三話

深い深い眠りから目覚めた感じ。


「シグマ! 頑張れ、もうちょっとだぁーっ!」


わ、何事!?

耳がキーンとするんだけど!


「ほらおいで! ママのところへいらっしゃい!」


ま、ママ!?

……あー、状況理解。

ここはもう、新しい世界なんだ。


「シグマっ、おにーちゃんのところにおいで!」


おにいちゃん…。

待て待て神よ! 俺は妹か姉を望んだ筈だ!


「駄目よ! シーたんは、お姉ちゃんが大好きなんだから!」


おーっ! お姉様きたー!

声からして、ちょっと勝気そうだな。


…それはそうと、なんで何も見えないんだ?

もしかして、目が見えないのか?


と、思ったけど、どうやら違うみたいだ。

ただ普通に、目を閉じていただけだった。


ヤバイな。体の動かし方をすっかり忘れてやがる。


何とか重たく感じる瞼をこじ開け、目の前の世界を初めて拝んで…。


「あぅ!? てんちー?」

えぇ!? 天使様ー?

…そういったつもりだ。


謎の美形集団ありけり。

いや、謎ではないな。

四人の超絶美形達を見た瞬間、俺は何の抵抗もなく彼等を認識できた。


金髪清楚系美人は、母のシャロン。

銀髪超絶イケメンは、父のグラン。

金髪勝気美少女は、姉のセシル。

金髪マイルド美少年は、兄のセドリック。

…ちなみに、こちらの世界の俺は、シグマ・ヴィンセントというらしい。


なんかもう、イケメン爆ぜろとか、もうそんな次元じゃないね。

四人の背後に光が見えるよー。

お姉様とか、もう天使様じゃん!

輝かし過ぎるだろ!


地球の美形レベルとは段違いだぞ!?


…神よ。俺は、『平凡』を望んだ筈だ。

まさか、これがこの世界の『平凡』だとでもおっしゃるつもりか??


あ、もしかして、この一家の中で俺だけ平凡パターン?

それでも良いけどさ、それだと逆に、平凡な俺が目立つよね。

悪い意味で。


「シーたん、おいで」

「シグマ! 僕の方へ!」


それより、今は歩行練習中かな?

悪い、兄貴! 優先順位は圧倒的にお姉様の方が上なのだよ!

というわけで、お姉様の元へダッシュー。


「おおーっ! シグマが歩いたぁ!」

「天才だわ、シグマ!」


…もしかして親バカ?

いや。どこの親も、だいたいこんな感じかな?


賞賛の声を聞きながら、俺はトテトテとお姉様の方へ一直線に向かう。

迷いなんてないさ!

…少し寂しそうな顔をしているお兄様は、なるべく見ないようにしよう…。


俺が完全に辿り着く前に、姉は俺をひょいと抱き上げ、ぎゅっと抱きしめた。

発育途中らしき柔らかな胸に包まれるが、家族ということもあってか、邪な思いを抱くことはない。


第一、十歳かそこらの少女…しかも家族に欲情する程、俺は飢えていないからな!


「お姉ちゃん! そのままじっとしてて! 写真撮るから!!」


お父様は、その無駄にイケメンなお顔をだらしなーく緩めて、俺たちの写真をパシャパシャ撮りまくっていた。


「シグマきゅーん! こっち向いてぇー!」


鼻息荒い! 流石に気持ち悪いぞ、我が父よ!?

そして隣を見てみろ。

お母様ドン引きだぞ…!

気づけ、あのゴキブリでも見るような蔑みの目に!


俺がそちらに目を向けていると、隣からなんとも寂しそうな声が聞こえた。


「シグマぁ…僕にも構ってよー…」


お兄ちゃん、そんな捨てられた子犬みたいな顔をしないでくれ…!

罪悪感がわくだろうが!


「おにーたん」


うぅ…まともに話せないのが恥ずかしいな!

舌ったらずな喋り方も、あと数ヶ月くらいしたらなおるだろうし…もうちょっとの辛抱だな。


お兄ちゃんの顔がパッとほころんだ。


「わぁーっ、シグマ大好きー!」

「ふぁっ!?」


抱きつかれて驚く俺を、優しい手つきで撫でてくれるお姉様。

…天使も裸足で逃げ出すくらいの、慈愛に満ちた微笑みつきで!!


あのカミサマ、俺のお願いをちゃんと聞き届けてくれてたんだな。

『家庭環境良さげなところ』って。


この賑やかな家族と共に、これから過ごしていくんだな。

…うん、悪くない。


これからよろしくね、という意味を込めて、俺は自分に出来る最大限の笑みを浮かべた。


…途端鼻血を流し出した父さんは、見なかったフリで!!

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