第3話「ストレンジャー~ビャクヤ」

第3話「ストレンジャー~ビャクヤ」


ナツミちゃんからのメッセージ:おっ、お前は……!




 沖田シゲミツが取り出した肉片は、謎のイカ人間――通称『ヤリイカ』に轢殺されたイカ人間であった。衝撃の事実に言葉を失うクロトだったが、どうにか気持ちを切り替えた。


「ヤリイカという通称から、俺は刺突やなぎ払い――そして投擲を戦闘スタイルにするイカなのかと思っていた。……だがこれは、質量というか――」

 言葉選びに苦心するクロトをフォローするかのように、シゲミツが口を開いた。

「ああ、これは君が想定していた槍とは違う。ミサイルの方がイメージとしては近い」

「僕も一度見たことがあるけど……『ヤリイカ』はミサイルそのものだ。――それも、

 トオルが、『ヤリイカ』の持つ恐ろしい性質を告げた。


「まさか……そいつ自体が槍なのか」

 クロトの推測に、二人は頷いた。揃って苦い表情を浮かべている。

「アレと相対したところで……単純な要因で我々は敗北してしまう。――そう、質量差だ」

 巨大なヤリイカの突撃を、並大抵のイカ人間では防ぐことができない。それがシゲミツの結論だった。実際にぶつかりあった結果が……あの肉片なのだろう。


「ヤリイカの暴威に恐れおののいた我々イカ人間は、共食いによって力を一点集中せざるを得なくなったのだ。……正直なところ、誰一人として協力しようとはしていなかった」

 目を細めながら、苦々しい表情でシゲミツは言った。

「まあ確かに。協力するよりも吸収して同規模の質量を得た方が勝率は高いかもね」

「悔しいが、そういう結論を抱いたのだ」

 トオルの発言に、シゲミツは心底悔しげに呟きで返した。


「待ってくれトオル、お前は何故その結論に至らず協力する道を選んだんだ? 何か秘策でもあるのか?」

 クロトはトオルに問いかけた。トオルは「うん、あるよ」と答え、こう続けた。

「でもそれはまだ知らない。僕すら知らされていない策なんだ」

 その発言に、クロトとシゲミツは唖然とした。


「おい貴様! そんな実質ノープランな状態で動いていたというのか!?」

 シゲミツは怒り狂う寸前でどうにか感情を抑え込んでいる……といった具合の表情でトオルに掴みかかった。抑えているとはいえ、シゲミツの顔には青筋が浮き出ている。またイカに変身してしまいそうだとクロトは思った。


「落ち着けよオッサン! ノープランってことじゃない、さっき話した友人、ソイツが考案したんだよ! 今から会いに行くからとりあえず黙ってついてきてくれるかな!」

 トオルの反論に、シゲミツは渋々了承した。


「……いいだろう。だが内容如何によってはその場で貴様たちを食らうかもしれん……これ以上ヤリイカを放置できんからな!」

 その言葉には、シゲミツの必死さが垣間見えた。彼には彼の葛藤があったのだろう――言葉には出さずとも、クロトもトオルも理解していた。


「……トオル、急ごう。策が実行できる内に始めないと」

 クロトの発言にトオルは首を縦に振った。

「……じゃあ行こうか。案内するよ」

 そう言ってトオルは歩き始めた。

「待て、目的地を先に教えろ」

 シゲミツが言った。トオルは歩きながら答えた。


「セントラルエリアだよ。ツルギモリタワーのある、ね」



 ――少女は走っていた。目的はあり、そして生きる意志もあった。

 だがそれはそれとして……彼女は、体のほとんどが墨で染まった『イカ人間』に追われていた。


「頼むよ、アンタはイカじゃないんだろうけど、それでも」

 『イカ人間』は『イカ人間』を認識できる。相手が人間態であろうとも。ゆえに、このイカ人間――イサリビは、少女がイカ人間ではないことを当然理解している。

 


「俺の墨に呼ばれてしまったのが運の尽き……『イカ』を捕食できないのなら――お嬢さん、アンタの力を戴くまでだ」


 イサリビの異界能力は『誘惑』。魅了能力を持った墨を散布し、得物を待ち伏せするのだ。その後はイサリビ本人の戦闘能力に委ねられるのだが……魅了によりターゲットの戦闘意思が落ちているためそこまで懸念材料というわけでもなかった。


彼は共食いを是とせず逃げていたが、目の前の少女――その特異性に気が付き、共食い以外の殺戮行為を決断したのだ。


「まだマシだ……あんな共食いなんて二度とゴメンだ……だから、だからこそ『お前』なら――」

 イサリビは覚悟を決めて少女に迫る。銀色の長髪を持つその少女は、一度つばを「ごくり」と飲み込み、それからは様子を伺っているようだった。


「抵抗しないのなら――」

 イサリビは、右腕を触手へと変化させ――少女の脳天に照準を合わせた。

「苦しまずに逝かせてやる」

 触手は先鋭化し、針のような形状をとった。


 イサリビの戦闘能力は、イカ人間の中では並である。……だが、彼の魅了はそれを十分補えるものだったのだ。

 彼の必殺技とも言える戦法は、相手の脳に直接『魅了』の墨を注入するというものである。その高濃度な魅了効果により――攻撃を受けた相手は『幸福な気持ちで死ぬ』。


 最早言うまでもないが、イサリビはヤリイカとは別の意味合いで最強だった。正攻法ではヤリイカが――そして搦め手ではイサリビが、永海町に潜伏するイカ人間ではそれぞれ最強の名をほしいままにしていたのだ。


 だがイサリビ――城ヶ崎セイヤは心優しい男だった。その優しさゆえに、共食いを後悔し、そして恐怖し――その結果、このような決断を下した。……そう、この行動には意味があるのだ。だが、その事実に気づく者は未だ少ない。


「――ァ、ハァ、……行くぞ」

 最後の葛藤を終え、イサリビは少女に対する攻撃実行を決意した。


 ……だが、しかし。


「――ご、ぶっ」

 

 その寸前で、イサリビの全身を十五本もの黒い矢が貫いた。


 イサリビは背後からの奇襲を受けた。彼がその事実を理解したのは、事切れる直前だった。

 どちゃり。イサリビは血と墨の入り混じった地面に倒れた。


「逃げ、ろ……トオ――」

 イサリビ――城ヶ崎セイヤはそのまま動かなくなった。


「…………」

 少女は何もしていない。ただ目の前で起きた惨劇を心に留めるのみ。

「私も、いつか――」

 暮れる夕日――その方角に立つ射手を視界に入れながら、少女は何かを決意した。

 射手の姿は逆光でよく見えなかったが、そいつはきっと真っ黒なのだろう――少女はそう思った。


 ところで、彼女は墨染ビャクヤという名前だった。



 バスで移動すること十五分。クロトたちは永海町・セントラルエリアに到着した。日付は二〇一六年五月二十日……時刻は午後七時三十分。その日は、普段なら深夜でもずっと明かりのあるツルギモリタワーに光がなかった。道行く人々に声を掛けるも、返ってきた答えは「知らない」や「七時には明かりが消えていた」の二点だけだった。


「なんだ? メンテナンスでもしてるのかな」

 トオルは物珍しそうに呟いた。

「この町のシンボルであるツルギモリタワーがな……別に私はここの生まれではないが、それでも全国的に有名なスポットだからな」

 シゲミツも得心がいっていないようだ。


 ……そんな中、クロトだけが何かを思い出していた。

「……そういえば、一週間ぐらい前に親父が言っていた」

 その時は軽い気持ちで聞いていたが……事態が事態であるため、シンヤのあの発言――その重要性に気がついたのだ。


「親父が言っていた――ツルギモリタワーが消灯した日は『外に出るな』――って」

「おい墨染、それってどういう――」

 トオルがそう言いかけたその時、


「うわぁぁぁーーー! 何だアレはぁぁーーー!?」

 セントラルエリアにいた人々がパニックに陥った。

 クロトたちがそれに気づいた時、おぞましいまでの轟音があたりを襲った。

「おいおい……オッサン、アレって」

「馬鹿な……最早、潜伏すらしないというのか……?」

 トオルとシゲミツは、何が轟音を発生させているのか――それを理解していた。


「まさか――アレが」

 そして、クロトは否が応でも気付かされた。


 ――そう。『ヤリイカ』が出現したのである。


                                   つづく


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