第8話「都市伝説と呼ばれたイカ」
第八話「都市伝説と呼ばれたイカ」
ナツミちゃんからのメッセージ:
まだ生えてくんのイカ人間!? 十五体ぐらいじゃなかったっけ?
ひと月前の戦い、その舞台となった永海町セントラルエリア。そこは現在――『やつら』以外、誰一人として足を踏み入れることができていない。
クロトたちが追う謎の組織、それが『やつら』である。名前すら定かではないために『やつら』と呼称せざるを得ないその組織は、恐ろしいまでの実権を持っていた。
「なあオッサン、セントラルエリアの調査ってどこが担当してるんだっけ」
森林地区の一角に佇む倉庫跡。現在はシゲミツのアジトとなっているその建物の内部にて……トオルは扇風機の風を一身に浴びながら、うちわを仰ぐシゲミツに訊ねた。
「リゲルゼン社とかいう企業だそうだ。国がそこに一任しているのがどうにも解せんが……」
汗だくになりながらも冷静に情報収集に勤しむシゲミツだったが、この件に関してはいまいち確証が持てないでいた。
「……いや、そうでもないぜオッサン」
「何?」
だが、トオルはその謎企業であるリゲルゼン社について知っていることがあった。
「あそこは国とつながりがあるって噂を聞いたことがある。……極秘裏に超常現象を解決する組織だってな」
「…………」
シゲミツは、トオルがそのような情報を掴んでいることにも当然驚いたが、それはそれとして別のことにも唖然としていた。
それは――
「おい貴様。なぜ扇風機の向きを固定している」
「あ、ばれちった」
トオルが極秘裏に扇風機を独占していたことだった。
◆
それにしてもクソ暑いな――と、クロトは汗だくになりながら永海商店街を歩く自分を客観的に見つめ直してそう思った。
自分はどうしてこんな暑い中外をぶらついているんだ――だとか、先週のセントラルスクエアプールで発生した通称『サメ映画事件』はマジでなんだったんだ――だとか、そういったアレコレを脳内で延々と問答し続けていた。
「いやマジでなんだったんだあのサメ……じゃねーやイカ人間は……」
光で幻覚を見せるとかいうそれなりに強力な異界能力を持つイカ人間だったが、なぜ見せてきた幻覚がサメ映画的なやつだったのか。クロトは一週間経過した今でさえ答えが出せずにいた。
――いやそれよりも、と。クロトは脳内会議の内容を切り替えた。
「……ラアヤと顔を合わせづらいんだよな……」
あの時クロトは、ラアヤにだけ己がイカ人間であることを知られてしまった。ラアヤは別に気にしていない風だったが、そんなことがあるというのだろうか? クロトはそのようなことを一週間考え続け、ラアヤに連絡すら取れずにいた。
――その時だった。
「あれ? クロトっちじゃん! どうしたの、そんなに浮かない顔して」
「うおっ」
クロトは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。なぜなら目の前にある喫茶店からラアヤが出てきたからだ。
「いや、どうしたのって、そりゃ……」
イカ人間のことをラアヤがどう思っているのか、クロトはそれを言いたかったのだが言い出せずにいた。それゆえのしどろもどろ応答だった。
「あー、もしかして先週のやつ?」
一瞬どきりとしたクロトだったが、イカ人間であることを気づかれたと言うより既に気づかれているわけなので、ひとまず慌てることをやめた。
「ああうん、先週のやつ」
「もー、気にしてないって言ったじゃん! クロトっちってば心配性だなぁ」
太陽を思わせる笑顔でラアヤは答えた。クロトはそれが少し眩しかった。
「いや、でもさ、その――怖くないのか? 俺だったら怖いんだけど」
クロトは自分がラアヤの立場だったらどうだっただろうと一週間考え続け、結局『恐怖感を抱く』という答えに帰着したのだった。ゆえにラアヤに対しても存外素直にそのことを告げることができた。
そんなクロトとは対照的に、ラアヤは不思議そうにこう言った。
「え? だってクロトっちはクロトっちでしょ? 先週だって私を助けるために戦ってくれたんだし」
「――それは、そうだけど」
「だったらそれでいいよ。私はクロトっちが怖い人だなんて全然思ってないんだから。クロトっちも変に気を遣わないでよね」
ラアヤは再び笑顔をクロトに向けた。眩しすぎたのか、クロトの目から一筋の涙が流れ出た。
「ちょっとー! クロトっちってば急に泣かないでよぉ。なんか私が泣かせたみたいじゃん!」
結果的にだが、それは別に間違ってはいないなぁなどと思ったクロトは、おかしくてつい微笑んでしまった。……様々なニュアンスでの嬉しさがごちゃ混ぜになった結果である。
「泣きながら笑ってるーーー!? 私はどうしたらいいのこれーーー!」
そんなラアヤを見ていて、クロトは余計にラアヤが好きになったのだった。
◆
「……ねえ神崎くん。『都市伝説』と『双子』。この二つを結びつけるキーワードってなんだと思う?」
数分前までラアヤがいた喫茶店『なつみん』、そのカウンター席にて、カイは店主の女性――ナツミちゃんと話をしていた。
「……そのワードだけだと双子に関連した都市伝説のように聞こえますが」
かき氷を食べながら、カイはナツミちゃんにそう答えた。
「ふふ、そんな単純な話じゃないってわかってるくせに。神崎くんは本当に可愛げがないわね」
「若者をからかいたいだけなら他を当たってください」
「もう、ちょっとはお姉さんの話し相手になってくれたっていいじゃない」
頬を膨らませながらナツミちゃんはカイに文句を言った。
「……俺に話を振ったってことは、『イカ人間』あたりですかね」
カイはキーワード候補を告げた。
「せいかーい。お姉さん嬉しいわ。嬉しいからコーヒーサービスしちゃう」
「デキてるとか思われたら困るので結構です。……で、双子のイカ人間が現れたんですか?」
「そうなのよー。なんか先週現れたやつと双子らしくてね」
若干しょんぼりした仕草を見せつつ、ナツミちゃんはカイに情報提供を始めた。
「らしくて、ねえ。なんでそんな縛りプレイしてるんですかあなたは」
カイはなにやら意味深長な発言をしたがナツミちゃんはお気楽な表情を見せるだけだった。
「もう、縛りプレイだなんて大胆なこと言うのね」
「帰りますね」カイは席から降りた。
「待ってってば~、冗談よ、冗談。どっちみちめんどっちぃやつだから神崎くんにお願いしたいのよ、ね、頼まれてくれない?」
「……初めからそう言ってください」カイは再び席に座った。
「ありがとね~」
そう言った直後。カイにだけ聞こえる声量で、そして、カイすら寒気を感じるほど冷酷な表情で――
「そのイカ人間、速攻で始末なさい」
ナツミちゃんはカイに、イカ人間『ホタルイカ・タイプ2』の討伐指令を出した。
◆
「いやー、ごめんねクロトっち。買い物手伝ってもらっちゃって」
十七時。七月なのでまだまだ太陽が明るく照らす永海商店街を、クロトはラアヤと一緒に歩いていた。会話から分かる通り、買い物に付き合っていたのだ。
「そういやクロトっち。なんでセントラルスクエアプールってセントラルエリアにないのにセントラルって付いてるんだろうね」
「ああ、あれはな、合併前はあの辺りが永海町の中心部だったってことを忘れたくない人があそこにプールを作ったからだよ」
「へー、物知りだね」
「……たまたま知っただけだよ」
「たまたまでもすごいって」
こういった取り留めのない会話をしていると、時々クロトは思う。……どうしてラアヤは自分にここまで優しくしてくれるのだろう、と。だが聞けずにいた。思いを伝えることもできずにいた。
――そのどちらもが、場合によっては関係を悪化させてしまうように思えてしまうからだ。
イカ人間に変貌したことを受け入れてもらった事自体奇跡的だと思うクロトだが、だからこそ、余計に――今の関係を壊したくないという思いが強まっていた。
理解者を、失いたくないのだ。
「ところでさ、クロトっち。なんか最近『都市伝説』が流行っているらしくてさー」
「……都市伝説?」
今どきあまり聞かないワードだな、とクロトは思った。SNSの普及が都市伝説の衰退に関係している、というのがクロトの見解である。ちなみにトオルには関係ないと否定された。彼は都市伝説に興味があるのだ。
「うん、なんか人によって言うことはバラバラなんだけど、決まってこの時間が話の舞台になってるんだよね」
「……で、実害は出ているのか?」
「うん、なんか行方不明者も出ているらしくて」
クロトは『イカ人間』の仕業だと断定した。方法は不明だが、超常的なイメージが会話の中から嗅ぎ取れたのだ。
「……ラアヤ、送ってくから早く帰ろう」
「え、それは嬉しいけど――まさかクロトっち、」
「行かないから、信じてくれ」
そう言ってラアヤの手を引くクロトだったが、目は合わせられなかった。それは、恥ずかしさとは別の感情が起因となっていた。
――だが、その時。
「――――!」
クロトは感じ取ってしまった。……近くにイカ人間がいることを。
「クロトっち……?」
もしかして――と、ラアヤは言おうとしている。クロトは長い付き合いのこともあってそれがわかってしまった。
ラアヤとの約束は大切だ。だが――
「ここでイカ人間を倒さなきゃ、この先もラアヤが危ない」
クロトは戦闘を優先してしまった。切羽詰まった結果であった。
「ちょっと、クロトっち!」
「急いで帰れ! 俺もちゃんと帰るから!!」
そう叫んでクロトは路地裏へと走っていった。
――いや、既にラアヤは路地裏にいたのだ。
「――――!?」
クロトは、意味がわからなかった。だが、理解してしまった。そして、現実を直視してしまった。――潜行を利用して擬似的な瞬間移動をさせたのだ。
「遅かったなァ、新入り。……ああ、まだコイツは死んじゃいねえよ」
目の前には、先週戦ったイカ人間とフォルムが似通った個体が一人。そして――
「ラアヤ……!」
さっきまで一緒にいたはずのラアヤが、イカ人間の後ろに虚ろな目をして立っていた。まだ無事なようではあるが――それでもクロトは感情を抑えられなかった。
「ラアヤから離れろォ―――ッ!」
咆哮めいた怒号に呼応するかのように、クロトの右腕に存在する異界刻印が閃光とともに体を包む。
閃光の後に立つのはイカの形をした人型の異形。その真白の肉体に黒い墨が頭上より降り注ぐ。
体の五割程が黒く染まったその姿は、白と黒のまだら模様の様にも見えた。
それは、眼前のイカ人間のコントラストとも似通っていた。
「……チッ、もう俺に並ぶほどとはな。だからコウジは倒されたのか」
「そんなことはどうでもいい。ラアヤを返せ」
問答無用――と、クロトは右腕を墨染の高周波振動ブレイドに変化させ敵性イカ人間に仕掛ける。
「おっと、そうはいくかよ!」
敵性イカ人間は体を発光させた。それはフラッシュというほど眩しいものではなく、弱く点滅する光が体中に点在する、という程度のものだった――だが。
それに引き寄せられるかのように、敵性イカ人間の前にラアヤが立ち塞がった。
「――――っ!」
なんとか踏みとどまり、距離を取るクロト。その様を眺める敵は、肩を震わせて笑っていた。
「いいザマだなァ……だが俺もコウジに頼まれてなァ、テメエにぶっ飛ばされたってんで復讐に来たってわけさ」
敵はそう言いながらラアヤを抱き寄せた。――この時、クロトは初めて後悔した。
――あの時、イカ人間『ホタルイカ』を殺しておくべきだったと。
「いやァ、悪ィなァ……でもお前が悪いんだぜ? コイツともっと早く連絡を取ってれば、コイツは『都市伝説』を探しに出かけたりなんかしなかったかもしれねえのによォ……!」
「ふざけるなああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
クロトは絶叫する。だが、ラアヤを人質に取られた今、どうすることもできなかった。それがさらなる慟哭へとつながり、クロトは怒りを抑えられなくなりつつあった。
「はー、たまんねえぜ! 調子づいてやがるやつが感情的になってる様ってのはよォ! もっと怒っていいんだぜ? どうせ攻撃なんてできねえんだからよォォーーー!!」
「――――――」
◆
「クロトくんって言うんだー。私ラアヤっていうの、よろしくね!」
中学一年生の春、中々クラスに馴染めないでいたクロトの左隣に座っていたのがラアヤだった。……初めのうちは「親切な子だ」としか思っていなかったクロトだったが、何度も話しかけられているうちに心を開くことができるようになっていった。
何度か二人で遊びに行ったこともあった。メールもした、電話もした。SNSが普及した頃には、それらでも友達登録をした。……けれど、クロトはそれだけでは満足できないでいた。
本心を言うなら、クロトは彼女が愛おしかった。だが……同じ高校に入学した今でもその思いを伝えられない自分に、毎回言い訳を作っては思いを伝えないことの理由付けを強制していた。
その結果が今の状況だった。クロトは決断をできなかったばかりに、ラアヤを危険な目に合わせてしまった。いや、もしかすると既に――
それは全て、クロトにとっては――己の優柔不断が招いたツケであると感じられた。
そんな現実が、クロトの感情を支配する。怒りが、憎しみが、殺意が――墨となってクロトに降り注いだ。
◆
その時、クロトの中で何かが切れた。怒りが感情を支配した。憎しみが武器を形作った。殺意が推進剤となった。
「お? どうし――」
その時点で、クロトは――敵性イカ人間『ホタルイカ・タイプ2』の背後に潜行と浮上を終えていた。
「――た」
タイプ2が言葉を発し終えるより早く、墨染の振動剣は切断を済ませていた。
「――ぁ? あれ、俺の、俺の右腕――」
ラアヤを抱き寄せていた右腕が切り離されたため、彼女は地面に倒れた。
状況を飲み込めないタイプ2は反射的に背後を振り向く――そこには。
「ヒッ――」
七割が墨に染まった狂戦士が直立していた。
その数秒後、タイプ2はバラバラになった。
「……これは」
現場に到着したカイが見たものは、かつて彼が見た地獄のような光景を想起させるものだった。
「そうか、墨染。まだ制御できない段階にランクアップしてしまったか」
やれやれ、と。カイはため息混じりに戦闘態勢に移った。
「ナツミちゃんの言っていた厄介事、もしやこっちのことだったか?」
そう呟きながら、カイは体中から黒い何かを大量に放出させる。
「――――――」
怒りに支配されたクロトは、まだ暴れたりないとばかりに肩を震わせていた。
「俺が相手になってやる」
そう言ってカイはクロトに向かって走り出した。
「――染黒――」
そしてカイは、漆黒に包まれた戦士へと姿を変えた。やはり黒いなにかに覆われており詳細なフォルムは不明だが、その動きは先刻のクロトを大幅に上回る無駄の無さであることだけははっきりとわかった。
そして、クロトとカイは激突した。
つづく
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