第41話 迷宮攻略③

 新年3日目。迷宮への出発式だ。そんな日でも後半組の10人は(あ、たまに田村さんも混じる)朝のトレーニングを欠かさない。まあ、最初にブートキャンプに放りこんだから、身体に沁みついちゃったんだなと思う。そうでなければ、先の10人のように、いやいや訓練に臨んでいるのかもしれなかった。先の10人も本当に嫌なら田村さんのようにちゃんと意見を言えばいいと思うのだが、そこはいろいろとあるのだろう。


 俺は出発式にはアーリアの護衛で参加する。俺のポジションには田村さんが入る。式典のあと、先の10人は北門へ、後半組は南西門へと向かう。もちろん旅支度をして、正装は脱いで、だが。

 俺は式典が終わってから合流する。後半組は通常運転だ。

 だが、“緑の迷宮”へ向かった彼らはまだ実戦に出ていない。街道は馬車で移動し、迷宮の上層で肩慣らしをしつつレベル上げをするとのことだった。俺はなんだか胸騒ぎがしていた。ちりっと項がひりつく、危機感。何もなければいいんだが。


 さすがに20人もの白の正装をした、”彷徨い人”が整列しているのは圧巻だった。

 この国にいない髪色の集団が一斉に整列し、礼をするのは見応えがあった。

 貴族や魔術師団も参列し、その様子を見守っている。

「……では。ガーランド卿彼らを頼みます。」

 アーリアの激励の言葉が終わる。それを合図に会場を騎士が先導し、“彷徨い人”の集団がこの場を去っていく。全員が出ていくと、騎士団が礼をし、この場を去る。魔術師団が次に。貴族の下位の者から出ていく。そして王族が残り、式が終わった。


「アーリア王女殿下、戻りましょう。」

 フリネリアが声をかけ、先導した。俺は背後を固めて執務室まで送る。

「ありがとうございました。もう戻られて大丈夫です。」

 まだよそいきの王女の顔で俺に退出の許しを出す。

「はっ、それでは失礼いたします。」

 俺も、臣下の礼を取って集合場所に向かう。今回は本格的に攻略をしなければいけなくなったのだ。支度をして集合場所に向かった。


 俺達の組は迷宮の入口で騎士が2人交替で見張っているのがいつもと違うところ。彼らは連絡係で、“彷徨い人”に危機が迫った時に対応してくれるそうだ。また、俺達が迷宮に潜り、どの階層に到達し、どの程度成長したかを報告にあげないといけないそうだ。

 …やばい。すでに半分攻略してましたって言えないかも。どうするかなー。迷宮入口前でうんうん唸っていたら怪訝な目を向けられた。

「とりあえずいつも通りに、俺は前半組、カディスと田村さんは後半組、それぞれ自由に行ってよし!あ、今日は転移しないで歩きで一層目から復習で行こう!」

 世間はお休みなのに騎士さんたちかわいそう。俺達も正月休みが2日しかないってどこぞのサービス業のようだな。


 ともかく俺達は本気で王都の迷宮の攻略に乗り出したのだった。

 一応初日は5層目までダッシュで駆け抜け、ボス戦をしてドロップ品を提出。それで報告書にしてもらった。もうこの程度の階層では苦戦することはないようだった。回復役の田村さんでさえ、低レベルの魔狼を一撃で葬っていた。そして2日目(新年4日目)、第6層から未到達の第8層へ挑戦する。

 第8層は森だった。ただし、蒸し暑い。いわゆるジャングルっぽい。


「地下なのに、こんなに木が生い茂るって不思議ですね。」

 アーリアが感嘆の声をあげる。

 そうなのだ。アーリアも今日明日は迷宮攻略に付き合うという話だ。

 どれだけ政務をこなしたのか考えるだに恐ろしい。

 俺は今日は後半組に入っているのでカディスと交代になっている。アーリアは後方から魔法と弓支援ということになる。

 昆虫系が主なので女性二人はずっと悲鳴をあげている。

「おーい。あんまり悲鳴あげるとかえって呼び込むことになるぞ?」

 そう注意したら青い顔で黙りこみ、周囲を警戒して進む。

「そんなに怖いかな?まあ、魔物だってことがすでに怖いけどな。」

 そう呟くとアーリアはくすくす笑って俺に言う。

「それは確かですけど、人には苦手な物がそれぞれ違いますから。私は虫より、蛇の方が苦手なんですよ?」

 ほんのりと頬を染めて楽しそうな表情を向ける彼女に俺は心臓を撃ち抜かれた気がした。


 いや、気がしただけだ。そう。

「確かにね。そうかも。俺が怖いのは親父くらいかな。」

 視線を森の警戒に向けたように誤魔化して心臓の心拍数を落とす。最近、心臓が俺の思い通りにならない。俺がこの世界に残れる可能性はないというのに、自分の書いたハッピーエンドルートを最近よく思い浮かべるのだ。


 王女と勇者は結ばれ、王国は栄えた、と。


 俺は勇者じゃないし、王女と結ばれる可能性なんてない。

 でも、感情という物はままならない。

 俺も、アーリアも。


 第9層へ下りる階段を見つけたところで野営をすることになった。二グループで安全地帯にテントを張った。魔道具で結界をはり、交替で見張りをした。

 第8層は特に第6.7層と、変わった場所はなかった。第10層はボス戦だ。気を引き締めなくちゃいけない。


「ラビちゃん先輩。気になることがあるんだけど。」

 えりりんが俺に話しかけてきた。

「なんだ?」

 えりりんは手書きの地図を開きながら通ってきた第8層の印を指さす。

「これ、罠なんだけど、思ったより少ないんだ。調査団の結果って6~9は罠だらけってはずでしょ。この数って多いって言えるのかな?なんか下の方に行くほど少なくなってる気がする。それか、罠って感じられないほど、巧妙な罠なのかもしれないよ?」

 えりりんに指摘されて地図を覗き込む。俺の地図と照らし合わせても間違いがなかった。俺の索敵と罠感知にかからない高度な罠。あったらとてもやばい気がする。

「わかった慎重に進もう。気が付いたことがあったら遠慮なく言ってくれ。」

 えりりんは頷いた。

「わかった。明日はよろしく。」

 テントに入っていくえりりんの後ろ姿を見ながら、指摘された懸念事項を考えていた。

 迷宮は何が起こるかわからない。


 バーダットに向かった彼らは無事なのだろうか。


 それがフラグになったのかどうかはわからない。

 のちにバーダットの緑の迷宮で重大事故が起こったことを俺達は聞くことになる。

 そして俺達にも迷宮の洗礼とも言える事件が起こったのだった。

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