第7話 魔法とスキル

「諜報部からのお誘い?」

 きょとんとした顔でアーリアが首を傾げた。可愛い。侍女の淹れてくれた紅茶を飲みつつ、昼間あった出来事を話した。

 うん。高確率でその辺に本人がいる気がするけど。

「アーリア様は聞いてないか?…とりあえず、その人たちの戦闘力は参考になりそうだったから、覚えたいとは思う。その時は時間の工面をしてもらえると助かる。」

 アーリアは頷いて快く了承してくれた。

「あーそれと、街に出てみたいんだが、できるか?すぐじゃなくてもいいんだが…せっかく異世界に来たんだ。街を見てみたい。」

 アーリアがこれも快く了承してくれた。都合が付いたら知らせると言ってくれた。

 それと“彷徨い人”の情報も教えてくれた。

 すでに何人かは城に来ている。ぞくぞくと情報が集まってきていて10人に届きそうだという。


 凄い拉致率だな。どっかの小説サイトの集団転移物みたいだ。


 アーリアが帰って俺は部屋に戻ってベッドに寝転んだ。

 昼間の事を考える。

 俺は多分、諜報に向いているんだろうと考える。

 俺は俺に向いた能力を鍛えないといけない。それと、俺のスキルを使えるようにしないといけない。

 初めて魔力を感じたあの日の文字の氾濫する視界。

 情報の多さに脳がショートしたようなあの感覚。

 少しづつ慣れれば、能力を使えるようになるんじゃないかと俺は思った。

 それには意識を失ってもいい状況で試さないといけない。

(だから夜しかないんだよな)

 深呼吸して魔力を練る。


「“光球”」


 ふわりと天井と俺の中間地点に光の球が現れる。

 それを凝視して何か見えないかと探す。

 眼に魔力が籠って行くのを感じる。

 徐々に光の球のもととなっている魔法陣が見えた。

 魔法陣。

 魔法はイメージなのだが魔法を形作る物は魔法陣だ。魔法が及ぼす事象を司っている。

 詠唱はその理を言葉で表現して魔法を現出させる手段であるので、複雑な魔法とか、威力のある魔法は詠唱が長い。

 無詠唱や詠唱破棄による魔法を使える者、俺やマルティナは感覚的に魔法陣そのものをイメージで一瞬で現出させている、ということだ。

 無詠唱ではあるがイメージをはっきりさせ、魔力を用意するのには多少の時間はかかる。魔力を練り上げている時間が詠唱時間、ということになるかもしれない。

 無詠唱の特徴は複数の魔法を練り上げて待機させることもできる。俺は今は2つ位だが、その数は増やしていけるだろう。詠唱では、これができない。詠唱は途切れると魔法自体が霧散してしまうからだ。

 魔法陣は魔道具を作る時に必須になる。魔石回路にそれが組み込まれて保存された魔法が繰り返し利用できるというわけだ。武器に魔法を付与するときにもそれが応用される。付与魔法、というのはそういうものだ。

 俺が今行使しているのは多分、“鑑定”ではないだろう。


 今見えているのは魔法その物を“分析”して見えた、極小の単位。

 魔法の構成、魔力数値、威力、影響範囲等。

 下手をすると人体を見た時に血中の血糖値まで見えてしまうかもしれない。

 俺の脳では多分、そこまで情報を処理しきれない。この能力を制御して、必要な情報のみを抽出できるようにする必要がある。

 少しずつ、この力に慣れていこう。スキルの名前はわからないがもしかしたら、俺の固有の能力かもしれない。その内、自分をこの力で見てみよう。

 その時はこの力の正体も、自分に与えられた能力もわかると思うから。


 対象を限定して“視る”ことはできた。

 今夜はここまでにしよう。次は複数に挑戦して、情報を整理する。それができたら、周囲に意識を向けて索敵に応用できるし、辺りをマッピングできるかもしれない。


 魔力の供給を止めて光球を消した。辺りは暗くなり、窓からは月の光が差し込む。

 人工の光のない世界。

 俺は異世界にいるんだということを、実感した。


 剣と魔法のファンタジー世界。

 もはや俺にはファンタジーではなく、現実なのだと。


 マルティナは9月になると理事長の仕事でバーダットという都市に戻らなければならないということだった。そのあとの魔法の教師は魔術師団の者が引き受けてくれるということだったが無詠唱ではないらしく、戸惑いそうだった。今は8月の頭、もうほんとに時間がない。


「師匠、お願いがあるんだけど…」

 座学が終わった後、俺はある決意を口にした。


「私の使える魔法を全部見せて欲しい?」

 片眉をあげて不審そうに俺を見る。だろうなあ。

「師匠、本業に戻るんでしょ?師匠ほど、魔法に長けた教師はいないってフリネリアに聞いてますよ~。だから実際に使うところを見て勉強したいんですよ?」

 まあ、これも本当。ただ少し、意味合いが違う。実はマルティナは聖属性以外は使えるのだ。魔族は光と聖属性を持たないものが多い。闇属性と反発するからだという。

「まあ、それもそうねえ。基本は後釜の教師でも教えられるわね。私にしか教えられないことを教えるのは道理だわ。ここではだめね。魔術師団の訓練所を使わせてもらいましょう。」


 マルティナはそう言って侍女に伝言を頼む。許可が取れるまで、ここでできるだけのことを学ぶ。

 それから毎日、マルティナの魔法を見せてもらった。よく”視る”と魔法陣が見え、構成を覚えた。

 俺にとって想像できない魔法は発動できない。だから見る必要がある。


 そして、俺のあの能力で一回見た魔法は使うことができるようになった。

 魔力も使うし、情報を分析するのに使ってない脳の領域を使うようで疲れてしまうのだが、見続けていると、日に日に精度が上がってくる。それで少しずつ楽になった。スキルとかはもしかしたら使うことでレベルみたいなのが上がるのかもしれない。


「実はかなり危険な魔法とかもあるんだけど…ここでは使えないわ。今度ちょっと遠出をした時にでも見せましょうか。」

 マルティナがそう言ってくれたが、俺はどんな凶悪な魔法なのかと怯えた。

「いいね。ピクニックとかどうだろう。俺はまだ、城から出たことないんだよなあ…」

 街への外出許可ってそんなに厳しいのだろうか?


「え?どういうこと?別に“彷徨い人”だからって監禁されているわけじゃ、ないわよね?」

 眉を寄せて、周囲を見るマルティナは何かに気づいたようだ。

「まあ、監視はされてるんですが、どっちかというと王女様に手を出さないかとかそういう心配じゃないでしょうかね?俺、王女様になぜだか懐かれてて…。監禁されてるわけではないと思いますが、外に出る暇がなかったというか、そんなところです。そもそも訓練で日が暮れる…。」

 遠い目をしながら頬を指で掻くと力なく笑った。

 こんなオタクで頼りがいのない男なんて勇者になれないだろうに。


「あら、アキラは相当優秀だもの。期待するわよ。逃したら損だもの。勇者じゃなくても相当の戦力になるしね。」

 あ、師匠が褒め殺しにかかってくる。くすくすと笑うマルティナは色っぽい。


「またまた~師匠続きやりましょう。時間ないですよ。」

 次の教師は聖属性と光属性が得意な人がいい。転移魔法使えたらもっといいなあ。

 そんなことを思いながら、俺は魔力を眼に込めた。


 そうしてしばらくした後、外出許可が出た。

 お忍びのアーリアの護衛だということだった。


 ……。


 え、俺一人で行くつもりだったよ?アーリアちゃん!!時間かかったのってそれでか!

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