桃太郎

むかあし、むかしのこと。

とある里に、お爺さんとお婆さんが住んでおりました。

ある日、いつものように、 お爺さんは山へ柴刈りに、お婆さんは川に洗濯に行きました。

お爺さんが柴を刈るのは、薪にするためです。柴は建材にするほど大きな木ではありませんから、お爺さんでも荷車いっぱいに薪を積んで帰り、町に売りに行くのが日課でした。

柴は木ですから、小さいとはいえ、けっこうな重労働です。お爺さんは齢のわりには鍛えられて力も強かったので、その山はすっかり木が切り開かれ、禿山になっておりました。

「あんれまあ、なにやら雲行きが怪しいのう」

山の天気は変わりやすいと申します。お爺さんは早々に帰宅を諦め、山小屋に泊まることにしました。

それから小一時間もしないうちに、空はみるみる真っ黒な雲に覆われて、ぽつ、ぽつ、という雨が、ごう、ごう、という嵐に変わるまでさほど時間は変わりませんでした。

「やっぱり、帰らんでよかったのう」

雨は勢いを増すばかり。いっこうに止む気配もありません。

お爺さんは、ふいにお婆さんのことが心配になりました。

「婆さんは、大丈夫じゃろか。川に洗濯に行く、と言っておったが」

案の定、その頃お婆さんは危機的状況にありました。

「あんれまあ、川が全部、滝のようじゃ。爺さんが山を禿山にしおったから、保水力が落ちとるんじゃな」

お婆さんは家の対岸の崖によじ登っていましたから、水はここまでは来ません。でも、いつ崖が崩れるかわからなかったのです。

「あれは、なんじゃろう」

上流から、轟々という水の音に押されるように、大きな桃色のものが流れてきました。

「あれは、もしや爺さんかいの?」

上流から流れてくるものなど、他には考えられません。お婆さんは、慌てて濁流に飛び込みました。

「爺さん!爺…さんじゃない?」

必死で岸に上がったお婆さんの手には、それは大きな桃が掴まれていたのです。

翌日、帰ってきたお爺さんは、家にお婆さんがおらず、代わりに美しい女がいるのを見つけました。

「婆さん、婆さんはどこじゃ。お前さん、婆さんを知らんか」

「何言ってるんですか爺さん。わしはこうしておるじゃないですか」

見れば、女が着ているのは、昨日お婆さんが着ていた服です。

「お、お前!婆さんをどうしたんじゃ!」

お爺さんが力強く、女を揺り動かしますと、女は肩をはだけさせ、ほくろを見せました。

「こ、これは」

「ほんれ、わしじゃろ?昨日拾うた桃を食べたらの、すっかり若返ってしもうた」

「ほんに、ほんに婆さんなんか?初めて話した言葉、覚えとる?」

「た、食べないでください」

「食べちゃうぞ!」


それから十月十日、お婆さんには玉のような赤ん坊が生まれました。桃がきっかけということで、その可愛らしい赤ん坊には、桃太郎という名前が付けられました。

桃太郎が年ごろになった頃、悲劇は起こったのです。夜のこと、桃太郎は何故か寝付けず、布団のなかで考えごとをしておりました。

その時、隣の部屋から聞こえてきたのは、お爺さんとお婆さんの会話です。

「桃太郎も、大きうなってきたのう」

「爺さんに似て、里いちばんの力持ちじゃ。あの桃が流れてこんかったら、桃太郎は生まれてなかったかも知れんのう」

「そうじゃそうじゃ。桃を食べて若返った婆さんとエキサイトして生まれたから桃太郎、いい名よのう。今晩もどうじゃ、婆さん」

「まあ、爺さんたら」

桃太郎は、名前の由来を知ってショックでした。

「もうこんな家にはおれん」

桃太郎は、家を出ることにしました。


家出の決行の日、桃太郎は夜中にこっそりと寝床を抜け出して、隠しておいた旅支度を持ち出すと、戸口をそっと開けて家を後にしました。

日が昇るまで、里を出て灯りのない山道をてくてくと歩いていきます。すると、遠くで遠吠えが聞こえるではありませんか。桃太郎は少し怖くなって、足を早めました。

がささっ。物音がすると、茂みから影が飛び出してきました。

「よお、そこの若造。こんな夜更けにどこ行くんだ?」

「わあっなにやつ?」

桃太郎は身構えます。

そこにいたのは、なにやら犬のような耳を頭につけた少女でした。

「なんだ、そんなけったいな格好しおって。都で流行りというこすぷれとかいうやつか?」

「なに言ってんだ、これはおいらの耳さ。それよりこっちは危ないぜ。さっき狼の遠吠えが聞こえたろ?あいつら、群れで連携してあんたを狩ろうって腹積もりさ」

「わかるのか?」

「ああ!おいらの耳には彼奴等の数までわかるってもんさ。遠吠えの追い立て役が1匹、待ち伏せが4匹だな。こっちに来な、逃してやるぜ」

桃太郎は少女の言うがまま、窮地を脱したのでした。


「そっか、そいつは…気の毒になあ。名前の由来がエキサイトだったなんて、そりゃあ家出もしたくなるってもんよ。よし、おいらがあんたについて行ってやるよ。おいらはシバイヌ、よろしくな!」

桃太郎が少女をよく見ると、尻尾がパタパタと振られていたのでした。

さて、朝になり腹も減ってきました。桃太郎は食べ物のことなんか考えてもいませんでしたから、ひもじさにお腹は鳴るばかり。

「腹減ったなあ。なんか食うもんはないのかい?」

「なに言ってんだ、食いもんならお前が」

シバイヌが言いかけた時、空からどさっと落ちて来るものがありました。

「な、なんだいこりゃ」

桃太郎たちが駆け寄ると、そこには緑の美しい翼を生やした少女がいたのです。

「あ、あんた、大丈夫かい?今空から降ってきたろ?」

「ありがとうございます、大丈夫です。ただ、お腹が空いてしまって、飛ぶ元気がなくなってしまったのです」

「そりゃあ難儀だったのう。食いもんをあげたいが、わしらも腹減って途方に暮れてたところでなあ」

「いや、だから食いもんなら」

シバイヌが何か言おうとすると、今度は木から何か落ちて来るではありませんか。

「今日はなにかと落ちて来る日じゃのう」

桃太郎が助け起こすと、それは猿のような長い尻尾を持つ少女。

「おら、腹減ったゾ」

「なんだい、お前さんもか。困ったのう」

「食いもんなら、ほれ、あんたの荷物の中にあるじゃねえか!」

しびれを切らしたのか、シバイヌが大声を出しました。

「え?荷物?食いもんなんか入れた覚えはないが…」

桃太郎が荷物をまさぐると、中から一つの竹皮の包みが出てきました。

「なんじゃろう」

恐る恐る、桃太郎が包みを開けてみると、そこには吉備団子があった。

「こ、これは…おっ母の吉備団子…」

お婆さんは、桃太郎の家出の決心を知っていたのです。

ひい、ふう、みい、よっつ。桃太郎は、涙をこぼしながら吉備団子を食べました。もちろん、ほかの三人にも一つづつ、吉備団子を食べさせてあげたのです。

「おいらはシバイヌさ」

「わたしはキジです」

「おらはニホンザル!」

「そしてわしが、桃太郎である」

人心地着くと、それぞれ自己紹介しました。

「それでな、桃太郎の名前の由来が」

「や、やめい!もう、それはええんじゃ」

お婆さんの心を知った桃太郎は、そんなことはもう気にならなくなっていました。

「それより、これからどうしようかね。食いもんも金もないし、とはいえわしにも意地がある。このまま帰るわけにゃあいかん」

「そうか。じゃあこんなのはどうだ?鬼退治だ」

「鬼?」

唐突にシバイヌの口から出てきた言葉に、一同は驚きました。鬼などというのは、ただのお伽話の化け物だと思っていたからです。

「鬼なんて、どこにいるんですか」

「そりゃあ、鬼退治なんてできれば、殿様からの褒美もざっくざっくだ。おら、わくわくしてきたゾ」

キジもニホンザルも、別段恐れる様子もありません。

桃太郎は正直怖かったのですが、他の三人が怖がる様子を見せないので、強がるしかありませんでした。

「それでは、わしらで鬼退治じゃ。鬼ならお宝もあるかも知れんしのう」

「おお!」

三人は意気軒昂、一人は内心びくびくと、鬼がいるという島に渡りました。

鬼は、みんな巨大な一つ目を持つ化け物で、赤かったり青かったり、色も形も様々です。

「やったれや!」

桃太郎はもうやけくそで、三人とともに突撃しました。

「石を狙うんじゃ!」

シバイヌの指示のもと、キジは嘴で、ニホンザルは爪で、シバイヌは牙で勇壮に戦いました。桃太郎はあたふたと逃げ惑うばかり。けれど闘いの中で、桃太郎の目の前に黒鬼が後頭部を晒しました。

「今じゃ!やったれ桃太郎!」

シバイヌの言葉に励まされ、桃太郎は持っていた木の枝を振り下ろします。

「わああああ!」

桃太郎が振り下ろした先には、シバイヌが石、と呼んだ塊がありました。石はぱっかーん!と割れ、黒鬼は弾け飛ぶように消えたのです。

「やったな、桃!」

「やりましたね、桃太郎さん!」

「おめえがトドメをさしたんだぜ、おら、おでれえたぞ!」

三人が口々に桃太郎を賞賛するので、桃太郎はすっかり上機嫌です。

「桃太郎、おめえ、サンドスターが切れて…」

「ああ、ちいと頑張りすぎたな」

「桃太郎さん、桃太郎さ…」

桃太郎には、もうその言葉は届きません。桃太郎はもう、ヒトではなくなっていたのです。

「桃太郎さん、亀のフレンズだったんですね」

「まだ間に合う。早くこいつを食うんだ」

シバイヌが取り出したのは、あのお婆さんの吉備団子でした。

七色に光る亀はもそもそと吉備団子を食べ、やがてヒトの姿に戻りました。

「桃太郎さん、大丈夫です」

「ああ、わしは一体…?」

「シバイヌさん、全部ご存知だったんですね」

「ああ。お爺さんとお婆さんに頼まれていたんじゃ。桃太郎は、本当はお婆さんが生んだわけじゃない。桃に必死でしがみついていた亀が、桃…蟠桃といってな、不老長寿の聖果を食ってフレンズ化したもんだったのさ」

「おら聞いたことあっぞ。おらの仲間のキンシコウってやつがその昔食って、孫悟空になったっていう。この前会ったら、15年ほど前に、この近くで落し物したとか言ってたけど、それだったんか」

「蟠桃って、サンドスターを与えられて育った桃なんですね」

「お前ら、一体なんの話を…」

桃太郎は、話についていけませんでしたが、お爺さんたちが桃太郎に本当の子供ではないことを知られないように、あんな作り話をしたのだということはわかりました。

「おっとう、おっかあ…」

今さらながら、二人の愛情を感じる、桃太郎なのでした。


その後、お殿様から褒美を頂戴し、桃太郎はお爺さんとお婆さんのもとに帰りました。

「おっとう、おっかあ、ただいま」

「おかえり、桃太郎」

「桃太郎、身体は大丈夫かい?」

お爺さんとお婆さんが、桃太郎を優しく出迎えます。

「ところで聞いておきたいんじゃが、わしは女の子なのに、なんで桃太郎なんじゃ?」

「そりゃあ、わしら、本当は男の娘が良かったんじゃ、のう婆さん」

「ほんに爺さん、男の娘はロマンじゃ」

その晩、桃太郎は再び家出をし、二度と帰ることはありませんでした。

めでたし、めでたし。

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