第6話 スカウト

 異世界に来て二週間ほどが経った。

 身体を作るためのトレーニングには慣れてきて、負荷を増やされている。

 最初の頃のように気絶はしていない。…ほんとだよ?

 剣術は多少様になってきた程度で児戯にも等しい。

 魔法は適性があるようで順調だ。マルティナは教え方が上手い。

 字は覚えて合格点をもらえた。王宮の図書室に出入りの許可をもらった。

 合間に本を読んでいる。ほとんどが羊皮紙で高価な装丁だった。

 古臭い特有の匂いが充満するそこは、オタクの俺にはパラダイスだった。

 宮廷の作法もダンス以外は及第点だ。ただ、本当に使う場所があるかどうかはわからない。

 貴族のパーティはごめんだしな。

 訓練の合間に時間が取れたので、最初にいた中庭に来た。


 ここは街が一望できる。


 ミネス王国の王都、“ラ・ミネス”。俺の世界でのヴェネツィアのように、街の中を水路が縦横無尽に通っている。交通は船だ。ゴンドラのようなものもある。豊富な水は豊かさの象徴だ。水の女神の加護を戴くこの都市に、国王のすむ居城がある。城壁が囲む内側に堀があり、中心部に向かって高くなっていく。その頂が王城になり、その中心部から水が流れ落ち、街を満たしている。

 俺はまだヴェネツィアには行ったことがないが、そこより数段美しいのではないかと思う。陽光が水路に反射する様は幻想的だ。


 王城は政務や行政の行われている区画と、王の為政施設、王族の居住区、王族や賓客に対応する侍従や侍女(下級貴族の子女が多い)の居住区、他騎士団や近衛師団、衛兵のためのもろもろの施設に分かれている。

 俺は、側近や侍従等の宿舎に部屋をもらっている。勉強に使っているのは王族の執務室。王女の側近という身分なので王女の事務補佐、という役職になる。それが建前。

 実際は勇者の可能性があるので鍛えてもらっているにすぎない。

 正直言って“邪王”と戦うのは勘弁してもらいたいのだが、アーリアやフリネリアがいなくなってしまうのももっと勘弁してもらいたいので俺に出来ることはしたい。

 異世界補正というのを信じたくはないんだけれど、インドア派だった俺が軍隊の扱き並みな訓練を行って平気でいられるということが、異世界補正であるということに他ならない気がしている。

 この世界で魔法の属性は一つが普通、二つ以上は優秀、全属性はめったにいないというこの国で、俺は全属性だ。戦士寄りではなく、魔術師寄りなのだろう。これも言ってみればチートだ。


 まだステータスというのは計ってもらっていないが近々計ってもらえるらしい。

 俺以外の“彷徨い人”が、順次この城に集まっているらしいのだ。その人たちの能力を確かめるため王城に神父を呼ぶ。その時についでに計ってもらうのだそうだ。

 訓練を覗きに来いとフリネリアに言われてるが、はてさてどうしようかと悩んでいる次第だ。

 この世界の王族は女神によばれてきた者達を大切に扱っている。貴族の中には利用しようとしている者もいるので全員が全員善意の塊ではないが、俺は悪意を感じたことはない。

 しかし、他の異世界転移者がどういうつもりなのかは非常にデリケートな問題だと思う。集団で訓練をして、どうにかなるのか、俺には何とも言えない。聖剣が失われたというのも気になる。


「あー、頭こんぐらが…」

 頭を抱えて愚痴を口にした時だった。背中にひんやりとした悪寒が走る。思わず振り向いて腕で首筋を防護する。しゃがんで足を蹴りまわした。手ごたえはない。見回すが敵影はなく、感じるのは一瞬の殺意。

(暗殺者?認識阻害の魔法かなんか…)

 その場を、ダッシュして離れた。スキルなんかないから、鍛えられた脚で飛び退いた。

 そこにナイフが刺さっていた。

 どこだ?どこにいる?

 俺の眼に魔力が籠った。

 うっすらと影が見えた。

(くそっ、索敵だ!そんな魔法あるだろ?魔力や気配も感じろよ!)

 言っとくが鍛えて二週間、ハイハイの赤子もいいところの経験値。それでもなんとかしなきゃ、アーリアが泣く。俺はこの世界の勇者ではないと思うがアーリアにとっての勇者でありたい。

 影から距離を取る。頭の中で詠唱する。影が動く。速い!


「ストーンバレット!」



 土煙りが起こるほどの乱雑な魔法。でもいい。これの狙いは相手を露出させることにある。

 土煙りの中に影が動く。隠蔽の魔術はイレギュラーには効かないらしい。

 俺の体術で仕留められるかはわからないが、やらなきゃやられる。

 影目指して走る。


「そこまで!」


 びくり、と身体が反射的に止まった。

 周囲から殺意がなくなり、姿が見えた。俺よりやや年上の短い紺の髪の青年だ。

 もう一人が背後からやってくる。壮年のグレイの髪の威圧感のある男だ。

「まさか、土魔法で見破ってくるとはおもしろいことするね、あんた。」

 紺の髪の男は、にっと笑うと目が糸目になった。


 不思議と雰囲気が見知った感じで、初対面の印象ではなかった。首傾げつつどこであっているのか思いだすように記憶を探った。


 あ。


「あれ?もしかしていつも、王女様の側にいる護衛の二人?」

 二人がぎょっとした顔になる。

「おお~見破られてるぞ、隊長~」

 ばしばしと壮年の男を叩いている紺色の青年は相手の怒りのオーラが見えないのか心配になった。

「やっぱりか。視線が向かってくるからこれはと思ったのだが…」

 頭を抱えてる様子にかねてからの疑問を口にする。

「俺を暗殺しろって王様にでも言われたのか?」

 直後、二人が吹きだして大笑い大会になった。


 笑いがおさまった二人は真面目な顔になった。

「諜報部のグレイナーだ。こいつは一番若手のカディスだ。」

「よろしく~」

 おどけた調子のカディスの頭をグレイナーが殴った。


「で?用事は?殴りかかってくるのが必須の用事ってのはなんだ?」

 ちょっと本気で命の危険を感じたので、思わず声が低くなった。


「いや、諜報部で働いてみる気がないか、聞こうと思ってね。素質も確かめさせてもらった。」


 は?


「殿下の秘蔵っ子なのは知っているし、ここに来た経緯もわかっている。紐付きじゃない人員は貴重なんでね。勇者しながらでもいいから手伝って欲しい。諜報部は常に人員不足なんだ。」

 詰め寄られて3歩引いた。いや、そんな熱い勧誘困るんですけど。いたッ!痛い、痛いっ肩掴まないでくれ~!!

「観念したほうがいいよ?この人粘着質だから。ハイディングしてストーカーされるよ?」

 怖いっ

「あー、その、まーなんだ。保留でたまに鍛えてくれるとか、どう?気配絶ってる技、ちょっと興味あって。それに俺は勇者候補…なんでいろいろとやらないといけないかもしれないし。王女様に許可も取らないといけないと思うんで。」

 グレイナーは不満げな顔をしつつ納得してくれた。

「殿下の側にいればいつでも接触はできるしな。何、絶対入りたいって言ってくるにきまってるからな。」

 え。何この人。諜報部ってこんな感じ?俺のイメージと違うんですけど。

「じゃ、またね。任務に戻らないといけないんで~」

 手を振りつつカディスはグレイナーを促して去っていった。見送っていると途中で姿が消えた。俺はしばらくその場所を眺めていた。


「あ、俺も戻らないと。」

 昼を済ませて午後からまた頑張らないとなぁ。

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