第5話「あの日見た白色」
第5話「あの日見た白色」
ナツミちゃんからのメッセージ:
あのデカブツが地中に潜伏できている理由とか考えてみるといいかも?
カイとトオルに連れられて、クロトとシゲミツはセントラルエリア地下にあった居住スペース――のような空間にやってきた。
そこは地下鉄のホームを思わせる、やや薄暗いコンクリートの空間だった。作業机や本棚、ラジオなど……さながらレジスタンスのアジトといった趣があった。部屋の広さは十畳ほどである。
「……このようなスペースがあるとはな。神崎カイ、元から貴様の所有物なのか?」
最初に、シゲミツが口を開いた。シゲミツは、冷静に状況判断をする理性的な男なのである。
「疑り深いやつだ。……そうだよ、ここは元から俺のものだ。今回の異常事態が起こってからはアジトとして使っているが、それまでは一人で考え事をするためのプライベートな場所だった」
カイは感情のこもっていなさそうな口調で言った。
「ふむ、嘘ではなさそうだな」
それはそれとして。シゲミツは、カイの発言に嘘がないと判断した。
「当たり前だろ? 神崎は手札を見せることはあまりないけど、嘘はつかないんだよ」
「そもそも擬似的に心を読める沖田シゲミツに対して、無意味に嘘をつこうとは思わない」
トオルはテンション高めに喋り、カイはどこまでもクールに呟いた。
「事情通だというのも本当みたいだな、あんた」
クロトはカイに話しかけた。カイがシゲミツの特技を知っていたからである。
「沖田シゲミツについても念の為チェックしていたからな。だが墨染クロト、君は少々想定外だった」
「俺が? なんで」
「君がイカ人間になるのが――と言うより、君が沖田シゲミツに撤退を選ばせるほどのスペックを持っているということが、と言うべきか。とにかく君は、初めからかなりの強さを有している。誇っていいぞ」
若干、上から目線でカイは答えた。
「俺にそこまでの素質があったとは」
「フン、私も驚きだったよ。貴様の動きは新参者とは思えなかった。私が墨の海へ潜行することを予想していたのか知らんが、まさか私の命ではなく肩を狙っていたとは。あの状況で私の動きを止めるのには最適だったと言えるだろう」
シゲミツに称賛されたが、クロトはどうにも腑に落ちなかった。
「そこまで考えていなかったはずなんだけどな。……でも確かに、あの時の俺は――あの場では、肩への射撃が最適だと考えていた」
自身でも不思議だとクロトは思ったが、それでもシゲミツと戦ったときは自然とそのような思考になっていたのだ。
「――戦術思考。或いは流入、か。可能性によっては……君は最強のイカ人間になるかもしれない」
何かを察したカイが、うっすらと笑みを浮かべながらそう言った。
「多分それは買いかぶりだと思う」
クロトは本心からそう言った。クロトがそこまで自信過剰というわけでもない、ということもあるが……何よりも『ヤリイカ』の圧倒的な力を見た直後ということが大きかった。
「確かにヤリイカの暴威を目の当たりにすれば――君がそのような認識をするのは無理も無いだろう。……だが、君の初期スペックが妙に高いのもまた事実。これはヤリイカにも見られなかった要素だ」
カイは、冷静な分析と純粋な称賛を織り交ぜながらクロトの特異性について語った。クロトはまさかそこまで褒められるとは思わなかったので内心照れくさかった。
「だってよ墨染。よかったじゃん、神崎がここまで褒めることって中々ないぜ」
トオルはクロトの背中をばしばし叩きながら言った。カイと合流してから、トオルのテンションは元通りだった。
――ふと、咳払いの音が聞こえた。音の主はシゲミツだった。
「……そろそろいいか? 神崎カイ、イサリビの話を聞きたいのだが」
シゲミツの言にカイは「ああ」と答え、そしてパイプ椅子に座った。
「沖田シゲミツ、貴方ならば俺が嘘をついていないことは証明できると思う。その点に気を配りつつ聞いてもらいたい」
「いいだろう、続けてくれ」
「ああ、では――」
そして、カイは客観的な事実のみを述べた。ヤリイカとは別ベクトルで最強のイカ人間だったイサリビが、イカ人間ではない少女に攻撃を仕掛けていたこと。そのイサリビが不意打ちを受けて死亡したこと。そして、それが夕方の出来事だったこと。以上の三点がカイの口から語られた。
「……嘘はないようだが、一体どこでその情報を手に入れたのだ?」
誰もが思っていたことをシゲミツが口にした。
「悪いがそれは言えない。ヤリイカと戦ってからは敵同士かもしれないからな、俺達は」
やはり冷静にカイは答えた。
「フン、抜け目のないやつだ」
シゲミツはやや苛立たしげに言った。
「それよりも、だ」
再びカイが口を開いた。
「……まずはヤリイカだ。不安材料ではあるが、イサリビに関しては現状後回しにすべきだろう」
まずは目下の脅威を取り除く――カイはそう言ったのだ。
「それで、アンタにはその策があるんだよな?」
やや早口でクロトが言った。一刻も早く聞きたかったからだ。
「ああ、勿論だ」
「もう勿体ぶるのはいいだろ、ヤリイカをこれ以上放っておくのはヤバイ」
それが必勝の策であると信じて、クロトは思いの丈をぶつけた。
「わかった、では手早く話そう」
そしてついに、カイが作戦について語り始めた。
「……結論から言うと、その策というのは――永海町セントラルエリアを破壊する、というものだ」
「「「な――」」」
「「「なんだとーーーぅ!!?」」」
色々な意味であまりにも容赦のない策だったため――クロト、トオル、シゲミツは思わず叫んでしまった。
◆
そして――数時間後。クロトたちは再び廃墟と化したセントラルエリア……その地に立っていた。
それぞれが持ち場に向かう、その少し前。
ほんの数分、クロトとカイは二人きりになった。
カイは深き夜の闇に溶けるかのようだ――と、カイを見ていたクロトは、なんとなくそう思った。理由はわからない。だが、そんな気がしたのだ。
「墨染クロト」
「――な、なんだよ」
そんな時、突然カイに声をかけられたので――クロトは内心どきりとした。
それを知ってか知らずか、カイは穏やかな笑みを浮かべながらクロトに問いかけた。
「君は――白いカラスを見たことがあるか?」
「は……?」
全く予想していなかった質問内容だったため、クロトはぽかんとしてしまった。
「あるのか、それともないのか」
「いや、ないかな……」
妙に真剣な表情で聞いてくるカイに、クロトは圧倒されつつもなんとか答えた。
「……そうか」
そう呟いたカイは、どこか寂しげだった。
◆
深夜の永海町セントラルエリアは、他のエリアと繋がる『永海シーロード』を東西南北全てヤリイカに破壊されてしまっていた。そのため、被害状況を確認するには海路、あるいは空路からセントラルエリアに入る必要があった。
だが――
「……なんだ、アレは」
中継のためヘリに乗り、セントラルエリア上空で待機していたとあるテレビ局のリポーターは、海上を俯瞰し、恐ろしいものを発見した。
セントラルエリア周辺の海中から、何かが船を攻撃しているのだ。
「おいおい、まさかマジで巨大なイカなのかよ……」
リポーターは思わず本音をこぼす。……アレはもしや、イカの触手攻撃なのではないか――と。
そんな一マスメディアのヘリがビームに貫かれたのは、その数秒後であった。
墜落――いや、蒸発するヘリの群れ。
沈没――いや、粉微塵になる船の群れ。
もう既に――永海町セントラルエリアは地獄と化していた。
つづく
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