第13話 勇者は誰
前者は、よく見るとイケメンだけど、影の薄いいるかいないかわからない無口な奴。
後者は、明るく面倒見の良い、気取ったところがなく付き合いやすい奴。善人すぎていい人ねで終わる可哀想なイケメン。
それともう一つ、俺はそれらとは違う、彼の一面を知っている。
リンチに遭いそうになっていた水峰を助けようと物陰から見ていたら、彼は意外な強さで相手を追い払ってしまった。軽く相手の殴る手を止め、しかも殺気というか睨み一つで彼らを怯ませた。
隠れていた俺に気づいていて、俺を驚かせた。
その時話した水峰はごく普通のにいちゃんで、意外と気さくに話してくれた。
それは以前からの彼の友人の話す人物像と、一致するように見えた。
では、今の水峰は何がきっかけで目立たないように振舞っているのだろうか?
「ああ、この街の看板、日本語や英語じゃなく、ミネス語を使おうよ。」
突然、水峰が先輩の描いていたグラフィックの背景画像を見ていて言い出した。
ミネス語?
彼以外のその場にいる全員がきっと頭上にはてなマークを浮かべていたに違いない。
さらさらと書きだした見たことのない文字と綴りを見て、俺は手元から視線を顔にあげて水峰をじっと見てしまった。
視線に気づいた水峰は慌てた。
「あ…いや、その、異国の言葉っぽいのを書くと臨場感が出るかなって…」
後退りする様子に俺は言い訳のように紡がれる言葉を遮って言った。
「いいんじゃない?雰囲気でそうだし。水峰がつくったんだろ?後で対応表かなんか作って渡してくれるかな?」
この時の水峰は、何とも言えない表情をしていた。困ったような、やってしまったというような。
後で出された、英語の初級教科書のような量の対応表を見て、こんな言語が存在するのでは、と思うくらいそれはよく出来たものだった。
そう、この世界に来て一番初めに驚いたことは、水峰が使おうと言った”ミネス”語だ。細部にわたり意味もそのままで、俺は酷く戸惑ったのだった。
俺は、水峰の作った対応表に感心して、ある程度その言葉を覚えてしまっていたから、文字の習得に時間がかからなかったと思っている。
その時に少し、考えてしまったのは水峰がこの世界の帰還者だということ。
では、この世界から帰還は可能なのか?
【この世界が実在し、水峰が見たことは実は現実にあったことで、それをもとにあのシナリオを書いた。】
それを仮定として用いるのなら、帰還は可能。
死亡した人物に関してはわからないが、勇者候補として来た“彷徨い人”も、役割を終えた段階で元の世界に戻っていることが考えられる。
なぜなら、この世界に黒髪黒目はほぼいない。
残った人々が子孫を残したのなら、もう少し、居てもいいはずなのだ。
全く違う髪の色、眼の色が生まれるということは珍しくないらしいが、隔世遺伝やらなんやらは存在すると思う。実際、街で見かけた親子は、似ていた。
子孫を残すほど生きてはいなかったとか、は除いてだ。
それに勇者の子孫という者はいない。普通は血筋を自慢するものだ。現に、勇者のパーティーにいた、という者の起源になった家はかなりあって、フリネリアの家もそうだという。
ただここで考えなければいけないのは、水峰はこの時代の勇者ではなく、少なくとも聖剣によって勇者の選定が行われた時代に呼ばれたということ。
さらに、この時代に呼ばれた”彷徨い人”も時間軸のずれがあった。
田村さん。彼の生まれた年と俺の生まれた年は45年離れている。俺は今年19歳で4月生まれ、ここに転移したのはその年の大晦日。
少なくとも彼は64歳でなければならない。
しかし、俺が見た彼の満年齢は60歳。
それを信じるならば、この世界と元の世界の時間軸は対応していないことになる。
その召喚方法に意味があるのか、召喚した女神、創世神アクアミネスの作為なのか、俺にはわからない。
ということは帰る手段はあって、留まることは自分の意志ではできない可能性もある。
もし、アーリアやこの世界の人々と離れがたくても、否応なしにもとの世界へ戻ってしまう、ということだ。
残酷だな。
水峰のシナリオのラストが慟哭だったのを俺は遅まきながら理解できたのだった。
…もちろんこの世界がゲームの世界でそのシナリオに巻き込まれているって可能性もあるだろうけど。
「どうなさいました?今夜はずいぶん何か悩んでいるように見えます。」
ひとしきり世間話をした後、アーリアはそう切り出した。ちくしょう、鋭いな。
ドキッとしながらも、思い悩んでいるほうではなく、別の話題を切り出した。
「ああ、スキルを見てもらってね。その結果を考えてるんだけど。“彷徨い人”の中に田村さんているだろ?ご老人の。」
アーリアは微笑んで頷いた。可愛い。
「いらっしゃいますね。なかなか出来た方だと伺ってます。」
おお、やっぱり人格者だという評価なんだな。
「その人さ、俺の世界の医者だったんだって。しかも治癒魔法使えるらしいよ。この世界で医者っているの?ああ、医者っていうのは身体の怪我や病気を治したりできる人だよ。魔法を使わずにね。」
アーリアはびっくりした顔をしていた。
「あの、薬草とか、薬での治療はこの世界でもあります。回復魔法や治癒魔法の使える方は限られていて、治癒魔法士としてギルドに登録されている方です。薬で治す方は薬師ギルドに登録している方で、薬師として、薬の調合ができる方です。そうでない治癒魔法が使える方もいますが、冒険者や、騎士団、魔術師団に所属する方が多いです。そして、治療費は高いのです。薬も。」
そう言うと少し暗い顔をした。平民の最下層、要するに貧民は手当ても出来ずに死ぬこともあるということだ。
「あのさ、彼に頼んで簡単な向こうの医術を本にしてもらうとか、彼に治癒院で働いてもらうとかは?彼、街で生活することは決まってても、なにを仕事にとかは決まってなかったって聞いたよ。」
そう言うとアーリアは驚いた顔をした。
「すごいですね。彼はあんまり話をしたがらなくて、希望を訪ねても質素に暮らせればそれでいいとしかおっしゃってくれなかったそうです。そんな向こうの世界のお仕事とかを打解けてお話されたなんて。」
感激した風に頬を紅潮させた彼女は、綺麗でかわいかった。いや、そんなことを考えるのはあれなんだけれど。というか、勇者っていう色眼鏡かかってるんじゃないか?アーリア…。目医者紹介したい。
「え、いやいや、たまたま待ってる間の暇つぶしの会話だったよ。ああ、それとお願いが…冒険者活動についてなんだけど…」
俺はアーリアに冒険者として活動する時間の許しを願い出た。
マルティナが置き土産のように荒れ地のど真ん中で極大魔法を何発かぶっ放して、バーダットという都市にある、バーダット魔法学院へ戻って行った。
暇があったら遊びに来てね、と言ってもらったので許しが出たら行ってみたいと思う。
そして、俺の冒険者としての活動が始まったのだった。おまけつきで。
「お目付役賜っちゃった。」
むやみに爽やかに挨拶に来たのは諜報部のカディスだった。
あーも―ソロでカッコよくデビューのつもりだったのに!
まあ、いきなり危険なことはさせないしない、なんだろうけどな。
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