閑話 老兵の苦悩

 場所はカルゼナス要塞。

 時はダルトンがサタピサに到着して露店をまわっている頃のこと。


 帝国との国境を睨む、ここカルゼナス要塞は、にわかに騒がしくなっていた。

 屈強な男達が、そこかしこを走り回っては部屋という部屋を見回し、また走り出す。


 その走り回っているうちの一人である【必滅】の一員、レイガスは、いつの間にか姿が見えなくなったラギヴァ将軍に頭を抱えていた。

 そう、先ほどから走り回っているのは、将軍直轄部隊【必滅】の隊員たちであり、今は将軍の捜索の真っ最中だ。

 レイガスの経験上、将軍が消えてろくな事をした試しはない。

 帝国と睨み合っている現状において将軍が消えるなど、あって良いことでは無かった。


「見つかったか⁈」


 こちらに手を挙げて歩いてくる赤髪の男——同じく【必滅】の隊員であるサーロンド——が、手に持った紙を渡してくる。


「会合室に置いてあった。まだ内容は読んでいない」

「……置き手紙か?」


 ラギヴァとはヤツが将軍になる前からの付き合いだが、書き置きなどは初めてのことだ。

 ——と言うより、ラギヴァが文字を書けるようになったのがごく最近のことだが⋯⋯。


 レイガスは怪訝に思いながらも、ラギヴァ将軍の物と思われるそれを受け取り、書いてある内容に目を走らせる。


「⋯⋯⋯⋯むぅ」


 読みづらい。

 ラギヴァの字は豪快と言えば聞こえは良いが、要は勢いしかないのだ、あのバカは。


(あれだけ丁寧に書けと言ったであろうに!)


 レイガスはラギヴァへの苛立ちを抱えてながら、目を指でほぐし、首に下げた眼鏡を掛けてから今一度、ラギヴァ文字の解読を試みる。


「⋯⋯⋯⋯! ————!!!?」


 ——と、ラギヴァの置き手紙を読んでいるレイガスの顔がみるみる青くなり、かと思えば鼻息荒く、顔を憤怒の色に染め始め、手紙を持つ手がプルプルと震え出す。


 サーロンドはレイガスのその様子から何かを察し、ため息を一つ吐いて耳を塞ぐ。


——やがて溜まりたまったマグマは、手紙を読み終えると共に噴火した。


「らぁギヴァああああ! ぁんのバカがあぁああああ!!!!!」


 将軍不在のカルゼナス要塞に、レイガスの怒号が響き渡る。


 その声は周囲の山々にも轟き、それを聞いた男が一人、背後を振り向いて快活に笑った。


 ——以下手紙の内容。

『やあ、【必滅】諸君! ラギヴァだ。

 私は新たな仲間であるダルトンを迎えに行って来る! すぐに戻るから安心して欲しい!

  私がいない間に何かあればレイガスにでも聞きたまえ。 彼が何とかするだろう。

※レイガスへ

 私を探そうとしても無駄だ!

 〈変わり身の首飾り〉を拝借したからな!

 それと、私の部屋にある書類の山を片付けておいてくれると嬉しい。 めんどうで敵わん。

 それから出迎えは盛大に頼む。

 新たな仲間を、歓迎しようではないか!』

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