第2話 襲撃
2日目
昨日と変わらぬ晴天の下、暖かな日の光とモモの柔らかな体毛が温もりを与えてくれる。
今いるのは城塞都市ヨダルサへと伸びている大きな街道、“ヨダルサ街道”だ。
石で舗装された道とされていない道とでまだらになったような街道で、今は道沿いに森を眺めている。
最初は初めて通る街道だったことと、森から聞こえる鳥の声に故郷を思い出して機嫌をよくもした。
が、しかし、だ。
さすがにずっと同じ景色では飽きもする。
それでも最初は時々ある石畳の削れ具合を頭の中で実況してみたり、モモの羽毛をいじって暇をつぶしたりしていた。
だが時期にそれにも飽きてから後はひたすら眠気のみを感じていた。
正直あまり気を緩めるのは良くないことなのだが、盗賊なんかそうそう現れないし、魔物などは縄張りである森から出てくることなどそうそう無い。
そんな訳で、今現在の最大の敵は先ほどから意識を奪おうとしてくる眠気だけであった。
「あったかい……眠すぎる」
常であれば音や気配に気を配るところだろう。
しかし、今この瞬間は、モモの布団を干した時のような心地の良い匂いと温もりが安心感を与えてくれて、つい辺りへの警戒がおろそかになってしまっていた。
——それはつまり、思い切り油断していたと言える。
モモの走る振動に揺られながらウトウトとしていたところに、突然モモが鋭い声を上げて、次いでモモの回避行動による急な動きで完全にまどろみから覚めた。
「ぅおっ、襲撃か!?あれは……ゴブリン!」
モモに振り落とされないように姿勢を低くしながら、こちらに向けて放たれたものが矢である事を確認し、次いでそれを放った者を視界に捉えて敵の数を数える。
あまりに敵の数が多いとモモを守りながら戦うのが難しくなり、場合によっては元来た道を引き返さなければならなくなるだろう。
自身へ向けられた矢であればいくらでも躱すなり剣で叩き落とすなりで対処できるが、モモはそうはいかない。
タピタスや馬は大した戦闘能力を持たないのだから。
だが、それらの必要はいらないらしかった。
「三匹だけか、なら行けるな」
三匹ならモモを置いて自身が前に出れば安全に戦うことができる。
万が一不測の事態が起こっても、自分一人ならば如何様にも対処できるだろう。
ゴブリンは父と共に何度も仕留めた経験があり、およその動きは把握しているのだから。
(仲間を呼ばれても面倒だし、素早く仕留めるか)
ゴブリンは緑色の肌をした小人の様な魔物である。
基本的に単体で行動せず、ある程度のチームで連携をとり、道具を使うことで自身よりも強力な獲物を仕留める。
しかし、各個体の能力は低く、三匹程度であれば油断してても一瞬で排除できる自信がダルトンにはあった。
モモを巻き込まないために、背中から飛び降りる。
さっきはうまく躱していたが、また躱せるとは限らない。
(なるべく敵にはこっちを狙ってもらわなくいと......)
足が地面に着く瞬間に身体強化の魔法を発動し、腰の愛剣を抜いて敵のゴブリンの弓兵に向かって疾走する。
できれば魔石を回収したい。
そうなると、胴体を真っ二つにするなどは魔石も破壊してしまうので無しだ。
しかし、あまり時間を与えては仲間を呼ばれたり、血の匂いに他の魔物や獣が集まってきてしまう。
出来ることなら一撃で仕留めるのが望ましい。最悪でも二撃までだ。
流石に一匹に三度も攻撃していては時間を与えすぎる。
となると……。
(首か頭か……)
戦闘の方針は固まった。
やや難易度が高いことをするので、意識をゴブリンに集中させ、敵の状態を確認する。
ゴブリンの知能はそう高くない。
ゴブリンキングによる統率でもいない限りは前衛、後衛の概念もなく、今回襲って来たゴブリン達も後衛である弓兵しかいなかった。
そのせいか、急接近する自分にうろたえるばかりでロクな対応もできていない。
この調子ならば、まず間違いなく首を刈れるだろう。
ただ一点気になるのが......。
(何となく視線がおかしい気が……)
そう、先ほどからゴブリン達の視線が妙なのだ。
まるで俺以外にも脅威が迫っているかのように、俺の後方に対しても視線を向けている気がする。
だが、それはおそらく気のせいだろう。
街道の見える範囲に人がいないことは確認済みだし、モモも後方に置いてきたのだから。
一瞬視線によるフェイントとも思ったが、知性が低く、そう複雑な行動を取らないゴブリンが接近する自分から視線を逸らすとは考え辛い。
ならばやはり気のせいだ。
(斜視かな? ゴブリンに斜視があるのかは知らないけど)
ゴブリンから二射目の矢が放たれるが、一本は後方に飛んで行き、当たりそうな二本の矢だけを愛剣の一振りで叩き落として、折れた矢が地面に落ちる頃にはゴブリンの目の前まで接近していた。
ダルトンは思わぬ敵の速度に対応できていないゴブリンの首をすり抜けざまに落とす。
腕でかばう余裕もなかったゴブリンは、殆ど無抵抗に首を切り落とされた。
そのまま止まることなく、眼の前で起こったことに動揺しているもう一匹のゴブリンの頭に加速を活かした刺突を叩き込んだ。
やや力を込めすぎたせいで、ゴブリンの脳漿が散ってしまった。
この匂いに釣られて他の魔物が来ても困る。
最後の一匹を仕留め、手早く魔石を回収してしまおう。
「あと一匹——え?」
すぐに姿勢を低くし、三匹目を仕留めようと振り向いた先には、こちらを恐ろしげに見るゴブリンの顔はなく、代わりにつぶらな瞳でこちらを見る薄桃色のタピタス、後方へ置いてきたはずのモモの姿があった。
「モモ? ゴブリンは……逃げたのか?」
(もう俺に追い付いたのか……速いな……)
予想外にモモがいることに驚きはしたが、あまりゴブリンを逃して警戒されても面倒なので、まだ近くにいるはずのゴブリンを探すべく感覚を研ぎ澄まして周囲に集中する。
すると何かが落ちてくる気配を感じ、咄嗟に前方に回避行動をとった。
「うお! こいつは……」
地面を転がり、慌てて剣を構えて後ろを振り向けば、落ちて来たのは胸を陥没させ、白目を剥いて事切れているゴブリンの弓兵だった。
胸の陥没が特徴的な形をしていて、そのことからゴブリン達が見ていたのは自分だけではなかったのだと思い至った。
つまり、ゴブリン達に向かって魔法によって疾走していた俺の背中に、モモは脚力だけで追走し、そのままゴブリンを蹴り殺したということになる。
「これは……モモがやったのか?」
「クワーーーッ!」
モモはもちろんとでも言うように鳴き声を上げ、何かを期待する様に頭を下げる。
どうやらこの相棒は自分が思う以上に頼りになるらしい。
「おお〜凄いなモモは〜!よーしよしよし!」
「ピュイピュイ!」
思わぬ相棒の能力の高さに気を良くしたダルトンはひとしきりモモを撫でてから、ゴブリンの魔石を回収する為に死骸の解体を始める。
魔物の体には魔石と呼ばれる器官があり、魔物と獣はこの器官の有無で分けられる。
魔石にはその魔物の魔力が蓄積されており、魔物を殺しても魔石を回収しないと魔力の続く限り死骸が腐敗することはない。
また、魔物の生命力の源とも言われ、多少の傷は魔石の魔力を用いて回復してしまうため、魔物はとどめを刺すまでは油断できない。
そんな魔石だが、様々な用途に使用されており、冒険者ギルドが魔石の買取をしている。
その買取は冒険者でなくとも利用できるため、書記官であるダルトンも当然利用できる。
今回のゴブリンの魔石も、冒険者ギルドに売れば旅費の足しになるだろう。
そう考えたダルトンは早速自身の仕留めた首なしと、頭を破裂されたようになっている死骸の胸を開き、魔石を回収する。
「よし、傷一つない」
解体したゴブリンの魔石はどちらも状態が良く、ゴブリンの魔石としてはおよそ最高の値が付くように思えた。
(くくく、これで昼食は多少豪華に……ならないな。所詮ゴブリンの魔石だし……問題はあのゴブリンだよなぁ……)
半ば結末を予想しつつ、陥没した胸を開き、魔石の状態を確認する。
「うぉ、魔石粉々……」
モモが倒したゴブリンの魔石は、蹴られた時の衝撃で細かく砕けて使い物にならなくなっていた。
これでは売ることもできない。
「なに、もともと予定していなかった収入だ。気にするな」
「ピー……」
ダルトンは細かく砕けた魔石を見て申し訳なさそうに小さくなっているモモを撫でて慰める。
「それにしても、魔物が出たかー。近くの街に報告しとかないとな」
ゴブリンは繁殖力が強く、道に出没するようになる頃には中規模以上の巣を作っている可能性が高い。
中規模の巣では、ゴブリンメイジやホブゴブリンなどの強力な個体が見受けられ、討伐難易度はその数からもかなり高い。
二千体を超えるゴブリンからなる大規模な巣ともなると、ゴブリンキングがいる場合が殆どであり、ゴブリン達も統率された行動をとるようになる。
この場合、街の治安維持隊が冒険者と共に戦線を組んで対処する必要があり、過去には数万ものゴブリンからなる巨大な巣が発見され、国中から“色付き”の冒険者が招集されてこれを鎮圧したこともあった。
もっとも、それ程までに成長するには数十年を要し、過去のその例を招いたのも、領主がゴブリンを間引くことを怠ったためであった。
当然その領主は責任を問われ、一家は爵位を剥奪されて貴族の地位を失うこととなり、領主自身は打ち首となった。
それらのことがあって、街道で魔物に遭遇した場合の中でも特にゴブリンの場合は、管轄の街への早急な報告に行く必要があった。
「ここがヨダルサ街道だから……どこの管轄だぁ?」
ダルトンは地図を開き、近くの街を調べる。
その街の事務院へ報告をすれば調査が開始され、もしも中規模以上の巣が発見されれば、冒険者ギルドへと正式な依頼として貼り出される。
中規模以上のゴブリンの掃討依頼は冒険者にとっては一種祭りの様なもので、報酬が非常に高いために、ベテラン、初心者を問わず人気の依頼となっている。
冬までにどれだけ資金を貯められるかが死活問題である冒険者達にとっては、例え危険であっても重要な収入源なのだ。
「今いるのがここら辺だから……ロレンツ領のサタピサの管轄か」
ロレンツ領は鉱物資源が豊富でかなり潤っており、その中でもサタピサは行商人の行き来が激しく、様々なものが安く手に入ることで有名な街であった。
その為、サタピサは交易都市とも呼ばれている。
サタピサの事務院に今回の襲撃を報告し、時間があればついでにゴブリンの魔石を売ってしまうのも良いだろう。
「ようし、モモ! 今日はサタピサで一泊するぞ!」
「クワッ!」
ダルトンは地図を仕舞うと姿勢を低くしたモモに跨がり、活気に溢れるサタピサの街を想像しながら意気揚々と出発した。
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