第2話 

「はぁ……なんで、できないの……」

どうしていいかわからない。淡い水色の四翼を少し持ち上げ閉じる。図書室で待っていた彼女は、ミュゲから見せられた試験の答案を見ながらため息をつく。友人の何度目かわからないそのため息にミュゲは言い訳をしようと口を開く。

「いいよ、ミュゲが頑張ってたのは知ってる。そろそろ本当にご家族に泣きついた方がいいんじゃない?」

半ば呆れたように頭を抱えながらそういった彼女は答案の見返しをしている。

「……今年中に試験に通らなければ、見習いからやり直しだって。学校にも来れなくなっちゃうし、ライラにも会えなくなる……」

自分ができないことは自覚しているのだろう、彼女は気弱な声でそう紡いだ。東国の御三家と言われるブランシュ家。軍人の家系に生まれた彼女、ミュゲ・ブランシュは家名に恥じない翼を持ち、「実技に関しては」何一つ文句の付け所のない成績を収めてきた。御三家と言えど、元首に匹敵する曇りのない純白の大きな双翼。翼の色によって何もかもが区別されるこの国で、その翼は将来を約束されたに等しかった。それゆえに、それ故に。彼女は勉強と言うものが嫌いで仕方がなかった。環境にも生まれにも才能にまで恵まれた彼女が座学を厭うのは、想像できたと思う。だが、彼女の家族はいずれ興味を持つだろうと、人並みにーーと言っても、他の貴族たちと同程度のーー教育は受けていた。それでも尚、苦手というものは、一度ついた苦手意識というものは、そう簡単になくなるものでは無いらしかった。彼女は名門と名高いスコラ・ルベウスに入学しても尚、座学は常に平均点かそれ以下、寮泊りを命じられること数回、ライラの家に身を寄せる事数回。寛容だった両親も限界に達したのだろう。研修試験を追試になる事数回、遂にスコラの退学を言い渡した。実地研修のための試験は、実技、筆記で構成され、筆記試験には一問一答形式の試験と論述試験とがある。ミュゲは論述試験と実技試験は初回で合格していながらも、一問一答形式の試験は不合格になり続けていた。追試の場合は追試と次の試験の連続合格が必須、追試も不合格の場合は2ヶ月間の受験資格の停止。合格資格だけは失わずにここまで来たものの、彼女は瀬戸際に立たされていた。この追試が合格できなければ、2ヶ月間の受験資格停止。2ヶ月後には、今年度最後の研修試験が待っている。機会を逃さないためにも、次の追試は合格しなければならない。

「2週間かぁ……。今回は合格点まであと5問ぐらいだしちゃんと勉強すれば大丈夫だと思うけど」

ミュゲの答案に一通り目を通し終わった彼女はそう言った。

「本当?!」

今にも泣きそうな顔で隣に座ったライラに詰め寄る。ライラは大丈夫、と笑って参考書を取り出した。ミュゲも気を取り直し参考書とノートを取り出す。答案用紙と睨み合いながら、間違いと正答を書き写していく。歴史、語学、魔法理論、文化、気候……満遍なく正解し、満遍なく不正解が並んでいる。

「いっそ、どれかが苦手なら良かったのに」

「そんなこと言って。全部5割以上正解してないと不合格でしょ」

「それはそうだけど」

「ほら、そこ間違ってる」

彼女の回答を横から覗きながら、指で指し示す。

「それは北西部の特色」

「うー…北部の特徴って全部一緒に思えるんだけど……」

「まあ、南部側の私たちからしたら似たように見えるのはわかるけど。そうだなぁ……気候の違いはわかる?」

大陸の地図を広げながらライラはミュゲに問いかける。

「えっと……私たちの国はこの辺りで乾燥気候、で西国は湿潤気候?」

「そう!」

彼女の同意にミュゲの表情が明るくなる。

「なら、この強化技術は何のためにあるんだっけ?」

「えーっと……確か雪の重さに影響を受けないように開発された……?」

「正解。なら、雪が重くなる地域は?」

「えーっと……こっちの雪は軽いから……西国? いや、西国は確か私たちの国と似た気温帯だったはずだから……あ! 北西部になるんだ!」

ライラはミュゲの答えにおぉと小さく声を上げる。

「合ってる?」

「合ってる! すごいじゃん!」

ライラの返答にミュゲの顔が明るくなる。するすると問題を解きすすめる彼女を見ながら、ライラは「理解はできるんだけどなぁ……」と小さくつぶやいた。

「ね、ライラ。これはどう言うこと?」

そんなやりとりを繰り返しながら、ライラは課題をミュゲは問題集を解き進めていた。

『本日の閉館時間となります。館内の生徒は速やかに下校するように。なお、本日は定期部会のため関係教室以外全て施錠されます。忘れ物に注意してください』

唐突にそんなアナウンスが流れる。いつもより早い閉館時間に戸惑いながらもバタバタと荷物をまとめて図書室を出る。ロビーに差し掛かった所でふと上階を見上げた。

「何? 何かあった?」

「な、何もないよ! それよりも、この間新しくできたカフェに寄って帰らない?」

わざとらしく、話を逸らそうとする彼女にライラは少しだけね。と返し、スコラを後にした。

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