第8話 星の奇跡

 麗華れいか謙治けんじが二人して歩いていた。病院に行く最中である。結局、美咲みさき夢幻界むげんかいでのダメージがひどく、二日ほど入院することになった。そして今日がその退院の日であった。


「あら?」


 病院の入り口で一人の少年が手持ちぶたさでウロウロしているのが見えた。イライラした様子を隠そうとせずに出てくる人間を一人一人チェックするように見ていた。


隼人はやと、よねえ……」

「そうですねえ……」


 思わず隠れるように隼人の様子を見ている二人。そして彼にとっても二人にとっても待ち焦がれていた人物がガラス戸の向こうに姿を見せた。


「いやあ、後遺症トラウマがなくてなによりでした。」

「? なにそれ?」

「うーん。一口で説明するのは難しいですねぇ……」


 美咲と彼女の荷物を持った小鳥遊たかなしがお喋りしながら病院を出てきた。美咲が玄関の横で所在なげにしている隼人を見つける。


「あぁ! 隼人くんだぁ。」

「お、おぅ…… た、たちばなか……」


 いきなり声をかけられて何センチか跳び上がりそうになる隼人。聞かれもしないのにシドロモドロに言い訳を始める。


「か、勘違いするなよ。俺はただ妹の見舞いに来てだな…… その、別にだな……」

「……あんた何やってんのよ。」

「うわっ!」


 不意打ちで背後から声をかけられて誇張抜きに跳び上がる隼人。跳んだ先に美咲がいて抱きつくような格好になる。


「は、隼人くん?」


 慣れない状況に美咲が顔を赤らめる。弾かれたように少女から離れると取り繕うように咳払いをする。


(クールガイも形無しね。)


 驚かせた張本人の麗華がすぐ横の謙治の耳元に口を寄せる。謙治は思わずすぐそばの少女を意識してしまってドギマギする。

 小鳥遊はそんな少年少女達の様子を微笑ましく見ていた。


夢魔むまさえ出なければ彼らを無用な危険にさらさずにすむのですが……)


 彼にしか聞こえないくらいの小さな音が腕時計から聞こえてくる。小鳥遊は小さく舌打ちをした。


「お楽しみのところすみませんが……」

「誰がよっ!」


 まだ正常な思考をたもち続けていた麗華が怒ったように大声をだす。しかし慣れてしまったのか驚きもせずに言葉を続ける。


「夢魔の登場らしいです。今回出撃できるのは麗華さんと隼人君だけなのですが……」

「え? ボクは?」

「僕は?」


 名前を呼ばれない二人が振り返る。


「サンダーブレイカーはデータ修復中。美咲さんは病み上がり。無理はできません。

 本日は車で来てますのでそれで研究所まで戻りましょう。」


 麗華の家のリムジンと比べるのが可哀想なくらいの車が駐車場にチョコンと停まっていた。それぞれがそれぞれの感慨を持ちながら乗り込んだ。麗華と隼人の二人が車の中でブレスレットを額にかざした。


「ドリームダイブ!」



「何も見えないわね。」

「そうだな。」


 夢幻界は全く静かで、夢魔の影も形も気配も感じられない。グルリと見回してもまたたく星の海のような空が見えるだけ。


「とりあえずあれだな……」

「出しておきますか。

 ブレイカーマシン、リアライズ!

 カモン! フェニックスブレイカー!」


 業火の中から不死鳥が飛来した。炎の尾を引きながら空に向かう。ブレイカーマシン中、最大の長距離探知能力を持つフェニックスブレイカーが夢幻界に鋭い目を光らせた。


「見つけた!」


 彼らからブレイカーマシンでも遠いところに夢魔の反応が見えた。


「結構遠いわよ。どうする、隼人?」


 下からフェニックスブレイカーを見上げた隼人が腕を組んで考え込む。


「背中に乗って行くわけにもいかないか。火傷でもしたら困るからな。

 ブレイカーマシン、リアライズ!」


 隼人のドリームティアが青い閃光を放った。突如として彼の姿を濃い霧が覆い隠す。霧は徐々に凝縮して水の粒子が大きくなる。粒が目に見えるほど大きくなると今度は周囲の温度が低下する。すぐに水が氷になる。氷の結晶が育ち、巨大な氷塊になると隼人がその中に吸い込まれていった。

 その中から獣のうなり声が聞こえてくる。氷塊の表面にひびが入り始めた。亀裂が大きくなり、内部から砕ける。

 咆哮とともに青い巨大な狼が姿をあらわした。そのパイロットの隼人と同じ鋭い視線をフェニックスブレイカーの見ている方に向けるとウルフブレイカーは走り始めた。


「待ちなさい、隼人!」


 フェニックスブレイカーもその後を追った。



「小鳥遊博士、一つ聞きたいのですが?」

「な、何だね。」


 慣れてないのか初心者特有の前屈みで運転している小鳥遊。一瞬聞くのを後悔したが取り消すのもなんだな、と思って言葉を続ける。


「僕のマシンは修復中と言ってましたよね。じゃあ、橘さんのは?」

「それなんですが…… 実はもう全快しているんですよ。」

「はあ?」


 謙治の記憶ではフラッシュブレイカーはサンダーブレイカーよりずっと被害が大きかったはずだ。特にパイロットの美咲の状態も悪かったせいもあって破壊されなかったのが不思議なくらいであったのだが……


「理由までは分かりませんが、美咲さんのマシンの回復力は尋常じゃないんですよ。

 どうして何です?」


 前半は単なる説明、後半は助手席に座っていた美咲に聞いたものだ。窓の外を見ていた美咲が振り向いてちょっと拗ねたような顔を見せる。


「ボクに聞かないでよ……

 それよりもさ、」


 美咲の視線が流れるように後方に向く。


「研究所、過ぎたよ。」


 その言葉に小鳥遊が慌ててハンドルを切る。タイヤと美咲達が悲鳴をあげた。眠っている二人は静かであった。



「でかいな……」

「そうね。」


 場所は変わって夢幻界。麗華と隼人の前に巨大な楕円形のもの……いうなれば生物のまゆのようなものがあった。

大きさとしてはブレイカーマシンの数倍くらい。中身が多少小さいとしてもブレイカーマシンの三倍は最低でもあるに違いない。


「どうする?」

「蹴飛ばして痛がるようならいつかは倒れるだろう。」

「無茶苦茶ね。でも一理あるわ。」

「しかし…… 相手が動かない以上、こちらも下手に動かない方がいい。」

「それもそうね。なら小鳥遊さんの意見でも聞いてみる? もう研究所に戻っている頃合いでしょう。」


 そう言った瞬間に二人のマシンに外部からの通信が入ってきた。


『やっほぉーっ! 麗華ちゃん、隼人くん、元気ぃーっ?』

「…………」


 怒りよりも先に呆れが走る。が、次には、


「美咲! あんたねぇ…… これが戦闘中だったら許さないところよっ!」

『だってぇ……』

「落ち着け、神楽崎。向こうの声が聞こえるならこっちの様子だって多少は分かっているはずだろ。」

「そうか……

 で、小鳥遊さんはなんて言ってるの?」

『う~んとね、まだ来てないの。』


 現実世界から困ったような声が返ってくる。結局、美咲の言葉に慌てた小鳥遊がハンドルを切り損ねて電柱に激突してしまった。その昔、小鳥遊が最初に美咲にあったときにぶつかった電柱であることはホンの余談である。

 で、動かなくなった車を小鳥遊と謙治で押してくる間、美咲が先に地下の研究所に行ってたわけだ。

 なれない機械に四苦八苦しながら美咲はやっと二人との通信を開いたわけである。


『……というわけなの。』

「それは分かったけど…… 私たちの体は? 夢幻界にいるときは眠っているようなものだから無防備なんでしょ? 怪我なんてさせたら承知しないわよ。」

『あ、それは大丈夫。二人とももう運んであるから。』

「ならいいけど……」


 言ってからふと疑問が生じる。


「誰が運んだのよ。」

『え? ああ、博士も謙治くんも忙しそうだったからボクが。』

「お前…… 見かけによらず力あるな。」


 なんて話をしていると、やっとこさ小鳥遊と謙治が入ってくる。音声だけのモニターで満足している美咲を丁寧にわきに押しやると次々にスイッチを入れる。映像も含め全ての夢幻界を見張る目が機能を開始した。

 それと同時に夢幻界にいる二機のブレイカーマシンの状態も表示される。それを見た小鳥遊が不意に叫んだ。


『麗華さん! 隼人君! 急いで撤退して下さい!』

「なんですって! どういうことよそれ。」

「そうだ。まだ何もしていないのに撤退とはどういうことだ、おっさん。」

『何も…… していない?』


 小鳥遊の手元の計器ではすでに二機とも長時間の戦闘をしたかのようにエネルギーを消耗していた。


『そんな馬鹿な。もう二機とも最低レベルの攻撃力しか残っていないはず。何をしたらそんなに……』


 小鳥遊の言葉とそれまでの経験が隼人よりも先に麗華にあることを気づかせた。


「しまった! 戦闘速度で長時間移動したせいね……

 いけない、エネルギーがもうほとんどないわ。しょうがないわね、一回戻るわよ。」

「……よし、分かった。」



「なんて欠陥品だ!」


 現実世界に戻って隼人の最初の一言がそれであった。そういう意味ではウルフブレイカーはフェニックスブレイカーと一、二を争うほど燃費の悪い機体ではある。


「欠陥品…… そういう言い方はないでしょう。マシンの特性を考えて下さい。

 ま、こんなこともあろうかと、というか…… 間に合って良かった、というところでしょうか。」


 小鳥遊が隣の謙治に合図をすると謙治の手がコンソールの上を踊った。スクリーンにワイヤーフレームの三面図が表示される。サイズの比較としてライトクルーザーもすぐ横に描かれる。それを見る限りではブレイカーマシンの二倍くらいはあるだろう。

 謙治が操作を続けるとワイヤーフレームの隙間に色が入る。その配色はある機体を想像させた。


「ねえ、これもしかして……」


 美咲が不安そうな声を出す。

 ここでその機体の説明をしておく。これはまさにトレーラーのコンテナ部分そのままの形状をしていた。別な見方をすればキャンピングカーの引っ張られている居住区ともいえよう。そう、何かが引っ張らないといけないような形状をしていた。

 無論、フェニックスブレイカーやウルフブレイカーでは不可能だし、バスタータンクでも無理がありそうである。そしてその配色は白を基調として……


「ボクが引っ張るの……?」


 そう、フラッシュブレイカー、厳密にいえばライトクルーザーで牽引するようにデザインも色もあわせてあった。


「そうなんでしょうねえ…… 夢幻界に眠るデータを解析したものですから、詳しくは解りませんがおそらく美咲さんの為に用意されたものでしょう。」


 ヒョイと小鳥遊が眼鏡をなおし、苦笑いを浮かべる。


「それにライトクルーザーじゃないとこんな重いもの引っ張れないんです。」

「ふえ~ん。」


 情けなさそうな顔をしている美咲を背後から麗華と隼人が肩をたたく。


「じゃ、今度の出動のときは頼んだわよ。運転手さん。」

「そういうわけで頼んだぞ、橘。」


 更に悲しくなる美咲であった。



 それから数日経っても夢魔の動きに変化はなかった。謙治と小鳥遊は夢魔の監視を続けている。麗華は何もする事がなく、まぶしい太陽を見ている。


(泳ぎに行きたいわね……)


「よし、橘。ゆっくり肩を回してみろ。」

「こう?」

「いや、もっと腕を伸ばすように。」

「う~ん。まだちょっとつっぱるな。」


 肩を見やすくするためかタンクトップ姿の美咲が隼人に肩の具合を見せていた。しばらく吊っていたせいか肩の筋肉が多少なまっているようだが、それを除けばほとんど完治していた。


「もう大丈夫だな。」

「ならさ、」


 二人の間に麗華が入ってくる。


「泳ぎにでも行かない? こんなに天気いいのに家の中にゴロゴロしているなんて逆に体に毒よ。」

「賛成! ボクも泳ぎたい……けど、夢魔がまだいるんでしょ?」

「いいんじゃないのか? まるで動きがないんだ。何かあっても田島たじまがいるし、なんとかなるんじゃないのか?」


「でも……」


 渋る美咲を麗華が後ろから抱え上げる。ジタバタする少女を連れて二人が外に出る。外に出た瞬間、美咲はあることに気づいた。


「ねえ、花が枯れてる……」

「え?」


 美咲が指さした先の野花がしおれていた。夏の日差しを浴びているのにも関わらず草花の緑が茶色がかった色になっている。


「水がないんじゃないの?」


 麗華の言葉で地面に手を触れる隼人。無言で首を振る。


「この子も元気がない……

 みんなどうかしたのかなぁ……」


 木の幹に耳をあて悲しそうに目を伏せる美咲。そんな彼女の言葉を継ぐように小鳥遊が姿を見せた。


「それは夢魔が全ての生物の精神エネルギーを吸収しているからです。

 どうやら植物はすぐに影響を受けてしまうようですね……」

「どういうこと、それ?」

「お出かけのところ悪いですが、続きは下でいたしましょう。」


 端から聞くとさり気ない嫌みに聞こえるが、実は本人は何も意識していないという困った癖があったりする。



「夢魔が…… 成長している?」

「ええ、そうです。

 お二人が見た『繭』というのもおそらくその通りでしょう。夢幻界からエネルギーを吸収して大きくなっています。」

「ねえ、博士…… このままだといったいどうなるの?」


 美咲の言葉に小鳥遊が小さく首を振った。


「私としてはブレイカーマシン全機に出動を要請します。急いで下さい。」


 淡々とした口調の中に若干の焦りが見える。四人の少年少女は互いに頷くとそれぞれの寝台に横たわった。


「「「「ドリーム・ダイブ!」」」」


 機械の音だけが支配する研究室。その中でコンソールの前の小鳥遊が拳を握りしめた。


「みなさん…… すみません……」



「すみません、最初にこれだけは言っておきます。」

「何よ謙治。」


 夢幻界に入るなり口を開いた謙治に麗華が不躾ぶしつけな視線を向けた。その視線から辛そうに目をそらすと、真剣な表情で顔を上げた。


「敵がエネルギーを吸収していることに気づいて急いで計算したのですが……」


 謙治が言葉を切る。気を取り直すように眼鏡をあげた。小さくため息をつく。


「僕たちのマシンの総エネルギー量を超えたエネルギーが観測されました。

 結論だけ言いますと…… 我々では勝てない、ということです。」


 謙治の言葉に沈黙しか返ってこない。麗華が無言で髪をかき上げた。不機嫌そうに目を細める。


「で、それって新手のジョーク?」

「は?」

「ねえ、」

「そんな単純な足し算で結果が決まるわけじゃないでしょ? それこそ隼人のセリフじゃないけど蹴飛ばしてからそんなことは考えるものよ。」

「そうですが……」

「確かにそうだな。」

「ねえねえ……」


 隼人も口を開く。


「やりもしないうちに『勝てない』なんてバカげている。」

「でも…… 僕たちは負けるわけには……」

「ねえ、ってばさぁ……」


 美咲がさっきから三人の周りをぐるぐる回って後ろからつついているのだが、真剣に討論をしている三人はそれを見ない振りをしている。しかし、そんなことが長く続くはずもない。真っ先に麗華がキレた。


「美咲! あんたさっきから何よ! 言うことが無いなら少しは黙ってなさい!」

「だってぇ……」


 雨に濡れた子犬のように身を竦めている美咲に麗華は振り上げた拳のおろし場所に困って髪をかきあげる。


「分かったわよ…… 言いたいことがあるならさっさと言いなさい。」

「うん…… ねえ、あれ何?」


 美咲の視線の先には巨大な物体が鎮座していた。それは麗華と隼人が前に見たものだった。


「あれ…… 夢魔だったんでしょ?」

「そうよなにを今更……」


 言いかけて美咲の言い方に何か引っかかるものを感じる。


「夢魔『だった』?」


 前に見た繭と下半分はほぼ同じなのだが、上の方が内側から破られたように広がっていた。


「気が感じられない。逃げた後か……」

「……! 小鳥遊博士! 聞こえますか。夢魔はどこへ行きました?」


 謙治の声に小鳥遊の指が弾かれたように動いた。夢幻界を見つめる科学の目が夢魔の位置、そして別な事実も彼に告げた。


『いいですか。夢魔はそこから大分離れた場所を移動中です。それと……

 おそらく夢魔の攻撃でしょう。夢幻界の一部にストレスが生じてきています。急いで下さい。下手したら夢幻界自体が崩壊するおそれがあります。』


「分かった。行くよ、みんな!

 ブレイカーマシン、リアライズ!」


 光の中からライトクルーザーだけがあらわれる。美咲以外の三人はそれをのんびり眺めていた。


「……みんなどうしたの?」

「お前…… おっさんの言ってたこと聞いてなかったのか?」

「え?」

「だから何のために新しいマシンを用意したのよ。」

「あ……」

「すみません、バスタータンクも足が遅くてちょっと……」

「ふぇ~ん…… 分かったよもう……」


 改めて美咲がドリームティアを構える。脳裏に新しいマシンのデータが流れてくる。


(後は名前をつけてあげるだけよね……

 よし、)


「スターローダー、リアライズ!」


 光のラインがライトクルーザーよりも更に巨大なマシンを描く。あらわれたマシンはすぐにライトクルーザーの後ろに接続される。まさにトレーラーのコンテナのようだ。


「さ、早く乗って!」


 三人が後ろに乗るのを確認すると美咲もコクピットに移動した。目の前の二本のレバーをつかんだ瞬間、内部の壁面に光が宿る。


「ライトクルーザー発進!」



「ねえ、美咲?」


 スターローダーの中には椅子などが置いてあるスペースがあり、多少なりともくつろげるようになっていた。


「なに?」

「スターローダー、って誰がつけた名前なのさ?」

「ボクだよ。ほら、横に流星のようなマークがついていたでしょ? だから。」

「ふ~ん。」



「夢魔を発見!」


 美咲の声に三人に緊張が走る。その巨大な夢魔はノシノシと歩いている。時折足を止めては周囲に力場を放つ。その度に夢幻界が揺れる。余波がライトクルーザーにも振動として伝わってきた。


「すごい力…… このままじゃ、本当に夢の世界が壊れちゃう……

 そんなことさせないよ!

 チェンジ! フラッシュブレイカーッ!」


 いきなり分離・変形をして美咲が巨大な夢魔に突っ込んでいく。


「あの馬鹿…… 二人とも行くわよ!」


 麗華の呼びかけに謙治と隼人が応じる。急いで外に出るとブレスレットを構えた。


「「「ブレイカーマシン、リアライズ!」」」


 三色の光の中から鳳凰ほうおうと重戦車と狼が姿を見せた。一人先に走る美咲を追う。


「クリスタルシューター!」


 フラッシュブレイカーの手の中の銃が光を放つ。が、その巨大な夢魔と比べるとまさに針のような光線はほとんどダメージを与えていない。それでも撃たれたことが分かったのか夢魔が美咲を振り返る。ゆっくりと手を伸ばしてきて、その手のひらから力場を収束させて展開した。寸前でかわしたものの、横を過ぎただけで凄まじい振動がフラッシュブレイカーを襲った。


「うわっ!」


 悲鳴をあげる美咲に夢魔は二撃目を放とうとする。衝撃で体が痺れている。レバーを掴む手に若干ながら力が入らない。


「あぶねえ! シェイプシフト!」


 青い閃光がフラッシュブレイカーを抱えて跳んだ。一瞬遅れて衝撃波が大地を砕く。


「この阿呆! 何考えてんだ。俺が飛び込まなかったら粉々になってたんだぞ!」

「あはは…… ゴメン。」


 半獣半人ウェアビーストに変形したウルフブレイカーの怒鳴り声に美咲が少し震えた声で応える。さすがの美咲もちょっとばかり恐怖を感じたらしい。目を閉じて頭を振った。


「よし、もう大丈夫。さっきは油断したけど今度は驚かないよ。」

「美咲…… あんたねえ、少しは頭を使いなさい。こっちは四人よ。その利点を少しはいかないと……

 謙治、なにかいい手はある?」

「そうですねえ…… 相手の力が未知数である以上、こちらにできる最大の攻撃方法を試すべきでしょう。」


 このように四機が立ち話をしていても夢魔は興味を無くしたように離れていくだけだった。思い出したかのように夢幻界が揺れる。


「時間がありません。やるだけやってみましょう。」


 謙治の声を聞きながら、麗華は何となく彼が小鳥遊に似てきたな、なんてくだらないことを考えていた。



 夢魔がズシンズシンと歩みを進めている。その通っていった道筋には少しずつながらも破壊の跡が見えた。そして新たな破壊をまき散らすために一歩踏み出す。その前に二体のロボットが立ちふさがった。


「おっと、ここから先は通行止めだぜ。」

「そうだよ。……えーと、えーと……」

「橘…… セリフが思いつかないなら無理にしゃべらなくてもいい……」

「は~い。」


(なんか気が抜けるな……)


「とにかく行くぞ!」

「うん!」


 返事と同時にフラッシュブレイカーとウルフブレイカーが左右に分かれた。遅ればせながら夢魔が力場を放つ。しかし動きの速い二機を捉えることができない。

 その間に少し離れて待機していたサンダーブレイカーが胸の前で雷球を作り始める。力を込め、全エネルギーを体の前に集中した。


「今です!」


 謙治の声に弾かれたように美咲と隼人が距離を空けた。フラッシュブレイカーとウルフブレイカーが同時に構えた。


「シャイニング・ホールド!」

「ブリザード・ストーム!」


 光の三角形が夢魔の足を止め、激しい吹雪が上半身を氷で包み込んだ。


(低温の物体は抵抗が小さくなって電撃が効きやすいはずだ。)


「ライトニング・バスター・ブレイクッ!」


 触ればはじけそうなほど膨れ上がった雷球がサンダーブレイカーの手から解放された。電撃が凍り付いた夢魔の体を覆う。この動作の間にフラッシュブレイカーがジャンプして空中のフェニックスブレイカーに近づいた。


「バード・コンビネーション!

 天空合体、ウィングブレイカーッ!」


 合体した機体が一気に上昇をかける。夢魔の真上で両手を合わせて天に掲げた。炎が握り合わされた拳に集まってくる。


「バーニング・フェザー・ブレイクッ!」


 投げつけられた炎は巨大な火の鳥となって夢魔を貫く。天を焦がさんと火柱が立ちのぼる。夢魔の姿が劫火の中に消える。


「やった……かな?」


 ウィングブレイカーがゆっくりと降下してきた。地上付近で二機に分離する。


「これで燃えてくれると楽なんだけどね。」

「そうはいかないようです。」


 サンダーブレイカーの目が炎を見つめる。センサー能力を重点的にあげたカスタマイズをしたせいか、謙治のマシンは他の三機にはない機能も多い。半分は謙治の趣味だが。

 その中の重力センサーが炎の中の膨大な質量を捉えていた。最初と比較してもほとんど減少していない。


「まだ敵は存在しています。」

「なら、俺の出番だな。」


 ウルフブレイカーが跳躍した。全身を青い光弾と化して炎の壁を越えた。内部から感じられる殺気はまだ濃い。


(馬鹿な、まだ全然弱ってないぞ。……やるしかないか。)


「ビースト・ストライク・ブレイクッ!」


 蹴りの体勢をたもったまま全身を包む光が強くなり、そして足の先端に集中した。夢魔も未だに燃えさかる火の中で腕をウルフブレイカーに向けてきた。衝撃波の威力を考え、隼人はレバーを引き出力を全開にした。

 彼の予想通り、光と波が干渉しあい互いに相殺し始めた。先に力つきたのはウルフブレイカーの方だった。

 ほとんどは打ち消したものの、余波が隼人の動きを止める。そこへ握り潰さんとばかりに手が伸びてきた。


(しまった!)


「イルミネーション・ブレイクッ!」


 咄嗟に放った美咲の一撃が夢魔の腕をはじく。その隙に脱出できたものの、エネルギーを使い切ったのか、疲れたように膝をつく。フェニックスブレイカーもサンダーブレイカーも必殺技を使った直後のため、同様に消耗していた。

 今、まともに戦えるのは美咲のフラッシュブレイカーだけであった。しかし彼女の必殺技も決定的な決め手に欠けている。


(どうしたらいいの……?)


 その間にも夢魔は新たなる攻撃を仕掛けてきた。空を飛んでいるフェニックスブレイカー目がけて衝撃波を広範囲に叩きつけた。逃れられるほどの速度も出せずに直撃を受けた。


「きゃあぁぁぁぁっ!」


 悲鳴をあげて麗華の機体が墜落する。広がっていたために多少威力が落ちていたとしても装甲の薄いフェニックスブレイカーではひとたまりもない。落下してピクリとも動かなくなる。

 追い打ちをかけようと夢魔が腕を下げた。収束された力場が麗華を直撃しようとした瞬間にサンダーブレイカーが彼女を護る盾として立ちはだかった。四機の中で最大の防御力を誇る機体であってもこの攻撃を完全に防ぎきることはできなかった。全身のひび割れた装甲の隙間から火花を散らしながらガックリと膝を落とし動きを止めた。


「麗華ちゃん! 謙治くん!」

「阿呆! よそ見をするな!」


 ウルフブレイカーがフラッシュブレイカーを突き飛ばした。さっきまで美咲がいたところ、そして今は隼人がいるところに衝撃波が炸裂した。青の機体が宙を舞う。


「隼人くんっ!」


 刹那の時間で立っているのも美咲だけになってしまった。


「逃げろ…… 橘……」

「あんただけでも逃げなさい……」

「僕たちには構わずに……」


(そんな……)


 美咲はコクピットの中で絶望感に襲われかけていた。あれだけの攻撃でも夢魔はダメージらしいダメージを受けていないようだし、更に再生能力を考えると、本当に謙治が最初に言うとおりになってしまう。


「早く逃げなさい!」


 麗華の声が美咲を現実に戻した。


「イヤだよ! みんなを置いてボクだけ逃げるなんて…… そんなことできないよ!」

「美咲……」


(ボクにもっと力があれば…… みんなを護る力が……)


 力に頼りすぎるのは己の身を滅ぼすことになるのは知っていたが、それ以上に大切な友人を、夢幻界を、見ず知らずの全ての人間を護るための力を美咲は切望した。

 夢魔が衝撃波を放ってくる。すぐにイルミネーション・ブレイクで迎え撃つ。わずかに美咲の方が威力が勝っていたが、残りのパワーでは夢魔に髪の毛ほどの傷もつけることができない。

 この夢魔に思考能力があるのかどうか、いささか疑問だが、それでも夢魔は美咲にとって致命的な攻撃方法をとってきた。


 散発的に弱い力場を連射してきた。足下を狙い激しく左右に美咲を翻弄する。ある程度距離を離したところで両手で衝撃波を放つ体勢をとった。

 片手をフラッシュブレイカーに、もう片方を美咲を庇って直撃を受けたウルフブレイカーに向けた。今の二機の距離では美咲が自分を犠牲にしてもウルフブレイカーを助けることができない。それほどまでに距離を離されていた。


(いけない……!)


「イルミネーション・ブレイクッ!」


 とりあえず目の前の衝撃波を即座に叩き落とし、隼人の元に走った。しかしその距離は果てしなく遠いものであった。


(ダメだ…… 間に合わない……

 もうボクには打つ手は無いの…… みんなを護れる力は無いの……)


「イヤだ! そんなのイヤだっ!」


 もう自分にとって大切な人間を失いたくなかった。誰かの命の炎が消えるのを見たくなかった。その内に秘めた悲しみの叫びがドリームティアに光を灯した。その光の中で美咲は自分に一つだけ「力」が残されていたことを知った。


「スターローダー!」



 フラッシュブレイカーの額から光が一筋、夢幻界の空へ伸びていった。それに応えるように地平線の向こうから光の道が現れた。その上を疾走する一台の車両。

 その屋根の部分から二門のキャノン砲がせり上がり先端から光線を発射した。光線はウルフブレイカーを砕こうとする衝撃波を霧散させた。


「スターライト・イルミネーション!」


 次の美咲の言葉でスターローダーに変化が起こった。その表面装甲に亀裂、いや、隙間が生まれる。それぞれの部分がある特定性をもって変形し始めた。機体下部のノズルが眩しく光を吹き上げた。その巨体が直立する。


『こ、これは……』


 モニター越しにこの光景を見ていた小鳥遊はいち早く何が起きようとしているか知って絶句した。データでは理解できたが、頭がその事実を認めようとしなかった。彼の知識では不可能に思えることであった。

 スターローダーの変形が最終段階に入る。それはどうやら人型を模しているようであった。二本の腕と足。しかし胸部と頭に相当する部分は空洞に近かった。その不完全な鋼の巨人は何も語らず微動だにしない。

 そこへ美咲が走り込む。巨人に向かって跳躍するとフラッシュブレイカーもまた変形を始めた。体の横に腕が密着する。つま先の部分がまっすぐ伸び、足全体が付け根の部分から後ろに折れ曲がり背中で固定された。

 そのまま巨人の開いた胸部に吸い込まれるように合体する。すぐさま新たな頭部が現れ、命を吹き込まれたかのように瞳に光が灯る。


「流星合体、スターブレイカーッ!」


 それまでのブレイカーマシンの軽く二倍を越える機体が大地に降り立った。突如増えた敵に夢魔が鋭く反応した。両腕を揃えて鋼の巨人に向ける。まだ美咲はいつものトランス状態から回復してないのか、まるで反応を見せない。

 衝撃波が迫る。

 スターブレイカーが素早く腕を上げた。見えない波動を掴むように手を広げ、握りしめる。空間が震える。潰された衝撃波が周囲に散った。


「とぉっ!」


 スターブレイカーが宙に舞い、空中で二本の剣を腕から抜いた。そのまま夢魔に向かって降下する。


「コズミックブレード、飛閃四方切り!」


 天駆ける流れ星のように剣先が走る。再び距離を開けたときには夢魔は四肢を失い、大地に倒れていた。遅れて剣閃が四度光る。

 手足を失った夢魔はそれでも無限とも思える再生力で再び立ち上がろうとしている。


(ゴメンね。君だって本当は戦いたくないんでしょ……)


「ライムライト!」


 天空から眩しい光がスポットライトのように夢魔を照らす。その中で時間が凍り付いたように夢魔の動きが止まった。

 剣の柄同士を合わせて両刃の武器にする。それを体の前に構えてゆっくりと回す。剣の先端が燐光を発し、虚空に円を描く。剣を分離させると空中の図形に刃を振るった。

 再び燐光が線を描く。六本の線が円に加えられ、空間に六芒星ヘキサグラムが完成した。

 剣を腕の中に戻すと両手を六芒星にかざすように突き出す。それに呼応するように図形が白い光を放ち始めた。


「空に眠る星影のひとかけら。今こそ戒めより解き放たれ我が元へ!」


 円の表面が鏡面のように光り輝く。そして銀の水面のようにさざ波がおきた。


「もう…… 目覚めの時間だよ……」


 光が更に強くなる。スターブレイカーもまた白い光に包まれた。


「スターダスト・シューティング・ブレイクッ!」


 六芒星を門として大量の光球が召還された。そしてそれは動けない夢魔を貫くと虚空の彼方へと消え失せる。

 その流星雨が通り過ぎると、全身を穴だらけにされた夢魔がゆっくりと倒れた。痕跡も残さずに消滅し、夢幻界は何事もなかったようにまた静かに時を刻む。



「海! 海行こ、海!」

「あんた元気ねぇ……」


 美咲を除く三人は夢幻界で受けたダメージが大きく、精神的な疲労状態になっていた。体を動かすのも億劫になっている。


「だってボク、ダメージ受けてないし……」

「それでも巨大マシンスターローダー実体化リアライズ必殺技イルミネーションブレイクの連発、巨大ロボットスターブレイカーへの合体などなどしている美咲さんも相当疲労しているはずなんですけどねぇ……」

「そんなことないよ。ほら、ボク元気。」


 そう言って飛び跳ねようとするが、不意に足がもつれてふらついた。いつの間にかにそばにいた隼人がその小柄な体を支える。


「無理をするな橘。俺の見たところお前が一番辛そうだ。今日は大人しく休んでいろ。」

「うん……」


 優しくソファに美咲を横たえ、タオルケットをかけてやろうとすると、美咲はすでに安らかな寝息をたてていた。


「やれやれ……」


 麗華がそっとため息をついて微笑んだ。


「こんな子が夢の世界じゃあ最強なのよ。信じられる?」

「ええ、私は信じています。」


 小鳥遊も微笑みながらそう答えた。 




次回予告


謙治「夏休みの最後に海に行くことになりました。橘さんはいつも通りはしゃいでいます。知らん顔してますが大神君も結構嬉しそうなんです。僕も…… あ、いやいや。ま、とにかく海では色々ありました、なんて思ったら夢幻界ではもっと大変なことが……


 夢の勇者ナイトブレイカー第九話。

『心を一つに(前編)』


 皆さんにとってのいい夢って何ですか?」

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