第33話 魔狼との攻防

 御者が馬を必死に追いたてて馬車が疾走する。それを魔狼の群れが追いかけている。

 迫りくる魔狼から逃れようと急いだ馬車の車輪は悲鳴をあげている。馬も口から泡を吹くように涎を撒き散らし、必死の形相で馬車を引っ張っていく。

 追いたてる魔狼から逃れるためなのか、追いたてる御者によるものからか。

 馬にも車体にも限界が近づいていた。


 近づく馬車を正面にとらえ、騎士達は緊張を増す。進行方向から来る馬車を通すための空間を空けて、やや草原寄りに陣取った。

 もう間もなく馬車は、間近を通り抜ける。


 その後ろから追いたてる魔狼の影が見えた。

「弓を放て!」

 団長の号令が飛ぶ。歩兵部隊6人の弓を射る音が響く。

 ネイビスは後方に立ち、緊張していないような様子で前方を見つめている。

 俺は風の盾を二つの馬車の前方に展開して維持していた。

 魔狼の群れに弓が届く。

「ギャウン!!」

 3つの悲鳴が上がった。

 その時馬車が通り過ぎた。


 俺はその馬車を“視た”。

 もうすぐ、車輪の基軸が折れる。

 俺は、馬を繋ぐハーネスを風魔法で斬った。馬車を置き去りにして馬が逃げていく。

 がくんと沈み込んで馬車が止まった。御者が呆然として、逃げていく馬を見つめていた。

 基軸は止ったことにより、罅は入っていたが折れずに済んだ。

 馬車は荷馬車で幌に覆われた後方から人が慌てて降りてきた。


 前方では魔狼との衝突が始まっている。弓による攻撃の射程から近接戦闘の間合いに入り始めている。

 弓で倒れたのは8匹ほど。それも致命傷ではない。

 とりあえずの戦闘は騎士団に任せて、俺はアーリアの馬車から50メートルほど後方で止まった馬車に近寄っていった。

 中から商人らしき者が降りてきたがよろけて膝をつく。

「大丈夫か?」

 商人らしき人物は真っ青な顔で俺を見た。

「魔物が…っ」

 縋るように俺の腕を掴んで、必死の顔で訴えた。

 その瞬間、彼が見てきた魔物に遭遇した状況が、“読めたリーディングした”。


『休憩中、森の中に入った護衛が魔物に遭遇、始末したところ、群れに襲われ、ここまで逃げてきた――。』


「とりあえず馬車に入っててくれ。戦闘になったら、バラバラだと守りきれない。」

 馬車のなかにはまだ何人かいる。青い顔をした彼は馬車に戻っていった。

 俺はこの馬車にも風の盾を展開した。


 盾にした馬車まで魔狼は近づいていた。数、23。魔狼はEランクから存在する魔物だ。今回の個体ランクは、C~D。群れでは討伐ランクはB。統率力のあるリーダーに率いられていたとすると、ランクは一つ上がる。つまりAランクの危険度、ということだ。騎士11人(騎士団長含む)、魔法使いの護衛が(つまり俺)1人、ゲストの魔法使いが1人。規格外の魔術師ではあるが引退した身で護られる側のその、ネイビスから魔力を感じる。

 攻撃魔法を準備しているようだ。

 このメンバーで王女を守りつつ殲滅しなければならない。

 魔狼が馬車の盾を乗り越え、騎士に躍りかかる。ネイビスが風の刃で吹き飛ばした。

「弓はもう使えん、剣で対処しろ!!」

 魔狼と騎士の攻防が始まった。四方を群れに囲まれぬように、俺はアーリアの乗っている馬車まで風の盾で囲む。

 俺は最後尾の魔狼を狙って“石礫ストーンバレット”で、仕留めていった。

 ネイビスは正面から“風の刃”で斬り裂いていった。

 半数が倒れていくその時、街道の先からもっと強い力を感じた。慌てて“眼”を飛ばした。

 先ほどの商人が襲われた地点まで、街道を遡っていく。


 街道沿いの点々とある、休憩の広場の一角が魔物と、護衛の冒険者の死体で埋まっていた。

 そこに大きな魔狼の影を見た。

 相手からは見えないはずだが眼があった。

 その眼は悲哀を浮かべていた。


 まさか。


 その護衛、何をした?


 大きな影の足元にあるむくろは小さな子犬のように見えた。


「ウォオオオオオーーン」


 5Kmは離れているその場所から発せられた遠吠えは今俺が立っている場所まで届いた。

 森から、魔狼だけでなくEからCランクまでの魔物が溢れだし、こちらに向かってきていた。


 まずい。あの数は騎士だけでは対処できない。

 森の主なのか。あの影は。


「魔物の群れが接近中!!その数…百を超える!!」


 慌てた俺は思わず叫んだ。ネイビスが俺に視線を向ける。その眼をまっすぐ見て声をかけた。

「すみません、ここの守りをお願いできますか?風の盾は展開していきますのでしばらく持つと思います。」

 俺はアーリアの馬車に駆け寄った。

「魔物の群れが近付いている。始末してくるから、待っていてくれ。」

 窓越しに伝えるとアーリアが頷くのが見えた。

「わかりました。待っています。いってらっしゃいませ。」

 俺は笑って手を振ってその場を離れた。

「おい、ラビ勝手に…」

 騎士団長の声を聞きながら一足飛びに魔狼を飛び越えて駆けだす。

 走りながら魔法をストックする。


 前方に魔物の群れが見えた。

 ストックした魔法名を呟いて起動する。


「サンダーボルト」


 群れの真ん中に雷が落ちた。左右に伝播し、ショックで魔物が次々と倒れる。


 視界を青白い光が埋め尽くす。う、これ魔力消費量が半端じゃない!

 よくこんな魔法陣描いたな!!後で改良しよう。そうしよう!


 魔物がすべて沈黙し、立っているのは後方から現れた大きな魔狼。

 真っ赤な眼が俺を捉えた。


「もう、その子供を殺した者はそこで命を落としている。それでも怒りは収まらないか?このまま去ってくれれば俺は何もしない。」

 本来、この魔狼の住む森の魔物は街道までは出てこない。もちろん森に入って来た人間は捕食対象だがこのように執拗に追いすがってくることはない。

 現に行きの馬車はこの森の側を通過しても魔物の襲来はなかった。特に魔物が活発になったと噂も聞かなかった。

 ならば、この魔狼の子供はこの森を支配する森の主の子供なんだろう。

 子供が殺された怒りに眷族が応えて商隊を襲った。

 それがこの事態の真実。

 悲しい出来事だ。

 それでも、俺は王女アーリアの護衛だから選択する未来は一つだ。

 ここで引かなかったら戦うほかはない。護るために。


「ウォオオオオオーン!!」

 遠吠えは収まらない怒りに満ちてあたりの空気を震わせた。


 だめか。


 殺したくはない。でも、このままだと、人という人を殺す凶悪な魔物になり果てる。

「いいよ。怒りは俺にぶつけるといい。」


 俺は腰の剣を抜く。聖属性の魔力で覆う。聖属性の光の色に剣が光った。


 森の主が飛びかかってくる。その牙を剣で受け止めて押し返す。

 前足の斬撃が襲ってくる。

 姿勢を低くして避け、懐に飛び込んで堅い毛皮を斬る。背後に回って更に斬りつけた。

 怒りに震えるその身体に魔力が収束していく。

 口を開けてその魔力の塊が吐き出された。

 ブレスだ。

 俺は聖属性の盾を展開し、受け止めた。

 びりびりと盾が震えて壊れそうになる。その正面から森の主は突っ込んできた。

 怒りにまかせた突撃。盾が壊れて、剣で受け止めた。

 森の主は、戦術もなにもなくただひたすらに怒りをぶつけている。

 力も魔力も上がっているが、攻撃が単調になっていた。

 俺はいなし、避けて、力を受け流しながら、少しずつその硬い毛皮に覆われた身体に傷を増やして行った。

 流れる血が、少しずつ相手の体力を奪って行く。

 俺はまだ、致命傷もなにも受けてはいなかった。枯渇しそうな魔力のほかは余裕がある。

 戦い始めて一時間ほど。

 ついに森の主の限界が来た。


 ドオ、と地面に倒れ込んだ。


「ハ、ハァ…ハ…」

 舌を出して荒い息を吐きだしている森の主のその眼に怒りはすでになく、ただ悲しみの色だけが映っていた。


『殺せ』


 そう言っているようだった。


「実はさっきの雷撃。気絶までの威力しかないんだよ。ほら。」

 雷撃で倒した魔物達が、ピクリと動いて意識を取り戻し始めていた。

 さて起きて一斉に襲いかかられたら俺もちょっと危ないんだけど。

 俺を見つめる森の主の眼が訝しげに細められた。


領域回復フィールドヒール

 俺の周り半径100メートルの範囲にいる生物に回復ヒールをかけた。

 これもかなりの魔力を持っていく。

 あーくそ、久しぶりの魔力枯渇になりそうだよ!

「行け。この後暴れるならそれはそれで仕方ないがとりあえず今は引いてくれ。」

 俺は森を剣で示して言葉が通じるかどうかわからない相手に語りかけた。


 のっそりと起き上がった森の主はしばし俺を見つめ、天に向かって遠吠えをした。

「ウォオオオオオオオオオーーーーーン」

 魔物たちが飛び起きて森に向かって走り出す。


 俺の三倍もありそうな小山のような森の主は正面で俺を見据えた。

 魔物であるのが信じられないほど、澄んだきれいな眼で俺を見た。

 その眼はもう赤くはなく、紺色の静かな瞳だった。

 しばし見つめあうと、魔狼はクルリと身を翻した。子供の躯を咥え、走り去っていく。

 背後から馬車の音が聞こえた。

 街道脇の草原を渡って、魔物の群れが主を先頭に森に帰っていく。

 俺と、悲惨な護衛の遺体が残された。


 アーリアが追いかけてきていた。群れが撤退したと同時に馬車が付き、下りて俺に駆け寄ってきた。

 先ほどの場所では、魔狼の群れの始末に歩兵が残り、商人の馬車もそこに残っているそうだ。


「あの、魔物の群れは…」

 そろそろ森に達し、消えていく後ろ姿をアーリアが見て俺に問う。


「もう大丈夫だ。とりあえず何もしなければ街道には出てこないと思う。」

 あーくらくらする。魔力がもうからっけつだ。

「ここに、その、護衛たちの死骸があるから、見るなよ?」

 もう遅いと思ったが、身体でアーリアの視線を塞いだ。

「もう見ました。私は王女ですから、こういった事態も、覚悟しています。」

 俺を見上げるアーリアの瞳は吸い込まれそうに綺麗だった。


 団長は事後処理に駆け回っていたが、ネイビスはアーリアと共に来たようで馬車から下りて俺に近づいてきた。


「大規模な魔法の残滓が二つ。お主は興味深いな。ほれ、鬘がずれとるぞ。眼も黒くなっているようじゃ。気を付けるがいい。」

 うわ、やばい。魔力がもう残り少なくなっているからいろいろと…。慌てて頭に手をやったがずれてない。あ、ひっかけか!!こんの狸爺!

「ふぉお、ほっほ…」

 笑い方変なんだよ!

「あーアーリア、俺、ちょっと、魔力が…」

 だめだ。護衛なのに。


 俺はそのまま倒れて意識がブラックアウトした。

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