獣人伝奇ーむかし語りー

油絵オヤジ

鶴の恩返し

むかしむかし、あるところにお爺さんとお婆さんが住んでおった。

ある寒い雪の日のことじゃった。お爺さんは町へ薪を売りに出掛けたのじゃ。

寒い雪の日じゃ、薪はいつもより少しだけ高く売れおっての。お爺さんはお婆さんに土産を買っていくことにしたんじゃ。町の菓子屋で、塩まんじゅうひとつ。

「たまには贅沢もええじゃろ」

お婆さんは喜ぶかの、無駄遣いじゃと怒るかの。お爺さんはそんなことを考えながら、集落近くの畦道を歩いておった。

そんな折、田畑に仕掛けられた罠に、一羽の鶴がかかっておるのを見つけたのじゃ。

お爺さんはかわいそうに思っての、鶴を助けてやることにしたんじゃ。

「これこれ、暴れるんじゃあない。罠が食い込んでまうぞ。ほれ、もう大丈夫じゃ」

しばし手こずったがの、お爺さんは鶴を逃がしてやることができたのじゃ。

じゃが、鶴はすっかり弱っておっての、すぐには飛び立てん様子じゃ。

「どれ、怪我は大丈夫じゃの。お前さん、腹ぁ減っとるんじゃろ。これでもおあがんなさい」

お爺さんは、お婆さんへの土産に買った、塩まんじゅうを小さく千切って、鶴に食わせてやった。鶴は旨そうにまんじゅうを食うと、元気を取り戻したようで、飛んでいきおった。

家に着くと、お爺さんはお婆さんに、その話を聞かせた。するとお婆さんは怒るでもない。

「そりゃ、ええことなすったのう」

お爺さんは、お婆さんとめおとになったことを、今さらながらに良かったと思うた。


その夜のことじゃった。

「もし、もし」

とんとんとん。あばら家の戸口で女の声がした。

「こんな夜更けに、なんじゃろな」

お爺さんは戸を開けた。

貧しい暮らしじゃ、灯りの油も切らしておる。けれど雪明かりに、娘の姿が透き通るようにうつったのじゃ。

「あんれまあ、こんな夜更けにどうしたんじゃ。ほれ、寒かろう、中に入んさい」

お婆さんが娘を中に招くと、お爺さんは火を熾して娘をあたらせてやった。

「それで、いったいどうしたんじゃ?」

「それが、道に迷ってしもうて」

おつうという娘の声は、鈴の音のようにコロコロと聞こえたものじゃ。

「それはお困りじゃろ。どれ、もう足下も暗い。今晩はうちに泊まりんさい」

布団の余りもなかったもんでな、お婆さんはありったけの甚平をおつうにかけてやったんじゃ。

雪はそれから幾日も続いての、おつうは引き止められるままにあばら家に泊まり、炊事に繕いに掃除にと、かいがいしく働きおった。お爺さんとお婆さんには子がおらんかったでの、おつうがいる暮らしを、たいへん大事に思うようになっておった。

「おつうさん、お前さんさえ良ければ、このままここに住んだらどうじゃ。行く宛もないのじゃろ」

「へえ。けんど、もうすぐ雪も止みそうです。そしたら、お暇したいと思うております」

「そうか、若いもんを引き留めるのは年寄りの我儘というもんじゃな。では雪が止むまで、あと少しを大事にせんとのう」

「お爺さん、お婆さん、奥の機の部屋を少し借りてもよいですか」

「ああ、使いんさい」

機は、冬場にお婆さんが布を織る、収入源じゃった。じゃが、最近では腰が痛うて、また糸も買えん。機はずっと動かぬままじゃった。

「では、私がいいと言うまで、戸を開けてはなりませぬ」

「ん?何故じゃ?」

「お爺さん、おなごにはいろいろとあるんよ」

「お、おう、そうかそうか。では決して開けぬよ」


それから三日三晩、おつうは飲み食いもせずに奥の部屋でがったん、ばったん、かたん、と機を織り続けた。

そんな時、戸口が何やら騒がしい。お爺さんが戸を開けて見ると、そこには屈強な武者が十人もおった。

「お侍さま、こんな雪の中、どうなすった」

「翁、この辺りで女を見かけなかったか」

「女、でごぜえますか」

「おお、そうよ。その女は化け物の変化なのじゃ。我々には、討伐の命が降っておる」

「い、いえ、そのようなもんは見ておりませぬ」

お爺さんは、慌てて答えた。じゃが、お爺さんには分かっておった。その女というのが、おつうのことじゃというのを。

「改めさせてもらう」

武者は、お爺さんのあばら家に踏み込むと、あたりを見渡した。機の音はもう止んでおった。

「奥の部屋も調べろ」

「へえ」

がらら。戸が開くと、そこには女がおった。真っ白な翼が頭から生えたその女はまるで、以前お爺さんが助けた鶴のようじゃった。

鶴は口を開くと、言葉を発した。

「お爺さん、お婆さん、短い間でしたが、本当にありがとうございます」

「お、おつう。おつうなんか」

「はい、お爺さん。ですが姿を見られた以上、私は山に帰らねばなりませぬ。それではお達者で」

そう言うと、鶴は叫んだ。

「野生解放、神秘幻想の白雨!」

鶴は羽ばたくと強力な風を巻き起こし、屈強な武者たちを投げ飛ばし、蹴り飛ばして、山へと飛んでいったのじゃ。

それからというもの、お爺さんとお婆さんは塩まんじゅうを山にお供えするようになった。おつうが織った鶴の羽織は売ることなく大事にしまい、その後老夫婦に授かった娘が嫁ぐときに婚礼衣装としてやったのじゃが、それはまた別のおなはし。

とってんぱらりのぷぅ。

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