第10話 スキルと”彷徨い人”①

 マルティナが俺の眼を”鑑定”するように見た。その金色の目が揺れる。

 俺の眼もこんなふうに見えるのだろうか?

 魔力は依然流したままだ。


「今、あなたの眼が金色に輝いた。魔法を行使するときに金色になるのかもしれないわ。でもどんな魔眼なの?聞いたことないわ。」

 いや―俺もさっぱり。結構何でもできるんだけどね。

「私も少し調べてみるわ。ああ、そう言えば近々“彷徨い人”のスキルを鑑定するっていってたわね。その結果も教えてくれるかしら?」

 俺は頷いた。

「俺もいろいろ知りたいですしね。他の“彷徨い人”も軽く見ておきたいし。勇者がいるといいんだけれどな。」

 マルティナが首を傾げた。


「あなたが勇者なんじゃないのかしら?」

 眉を寄せて俺を見る。美しいその顔はそんな表情も魅惑的だった。

「師匠、勘弁して下さいよ。俺はせいぜい偵察クラスですって。」

 俺は肩を竦めて見せたが、マルティナはまったく取り合ってくれなかった。

 師匠、と呼んで授業に戻ってもらう。そこが公私の境目。

 休憩のとき、あるいはどこかで会ったら名を呼ぶ、と俺達は決めていた。

 それからはマルティナに、魔法を見せてもらってコピーに勤しんだ。


「そういえばね、私の教え子に頼まれて、学院に推薦文を書いた子が面白い魔法を使ったのだそうよ。学院の入学試験で。タツト・タカハ・レングラントっていう黒髪黒目の男の子。会うのが楽しみだわ。是非、アキラと会わせたいわね。」

 帰り際、ちょっとした爆弾を落としてマルティナは去って行った。

 俺は茫然と後ろ姿を見送った。

 …それって、フリネリアが言ってた“弟の拾った彷徨い人”だよな。

 そっちはそんなことになってたのか…。

 俺としちゃ、どうもそっちが勇者っぽいけどな。まあ、縁がありゃあ、いずれ会うだろ。


 そんなことがあった次の日、フリネリアが、俺の部屋に顔を出した。

「今日、スキルの測定をやる予定だが最後の方にちょっと顔を出すつもりはあるか?」

 そのいい方だと、別に受けなくていい感じだな。

「やれって言われればやるけど、なんか奥歯に物の挟まったいい方だな?」

 フリネリアは、邪魔する、と言って俺の部屋に入った。

 申し訳程度の応接セット(丸テーブルと木の椅子の二脚)を勧めて、俺はお茶を出した。

 お茶くらいはこの部屋でも用意できるんだ。洗面所が付いてるからな。

「何か悩みでもあるのか?ほら、ここは誰も聞いてないよ。なんなら防音の結界張ろうか?」

 言いながら自分達の周りに結界を張る。


「…ウサミ殿はもう、魔法を使いこなせているんだな。教師の違いは大きいか?」

 ため息をつくフリネリアに俺は眉を顰めた。

 俺を訓練しているフリネリアはこんな感じじゃない。このところ、稽古には2日に一度の割合になっていたから忙しいとは思っていた。それでも合間を見つけては訓練してくれていた。フリネリアがこない時は何故だか、諜報部の二人のどちらかが現れた。どっちも厳しいけどな。


「なんか問題でもあったか?“彷徨い人”のことで。」

 フリネリアはカップを持って一口飲んでから口を開いた。

「いま、城にいるのは8人。かなり遠方から来るものを含めて10人。その内3名はウサミ殿と同じくらいの男性、1名は60歳の男性、15・6の女性が3名、30歳くらいの男性が1名だ。60歳の男性は一般常識を教えた後は街に下りて暮らすことになっているが。2名はまだどんな人物かわかってはいない。そちらの世界に剣や魔法を日常的に使うことがないということは理解しているのだが、なかなか難しい。…教える者の資質も問われることになると痛感しているよ。」

 俺から視線を逸らして何かを見るようにしている様子に、よほど扱いにくい人物がいるのかとそう思った。

「フリネリアが教えるのなら上達しそうなもんだけどね?」

 俺は思わず遠い目になった。


「いや、まだそんな段階じゃない。常識を教えてる段階だ。」

 俺は驚いた顔でフリネリアを見た。

「え、だって、1ヶ月近く経っている奴もいるだろ?俺とほぼ同じくらいに来たやつだって…」

 ふっとフリネリアは笑った。

「彼らはまだ、この世界の言葉もわからない。女神の加護で、意識は通じ合えるが、文字を覚えようとしないのか、理解はできないようだった。」

 え。文字を何回か書いて、意味を覚えていけばすぐにわかるようになるんだけど…いつの間にか。

「文字を覚えるのは簡単だったぞ?話す言語はまだ全部覚え切れてないけど…」

 眉を寄せる俺にフリネリアの顔から苦笑が消えない。


「うちの遠縁の子もすぐに覚えたさ。やる気の差かもしれないな。」

 ああ、タツトって子か。

「聞いたよ。優秀なんだってな。マルティナが楽しみだって言っていた。」

 それを聞いてフリネリアが難しい顔をした。

「内緒だからな。」

 人差し指を立てて指を唇にもっていく。こういう仕草はこの世界も一緒なんだな。

「はいはい。わかってるって、俺だって隠されてるほうなんだろ?」

「ああ、なるべく最後に気配遮断を発動して受けてもらいたい。これは諜報部のミッションらしいぞ。」

「諜報部に入った覚えはないんだが。…俺に遠くから見学しろって言ってるよな?」

 現状を知りたいところだったからそれはいい。というか今のは冗談なのか?問い詰めたい。


「他の“彷徨い人”の訓練に関しては、陛下のブレーンが計画の主導者なんだ。」

 カップを傾けて飲み干した後、ため息をついた。こんなフリネリアは初めて見る。

「私の本業はアーリア王女殿下の護衛だ。それ以上の事は殿下の権限が及ぶところにしかない。歯痒いところはあるよ。女性の剣の指導には私も行く予定なんだが…どうも女性達は戦いたくないようだ。」

 そりゃあ、そうかもしれないな。勇者であれと言われて女の子が私勇者になります!とは言うまい。

「まあ、女の子だからねえ。そういう方面の仕事を希望してたら剣道や格闘技くらいはやってたかもしれないけど、普通の女の子は戦えないと思うよ?まずは身体を鍛えるくらいでいいんじゃない?男の子は率先してやりたがるかもしれないけどね。暴走しないよう気をつけてあげてよ。こっちの世界と違うからさ。」

 同郷の人間に会うのは初めてになるな。いや、挨拶はしないけど。


「集団でスキルの診断は今回だけだ。後に合流する“彷徨い人”は順次、城に来た時に診断することになった。他は必要に応じて、になると思う。」

 俺は頷いた。こっそり紛れろということか。

「あとで“彷徨い人”が訓練している場所に行けばいいんだろ?」

 フリネリアは頷いて考えつつ口を開いた。

「ああ、そうだな、10時前後がいいと思うぞ。」

 結界を解くとフリネリアは帰って行った。外を見るとやっと夜が明けたばかりだった。


 とりあえず、朝のメニューをこなして朝食を食べてから、噂に聞いていた“彷徨い人”の訓練所に向かった。

 もちろんフード付きマントで魔術師っぽく偽装してからだったけどね。

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