黒田官兵衛伝

@yorozu1

播磨にて

 1576年 天正四年 播磨 


 播磨にある城の一つに姫路城がある。その姫路城の城下の一角に大きな店があり「黒田屋」書かれた看板がある。

 その店の奥の部屋に官兵衛は籠もっていた。

 部屋には紙が足の踏み場のないほどに散らかっており、官兵衛はその散らかっている紙の中に座っている。


「織田方の鉄砲の扱いか」


 官兵衛は両手に持っている紙をじっと見ていた。紙は地図が描かれており、織田・武田・徳川などが書いてある。東国の地図である。散らばっている紙のほとんどが地図である。

 その中で武田と織田の間にバッテンが書かれてある。

 そのバッテンの場所は去年になる1575年・天正三年に織田・徳川連合軍と武田軍が激突した長篠の戦いになる。官兵衛はその戦いの情報を集め続けなんとか全体を想定をした。


「精強の武田軍が完膚なきまで負けた」

 

 織田・徳川連合軍は約三万八千。 武田軍は約一万五千。

 数では織田・徳川連合軍が勝っているが、武田軍は精強の軍である。互角の戦いをすると官兵衛は思った。

 その武田軍が一方的に負けた。


「鉄砲を数段に分けて撃つ」


 突撃する武田兵を鉄砲を連続で撃ち倒す。官兵衛はその光景を想像して悪寒が走った。


「信長という男は」


 官兵衛は紙を置いて呟いた。官兵衛自身も鉄砲には関心を持って独自に研究していた。その結果、鉄砲は数がないと意味がないことが分かり、そのために大金が必要である。


「鉄砲を揃える銭があるのか」


 織田家にはどのくらいの銭が動いてるのだ?


 官兵衛は織田信長が他の大名達と違うことを悟った。


「信長は商人だな」


 それを確認すると官兵衛は見たことない信長に少し親近感を抱いた。

 官兵衛の黒田家は元は近江に領地を持っていたが戦乱の中で没落して播磨に逃れた。そして必死挽回として黒田家秘伝の目薬を売り、再興を果たした。

 そしてその財力を背景に今では小寺家の重臣となり官兵衛の父の黒田職隆は姫路城の城代を任されるまでになる。

 主君である小寺政職から養女を貰い、今は小寺官兵衛と名乗っている。

 官兵衛は武士より商人の方が合っていると思っている。そして織田信長の政策に共感をしていた。


「付くなら織田方だな」


 官兵衛は置いた地図に横に置いてある筆で織田に丸を描いた。今は小寺家では織田に付くか毛利に付くかで二分されている。

 

「しかし」


 官兵衛は散らかっている紙の上にゴロリと横になる。

 日ノ本全国がまとまり始めている。九州・東北はまだ戦乱が続いているが、日ノ本の中心である京を中心に織田によって統一された勢力が出来上がりつつある。

 脆弱だった室町幕府を将軍追放という形で滅亡させた。しかし信長は自ら幕府を開かず、戦い明け暮れている。


「京にいる帝を担いで自ら関白・征夷大将軍になれば全国も織田に服すものなのにな」


 しかしそれは形だけだろう。形だけで日ノ本を統一できない。


「底にあるものがほしい」


 形を支える底があれば日ノ本は統一する。


「天下。俺が動かせば」


 天下という形を支える底になりたい。しかし播磨の小寺家に仕えてる。


「いっそうのこと出奔して織田家に仕えるか」


 ゴロリと上半身と起こして散らかってる紙を見る。今まで集めてきた知識はこの頭にある。しかし小寺家はせいぜい銭集めしかできないだろう。

 この頭で織田家にいけば天下に向けた仕事はできるだろう。官兵衛はそれだけ自信がある。


「しかし、いかんせん信長はすぐ怒るという」


 官兵衛は信長に親近感を持ちつつ信長がかなりの気分屋だと聞いてる。不機嫌になれば首を飛ばしてしまうとか噂は絶えない。


「信長に直接ではじゃなければ‥‥‥」


 官兵衛の頭の中に一人の男が浮かぶ。


「羽柴秀吉か」


 羽柴秀吉とはツテはある。官兵衛は立ち上がり散らばられた紙の中をガサゴソとする。


「あった。あった。この手紙だ」


 官兵衛は折り畳まれた紙を手にする。


「半兵衛殿の手紙か」


 官兵衛は手紙を開く。手紙は綺麗な字で書かれており、最近の情勢など書かれている。そして最後に


 近日中に会いに候


 と書かれてあった。


「半兵衛殿が直接に会いに来るのか」


 半兵衛。名前を竹中半兵衛と言う。秀吉の家臣であり、知恵袋である。その半兵衛が来るのであるから何かしらの事があると官兵衛は思った。 


「いくつかの予想はある」


 この手紙が来てから官兵衛はいくつかの予想を立てていた。その中に播磨に織田家が進出することも予想してある。

 そして長篠の戦いを分析していく中で武田家という東の脅威がなくなり信長は西にも目を向けれる余裕ができ始めた事を官兵衛は確信し始める。


「そうなれば、出奔しても同じ事か」


 手紙を見続けるていると出入り口の襖から声が聞こえた。


「兄者。お客人が来ました」

 

 弟の小寺利高である。利高はこの店を仕切っている。

 

「客人?」


 官兵衛はその客人がこの手紙を書いた主だと思いながら襖に向かった。




 店にある茶室に官兵衛は客人に茶を立てていた。

 

「いやー、久しぶりですなー。半兵衛殿」


 茶を立てて、客人である半兵衛の前に置く。


「そうですな。官兵衛殿。あの時以来ですな」


 半兵衛は茶の茶碗を両手で持つ。


「いい備前焼の茶碗ですな」


 半兵衛は茶碗を見ながらゆっくりと飲む。


「腕のいい焼き物師が焼いた物です」


 官兵衛は茶の道具を隅に置きながら言う。


「この播磨でも最近は茶道が流行っておりまして焼き物もいい物が多くなっています」

「それは、それは」


 半兵衛は茶を飲むのをやめて、茶碗を置く。


「この姫路城の城下もかなりいい焼き物が揃ってるのが見えました」

「どうですか、暇な時にこの城下に焼き物を揃えてる店を紹介しましょうか」

「そうですね。我が主である秀吉殿も喜ぶと思います」

「秀吉殿ですか」


 一瞬だが二人の間に冷たい物が流れた。


「半兵衛殿やめましょう。私は貴方と腹の探り合いをしたくない」


 官兵衛は言うと半兵衛は少し口元を崩した。


「そうですね。手紙でやり取りとしてるだけですが、私と貴方の中です」

「そうですよ」


 官兵衛も口元を崩して二人は笑う。


「では、率直にいいましょう。織田家は本格的に中国に進出します」

「やはり、そうですか」


 二人は笑うのやめて真剣な顔になる。


「まだ中国方面の指揮する者は決まってませんが秀吉殿になる動きがあります」

「秀吉殿」

「そうです。あと一息で決まります。それを半兵衛殿の助力をお願いしたい」

「それは信長公を説得しろと言うことですか」

「そうなります」

「‥‥‥」


 官兵衛は黙り込んだ。気分屋とされる信長を説得しろと半兵衛は平然と言ってくる。それは官兵衛にとっては利用されてるような気がする。


「うーん」


 官兵衛は唸りながらも自分の立場を見て考える。織田家が播磨に進出すれば自然と小寺家が案内役になる。

 しかしある意味、天下に関わる仕事につけるきっかけになるのではないかと。それに半兵衛殿の頼み。


 賭けてみるか


「分かりました。半兵衛殿の頼みを聞き入れましょう」

「そうですか。それはよかった」


 半兵衛はほっとした顔して茶碗を持つ。


「しかし、半兵衛殿。もし私が首を横に振ったらどうなるおつもりでしたか」

「その時は頭を掻いて、丸坊主になるだけですよ」


 半兵衛は笑いながら茶碗を口に持ってゆく。


「丸坊主ですか。半兵衛殿は坊主になるおつもりですか」

「そうです。まあ、僧として小さい寺で生きてくのも悪くわありません」

「それは」

「私は時折、すべてを投げ出したくなる癖があるようでね」

「その癖のおかげで私は半兵衛殿と稲葉山城を奪うことになりましたけど」


 



 


  

 



 



 


 


 

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