第66話 閑話 異世界にバレンタインはあるか?(三人称)

「そこそこ、その草だよ。」


 森の少し開けた水場の近くに映えている草の中の、他の草とほんのちょっとだけ形の違う2株を指して、鷺宮エリカが言った。言われた瀬川有希は頷きながら採取する。


「あ…」


 根本が切れてしまって戸惑う表情を見せた。


「まあ、最初の方はねしょうがないよ。」


「そうそう。皆ラビちゃん先輩に徹底的に仕込まれたから…」


 大野玲奈が頷く。周りを警戒していた、楡崎カンナが口を挟んだ。




「あの人、何者なんですか?私の師匠とものすごく仲がよさそうで。あなた達が来て早々こういう訓練していたのは驚いたし」


 エリカが肩を竦めた。


「それがわかれば誰も苦労はしないよ。どういうわけか、ラビちゃん先輩は、王女様と仲が良くて、その側近のフリネリアさんにも訓練受けたとか聞いたし、カディス師匠はいいライバルっぽいし~。で、魔道具も作れて、魔法は凄いし、剣の腕もたつし、ドラゴンも倒しちゃうしね~」


 ぎょっとした顔をしてカンナと有希がエリカを見た。


「あ…あー。内緒だよ?僕達の方の迷宮もね、ラビちゃん先輩と王女様が罠にかかって消えたんだ。ラビちゃん先輩は裏ボスとか言ったけど。白いドラゴンだったって。そのドロップ品マジックバックだったみたい。えーと、収納袋?このアイテムボックスの大きいの。くれたでしょ、これ。」


 エリカは指輪を見せた。


「相当今はレベル上がってるんじゃないかなあ……魔力切れなさそうだもんね。ラビちゃん先輩はほんとはもっと早くこの世界に来てたっぽいよ。個人訓練つけてもらってたみたいだし。魔法は魔族の師匠がいるって言ってたから。どう考えてもそっちの魔法の先生じゃないでしょ?」


 カンナと有希は顔を見合わせている。


「もう、ラビちゃん先輩が勇者でいいと思うんだけどな―僕。」


 エリカのその呟きは森の中に意外なほど響いた。




 依頼を無事終えて4人は城に戻ってきた。一旦座学の部屋に戻って報告をしてから各々自由行動をすることになっている。他の面子も帰ってきていて中は騒がしい。


「ねえねえ、えりりん、今日何日か知ってる?」


 そこに亜由美が声を掛けてきた。


「ただいまーうん?2月10日?」


 エリカはきょとんとした顔して首を傾げた。


「もうすぐバレンタインデーじゃない?ラビちゃん先輩にチョコ贈んないのー??」


 鈴木亜由美はにやにやした顔でエリカに詰め寄った。


「な、な、な、ぼ、僕はっそ、そんなの、あげないよ!?」


 顔が真っ赤になっていて説得力はなかった。


「えー? この世界でバレンタインデーって有効なの? エリカってそういう……」


 カンナが面白そうな顔をして二人を見ていた。


「わー!!わー!!わー!!」


 女子組が全員集まって盛り上がってしまった。


 それを見ていた他の男性陣は聞いてないふりをしながら聴き耳を立てていた。


(俺かな!?)


(もちろん俺だよな!?)


(どうせ俺には関係ない)


(今日の夕飯なんだろう)


 もちろん当日に結果はわかるのだが、空しい期待と言っておこう。




(バレンタインデーってなんだ?)


 報告を受ける立場のカディスは一人、この世界には存在していないイベント名を聞いて首をひねるのだった。




 この世界にはバレンタインデーは存在しないがなぜか同じ日に南の方の小国家バランという国で愛の告白を初めて女性からした記念日、としてその日だけは、女性から思いを打ち明けてもはしたないと言われずに済む日とされている。地球のチョコに似たお菓子を贈るところまで一緒だ。

 聖バランティアの日と呼ばれ、他国でも真似をして贈り物をし合うことがある。それはここ、王都でも一般的であり、貴族の間でも婚約者には贈り物をする習慣があった。




(どうしましょう。贈り物をしたいけれど、あからさまに告白というか!!)


 内心悩んでいるアーリアはソファーで身を捩った。


 2月14日が近付くにつれてアーリアの情緒不安定が増大しているのをやや諦めた目で見ているフリネリアは、そっと声をかけた。


「殿下。何かお悩み事があるのでしたら、私に聞かせてもらえますか?」


 そう真面目な顔で問いかけるとアーリアが真っ赤になった。


「えっ…あ、あ、あの…バ、バ、バランティアの…日が、ち、近いですね!?」


「………。」


 あからさまな動揺を見てフリネリアはスルースキルを使った。


「殿下、何かプレゼントの品を見繕いたいと、そういうことですか?」


 真っ赤な顔で泣きそうな表情のアーリアは縦に首を何度も振った。


(もうバレバレなのに隠してる感じが可愛いですね)


 慈愛の女神のような目をアーリアに向けてフリネリアは言った。


「では殿下、外出許可を取りましょう。」


 そして数日後護衛を連れて買い物に出かけるアーリアの姿があった。




 その間宇佐見明良は坂上智樹の指導に余念がなかった。故に、この二人だけはその話題に周りが浮ついていたことは気が付いていなかった。






 そしてバレンタインデー(バランティアの日)当日。




「なんだあ?これ?」


 座学の部屋の教壇の机の上に女子の人数分の包みが置いてあった。


「義理チョコでーす!!でも本命があるかもねー?」


 明良は目をぱちくりとして頬を少し赤らめて指でそこを掻いた。


「お、おう?サンキュー?じゃあホワイトデーは奮発するな?」


 きゃーやったー!!と女性陣が喜びの声をあげた。


(死ねばいいのに)


(リア充爆発しろ)


(もげろ)


 当然男性陣には田村光春にしか義理チョコは行かなかった。日頃の行いがものを言うのだ。




(ああ、バランティアの日か。異世界ではバレンタインデーなんだな。女の子が騒ぐわけだ。義理チョコなんて初めて聞いたが、悪くないな。)


 ちなみにカディスも義理チョコは女子人数分もらっている。


 明暗が分かれた容赦ない日だった。




 そしてその日の夜、いつものアーリアとの報告会に部屋を訪れるとアーリアが緊張して待っていた。


「?どうしたんだ?アーリア……」


 明良は首を傾げつつ、椅子に腰を下ろした。


「あ、あの…今日はバランティアの日、なので……これを。」


 小さな箱の包みにリボンがかかっていた。


「……あ、ありがとう……」


(バランティアの日?この世界でも、もしかしてバレンタインデーとか、そういう?後で調べなきゃまずいな…)


 内心少し動揺しながら明良は包みを受け取る。


「開けていいか?」


 真っ赤な顔のアーリアに聞く。


「も、もちろんです!」


 中には小粒のチョコに似た菓子が入っていた。


(まんま、バレンタインデーだな。え、俺、アーリアに告白されてる?うわ、なんかすげえ嬉しいんですけど!!)


 心の動揺を抑え、明良はアーリアに包装を解く許可を乞う。


「食べていい?」


 アーリアはこくこくと頷いた。それに目を細めた明良は口に一粒放り込んだ。


「おいしい。ありがとう……嬉しいよ。」


 そういうと、アーリアは息を吐きだしほっとした表情になった。


「よ、よかった。受け取ってもらえなかったら、どうしようかと思いました。」


 明良は愛しそうにアーリアを見てもう一粒口に入れた。


「アーリアからの贈り物はいつだって嬉しい。もらってばっかりだけどな。」


 その言葉を聞くとアーリアは横に首を振る。


「私の方こそいっぱいいただいてます。その、その言葉が何より嬉しいです。」


 そっと、アーリアの膝上の手に明良の手を乗せる。


「アーリア。いつも感謝している。俺はしたいことをしている。気に病まないでほしい。」


 少し力を手に込めた。


(ホワイトデーがあるかわからないけど、お返しは倍返しだな。なにか守護のお守りとか贈ろう)


「はい。」

 嬉しそうにアーリアは微笑んで、そこからいつもの報告に戻った。




 何ももらえなかった面々はその日枕を濡らしたという。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「アクアミネスの勇者」 佐倉真稀 @sakura-m

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ