第34話 私の勇者様②(※アーリアSIDE) 

 馬車の中は沈黙が支配している。

 原因は私の膝の上のアキラ様だ。魔物の群れを追い返した後、魔力枯渇で倒れてしまったのだ。

 侍女が場所を譲り、寝かせることになり、せっかくだからと膝を枕にしたのだけれど、皆が視線を合わせてくれない。


 魔力枯渇も酷ければ命の危険がある。思えば自分の馬車への魔法の盾、逃げてきた馬車への盾、歩兵の馬車を覆う盾。三つの魔法の盾を維持して且つ攻撃魔法で魔狼の群れの4分の1を減らした。魔法をいくつも同時に使え、制御に綻びがなく、更に設置したまま大魔法を使い、更に剣に魔力を付与して立ち回る。

 普通の魔法使いはその半分でも魔力枯渇になると思う。


 先ほどの戦い。

 アキラ様はあの場所に魔物の追撃を防ぎに単身乗り込んだ。

 行ってしまった後、騎士達とネイビス様の奮闘によりなんとか魔狼の群れを防ぎきった。

 アキラ様の安否の確認と手助けをするため、騎馬の騎士と私とネイビス様で駆け付けた。

 見たのは聖属性の魔力に光る剣を持って魔物を追い払った、アキラ様の背中。

 街道脇の広場に散乱する護衛と思しき男達の悲惨な遺体と、争った魔物の死骸。

 死の気配と濃厚な血の匂いにくらくらするが、もし、邪王との戦場に立つならば、この程度でいちいち卒倒していてはアキラ様の横で戦えない。


 そうなのだ。

 アキラ様は常に私を守ってくれている。

 冒険者をしたいとわがままを言って依頼を受けた時。

 迷宮で一緒に戦いたくて必死で許可を取った時。

 その度に私は彼に守られた。

 強い彼の背中や聖剣のように光る剣。

 その姿は私にとってもう勇者様なのだ。


 いつの間にか、二人だけでいる時の彼が私を呼ぶ、その名前に敬称が消えた。


『アーリア』


 と、私の名前を呼んでくれる。


 他の人がいる時は


『アーリア様』

『アーリア王女殿下』


 と呼んではいるのだけれど、二人の時や、無意識の時は呼び捨てになる。


 それがとても嬉しい。

 今回、私についてきた侍女はアキラ様の私に対して、いえ、私のアキラ様に対する態度が王女らしくなく映るようで不満そうだ。

 いつも私の側にいる乳姉妹は今回ついてこられなかったので(残って私の代わりにいろいろなスケジュール対応をしてくれているはず)その次点で優秀な者を選んだのだが、実直すぎるところがあったようだ。

 帰りの馬車でもやはりアキラ様が同乗していることに不満を持っていたようだったが、彼女も少し魔法が使えるので馬車を守った風の盾の規格外の大きさや、同時展開した風の盾を見て、驚いていた。


「凄い、なんていう魔力量なの…」

 と、馬車の窓から、襲い来る魔物の恐怖より、アキラ様の魔法に魅入っていた。更に攻撃魔法を使い、後方の魔物を倒していたと聞いた時に浮かんだ表情は今までの態度からは真反対のものだった。

 魔物の群れを追い返し、アキラ様が倒れた時、自分が座る席をアキラ様に譲ったのも多分心証の変化ゆえのことだったと思う。


 今のアキラ様は本来の髪ではなく、銀髪の鬘を被っていて、この姿の時は“王女の護衛である、諜報部隊所属のラビ”という“彷徨い人”であることを隠した表用の姿だ。

 本来の姿の時は”彷徨い人”の12番目に合流した”宇佐見明良”様であるという。

 何故そうするのか聞いてみたら、先の11人に対しての配慮だということだった。

 本来は二番目、王宮に来られた”彷徨い人”では一番最初で、しかも発見者は私だ。

 王族の保護であるのだから良識の範囲で自由に振舞っていいと私は思っているのだが、集団訓練を他の皆に強いているために(あくまでもお願いというはずなのだがそこは宰相や騎士団の皆の考えとは私の考えは違うのだろう)自分のような立ち居振る舞いは嫌われそうだから、と言っていた。


 なんでも“ニホンジン”は“平等”が好きだから、とも。

 時折、アキラ様の話してくれる、彼の世界はこの世界とはかなり異質なようで、武器を持たない国だということは驚きだった。いろんな娯楽があって、成人は20歳だということ。アキラ様は19歳でまだ成人ではないとのこと。

“だから“平和ボケ”している国だから、ちょっと大目に見てよ?”

 と、招かれた“彷徨い人”のことを言っていたのが印象的だった。


 私はアキラ様にお願いばかりしている。

 私の側にいて欲しい。

 一緒に冒険をして。鍛えて欲しい。あとから来た”彷徨い人”の面倒を見て欲しい。

 勇者になって、この世界を救って欲しい。


 こんな、強欲な私は果たして勇者に救われる価値があるのでしょうか。

 いつか呆れて私のもとを去っていってしまうかもしれない。

 この心の奥底に押し込めている真のお願いを知られたら。


 きっと、一生言うことはできないでしょうけれど。


「アーリア王女殿下。この者はいったい何者ですかな。相当の魔法使いであることは間違いがない。しかし、今まで噂も聞かなかったが…本来これほどの力があれば、魔術師団とも取り合うと思うのだが…諜報部とは…」

 私はネイビス様に掛けられた声に、自分の思考に沈んでた意識を無理やり引き上げた。


「このお方は“彷徨い人”でいらっしゃいます。私がお願いをしてこうして護衛についてもらっています。普段は後から来た10人の集団で、訓練を受けていらっしゃるのです。私が個人的にこのお方を知っているのはこのお方と出会った最初の人間が、私であるからです。普段、その事情を知らない方の前に出る時は、こうしてこの国の人間に見えるようにしてくださっています。諜報部所属なのは、私の影の護衛任務が諜報部担当であるため、彼の事を任せたのです。」

 私の目の前にいる3人に驚きの表情が見られた。比較的、騎士団長には驚きの度合いが少し小さいようだった。


「彼は勇者候補。強いのは当たり前ではありませんか?」

 私はあえてにっこり微笑んで見せた。他の“彷徨い人”の事情を知っている団長の表情は苦い物になった。


「“彷徨い人”は女神様のお使い。この国の法や世界に縛られることはない方々。あくまでも彼らにこの世界の人間はお願いをして戦ってもらうのですから。彼はたまたま私に保護されたことで私と親しくしていただいていますが、私は彼の自由を妨げることはいたしません。皆さまにおかれましてもこのことは内密にしていただき、彼の自由を尊重していただきますようお願いいたします。」

 私が彼を一番縛っているのに、こんな言葉が口から出る。偽善者という言葉が浮かぶ。

 皆一様に頷いてくれた。


 それから馬車は順調に走り、夕刻には無事、王都に着いたのだった。

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