第6話 脅威度調査 その一


 ヨダルサ街道を馬車に合わせて速度を抑えながら進み、調査隊を先導する。


 実はここに至るまでに一悶着あった。

 というのも、街を出発してすぐにモモが馬車のことを全く考えていない速度で走り出したのだ。

 当然人を乗せた馬車はモモに置いていかれる事になる。

 駆け出したモモを見て騒めく隊員たち。

 「待て、どこへ行かれる!」と言う、困惑したラクスウェルの声も聞こえた。


(申し訳ない、ラクスウェルさん。それは俺も訊きたいんだ)


 おそらくは宿の一件で溜まったストレスがそうさせたのだろうが、楽しそうに駆けるモモと違って、先導役を任された俺としては全く笑えない。


 慌てて引き返させ、それでも置いていこうとするモモをその度に何度も叱りつけて、ようやく今先導できている。

 おかげで隊員たちとの間にはやや微妙な空気が漂っており、モモを御しきれなかった俺としてもただ謝ることしかできなかった。


 出発から早くもそんな空気の調査隊だったが、小一時間ほど街道を進むうちに、徐々にではあるが空気も軽くなって来たように思う。


 今は馬車の中でラクスウェルが今回の調査における特則——倒したゴブリンの魔石について——を隊員に説明しているところだ。

 ラクスウェルと隊員のやり取りが聞こえて来る。


「ダルトン殿については以上だ! 何か質問はあるか」

「あ、隊長! ダルトンさまの護衛には誰がつくんですかね?」

「護衛は不要とのことだ。ダルトン殿は我々と共に森でも行動し、戦闘にも参加する」

「なっ⁈」

「隊長! お言葉ですが、自身のタピタスも御せない者を連れて行くのはあまりに危険ではありませんか⁈」

「あまり足を引っ張られては調査自体に影響があるのでは……」


 ……何も言えない……。

 空気が軽くなったのは気のせいだったようだ。

 やはり第一印象が悪すぎたらしい……。

 モモの行動に慌てている姿は、さぞ頼りなく、滑稽に映っただろう。


(どうしよう、これ……)


 特にどうすることもできないとはわかってはいる。

 どんなに悩んだところで、結局信頼は行動して取り戻すしかないのだから。

 今はラクスウェルに任せる他ない。


「ダルトン殿はゴブリンに襲われた際にこれを倒している。それは事務院が保証していることだ。腕は確かだろう」

「…………隊長がそうおっしゃるなら……」

「…………」


 とりあえず消極的に納得してくれたようだ。

 ホッとして横を見たら、御者と目が合って気まずそうに目をそらされた……。

「ラクスウェルさん、もうそろそろで着きます」


 あれからさらに二時間ほどして、目的地に近づいてきた。


「お前たち! 目的地までもう僅かだ! 装備の確認をしておけ!」


 ラクスウェルの号令で空気が引き締まるのを感じる。

 なかなか人望があるようだ。顔を覗かせる隊員の顔が先ほどまでとは違うものになっている。


(これは俺の足跡だよな。到着したか)


 足元にゴブリンに踏み込んだ時にできたと思われる抉れた跡が残っている。

 少し周りを見渡せば、モモのであろう足跡も発見した。


「ん? あれは……」

「……ゴブリン、ですな」


 森の中から気配を感じた方を見れば、少し距離はあるものの木の実を取ろうとしているゴブリンたちの姿が見えた。

 まだこちらには気づいていない。


 ここで仕留めるべきだろうか。

 いや、一旦ラクスウェルの指示を仰ぐべきだ。


「ラクスウェルさん、道から見える場所にいる個体は少々危険ではありませんか?」

「ふむ……ここから目的地まではいかほど離れておりますかな?」

「今いるこの場所がその目的地です」

「であればここを調査の始点とします。ゴブリンも直ちに排除しましょう」


 そう言うや否や、ラクスウェルは隊員に指示を出す。


「ヘイレム、ナルクルは私が飛び出したらあれを射て。私は奥の三匹を片付ける。その他の者は荷を降ろせ」


 森の中に見えるゴブリンは五匹。

 ラクスウェルが三匹を請け負い、弓を手に持つ隊員の二人が二匹を仕留めるらしい。


 これはチャンスだ。

 出発した時からどことなく漂う俺の腕への不快感を払拭できるかもしれない。

 俺はモモから降りて、ラクスウェルに同行を名乗り出た。


「ラクスウェルさん、僕が木に登ろうとしているヤツを請け負います。ラクスウェルさんは石を投げている二匹をお願いできますか?」

「…………では、お任せしましょう。私と同じタイミングで飛び出して頂きたい」

「はい、……いやいや、モモは待っててくれ」

「ピュイ……」


 そう決まってからは早かった。

 すぐに足音を殺し、木に隠れながらゴブリンに接近する。


 ゴブリンは、二匹が木の実めがけて石を投げ、落ちてきた木の実を他の二匹が回収している。

 俺が狙う一匹は、四匹からは少し離れている。

 木に登って実を独り占めしようとしているのか、なかなか登れずにいるようだ。


 弓の二人を見ると、すでに位置についたらしく、木製の弓に鉄の光沢を持った矢をつがえているところだった。

 自身の身は隠しながらも、木の実を回収している二匹までの射線は確保しており、その位置の取り方からは経験による慣れを感じた。


「ダルトン殿」

「いつでも大丈夫です」


 ラクスウェルとタイミングを確認し、合図とともに、身体強化を発動。

 一気にこちらに背を向けて木に張り付いているゴブリンに向かって、葉や土を舞い上げながら駆け出す。


 ゴブリンは相変わらずこちらに気づいていない。


 仕留めた。


 そう思い振り下ろした剣は、「バカァン‼︎」という音を立てて木を震わせたものの、木に穴を開けただけだ。


(外した⁉︎)


 タイミングの悪いことに、木に登ろうとしていたゴブリンは剣を振る直前に、木から滑り落ちたらしい。


 たった今自分の頭のあった場所に突き刺さった剣を、ゴブリンは呆然と見ている。


 助かった。逃げもしなければ攻撃にも移っていない。


 すぐに、状況をつかめていないゴブリンを木に叩き付けるように膝で蹴り潰す。


 湿った音とともに、木に赤いシミがついた。


 危なかった……。

 もしもゴブリンがあの至近距離から攻撃してきていたら、多分避けられなかったはずだ。


(慢心したな……)


 実戦は何が起こるかわからない。

 少しのことが命取りになる。

 そんなことを失念していたせいで、一瞬体が硬直してしまった。


(反省しないと……)


「いやはやお見事でした」

「あ、ラクスウェルさん」


 ラクスウェルの声に振り返れば、眉間から矢を生やしたゴブリンと、半身が切り離されたゴブリンの死骸が転がっていた。

 おそらく一刀のもとで切り離されたのだろう。

 上と下とで分かれたゴブリンは、何が起きたか分からないという表情で事切れている。

 散った内臓から漂う血と汚物の臭いに、思わず鼻をしかめた。


「消臭はどうしますか?」

「酒を撒きます。ヘイレム、ナルクル」


 ラクスウェルが声をかけると、二人は腰に下げた革の水筒から濁った色の液体を流す。

 かなりきつい酒のようで、すぐに辺りは酒の匂いに満たされた。


 おそらく飲むための酒ではないな、あれは。死んでしまう。


「それにしても、ダルトン殿が魔法を使えたとは……木を穿つほどの突きなど、冒険者時代にも数度しか見たことがありません」

「私も驚きました、あまりの速さに驚いてしまって、私もナルクルも射るタイミングが遅れてしまったほどですよ」

「いや全くだわ。まあ、俺は舞い上がった土や葉で視界が悪くなっちまったから遅れただけだからな。お前と一緒にすんな」

「おやおや、ナルクル。それはタイミングが遅れたのはダルトン様の所為だと聞こえるね」

「なっ、おまっ!」

「黙れ、任務中だぞ、お前たち」

「ははは、どうも……」


 よかった、信頼は回復できたみたいだ。

 あそこで外すなどありえんぞ! とか言われたらどうしようかと思った……。


 兎にも角にも一仕事終えた俺たちは、魔石を回収した後、森から出るべく、馬車の方向へと歩く。


「この後は編成を組んで調査を開始します。ダルトン殿も、武器が折れた場合は馬車まで戻り、代えの剣を使って下され」

「分かりました」

「……最も、その剣が折れることはそうそうないでしょうな……緑の光沢からして、ラドル鋼で鍛えた剣と見受けますが」

「えっ、そうなんですか? 父から訓練終了のおりにもらったものなんですが……」

「おそらくですが。ラドル鋼で鍛えられた剣は、魔力をよく通し、硬く鋭くなると聞きますな。緑の光沢がその特徴です」

「ラドル鋼……初めて知った……」

(聞いてないぞ父さん)


 おそらく知った時に驚かせたかったから教えなかったんだろう。

 絶対そうだな、いかにも父のやりそうなことだ。

 今にして思えば、この剣を渡す時の顔も、何だかにやにやしていた気がする。


 一人モヤモヤしていると、もう馬車に着いていた。


「お前たち、事前に伝えた通り、五人をここに残して他の者は調査を開始する! 装備も確認したな、行くぞ!」


 おぅ、休憩は無しらしい……。

 ラクスウェルの指示で即座に五人と八人に分かれ、森に入って行く。


「クワッ!」

「ああ、モモ。森の中では徒歩なんだ」

「……ピー……」


 モモが、さあ乗れとばかりに姿勢を低くして鳴いてきた。

 だが、森も中でモモに乗っていたら顔じゅう傷だらけになりそうだし、小人型のゴブリンを切るのに少しやり辛い。

 なにやらモモはショックを受けているようだが、ここは我慢してもらうほかない。


「ほら、行くぞー、モモ」

「しょ、少々お待ちを、ダルトンさま!」


 調査隊に遅れないように森に入ろうとすると、居残り組の隊員の一人に呼び止められた。


「はい、なんでしょうか?」


 モモが早く行こうと引っ張ってくるが、少し待ってほしい。


「その、タピタスを連れて行かれるのですか? あまりに危険かと思いますが」


(ああ、なるほど)


 この隊員はタピタスの脚力を知らないんだな、これは。

 きっと、タピタスは鉄扉を蹴破ることも知らなければ財布の中を殲滅する存在であることも知るまい。

 それは認識が甘いと言わざるを得ないだろう。

 ここで正してあげなければ、いつか将来タピタスを飼う時、想像とのギャップに苦しむことになる。


「いいですか? タピタスの脚力は鉄の扉を破壊し、相棒に借金を負わせ、ゴブリンを蹴り殺すほどなんです。だから大丈夫です」

「……はい?」

「では、そう言うことですので」

「えっ、ちょっ——」


 タピタスに幻想を抱いているであろう隊員に現実を教えてあげた。

 彼はショックのあまりかなにやら間の抜けた表情をしていたが、頑張れ、それも成長だ。


 そうしてようやく森に入り、脅威度調査が始まった。

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