何か?」
そのまま彼女は首を左右に振り、どうにか逃げられないかと思案を始める。相変わらず窓の鍵は閉められたまま。2人を無視すれば、扉を抜ける事は容易い。だが、ブランシュ家お抱えのメイド。それもミュゲと一緒に教育を受けてきている。抜けた所で直線の廊下を逃げ切るのは容易ではないし、彼女らも屋敷の抜け道もよく知っている。ミュゲは小さくため息をつき両手を上げる。
「はー……。行けばいいんでしょ! 大人しく着いていきます」
半ばヤケクソになりながら、そう答えた。その返答に満足したベロニカはミュゲの翼を撫でる手を止め離す。ミュゲに答案を持ってくるように促し、そのまま3人で当主の部屋へと向かった。
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