第7話 青の閃光

「いい知らせと悪い知らせがあります。」

「悪い知らせって?」


 演出混じりできりだした小鳥遊たかなし麗華れいかの一言に肩すかしを喰らった。次の言葉も考えていたのだろうが、予想もしない返し方に言葉に詰まって黙り込んでしまう。


「で、悪い知らせ、ってなにかしら?」


 ニッコリと少し意地の悪い笑みを浮かべる麗華。隣で美咲みさきが困ったような顔をする。


「麗華ちゃ~ん……」

「とにかく、何があったのよ。」

「ええと…… そう、断られたんです。」

「……何が?」


 思いきり冷たい目をする麗華。美咲も分からない、といいたげに首を傾げる。


「麗華さんが話の腰を折るから訳が分からなくなったんでしょうが……」

「小鳥遊さん…… 男は小さなことを気にしないことよ。」


 疲れたように肩を落とすとしばらくコーヒーカップを見つめていたが、気を取り直して顔を上げる。


「話を最初に戻します。とにかく、四人目のパイロットが見つかったのです。」


 唐突な小鳥遊の言葉に美咲と麗華がバシンとテーブルを叩き身を乗り出す。逆に小鳥遊の方が驚いて一歩腰を引いた。


「何だって!」

「何ですって!」

「い、いえその…… 皆さんと同じように夢で呼びかけたら反応があって……」

「それで!」


 更に身を乗り出してくる。少女二人に迫られてこめかみに一筋汗が流れる。動揺しながらも言葉を続ける。


「はい…… 断られました。」


 バタ。

 美咲がテーブルに突っ伏した。麗華も気が抜けたように椅子にへたり込んだ。


「なによそれぇ~っ!」


 悲鳴のような声を上げる美咲に小鳥遊が困ったように首を捻る。


「おかしいです…… 美咲さんと同じように夢の中で誘ったのですが……」

「そういやあ美咲、あんたどうやってブレイカーマシンに乗るようになったのさ?」

「う~んとねぇ……」


 かいつまんで説明する。聞いているうちに麗華の眉がピクピクと震えてくる。怒りを堪えるように拳を握りしめる。


「あんたねぇ…… もし小鳥遊さんが変質者だったらどうするのよ!」

「あのぉ……?」


 小鳥遊の呟きも聞こえないように麗華が大きなため息をついて髪をかきあげる。


「いいこと、もしも街中で知らない人に声をかけられても絶対ついてっちゃダメだからね。分かった?」

「そんなぁ…… ボクだって子供じゃないからそれくらい分かってるよ……」

「あんたが言うか…… あんたが。」

「麗華ちゃん、ひどい……」

「小鳥遊博士! ウルフブレイカーの解析が…… あれ? 皆さんどうしたんですか?」

「聞かないで謙治けんじ…… ちょっと疲れちゃっただけよ……」


 そんな平和な夏の一日だった。



「ウルフブレイカー?」

「ええ、四機目のブレイカーマシンです。基本的には動物型。そして人間型にも変形可能のようです。」

「へぇ~、すご~い。」

「でもパイロットがいないんでしょ?」

「一応ですね、その見つけたパイロットの身元は調べてあります。」


 小鳥遊が別な端末を操作する。すぐに顔写真とそのデータが表示される。


「あれ? うちの高校の生徒じゃない?」

「ええそうです。あなた達と同じ高校二年、大神おおがみ隼人はやと君です。」

「大神、大神…… どこかで聞いたことがあるのですが……」

「ああっ! そうだっ!」


 美咲がいきなり大声を出す。驚いた他の三人にも目もくれず、興奮したように言葉を続ける。


「ほら! 入学してすぐに三年の番長格をぶちのめして停学になったって……」

「そうよ、思い出したわ。いつも一人でいるなんか妙にシリアスしていた奴よ……」

「そうなんですか…… はたしてパイロットになってくれるのでしょうか……」

「さあ……? 私に聞かないでよ……」



 場所も時間も変わる。

 話題の隼人は一人で街を歩いていた。不意に女の子の悲鳴を聞いたような気がして聞こえた方向に一瞬目を向ける。

 路地の奥で女の子が近くをたむろしていた不良どもにからまれていた人数は五人ほど。隼人にとっては準備運動にもならないほどだ。

 で、隼人はその場を何事もなく通り過ぎようとする。


「何やってるの君達!」


 後ろで聞こえた少女の声に隼人は思わず振り返った。二人連れの少女の片方が路地に向かって指を突きつけていた。もう一人の、最初の少女とは対照的な少女は止めるでもなく、煽るでもなく悠然と様子を眺めている。


「そんなことしてるとボクが許さないよ!」


 命知らずな……

 小さく隼人が呟く。あの小柄な少女が不良どもに立ち向かうとは無茶もいいところだ。そうも思ったけど隼人の足は一歩も動かない。周囲に人垣ができてきた。

 不良の一人が近づいてくる前に少女の方から路地に飛び込んでいった。不意をつかれた先頭の不良を蹴り飛ばすと、それを踏み台にして大きく跳躍した。


 いい判断だ。

 口の中で呟いてから隼人は「しまった」と言いたげな表情になった。いつの間にかに少女から目が離せないでいた。足が自然に路地が見渡せるところまで動いていた。

 少女はからまれていた女の子の前で小柄の身体に似合わず果敢に戦っていた。

 狭い路地で壁を背にしたことで一対一で戦える。そしてその条件なら少女は不良達と互角以上で渡りあえる。そのスピードと技はパワー不足を補ってありあまるほどであった。


 また少女の回し蹴りが不良の一人を吹き飛ばした。周囲の壁を自在に使い、女の子をかばいながら巧みに技をたたき込む。

 このまま数分もすれば「おぼえていろ!」とカビの生えたセリフをはいて逃げて行くだろう。そう思って隼人がこの場から離れようとしたとき、不良の一人が妙な動きを見せた。

 懐から拳銃を取り出す。この治安国家で単なる不良が実銃を持てるハズがない。どう考えてもエアガンかなにかだろう。しかし玩具とはいえ改造してあれば十分な武器になりうる。戦っている少女はまだそのことに気付いていない。


 そして隼人も気付かぬうちに身体が動いていた。

 足が鞭のようにしなり空を切り裂く。その軌道の途中にその玩具を持った手があった。ゴキリと足に鈍い感触が残る。これが美咲なら銃だけを蹴るのだろうが、隼人は躊躇いもせず手首をへし折った。


(くそ……)


 開き直って隼人も不良達の中に飛び込んだ。容赦ない蹴りが一撃で不良を行動不能に陥れる。三十秒もかからずに地面に立つのは少女……美咲と隼人だけになった。



「助けてもらったのは感謝するけど…… ボクはそういうの嫌いだな。」

「そうか。」


 美咲の非難を含んだ言葉にも表情一つ変えない隼人。用はこれまでと隼人が美咲と麗華の二人に背を向ける。


「ちょっと!」

「行こう美咲。こんなの相手にしても単なる時間の無駄よ。」

「違うって!」


 麗華の手を振り切って美咲が隼人の後を追う。


「君! 大神隼人くんでしょ!」


 その声に隼人の足が一瞬止まったが、聞こえなかったように歩みをまた進める。歩調を合わせて美咲が並ぶ。隼人の方がずっと上背があり、歩幅も大きいから自然に美咲が半分駆け足になる。


「ねえ! ボクの話を聞いて!」

「……お前、もしかしてあの変なおっさんの知り合いか?」


 ボソリと自問自答するくらいの声で隼人が言う。美咲が首をかしげた。


「夢の世界がどうとか、夢魔とやらがどうとか…… お前ら頭おかしいんじゃないのか? とにかく…… 俺はそんなこと信じないし、あったとしても俺には関係ない。」

「どうして! 力が、戦う能力があるのに、それを他人の為に使わないの……!」


 隼人がピタリと足を止める。彼の正面で後ろ向きに歩きながら力説していた美咲が転びそうになる。

 尻餅をついている美咲に隼人が一歩足を踏みだした。思いきり怒りを込めて睨みつける。


「いいか、俺は他人の為に戦うなんて大層な人間じゃないし、そんな暇も無い。

 俺には構うな。」

「そんなの無理だよ…… だって君しか…… 君にしか……」


 美咲がうつむいて肩を震わせる。

 小鳥遊の説明ではドリームティアはほとんど特定の人間しか扱うことができず、同様にブレイカーマシンも決められたパイロット以外の人間が動かすことはまずできないという。ここで隼人に逃げられたら……


「待って。ボクと勝負して。」


 去ろうとする隼人の背中に美咲が声をかけた。あたりに人がいないのを確認すると立ち上がって自然体になり軽く構えをとる。


「何のつもりだ。」

「ルールは無し。相手を倒した方が勝ち。

 ボクが勝ったら一回だけでもいい。ブレイカーマシンに乗って。もし、君が勝ったら…… 何でも言うことを聞くよ。」

「……そこまで言うなら相手になってやろう。しかし…… 俺とさっきの不良を一緒にするなよ。」

「分かってる。腕に自信がありそうだからきっとのってくると思ったよ。」

「そうか…… じゃあ、いくぞ!」


 二人が間合いを離した。お互いの隙を探そうとにらみ合いが続く。

 先に動いたのは美咲だった。一瞬身を沈めると横の塀を踏み台にして高く跳び上がり、背後をとろうとする。


「それはさっき見たっ!」


 空中の美咲の軌跡と隼人の足が交差した。腕で蹴りをブロックするが、そのガードの上からも衝撃が痛いほど伝わってきた。


「くっ、やるな。」


 一端離れて間合いをはかる。受けた腕にまだ痺れが残っている。今度は素早い動きを駆使した蹴りのコンビネーションだ。上下に蹴りを使い分け隼人を後退させる。美咲の足払いを跳んでかわす隼人。宙に浮いたところを鋭い回し蹴りが襲う。

 一進一退の攻防が続く。戦いが長引くにつれ動きに差が見えてきた。先ほどの疲れがまだ残っていたのか、美咲が何発か打撃を受け、動きがわずかに鈍ってくる。

 隼人が間合いをつめ、殴りかかってきた。美咲はそれを紙一重で避け、反撃に移ろうとしたときにそれがフェイントであったことに気付く。

 隼人の手は美咲の服をつかんで、投げの体勢に入っていた。下手に逆らうと危険と感じたか、美咲は逆に自分から跳んだ。

 が、それも隼人の罠だった。美咲の跳び上がった方向に投げをうつ。予想以上の高さまで上がって一瞬困惑するが、その一瞬が明暗をわけた。


飛閃ひせん竜墜脚りゅうついきゃく!」


 飛び上がって無防備になった美咲を追いかけるように蹴りが伸びる。


(しまった!)


 美咲の予想以上の強さにいつしか隼人も熱くなっていた。いつの間にかに自分の持っている最強の技を放っていた。

 下手なところに当たれば死も間違いない程の技で実際に使うのも始めてだった。必死に狙いを外そうと努力する。このままでは急所に貫くことになる。


「うわぁぁっ!」


 美咲が寸前で身をよじったのも幸いした。必殺の蹴りは美咲の右肩に突き刺さった。痛みで肩を押さえる美咲はそのまま落下していった。時間としてはほんの刹那せつなのことだが、その間に隼人は美咲の下に入り込んで彼女を抱きとめる。


 二人が地面に激突した。落下自体のダメージは大したこと無いが、さっきの技で美咲は肩を脱臼していた。痛みをこらえ、肩を押さえて立ち上がる美咲。そんな少女をさめたような目で隼人は見ていた。


「ま、まだまだ……」

「もういい…… 俺の勝ちだ。」

「くっ……」

「さっき言ってたな、何でも俺の言うことを聞くと。」

「うん……」

「じゃあ…… 服を脱げ。」



「ええっ!」

「聞こえなかったのか。服を脱げ、と言ったんだ。」

「……分かったよ。約束だもんね……」


 しばらく躊躇ったあと、顔を赤くしながらブラウスのボタンに手をかける。その時肩に痛みが走って思わず肩を押さえた。諦めて左手だけでボタンを外し始める。指先が細かく震えていた。

 一つ…… 二つ……


「いい加減にしろっ!」


 隼人の大声に美咲の手が止まった。はじかれたように少し開いた胸元を押さえる。驚いたように美咲が隼人を見た。


「なに考えてるんだ、お前は!

 もし俺が死ねとか言ったら死ぬのか?」

「……君はそんなこと言わないよ。」


 美咲の言葉と妙に悟ったような大人びた表情に隼人の方が逆に声を失った。


「どうして? って聞かれても困るけど、なんとなく分かるんだ。君は…… 隼人くんはそういう人じゃない、て。」

「おかしな奴だ……

 ともかく、さっきのは半分本気だ。いいから肩を見せろ。」


 美咲がブラウスを半分だけはだけて肩を出す。右肩は見事なまでに赤く腫れていた。


「肩を治すぞ。」

「…………!」


 外れた肩を力任せに元に戻した。激痛のあまり美咲は声も出ない。乱暴に見えるが、脱臼を治すのはこれが一番の方法であった。


「すまん。とっさのことで狙いを外すのが精一杯だった。」

「ボクもゴメン。でも…… どうしても…… どうしても……!」

「もういい……」


 隼人は呟きながら自分のシャツの袖を引きちぎった。美咲が何か言い出す前に無言で肩を縛りだす。


「うっ……」

「我慢しろ。とりあえず骨自体は折れていない。二、三日安静にしてれば治る。」

「うん…… ありがとう。」

「とりあえず俺の勝ちだからな。俺の言うことを聞いてもらおう。

 ……もう、俺に構わないでくれ。」


 少し辛そうに吐き捨てると隼人は背中を見せて歩き出した。ペタリと座り込んだまま美咲はそれを見送っていた。



「はあ……」


 腕を吊った美咲がため息をつく。


「な~にらしくないことやってんのよ。」


 コツンと麗華に後ろから小突かれ振り返る美咲。表情はあまり明るくない。


「あんたの話を聞いて色々調べてみたんだけど…… 聞く?」

「うん……」

「あいつにはね、妹がいるんだって。そしてその子が病気でね、なんでも難しい手術をしなければならないそうよ。」

「…………」

「当然、お金もかかるらしく朝から晩まで働いていて…… それで学校も休みがちなんだそうよ。」

「……可哀想、なんて言っちゃダメなんだろうな。でも…… それならしょうがないよね。ボク達だけでやるしかないか……」

「あら? 諦めがはやいわね。」

「え?」


 不思議そうな顔をする美咲に、麗華は苦笑を浮かべる。


「私としては使いたくない方法だけど……」


(美咲、あんたのためだからね。感謝しなさいよ。)


 言いかけた理由が単なる言い訳にしかならないことに気づいて更に苦笑いを浮かべた。



 隼人がアルバイトを終え、妹の見舞いに来るとその病室の前に医者や看護婦が慌ただしく走り回っていた。


(まさか……!)


「おいっ! 何があったんだ!」


 いきなり手近な医者の胸ぐらを掴むと激しく揺さぶる。勢いに押されてそのまだ若い医師が目を白黒させる。


「に……二〇三号室の患者なのですが……」

「何だと! 和美かずみに何があったんだ!」

「く、苦しい……」


 顔が青ざめてきた医者を解放すると改めて事情を聞く隼人。


「家族の方ですか? 実は急遽、手術が決まりまして……」

「馬鹿言うな。お前らだろ、外から医者が来ないと手術できない、って言ってたのは。」

「私にそんなこと言われても…… こちらだって急に決まったことで何が何やら……

 とにかく後は家族の承諾だけなんです。どう致しますか?」

「あ、ああ…… 頼む。」


 それから一人の少女を乗せたベッドが「手術室」と書かれたドアの向こうに姿を消した。手術中を示す赤いランプの光を長椅子の上で隼人はジッと見つめていた。



 美咲、麗華、謙治の三人がいつものように小鳥遊の研究所でくつろいでいると唐突に甲高い電子音が響いた。夢魔むまの出現だ。


「よし、謙治君。出動してくれ。」

「分かりました。

 ドリーム・ダイブ!」


ソファの上の謙治が夢の世界に飛び込んだ。美咲も麗華も続いてダイブしようとする。


「待ってください! 二人とも出撃しないでください。」

「なんで?」

「まず…… フェニックスブレイカーは度重なる戦闘による破損で発進できません。」

「何ですって!」

「それに美咲さん。その肩じゃあブレイカーマシンの操縦なんて無理です。」

「そんなぁ……」

「大丈夫です。謙治君を信じましょう。」



 と、小鳥遊が気楽に言ってたころ、謙治操るサンダーブレイカーは苦戦していた。

 今回の夢魔は人間型のデザインの悪いロボットのような形状をしていた。そしてその夢魔はその身体自体が武器だった。

 激しい連打がサンダーブレイカーを襲う。

 一撃一撃はさほどではないが、それでも数と関節部などの装甲の弱い部分を狙う正確さがダメージを蓄積させていった。


(サンダーブレイカーの敏捷性では攻撃をかわすのは難しい……か。)


 そう判断した謙治は逆に一歩前に踏みでた。打撃の間合いを変えられて夢魔に一瞬の隙ができる。


「今だ! サンダーキャノン!」


 ほとんど零距離で放った砲弾は白いすじを宙に描いて虚空に消える。夢魔は今の射撃を避けたのであった。その事実が謙治を驚愕させた。その間に夢魔の蹴りがサンダーブレイカーの胸板を捉える。


「うわあぁぁぁぁっ!」


 重量級のブレイカーマシンがまるで風に舞う木の葉のように吹き飛ばされた。



「もう見てられないよ! ボクも行く!」


 左手だけで机を叩く美咲。麗華や小鳥遊が止める間もなく美咲が腕を吊っていた包帯を投げ捨て、ブレスレットを額にかざした。


「ドリームダイブ!」



「ブレイカーマシン、リアライズ!

 チェンジ! フラッシュブレイカー!」


 光とともに美咲のマシンが姿をあらわした。そのまま夢魔に跳び蹴りを喰らわす。


「謙治くん、お待たせ!」

たちばなさん!」


 蹴飛ばされた夢魔と二機が対峙する。秒針が一周するほどの睨み合いが続き、痺れを切らせて美咲が先に仕掛けた。

 スライディングに近いくらいの低い蹴りからのコンビネーション。後ろに下がっても跳んでも続けざまに蹴りがくる技だ。

 夢魔が低く跳んで避けたところを身体のバネだけで身を起こ…… すことができずバランスを崩して倒れる。

 右肩をかばったせいでうまく技がつながらない。そこに夢魔が飛びかかってきた。地面を転がって間合いを開ける。肩がズキンと痛んだ。


(なんだ。この程度か。)


 夢魔を操る「鉄拳」は小さく呟いた。


(この様子では「奥の手」を出すまでもないか…… つまらん。)


 美咲が身を起こそうとする前に夢魔のカギ爪のついた足がフラッシュブレイカーを襲う。受け損ねた傷が左腕の装甲に残った。同時に美咲の腕にも引っ掻かれた痛みが走った。


(くっ…… 肩さえ無事ならこんな奴……)


 呻いて顔を上げたところに夢魔が肉薄していた。顎を蹴り上げられてフラッシュブレイカーがサンダーブレイカーのところまで吹き飛ばされた。



「美咲!」


 研究所でモニターしていた麗華が自分のことのように悲鳴をあげる。画面の中で二人が追いつめらている姿が否が応でも麗華を苛立たせた。


「ファニックスブレイカーは? 私は出られないの?」

「すみません…… 無理なんです。」


 これまた辛そうに小鳥遊が呟く。


「このままじゃあ二人ともやられるわ……

 何かいい手は……」


 天恵のように麗華の頭に一人の人物が思い出される。


「小鳥遊さん。ドリームティアを渡して。」

「ドリームティアって……」

「あいつのよ。四人目のパイロット、大神隼人の……」


 小鳥遊が驚きに目をみはる。


「もう…… あいつに頼るしかないのよ。話をしたこともない奴に。

 でも…… それしか……」


 麗華の肩が細かく震える。

 小鳥遊は無言で水色の水晶を取り出し、麗華に手渡した。麗華がそれをギュッと握りしめた。すぐに小鳥遊に背を向け走り出した。


「麗華さん。彼の居場所は……」

「美咲の感じたとおりならあいつはあそこにいるはず。もしも居なかったら…… この賭けは私の負けよ!」


 麗華が外に出るとリムジンが滑るように彼女の前に止まる。普段は素早くドアを開けに来る運転手よりも先にドアを開き体を滑り込ませる。


「病院へ!」


 麗華の言葉にリムジンは音らしい音も立てずに走り出した。



 息を切らせて病院にたどり着いた麗華は一目散に手術室の一つに向かう。自分が手配したところだから間違えようがない。

 そしていた。その扉の前で無表情で赤いランプを見つめる男、隼人の姿が。


「座らせてもらうわ。」


 声をかけても隼人は一言も言葉を発しない。ただ扉の向こうを見つめているだけ。


「これは独り言よ。

 信じるか信じないかはいいけど、今美咲……あんたが怪我させた子……が夢魔と戦っているわ。」


 隼人の体がピクリと震えた。


「相手は人間型の格闘を得意とする奴。普段の美咲なら大したことない相手だわ……」

「……何が言いたい。」


 初めて隼人が口を開いた。


「これは独り言、って言ってるでしょう。」

「じゃあ、こっちも独り言だ。

 あのチビから俺のことを聞いているんだろう。なら俺のことは諦めろ。

 俺は妹の手術が終わるまでここを動く気はない。」


 これで話は終わりだ、と言いたげに隼人は腕を組んだまま目を閉じた。


「美咲が可哀想……」


 小さな呟きは隼人には届かないようであった。ブレスレットを握る右手に力がこもる。と、不意に麗華は左腕にチクリと痛みのようなものを感じた。


(何……?)


 痛みはブレスレット、それもその中心のドリームティアから感じられた。


「まさか…… 美咲! 謙治! くっ……」


 周囲を見回して悔しそうに奥歯を噛みしめる。自分のブレスレットを額にかざす。真紅の水晶が光を放った。


「ドリームダイブ!」


 意識が跳んだ麗華の手からブレスレットが滑り落ちる。硬質の澄んだ音が響いた。



「ん……?」


 隣に座った少女の気配が消えて隼人は片目だけ開いた。壁にもたれている麗華の姿が見えた。左腕のブレスレットと床で硬質な音をたてた同じデザインのブレスレットが目を引いた。


(そういえば……)


 自分と戦った少女も同じようなものを腕にはめていたような気がする。何となく気になって隼人は落ちている方のブレスレットに手を伸ばした。

 ドリームティアに指が触れたとき、隼人の脳裏に一つの映像が浮かんだ。

 どことも知れぬ不思議な空間。その中で何が戦っている。いや、一方的に押されているだけであった。

 同じような雰囲気を持つ白と黄色のロボットが満身創痍で倒れていた。その二機の前に人間を模した金属質のものが立っている。白い方のロボットはまだ戦意を失っていないらしく、大地に左手だけついて立ち上がろうとしている。どうやら右肩に何らかの不調をかかえているようだった。


(右肩…… まさか!)


 隼人はその映像に気をこらす。その白い方から感じたことのある気を感じた。


(くそ……)


 妙にいらつく。あの時の少女の顔が脳裏から離れない。ちょっと拗ねたような顔。勝負を挑んできた時の真剣な表情。恥ずかしそうにしている顔。不意に見せた大人びた顔……


(なんでこんなに落ち着かない……)


 イライラが更に強くなる。そしてそのイライラを止める方法にも見当がついていた。そしてそのことがより隼人を苛立たせた。

 無言でブレスレットを麗華と同じように左手首にはめる。目を閉じ、ドリームティアを眉間の高さまで上げた。夢幻界むげんかいに行く方法はドリームティアが教えてくれた。


「ドリームダイブ!」



「美咲! 謙治! 逃げてぇ!」


(人間風情が……)


「邪魔だぁ!」


 夢魔が身を守る術を持たぬ麗華に拳を振り上げた。ドリームティアを構えてフェニックスブレイカーを実体化リアライズさせようとするが何も現れない。


「キャアァァァァァ!」

「クリスタルシューター!」

「サンダーキャノン!」


 麗華の悲鳴に轟音が重なった。光線と砲弾が夢魔に迫るが夢魔はそれを簡単にかわす。それでも麗華を助けるには十分だった。


「しぶとい奴らめ!」


 夢魔の足がクリスタルシューターを踏み砕き、肩のキャノン砲をへし折った。夢魔の手首が剣のように鋭く伸びる。その武器をフラッシュブレイカーの首めがけて振り下ろそうとする。鉄拳が歓喜に高笑いをあげた。


「死ねぇ!」



「うるせえぇぇぇぇぇっ!」


 青い閃光が走った。

 巨大な狼が夢魔に体当たりをかけた。青い狼型のロボットがフラッシュブレイカーを守るように立ちはだかる。


「怪我人は家に帰って寝てろ。」

「隼人……くん?」


 狼……ウルフブレイカーが美咲を振り返った。しかしすぐに向き直り、その四肢で大地を蹴る。

 強靱な牙が夢魔の手首に噛みついた。振り払おうとするが、牙はガッチリ食い込んでいた。ウルフブレイカーが夢魔から離れる。その時には鋭い手の先ごと手首を口にくわえていた。

 その手首を不味そうに吐き捨てると、コクピットの中で隼人が凄みのある笑みを浮かべる。


「生憎と俺は急いでいるんだ。てめえのような三下に構うほど暇なんかねえんだよ。

 ヒューマンフォーム、チェンジ!」


 空中で一回転するとウルフブレイカーが人間型のロボットに変形する。そのまま流れるように手足が夢魔をとらえる。


「おらおら、どうした。あいつならこんな攻撃、簡単に見切ったぜ。」


 お返しとばかりに夢魔が回し蹴りを放つ。隼人が軽く一歩下がっただけで足が眼前を通り過ぎていった。


「あいつの蹴りはもっと速かった!」


 一歩下がった足をそのまま更に引いてクルリと一回転し、その途中で顔面に裏拳を叩き込む。夢魔がどうと倒れた。


(つ、強い……)


 夢魔の中で鉄拳は相対している敵の強さを敏感に感じ取っていた。このままでは負ける、その想いが「鉄拳」の心を支配しつつあった。


(こいつさえ倒せれば……)


 後は半死半生のブレイカーマシン二体だけだ。そう考えをまとめると鉄拳はちぎれた手首に意識を集中した。それと同時に逃げ腰の演技をして目の前のマシンの注意を引く。

 夢魔の手首がピク、と動いた。そのままフワリと浮いて無防備なウルフブレイカーの背中に必殺の手刀の狙いを定める。

 美咲がその手首の動きに気づいた。そして隼人はまるでそのことを察知していない。


「隼人くん、後ろ!」

「なに!」


 その瞬間、夢魔がウルフブレイカーの足を払った。転びまではしなかったが体勢を崩し背後から迫る刃を避けることができない。


「危ない!」


(動いて、フラッシュブレイカー!)


 肩の痛みをこらえて美咲がレバーを引いた。まるで弾かれたように白い機体が動き出す。

 隼人は時間が凍結したように感じられた。両手を広げたフラッシュブレイカーがゆっくりとウルフブレイカーの後ろにまわる。刃がフラッシュブレイカーの胸の装甲を貫いた。白い機体がゆっくりと膝をつく。


「みさきぃぃぃぃぃぃぃっ!」


 隼人は倒れる美咲を支える。すぐに夢魔の手首を引き抜くと遠くに投げ捨てた。ブレイカーマシンから弱々しい声が聞こえてくる。


「よかった…… 無事で……」

「何を考えているんだお前は! 何でそこまで他人の為に体をはるんだ!」

「知らないよそんなこと…… だって気づいた時には体が動いているんだもん……」

「そうか……」


 静かにフラッシュブレイカーを横たえると夢魔に向き直る。夢魔は両方の手を剣のようすると、それを空中に撃ち出した。

 まるでそれ自体が意志を持つように二本の剣が隼人を襲う。速度はあるが、かわせられない程ではない。しかし夢魔が狙っていたのはそんなことではなかった。


「動くな! こいつが見えねえのか!」


 剣に気を取られている間に夢魔がフラッシュブレイカーに近づいていた。倒れて動けないブレイカーマシンに夢魔が足をかける。

 ウルフブレイカーが動きを止めた。


「それでいいんだよ、それで。」


 両手首を普通の拳に戻すとそのまま隼人に殴りかかっていく。美咲を人質にとられてなすがままにされる。


「隼人くん、ダメだよ…… ボクには構わないで戦って!」


 フラッシュブレイカーの手が夢魔の足をつかむ。しかしその力はあまりにも弱かった。


「死に損ないが生意気な!」


 夢魔はその手を簡単に振り払うと、知ってか知らずかフラッシュブレイカーの右肩のあたりを踏みつける。美咲が苦痛に声をあげた。


「うわぁぁぁぁぁぁっ……!」


 この夢魔の所業は隼人の心に冷たい炎を燃やした。パンチの嵐の中をゆっくりと立ち上がった。夢魔に一歩足を踏み出す。


「動くなって言ったのが聞こえねえのか!」


 鉄拳が足に更に力を込める。


「貴様だけは…… 貴様だけは許さん!」


 すでに敵の声は聞こえていない。隼人の怒りは頂点に達していた。ドリームティアが、ウルフブレイカーが青白い光を放った。そして「言葉」が隼人に更なる力を与えた。



「シェイプシフト!

 チェンジ! ウェアビーストッ!」


 ブレイカーマシンが閃光に包まれる。「鉄拳」が光におされて後ずさる。が、思い出したようにとどめを刺そうと足を振り上げた。

 夢魔の両腕が破壊される。動けないフラッシュブレイカーがその場から消える。そして夢魔が強烈な打撃を受けて倒された。

 これだけのことが次の一瞬で行われた。


「う、ううん……」


 痛みで気を失いかけた美咲は浮遊感を感じて目を覚ます。フラッシュブレイカーが何かに抱えられている。

 それはフラッシュブレイカーを抱えたままサンダーブレイカーのところまで一気に跳んだ。そしてそっと寝かすように横たえる。


「こいつのことは任せた。」


 隼人が静かに怒りを込めて呟いた。鋭い爪の生えた手を握りしめる。ウルフブレイカーは狼の頭をもつ人型……というか、半人半獣の姿になっていた。

 ひとっ跳びで間合いを詰める。腕を組んだまま夢魔が立ち上がるのを待った。


「来いよ。俺は正直、本気で怒っている。」


 挑発された夢魔が両手を再生させて殴りかかってくる。拳がウルフブレイカーを胴体を貫いた。

「鉄拳」が勝利を確信した瞬間、その姿がフッと霞のように消える。


「何ぃ!」

「遅いな。」


 声は夢魔の背後から聞こえてきた。ポーズを変えることなく立っている。超高速の動きが残像を見せたのだ。


「とどめだ。」


 短く呟くと隼人は夢魔が振り返るよりも速く夢魔の体を捕まえる。そしてその巨体を放り投げた。


「ブリザード・ストーム!」


 天に両腕を突き上げる。ウルフブレイカーの胸部から吹雪が吹き荒れる。それは腕の間を通るときに突風を伴って渦を巻く。

 氷の竜巻が夢魔を包み込んで更に上昇する。

凍り付いた夢魔が落下してくる。ウルフブレイカーがそれに合わせて跳躍した。


「遊びの時間は終わりだ!」


 機体が青白い光に包まれた。


「飛閃竜墜脚改め……

 ビースト・ストライク・ブレイクッ!」


 光が夢魔を貫いた。夢魔の氷塊が砕け散ると朝の露のように霧散した。

 ウルフブレイカーが空に向かって一声吼えた。咆哮が空気を震わせた。



「うっ……」

「どうだった? 夢の世界は。」


 麗華の呼びかけに無言で頭を振る隼人。

 手術中の赤いランプが消えた。扉が開いて看護婦と医者がベッドを押して出てきた。


「和美!」


 隼人がベッドに駆け寄る。その声にベッドの上の少女が目を開いた。


「お兄ちゃん……」

「手術後すぐですので手短に。」

「お兄ちゃん、あたしね、夢見てたの。」

「…………」

「お兄ちゃんがなんか怪物と戦っていたの。格好良かったよ。」

「そうか……」


 医者が和美を集中治療室に運んでいく。隼人がその姿を見送っていった。


「神楽崎さん! 大変です。橘さんが!」


 いきなりここにはいないはずの謙治が病院の廊下を走ってきた。注意しようとした麗華の方が更に大声をだす。


「何ですって! 美咲がどうしたの!」

「今、病院に連れてきたところです。あの後、意識が戻らなくて……」

「あの子はどこっ!」

「こちらです……」


 まるで隼人の存在を忘れたかのように二人が駆け足で去っていく。


「……俺も行ってみるか。」


 一言呟くと隼人も二人を追って歩き始めていた。あの少女の元へと。




次回予告


麗華「現れた夢魔は、全ての生物の精神エネルギーを吸収して巨大な夢魔へと変化した。全ての攻撃が効かず、一台、また一台と傷つき倒れていくブレイカーマシン。残された美咲が絶望に叫んだとき、星が舞い降りた。


 夢の勇者ナイトブレイカー第八話。

『星の奇跡』


 一番素敵な夢はあなたのすぐそばに。」

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