第2話「ハイな水先案内人~崎下トオル」

第2話「ハイな水先案内人~崎下トオル」


ナツミちゃんからのメッセージ:最高にハイってやつね!




 西日が差し始めた永海町の住宅街。そこで今、あまりにも奇妙なことが起こっていた。人がイカ人間とでも形容せざるを得ない姿に変貌し、激闘を繰り広げた。そして、始末されたはずの少年が何食わぬ顔で登場した。これを奇妙と言わずなんと言おう。


「トオル……お前なんで」

「貴様は……確かに始末したはずだ……馬鹿な」

 ……クロトはおろか、襲撃者の男すら驚きを隠せずにいた。

 この中で平然としているのは崎下トオルただ一人であった。


「オイオイ、何? 僕が生きているのがそんなにもおかしいのかい?」

「おかしいも何も……お前さっきそいつに」

 クロトが先刻の事実を言いかけるも、

「はぁ? あのさぁ墨染ぇ、お前早合点しすぎだよ。よく見てみろよ、ホラ、そこの間抜けなアサシンもさぁ」


「「な――」」

 声をハモらせながら、クロトと襲撃者の男はトオルの死体の方を見た。……そこにあったのはやはり崎下トオルの肉体である――だが。


「……これは、まさか――全て『イカスミ』で構成してあるのか?」

 襲撃者は「信じられん……」と付け加えつつ真実を口にした。……そう、トオルは自分で生成した『イカスミ』を用いて己のコピーを作り出していたのだ。トオルの『異界能力』は『分身』なのだ。


「ご名答。流石に何体もの『イカ』を狩ってきただけのことはあるね……『沖田シゲミツ』」

「沖田シゲミツ……!」

 トオルの発した人名にクロトは衝撃を受けた。沖田シゲミツとは有名なタレントで、数年前から行方不明となっていたのだ。


「……貴様、いつ気がついた」

「この妙ちくりんな戦いが始まった頃だから……もうひと月になるかな」

「……よく気がついたな」

「友人にとんでもないやつがいるんでね」

「……恐ろしいやつだな、その友人とやらは」

「ああ、マジにヤベーやつではあるよ」


 クロトは二人の会話に入れずにいたが、それは状況を眺めて整理するためだった。そしてそれは成功し、クロトは少しずつではあるが着実に事態を把握し始めていた。


「……トオル。俺からも一ついいか」

「お、どうしたんだい墨染。初心者同士だとかえって不利なんじゃなかったのかい?」

どの口がそれを言うんだ――そう思いながらクロトは口を開いた。

「お前のどこが初心者なんだ。とぼけないでくれ」

 クロトは少しムッとしていた。ちなみに聞きたかったことが『トオルがとても初心者には見えない』というものだったので、一応目的は達成できた。


「だから早合点しすぎって言ったんだよ墨染。僕は一言も『僕は初心者です』なんて言ってないだろう?」

 ムッとしていたがぐうの音も出ない返答をされたので、クロトは一旦落ち着くことにした。――すると、クロトの姿が人間へと戻った。


「……これは」

「……我らは闘争心を放出することによって『イカ』に姿を変える。つまり、裏を返せば……戦闘が終われば気持ちも落ち着き、次第に人へ戻るというわけだ」

 襲撃者――沖田シゲミツが口を開いた。


「ま、イカっぽい要素を持ったってだけだからそもそも人型には違いないんだけどね」

 トオルが補足説明をした。

「……フン、そう言っていられるのも今の内だ」

 シゲミツはそれをあざ笑うかのように口を挟んだ。


「ああ、そのことね。……『ヤリイカ』だろ?」

 この場合のヤリイカが本来のヤリイカではないことなど、クロトでも既に理解していた。

「……わかっていて尚その余裕か。蓄えねば蹂躙されるだけだぞ」

「だから今アンタと会話してるんじゃないか」

 クロトは、トオルの思惑がだんだんと見えてきた。


「……トオル。じゃあお前、俺に協力を持ちかけてきたのは、」

 クロトが言い終わらない内に、クロトが言おうとした内容をトオルが言った。

「ああ、そうさ。……『ヤリイカ』を倒すために仲間を集めるためさ」


 直後、シゲミツが口を開く。

「……私は共食いによって『イカ』の力を高め、それによって『ヤリイカ』を打倒するつもりだった。……協力しようとする『イカ』と出会ったのは初めてだったのだ」


 語っている内に落ち着きを取り戻したシゲミツもまた人間体へと戻り、彼の異界能力『墨の海』は解除された。それにより彼は、世界の修正力によって地上に帰還した。

 彼は白髪混じりの男性で、年齢は五十歳である。黒いスーツ、黒い中折れ帽……それらが非常に似合っているスリムな体型も、タレントとしての人気確立に一役買っていた。


「そもそも……アンタはどうして『イカ』になったんだ」

 クロトは、この際だったのでシゲミツに思い切って聞いてみることにした。

「……いいだろう。たまにはアレを話すのも悪くはない……アレは三年前のことだった――」

 当時の出来事をひとつひとつ丁寧に思い出しながら、シゲミツは『アレ』とやらについて述べ始めた。


「当時東京にいた私はあの日、ドラマの収録を終えてからまっすぐ家路についていた。……だがその道中、何者かの気配を感じ取った。――それこそが『やつら』だった。『やつら』に私は実験対象にされ……気がつくと三年後――つまり二〇一六年となっていた。そして私は……『イカ』の力を与えられていた……事のあらましは以上だ」

 シゲミツの語りに、クロトは『いまいち釈然としないな』と率直な感想を抱いた。


「……墨染とやら。貴様今、『いまいち釈然としないな』……とでも考えていただろう」

「……よくわかったな。素直に驚いた」

 驚くクロトとは対照的に、シゲミツは特に感情を変化させたような素振りはなかった。


「フン、人と交流する機会は多かった方でな。いつの間にやら相手の考えている事柄がうっすらとだがわかるようになったのさ」

 なんでもないことのようにシゲミツは答えた。


「うっわ、エスパーかよアンタ」

 今度はトオルが率直な感想を述べた。「ありえねー」とまで付け加えた。

「フン、人がイカ人間になることを思えば遥かにリアリティがあるとは思わんのか貴様は」

 早口でまくしたてるようにシゲミツは言った。

「読心術とかイカ人間よりリアリティある分余計に現実味がないんだよ。わかってないなオッサンは」

「フン、ほざいていろ」

「そっちこそな」


 雲行きが怪しくなってきたと感じたクロトは、話を戻すことにした。

「……それで、『ヤリイカ』は『やつら』とは何か関係があるのか?」

 クロトの問いにシゲミツが答えた。

「そもそも『イカ』の力自体……『やつら』の実験だと推測できる。場合によっては――この永海町が実験場となっているのかもしれない」


「胸糞悪いけど、そのオッサンが言ってることは多分合ってるぜ。まあ、『ヤリイカ』がどういう目的で行動しているのかは目下調査中なんだけどさ」

 気だるそうな口調で、トオルが会話に参加した。


「……まさかそんな奴らが暗躍しているとは」

 そう言いながら、クロトはシンヤのことを思い出していた。

「俺の父親――墨染シンヤも数日前から行方不明になっている。……想像したくないが、『イカ人間』絡みの案件なのかもしれない」

「あり得るね」

「あり得るな」

 トオルとシゲミツはほぼ同じことを言った。息が合うのか、それとも単純にその可能性が高いだけなのか。そこだけは現状ではハッキリとはしない。情報が少ないからだ。どちらとも言えるということである。


「トオル、そしてシゲミツさん。俺たちはお互いのことをもっと知るべきだと思う。俺とトオルはともかく、少なくとも俺は――シゲミツさん、アンタと実際に関わるのは今回が初めてだ。だからもっと情報をシェアしてほしいと思っている」

「一番経験豊かそうだしな、オッサン」

 トオルは若干乱暴な口調で話したが、シゲミツは気にしている風でもなかった。


「既に倒されたも同じ。……いいだろう、墨染とやら。貴様と協力することを約束しよう」

 シゲミツはクールな笑みを浮かべながらそう言った。


「感謝する。……ただ、アンタが今までどうやって生き残ってきたのかも聞くことになるが、いいだろうか?」

 クロトは律儀な性格なので、そのあたりもしっかりと確認しておくことにした。


「律儀なやつだ。……ああ、私ももう少し潜伏していれば、他の『イカ人間』を手にかけずに済んだのかもな」

 自虐めいた表情を浮かべながらシゲミツが言った。

「それは言いっこなしだぜオッサン。アンタはアンタで必死だったんだろ。それだけだ、僕からわざわざ糾弾する気はないよ」

 トオルがフォローを入れる。同じ『イカ人間』同士、何か思うところがあるのかもしれない。


「そうか。……ああ、気を負わずに会話するのは久しぶりだな」

 シゲミツは、優しげな表情でそう言った。――だが、直後。彼の顔は再び真剣なものに戻った。


「とはいえ今は戦いの時。まずは『ヤリイカ』を倒すための情報シェアから始めようか」

 そう言ってシゲミツはスーツ裏のポケットから何かを取り出した。


「これは……」

クロトが言葉をつまらせ、

「に、肉片じゃないか……色的に『イカ人間』の」

 トオルが続きをなんとか言葉とした。

 そして、シゲミツが告げた。


「これは……『ヤリイカ』に轢殺された『イカ人間』――その残骸だ」


                                   つづく


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