第10話
第十話
ナツミちゃんからのメッセージ:静観を決め込むわね!
「「…………は?」」
ことのあらましを語ったクロトに、トオルとシゲミツは息の合った返答をした。場所はシゲミツのアジトである。
「え、じゃあ何? 神崎はイカ人間じゃないってこと?」
「そうなんだと、思う」
トオルからの問いかけに、クロトはそう返すしかなかった。そうとしか言いようがなかったからだ。
「……そもそもイカ人間ではなかったと言うのなら、私達が感知できなかったことも合点がいくな。イカ人間ならぬカラス人間だというのなら――やはり我々イカ人間と同様に、カラス人間同士でしか感知ができないとしてもなんらおかしくはない」
腕を組み、壁にもたれかかりながらシゲミツが言った。クロトも、その意見に異を唱える気はなかった。むしろ、隠蔽能力と説明されるより説得力があるように感じられたからだ。
「……じゃあ、神崎は僕たちを騙していたってワケ?」
声を震わせながらトオルが口にしたそれの言葉は、クロトとシゲミツが言えなかった可能性だ。その可能性を、できれば信じたくなかったのだ。
「なあ、お前らもホントは分かってんだろ? 神崎は、ひょっとしなくても裏切り者なんだってさぁ!」
「待て崎下。まだそうと決まったわけではない」
「ぽっと出のオッサンに何が分かんだよ! なあ墨染! お前、会ったばかりな割には神崎と仲良かったよな!? だったら分かるだろ、この、裏切られた気持ちがさぁ!」
「…………」
「おい、なんか言えよ墨染ェ! ……くそっ、なんだよ、ちくしょう!」
……トオルが取り乱す気持ちがわからない二人ではなかった。トオルは自分たちよりもカイとは長い付き合いだという。ならば、そんなカイがイカ人間ではなかったというのなら――今までのカイとトオルの関係が全て偽りの関係であるかもしれない、と。トオルがそういった理由で今憤っていることは百も承知だった。……だが、その上で。その上で、「本当にその結論でいいのか?」――と、二人は思ったのだ。
「あらあら、崎下くんったらすっごい荒れっぷりね。どうしたの、彼女にフラれたの?」
突如、女性の声が室内に響いた。声は入口の方から聞こえ――三人が振り向くと、そこには金髪の美女が立っていた。微笑む表情とは裏腹に、青い瞳は冷ややかに三人……というよりトオルを見下していた。
「……何しに来たんだよ、お前」
明らかな苛立ちを隠すこともせず、トオルは美女を睨んだ。どうやら二人には何らかの確執があるようだ。
「何しに……って。あのねえ、そっちが呼びつけたんじゃないの?」
美女は困惑した声色でトオルに言い返した。……その発言にトオルは心当たりがあったのか、やや目をそらしながら口を開いた。
「……ああ、アイツのパシリってワケ。便利に使われてんだな、お前」
「ふん、どう言われようが関係ないわ。私とアイツはギブアンドテイクの関係。使いっ走りになる日もあれば、その逆もある。ただそれだけの話よ」
美女はそのようなことを言いながら、着実にクロトたちの方へ向かって接近していた。
そして、間近に来るやいなや、
「強化アイテム、持ってきてあげたわよ」
やたらと頼もしいことを言った。
◆
「というわけで、私の名前はサリア・ガナドール。イカスミランチャー設計者の仕事仲間よ」
謎の美女もといサリアはトオル以外に笑顔を振りまきながらアタッシュケースを開けた。
そこには、ブレスレットのようなものが三つ収納されていた。
「えーと、これは?」
よくわからなかったのでクロトは正直に質問した。
「まあパッと見ただのブレスレットだものね。……シンプルに言うとね、それは墨の振り分け装置なの。つまり――戦闘時に異界刻印へ働きかけて、瞬時に攻撃形態と防御形態とを切り替えられる外付け機能とでも思っておいて」
それは、トオル、シゲミツは知らないことではあるが……クロトだけはおぼろげに覚えている能力に似ているものだった。
「……つまり、カイと同じ能力、ですね」
「な……ホントか、墨染?」
「ほう……」
驚く二人をスルーするかのようなシームレスさで、
「ええ、その通りよ」
サリアはそう答えた。
「実際これは、独自に入手した神崎カイの情報を基に設計したアイテムらしいわ。ここのところ研究室にこもりきりだったのはこれの作成に没頭していたからみたいね」
サリアはこともなげに言ったが、これはつまり……イカスミランチャーを作り上げた人物は、クロトよりも先にカイの正体を知っていたということである。一体どのようにして情報を得ていたのか……クロトはそこが気にかかった。
「あの、サリアさん。その設計者っていうのは――」
「ああ、あのマッドサイエンティスト野郎はね、商人でもあるのよ。自分の持つスキルを秘匿して、必要に応じて技術提供をする。後は分かるわね?」
商人とくれば対価を求めるということなのだろう――とクロトは判断した。……となると、あのイカスミランチャーも例に漏れず……だったのだろうか、とクロトは思った。
「……トオル。あのランチャー、とんでもない額だったんじゃないのか?」
当然の帰結としてクロトはトオルにそう訊ねた。だがトオルはノータイムでこう答えた。
「いやあれ神崎がポケットマネーで買ったんだよ」
「?????」
本当はトオルに対して使う予定だった返答を、この場にはいないカイに対して使う羽目になったクロトであった。
「よくわからんが、仮にアレが玩具であったとしても金額は凄まじいものになると思うのだが。神崎カイは一体どのような方法でアレを購入したのだ?」
思考がフリーズしているクロトの代わりにシゲミツが質問を投げた。
「それが本当にポケットマネーだったかまでは判別しかねるけれど、少なくとも神崎カイとあのクソ野郎との間にトラブルはなかったわ」
サリアからの返答はそれだけだった。シゲミツはそこに嘘はないと判断した。
「ふむ、冷静に考えてアレだけの規模の準備を整えるのはちょっとしたセレブでも難しいように感じる。となると神崎カイは、金銭以外の何かを対価にした可能性もあるな」
シゲミツの推測に、トオルは奇妙な感覚に陥った。
「そういえば、セレブで思い出したんだけど……神崎って、確かに僕と親友とも言える存在なんだけど――あいつの家のことについては家族構成すら知らない……」
セレブからの連想で神崎家の規模について考えた結果、トオルはそのような疑問をいだいたのである。
――そもそもカイは何者なのか? そのような疑問が部屋にいる全員の脳裏をよぎりつつあったその時、イカ人間である三人は同族の気配を察知した。
――その数は、十五。異常であった。そもそも、イカ人間はそこまで残っていないはずなのだ。コウイチとコウジも、今は既に穏健派となり襲撃に参加していない。
つまり、今シゲミツのアジト周辺に現れた十五体のイカ人間は新種のイカ人間とでも形容するしかない存在なのだ。
「馬鹿な……この期に及んで新たなイカ人間だと?」
「オイオイ、この数はヤバイんじゃないか?」
「……まさか、あの野郎! マジでふざけんな!」
サリアが明確な怒りを込めてこの場にいないマッドサイエンティストを罵った。
「おいおい、お前、つけられたんじゃないのか?」
「トオル、私はそこまで間抜けじゃないわよ! これどう考えたってアンタたちもハメられてるわよ!」
サリアの言葉に、クロトは一つの推測を立てた。
「ああ、想像したくはないけど……これはそのマッドサイエンティストさんの実験なんじゃないかな」
「有り得そうだな。……そこのところどうなんだ、喧嘩中のお二人さん?」
シゲミツの問いに、トオルとサリアは気まずそうな顔をした。
「神崎、まさかあいつ――」
トオルが何かを言いかけたが、その後の言葉は誰も口にしなかった。カイが対価にしたのが今の状況である可能性が無きにしもあらずだったからだ。
「……囲まれている。出るしかないな、これは」
シゲミツはそう断言し、戦闘準備に入った。
「急造って言い方も変だろうけど……奴らより、練度は僕たちのほうが上のはずだ。ていうかそこに賭けるしかない」
トオルはそう言ってシゲミツに続いた。
「行くぞ、俺達は『ヤリイカ』を倒したんだ。なんとかなる、いや、なんとかしてみせる」
――クロトはそう言い放ち、誰よりも先に外に出た。
外には、十五人の人間と、感知できない赤黒の異形が待ち受けていた。――だがクロトたちは、その現状唯一異形態のそいつをイカ人間とは認識していなかった。
「何者かはわからないけど、俺はもう怯えたくない。怒りで我を忘れたりしたくない。だから――」
クロトは、カイの顔、ラアヤの顔、シンヤの顔を思い出し、そして――
「カイから真意を聞き出すまでは、俺は俺を見失わない……!」
クロトは墨の真黒に負けない意思を見せた。
ブレスレットを右腕に装着し、同時に異界刻印を活性化させる。
「あなたのランクはもう7らしいから、攻撃を防御のどちらかに特化させたならその力は最高ランクの10にも届くはずよ。まずは攻撃意思を高めてアタックフォルムに調整してみなさいな」
背後から聞こえるサリアの言葉を信じ、そして同時に……『イカの力』と『科学の力』という二つの相克する力を手繰り寄せ――クロトは叫んだ。
「――――装黒……!」
〈BLACK OUT【Squid】〉
クロトの咆哮めいた宣言に呼応するかのようにブレスレットが電子音声を響かせる。
普段以上に棘のあるフォルムに変貌したイカのような人型の異形は、大量のイカスミを浴びてその体の七割を黒く染めた。
「……行きなさい、お前たち」
赤黒の襲撃者は十五人の人間に命令を下す。果たしてそのうちの何人がクロトに太刀打ちできるのか――そう考えつつも、襲撃者……ビャクヤは冷静に行動を開始した。
第十話「装黒」
こうして、イカ人間以外の何かによる本格的な介入が始まった。それが何を意味するのか――それは、まだわからない。
つづく
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