第42話 迷宮攻略④
交替で見張りについて夜を(感覚的に)明かしたが特に襲撃もされずに済んだ。
携行食で朝食を済ませて第9階層に進む。第10層へ下りる場所を目指して進む。
前半組は二手に分かれていた道とも言えない道を左から攻略する。俺の率いる後半組は右からだ。湿度の高かった第8層と違い、こちらは湿度は低い。明るさもやや彩度が低い。
第8層がアマゾンなら第9層はドイツの「黒い森」のような北を感じさせる。道なき道というか、獣道のような道はあるが鬱蒼とした木々に視界を遮られて奥に何があるのか見通せない。
俺にはマップと魔眼があるからまだましだが、一般的には気配察知や、索敵スキルが必要で、斥候の役割は重要だ。
この後半組では俺が斥候役だ。地図自体はアユが書いているが、斥候役としては弱い。なので俺がフォローする。精霊の目を借りて上空から見たこのフロアは木で埋まっていて、生い茂る葉で覆われて全く状況が読めなかった。マップと索敵をメインにして進むことにした。
ここまで出てきた魔物は、蜘蛛型、蜂型、蝶型、毛虫型、他あらゆる虫タイプに加え、食虫植物型の魔物だった。物陰から、佇んでいる植物がいきなり襲ってくるのには辟易した。
レベル的には余裕がある構成だったが、数が多かった。
「うひゃああああ」
あ。女子が虫に怯えてジェノサイドしている。魔法連発で瞬殺だ。ちなみにキャタピラーという毛虫型だ。
「火魔法系は厳禁だぞ~」
一応注意しておく。生活魔法の火は物理現象になるからな。火魔法自体には延焼力はないんだが皆日本人で火は燃える物、という固定観念があってそれが魔法陣に組み込まれている。なので、燃え広がることが懸念されるからだ。そう言って先頭を行く俺の足元に食中花の蔓が巻きつこうとしていた。俺は剣で排除した。
バラバラに動くことは数で来られた場合、かなり不利になるが障害物の多い森の中のため、分断されることが多かった。また固まりすぎるといい的になる。良い距離感というものが、なかなか難しい状況だった。そして次にやってきたのは蜂型の魔物で毒針を放ってくる厄介な奴だった。スズメバチと同じくらいの大きさで的が小さく狙いにくかった。火魔法で燃やすのが得策だったが、火魔法は厳禁。水魔法か、土魔法だ。素早く動くためにあてるのが難しかった。
「動く先見て、置くようにしろ~」
アドバイスはするが、今のところ助けは必要ないようだった。自分で動くことができているなら、大丈夫だ。アーリアも補助に回って弓で援護をしている。俺は背後から襲ってくる魔物だけを相手にして、先に進んだ。
感覚的に半日が経ったと感じたくらいに休憩に入ることにした。女子の精神的疲労が半端なかったからだ。
「もういや、早く抜けたい。」
「ふふふ。ふふふ…」
危険だ。目が虚ろになっている。
水筒を口にして、地面に座り込む。索敵は続けていて、マップ上は魔物の光点が時折浮かぶ。
「半分ほど移動できたでしょうか?下に下りる通路はどのあたりにあるんでしょう?」
アーリアが隣に腰を下ろす。俺はそちらに視線を向けた。
「真反対とは限らないしな。こればっかりはどうも…俺の眼でもまだ見つかってないしなあ。」
アーリアは頷いて視線を巡らす。
「こんなに視界が悪いとなかなか見つからないのも仕方ないでしょう?頑張りましょう?」
とニコッと笑って首を傾げるアーリアが物凄く可愛かった。
「そこそこ!ラブラブしてる場合じゃないのよ!」
「そーだそーだ」
「しょっけんらんよー」
「若いっていいですねえ。」
「虫、嫌い、虫…」
外野から飛んできた声にアーリアが真っ赤になった。
「気、引き締めていくぞー」
俺は盛大にスルーした。
それからしばらく、また同じような襲撃を受けながら獣道のようなルートを進む。マップ上俺達の進む前方に魔物の光点が密集していた。目を飛ばすと小さな蜘蛛の集団のようだった。
「前方約10mほど先に魔物がいる気配がある。蜘蛛型みたいだ。巣に気をつけて進んでくれ。」
皆から了承の頷きが返ってきた。かなりの数で、蜘蛛型は毒を持っていることが多い。
気を引き締めないといけない。
アーリアが矢を放った。連続で3矢。蜘蛛型に当たって体液が飛び散った。
攻撃に気づいた魔物達から一斉に敵意がこちらに向かってきた。思いのほか素早い移動に少し驚く。アユが土魔法の”石礫”、ノンノンが風魔法の”風刃”で半分に減らす。その間もアーリアは弓を放つ。俺は防御壁を展開、田村さん、武器で斬り捨てていく。俺も数が多いので、”石礫”で応戦した。
アーリアも弓で援護しつつ、敵を減らしていく。しかし、魔物は次から次へとその数を増やしていく。もしかしたら、仲間を呼んでいるのかもしれない。それは少しまずい。
「皆さがれ、俺が一発魔法を…」
言いかけた時だ。
「きゃあ!?」
アーリアが悲鳴をあげた。振り向いた時アーリアはそこにいなかった。
代りに巨大なクモがいた。
気配に気づかなかった。
マップには光点はなかった。
しかし、今、赤い光点が点いた。
ハイディング?俺の索敵を上回る?
神眼を向けようとした時、糸で雁字搦めにされたアーリアを糸で釣り上げるようにして蜘蛛が高速で移動していく。気が付けば、見えにくい蜘蛛の糸が張り巡らされてそこを滑るように去っていった。同時に子蜘蛛もそれを追いかけていく。
しまった。あれは罠だ。
「カディスと合流しろ!!俺はアーリアを追いかける!」
アーリアの光点はマップに存在していた。それを追いかける。身体強化を掛け、全力で追いかけた。
あの蜘蛛は罠を仕掛けて獲物を狩るタイプだ。しかも眷族を使う。獲物は巣に戻ってじっくりと味わうのかもしれない。鈍重そうな大きな足は俊足だった。蜘蛛の糸に引っかからないように木の上を跳んで追いかけた。
精霊眼に魔力の流れが見える。アーリアのそれが蜘蛛の糸を通じて吸い取られているようだった。
まずい。
枯渇したら死ぬ。
「アーリア!!」
風の魔法を飛ばす。糸を狙ったが奴の足の一本に当たった。8本ある足の右足の真ん中の足の中ほどから先を切り取った。そこから体液が飛び散って辺りの木々を汚した。
さすがに奴の足が止まる。アーリアはどうやら気を失っているようだ。
奴の複眼が怒りの色に染まって赤くなった。
「俺も怒ってんだよ!!アーリアを返せ!!」
俺は跳躍し、奴の額に剣を突き刺そうとした。
横合いから、アーリアが俺めがけて飛んできた。奴は俺を攻撃する材料にしたのだ。
俺は身体強化し更に魔力を身体に纏って、彼女を受けとめ、吹っ飛んだ。だが、糸を魔法で切断には成功した。そのまま木のてっぺんから地上に落ちた。剣は受け止めた時手から離れた。
風の魔法を下から撃つようにして落下速度を落とした。俺はアーリアの下敷きになった。
「…ぐ…」
俺は風の盾を展開後、ナイフで糸を割き、アーリアを覆う糸を剥がした。これは素材になるのか。
赤い光点が集まってくる。奴と奴の眷族だ。
アーリアを降ろして、魔力を練る。広範囲魔法、“氷原”。イメージは北極。光点が俺の周りに集まりきったら発動させる。更に風の刃も用意する。
怒りをあらわにした奴が降りてくる。更に眷族がぐるりと十重二十重に俺たちを取り巻く。
光点が集まりきった。俺は魔法を発動させた。
「“氷原”」
辺りの気温が一気に下がる。周りが凍りついていく。奴らも凍りついた。それに向かって”風の刃”を発動した。身体を切断し、完全に息の根を止めていく。
全てを屠った後、アーリアを担ぎあげて安全地点まで移動する。
他の皆とは大分離れてしまった。
「…ん…」
アーリアの瞼が震える。ゆっくりと目を開けた。
「アーリア、大丈夫か?」
ぼうっとした目の焦点があっていく。ハッとした顔をして起き上がった。
「アキラ様!わ、私…」
言い募るアーリアを手で制した。
「ごめんな。接近に気付かなかった。俺の落ち度だ。護衛失格だな。」
くしゃっと金髪を乱した。ああ、でもアーリアは泣きそうだ。
「かなり離れてしまったから、皆を追いかけよう。きっと心配している。」
そういうと立ち上がる。皆の光点はマップ上にあった。追いつくだろう。
手を差し伸べるとアーリアはその手を取る。引っ張り上げて立たせた。
「行こう。」
周りに警戒しながら移動する。まっすぐには移動できず、木々の間を縫うように皆のもとへと急いだ。その途中、空間に違和感を感じた。索敵で何かがあるのに反応せず、マップ上も空白だった。
目で見ると普通の森だ。罠だろうか?迂回するべきか。踏み込む寸前で俺は立ち止まったが、アーリアは立ち止まった俺に気付いて止ろうとしたが、一歩その空間へと足を踏み入れてしまった。その瞬間、魔法陣が地面に現れた。思わず、アーリアの手を握る。
輝く魔法陣の光に包まれながら発動した神眼には“転移陣”と出ていた。
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