第6話 驚異の重砲合体
「下手に
「そう?」
「まず握り方を固定して、それから銃を持った手の人差し指で標的を指さすように狙って下さい。」
「こう……かな?」
「いえ、あまり時間をかけないで。自然に腕を上げたときに引き金を絞るのです。」
「ホントにそんなことで美咲の射撃の腕が良くなるの?」
「まあ、任せて下さい。
人間だったら手が白くなるほどクリスタルシューターを握りしめていたフラッシュブレイカーは一度銃を下ろし、ゆっくりと引き上げた。
銃が水平になった瞬間、唐突に銃口から光線が放たれた。訓練のために用意された円形の的の中心を正確に貫く。
「あ?」
「ちょっと美咲! 極端すぎるわよ。なに考えて…… そういえば……」
「もしかして橘さんに『よく狙え』なんて言ってたんじゃありませんか?」
「良く分かったわね。」
「いえ、反射神経の鋭すぎる人間にはたまにいるんです。ゆっくりした動きよりも速い動きの方が正確になる人が。」
「なんだって、美咲……って、あんた、どうしたのよ。」
言われた美咲は何も反応を見せなかった。銃口を下げ、頭は若干下向き、全身がわずかに震えている。視線は虚空、またはフラッシュブレイカーの少し前の地面に向いている。
(ええと……)
見えるのが巨大ロボットだからすぐにイメージがわかない。が、もともとフラッシュブレイカーは美咲のしようとしていることを忠実にトレースするから、その姿を人間に置き換えれば美咲の動作がすぐに分かる。
「美咲! なに呆然としてんのよ!」
「あは…… あははははは……」
虚ろな笑い声がフラッシュブレイカーから流れる。と、次の瞬間、その巨大ロボットが輪を描くようにピョンピョン飛び跳ね始めた。
「やったー! やったぁー! 当たった当たったぁー!」
無邪気にはしゃぐ美咲。
「美咲……」
「わーい! わーい!」
「あんたねえ……」
徐々に麗華のイライラが増加してくる。ため息が盛大にもれた。
「やっほー! うわーい!」
プチン。
「美咲! あんたねえ、たった一回当たっただけで馬鹿騒ぎするんじゃないっ!」
ピタリと美咲が沈黙する。美咲が(フラッシュブレイカーで)握り拳二つを口元にあて、上目遣いでフェニックスブレイカーを見る。
「麗華ちゃん怖い……」
「やかましい!」
ヒートパルサーが美咲の眼前の地面を抉る。いや、実際はフラッシュブレイカーを狙ったのだろう。麗華の射撃の腕は悪くはない。しかしそれ以上に美咲の動きが速いだけである。
「危ないよ麗華ちゃん……」
(なんであれが避けられるんだ……?)
予想以上の美咲の動きに首を傾げるだけの謙治だった。
射撃訓練はまだまだ続く。
(ふむ…… 必殺技を放ったあとはエネルギーのほとんどを消耗して…… あれ? そうなっているのは麗華さんと謙治君の二人だけか……)
記録を戻してみる。データが残っているもので美咲がイルミネーション・ブレイクを使おうとしたのが三回。二度はその前にひどく消耗して使用後、または使用中に気絶している。三回目は使った直後に合体してすぐにバーニング・フェザー・ブレイクを使っている。
(ということは……)
なかなかうまい表現が思いつかない。しばし言葉を探して天を仰ぐ。
(……MPは高いが、さほど強力な魔法を知らない、ってことか?)
呟いてから、あまりの例えの悪さに自己嫌悪に陥ってしまう。さすがにここ数日、新発売のゲームで睡眠時間を削っていれば発想もそうなってしまう。改めて考えを巡らす。
(エネルギーのキャパシティは高いが…… それに似合うだけの攻撃方法を持っていない。 ……じゃあ、なんの為にそれだけの力が? それにそのキャパは何によって…… おそらくマシンの性能ではなく、パイロットの精神力。麗華さんも謙治君も一般人よりは精神レベルが高いが…… 美咲さんはそれ以上だ。何があの少女にあれだけの強い「心」を持たせたというのだ?)
真剣になり始めた小鳥遊の思考は簡単に遮られた。電子音が夢幻界からの帰還を彼に知らせる。
「ふむ……」
少年少女が寝台から身を起こす。身を起こすなり謙治が興奮したように端末に飛びついた。
「小鳥遊博士! 見て下さい。思った通りですよ!」
といくつかのキーを叩いた。訓練の結果が表示される。それを見て小鳥遊は目をみはった。
「すごい…… 静止目標はまだそれなりですが、移動目標、特に高速移動体の命中率がめざましいです。……一体、何をさせたんですか?」
「簡単よ……」
麗華が美咲の襟首を猫のようにつかんで会話に混じってくる。チラリと美咲の方を睨むと言葉を続けた。
「美咲にね、『狙う』という高度なことを止めさせたらね、当たるようになったのよ。」
ここで更にきつい視線を向ける。
「でも美咲ったら一発当てるたびに五分は喜んでいるのよ。時間がかかるったらありゃしないわ。」
その言葉と同時に時計に目を向ける。時はすでに夕刻になっていた。夢幻界に入ったのが昼過ぎだったから相当な時間が経ったことになる。美咲がポンと手をうった。
「きっとみんなお腹減ったよね? うん。なんかボク作るよ。」
スルッと麗華の隙をついて逃げ出すとキッチンに逃げるように走って行った。
「十体以上はいるな。これまで倒された
「は……」
老人の声が
「いや、気にするな。俺は怒っていない。どちらかというと不謹慎ながら嬉しいとさえ思っている。」
「そうでございますか?」
老人の問に長身の男は高らかな笑い声をあげる。老人が不思議そうな顔をする。
「訳がわからない、って顔だな。
俺とて武人のはしくれ。強い敵には敬意をはらうものよ。あいつらはまだ力の全てを出し切っていない。俺はそう見ている。
だから見てみたくもある、奴らの真の力というものをな。」
「しかし若、それは……」
「ああ、分かっている。だが兵の中には名誉欲だけにとらわれている者もいる。その程度の者に奴らはやれん。」
「ごもっともで。」
闇に浮かぶ青白の炎がその色をわずかに変えた。それを見た男の口の端が皮肉っぽく歪んだ。
「そんな馬鹿どもが姑息な手を語りにやってきたか。」
どこが壁なのか分からないような闇の中でその一角がわずかに開く。頭を下げた姿勢のままでお仕着せの軍服のような服を着た男が入ってくる。
「私めに策がございます。」
(どれ、退屈しのぎにでも聞いてみるか。)
長身の男が漆黒のマントをひるがえして振り向いた。その時、マントのすき間から黒い水晶が闇を一欠片投げかけた。
「うぅ…… 眠い……」
包丁を規則的に動かしていた美咲は閉じそうになるまぶたを必死に堪えていた。それでも指を切らないで器用にネギを
鍋がコトコト音を立てている。刻んだネギを入れて溶き卵を流し入れる。別の鍋で魚を煮込んでいる汁に口をつけ、半ば目をつむったまま味をととのえる。
一通り作るものを作ると冷蔵庫から惣菜や漬物を出してテキパキと並べ、四人分の食卓を用意する。そして最後の箸をおいたと同時にスイッチが切れたかのようにその場に倒れ込んだ。
しばらくして時間がかかっていることが気になった麗華がキッチンに続いている食堂に入ってくる。すぐに準備のできているテーブルと床でクースカ寝ている美咲を発見する。
「器用な子……」
まだ湯気を上げているお椀と美咲を交互に見比べて髪をかきあげる。
「叩き起こすのもなんだし…… 起きるまで待つのもあれね……」
考えることしばし、一つ頷くと麗華は美咲を壁際まで運ぶと着ていた上着をかけてやる。今度はテーブルの方を見てリビングまで二人を呼びに戻った。
「これは美味しい。」
煮魚を口に運んだ謙治が感嘆の声を上げた。煮物、というのは思ったほど簡単ではない。それなりの味にはすぐに仕上がるが、美味しく作るにはそれなりの腕が必要である。とても眠りながら作ったとは思えない。
「でも…… なんで寝てるんでしょう?」
視線が美咲の寝顔に向くが、麗華に睨まれて慌てて食事に戻る。麗華の箸が漬物をつまんだ。
「はしゃぎ過ぎよ。あれだけ動いていれば嫌でも疲れるんじゃない?」
漬物をポリポリかじりながら麗華。そんな彼女の言葉に無言でネギと溶き卵の味噌汁をすすっている小鳥遊がポツリと口を開いた。
「お二人が知らないうちに美咲さんは一人で
え? と二人が顔を上げた。別に責めるような口調ではなく、淡々と説明する。
「基本的にお二人の機体は消耗が激しいのです。ですから連戦をするのは厳しいものがありまして…… 美咲さんのマシンはキャパシティが大きいため、彼女に大きな負担をかけるのは分かっていたのですが……」
「それで美咲一人に戦わせていた、って言いたいの?」
「言ってさえくれたら……」
麗華のきつい、謙治の少し悔しそうな言葉に小鳥遊は小さく首を振った。
「美咲さんが止めたんです。私がつい漏らしたのも悪いのですが…… 彼女はお二人の体調を気遣って……」
ガタン、と麗華が立ち上がった。壁際の美咲のところまで不機嫌そうに歩いていく。あどけない寝顔で見せている少女のすぐそばにしゃがみ込んだ。
「美咲…… 水臭いんじゃないの? 私達はあんたに気をつかってもらうほど足手まといじゃないわよ。」
その柔らかい頬を指先でつつきながら麗華が寂しそうに呟く。つつかれても美咲は目を覚ます気配すらない。そんな少女を麗華は思わず抱きしめていた。麗華の肩がわずかに震えていた。
「こんな小さな体で無理しちゃってさ…… あんた一人で頑張っても限界があるじゃないの…… 何のために私達がいるのよ?」
しばらくそうしていたが、美咲から体を離すとスックと立ち上がる。
「というわけで、いい? 今度夢魔が来ても美咲には知らせないように。」
麗華が謙治の方を見る。謙治も麗華の目をある意志を持って見つめ返した。
「次の夢魔は私達だけで倒します。よろしいですね、小鳥遊さん?」
「……ええ、分かりました。」
「美咲、着いたわよ。起きなさい。」
麗華が相変わらず眠っている少女を肘でつつく。ここは麗華の家のリムジンの中。結局、夕食を終えてしばらくしても目を覚まさないので諦めて家に送ることにした。担がれても車に揺られてもクースカのんきに寝ている美咲に呆れを通り越して感心してしまう。
「よく寝てるわ。何をしてた……」
言いかけた麗華が急に言葉を切る。
小鳥遊の言葉が思い出された。麗華たちが知らないところで美咲は一人夢魔と戦っていたのだ。そう考えるとあのはしゃぎようも疲れているのを悟られないようにしていたカラ元気だったかも知れない。
形のいい眉をひそめて考える。無理矢理起こすのはたやすい、とは思えないがとりあえずたやすい、としておく。
(起こすのもかわいそうかな?)
眠ったままの美咲をどうにかこうにか背負うとリムジンを降りた。美咲の家はごく普通の一戸建て。しかし、まだそんなに遅い時間ではないのに電気は付いておらず閑散とした雰囲気を受ける。
(誰もいないのかしら……?)
そんな風に考えていると背中の美咲が身じろぎをした。振り返ると肩ごしに少女が頭をおこしているところが見えた。
「……あれ?」
「起きた?」
「麗華ちゃん…… ここは?」
「あんたの家よ。変に暗いわねえ。」
「う、うん……」
美咲には珍しく急に口ごもる。表情もなんとなく暗くなったようだ。
(聞いてはいけないことなのかしら……)
雰囲気でそう判断した麗華は普段通りの態度とってごまかすことにした。背中の美咲を放り投げるように落とす。しりもちもつかずに両足で立つ美咲。
「あんた見かけによらず意外と重いわね。肩がこっちゃったわ。」
わざとらしく自分の肩を叩く。
「えぇ~っ! ボクそんなに重くないよ。」
(よしよし、いつもの美咲だ。)
「ま、いいわ。夜も更けてきたから帰るわ。それじゃあね、美咲。おやすみ。」
少し冷たく言い放つとすぐに背を向けてリムジンに戻った。去るときに後ろを見ると美咲がいつものようにニコニコしながら手を振っていた。
「じゃあねえ。おやすみぃ、麗華ちゃん。」
リムジンのテールランプが見えなくなるまで手を振る美咲。見えなくなると人前では見せない寂しそうな悲しそうな表情を見せた。
ポケットから鍵を出して玄関を開ける。出迎える者もいなければ家の中から生活の物音は何も聞こえなかった。
「ただいま……」
返事はない。電気もつけずに暗い中を慣れた感じで歩いていく。闇の中の階段を上がり、自分の部屋に戻って始めて明かりをつけた。
眩しさに一瞬目を細めるが、すぐに見慣れた部屋の中に色が戻る。しばらくその中で立ち尽くしていたが、一言「寝よ」と呟いて美咲は電気を消した。
「夢魔でも出た方がまだ寂しくないや。」
少女の呟きは闇の中にかき消される。
(なんか美咲…… 寂しそうだったな。)
ふと見せた美咲の表情がやけに気になった。目を閉じてその時の顔を思い出そうとする。
(あの子…… 一人のとき、どうしているんだろう……)
唐突に携帯電話の電子音が沈黙を破った。つむっていた目を開く。この番号を知っている人間は限られている。しかもこんな時間にかけてくるのは……
(小鳥遊さんね。ということは夢魔が出たということかしら。)
電話もとらず、麗華はドリームティアを額にかざした。一瞬開いた目を再び閉じる。
「ドリームダイブ!」
…………
…………
夢幻界に入ると謙治が待っていた。謙治は麗華を見ると小さく頷く。そして顔を横に向けた。その視線の先には巨大な水晶の山が鎮座していた。
「あれなの?」
「そのようです。しかし…… 何も動きがないんです。」
『謙治君の言う通りです。実はその夢魔が出たのは麗華さんたちが出た直後でして…… すぐに連絡しても良かったのですが……』
「しばらくは美咲と一緒だったからね。」
『ええ、そういうことです。ですから謙治君を先に行かせたのですが……』
「まるで動く気配ナシ、なんです。」
麗華がスッと目を細める。腕を組んで考える素振りを見せた。
(何かの罠? 美咲なら……
……ったく。なに考えてるのよ。今回は美咲に頼らない、って決めたのに……)
「しょうがない。こっちから攻めるわよ。」
「分かりました。」
二人がブレスレットを体の前で構えた。ドリームティアが光を放つ。
「「ブレイカーマシン、リアライズ!」」
炎と雷の中からフェニックスブレイカーとバスタータンクが現れる。
「軽く小手調べといきますか……
サンダーキャノン!」
バスタータンクの主砲が火を吹く。その水晶の表面が爆発した。と、それまで何の反応も見せなかった夢魔の体がいきなり明るく光り輝いた。
その光が真っ直ぐ空に伸びる。そしてある程度の高さまでになるといきなり炸裂した。光は半球状に広がると透明なドームのようになった。夢魔と麗華、謙治はこの水晶のドームに閉じ込められた形になる。
「……! 小鳥遊博士との通信が切れた!」
「なんですって!」
「どうやら空間的に完全に遮断されているようです。下手するとこれ以上の実体化リアライズも不可能かも知れません。」
「それってもしかして美咲も来れない、ってこと?」
「……そうですね。」
「ならちょうどいいんじゃない?」
麗華はフェニックスブレイカーを動かない夢魔に向けた。全武装がせり上がってくる。
「フルブラストッ!」
続けざまに水晶の表面で爆発がおきる。激しい爆煙に夢魔が覆い隠される。
「やったの?」
煙がひどくて与えたダメージが把握できない。不意に感じた殺気に麗華は操縦捍を傾ける。右の翼をダイヤのマークを繋げたような鋭い鎖が貫いた。美咲ほど殺気などに敏感でないため避けるのが若干遅れた。衝撃できりもみしながら落下し、地面に激突する。
「神楽崎さん!」
すぐに飛び上がれないフェニックスブレイカーにダイヤの鎖が迫る。思わず麗華が目を閉じた。
ガッ!
鈍い音が麗華の前で止まる。フェニックスブレイカーには何も衝撃が伝わってこない。おそるおそる目を開くとサンダーブレイカーが麗華の前に立ちはだかっていた。
「だ、大丈夫ですかっ!」
「……謙治!」
サンダーブレイカーに鋭い鎖が何度も突き刺さる。それでも麗華を護るように微動だにしない。
「なんで…… なんで逃げないの!」
「僕のことは…… 気にしないで。こっちの方が装甲が厚いですし…… サンダーブレイカーのスピードでは結局、敵の攻撃を避けるのは難しいんです。
それよりも神楽崎さんの方こそ早く空に逃げて……」
「……分かってるわよ!」
そうは言うものの片翼の中枢をやられたフェニックスブレイカーは飛び上がることができない。何度もレバーをいれるが、どうしても右のエンジンが始動しない。
麗華の盾になっているサンダーブレイカーの傷が増えていく。ガクリとサンダーブレイカーが膝をついた。
「このままじゃあ……」
(美咲……!)
声には出さなかったが、無意識のうちに麗華は美咲のことを呼んでいた。
(……!)
眠っていた美咲は誰かの声を聞いたような気がして目を覚ました。
「誰か…… ボクを……」
(美咲……!)
「麗華ちゃん……!
……ドリームダイブ!」
反射的に夢幻界に入った美咲は目の前に広がる半透明のドームに目をみはった。内部で何かが争うような音が聞こえてくる。
「まさか…… この中で……
博士! 聞こえているんでしょ! 返事をして。どうして…… どうしてボクを呼んでくれなかったの!」
『すみません……』
「そんなことは後でもいいよ! 麗華ちゃんは? 謙治くんは?」
『その…… ドームの中です。二人と通信がとれなくて……』
「分かったよ……
ブレイカーマシン、リアライズ!
チェンジ、フラッシュブレイカーッ!」
光の中から巨大ロボットが現れた。フラッシュブレイカーは拳をドームの壁にたたきつけた。
「えい! えい! えい!」
殴りつけてもひび一つ入る気配すらない。逆に手の方が砕けそうになる。
「くっ…… グラスブーメラン!」
呼びだした武器を投げつけても簡単に弾き返される。今度は剣のように握り、殴りつける。しかし、グラスブーメランは乾いた音を立てて砕け散った。
「これなら……! イルミネーション・ブレイクッ!」
三角形の光線が壁面に炸裂する。内部に集束し、そこで何も起きなくなる。
『そんな…… イルミネーション・ブレイクも効かないなんて……』
「どうしたらいいの……」
「神楽崎さん! ドームの外部から衝撃がかかってきています。」
「なんですって!」
防戦一方の二人になぶるように夢魔がチマチマ攻撃を仕掛けている。それでもサンダーブレイカーは麗華の前から一歩も動こうとしない。
「ブレイカーマシン級の攻撃が加えられて…… まさか、橘さんが……」
「あの馬鹿……」
呟く麗華の口元に嬉しそうな笑みが浮かんでいた。表情を引き締めると無理矢理フェニックスブレイカーの体勢を立て直す。
「謙治! その場所はどこか分かる? 分かったらそこに集中攻撃よ!」
「了解!」
防御に徹しながら場所を特定する。すぐに発見できた。その衝撃に加わり方からガムシャラに攻撃しているのが目に見えるようだった。
「神楽崎さん! 場所をそちらに転送します。攻撃の指示を。」
「分かったわ……」
(お願い、一回だけでいいからっ!)
「謙治! 行くわよ!」
夢魔の攻撃の間隙をついて麗華はスロットルレバーを思いきり引いた。一瞬、エンジンが不満げな音を立てたが、麗華の祈りが通じたのかそれまで何も反応を見せなかったエンジンが炎を吹き上げた。フワリとフェニックスブレイカーが宙に舞う。
「いっけぇぇぇっ! フルブラストッ!」
「全門斉射!」
三機のブレイカーマシンの攻撃が一点に集中した。強固なクリスタルの壁も崩壊の時がが来た。透明な破片と爆発の煙の中からフラッシュブレイカーが姿を見せる。
「美咲!」
「橘さん!」
「麗華ちゃん! 謙治くん!
……このぉ、よくもやったなぁ!
チェンジ! ライトクルーザー!」
車両形態に変形すると一気に夢魔に突っ込んでいく。直前でフラッシュブレイカーになると勢いをたもったまま飛び蹴りをくらわせた。
『二人とも大丈夫ですか!』
「小鳥遊博士! 通信が回復した、ということは…… しめた!
プラズマ・キャノン、リアライズ!」
謙治の声と共に巨大なバズーカのような武器が虚空から召喚される。肩のキャノンが背中にまわり、あらわれたプラズマ・キャノンを肩に担ぐ。
フラッシュブレイカーと夢魔が激しい戦闘を繰り広げている。それでも美咲の攻撃は夢魔に被害を与えてないように見える。
「橘さん離れて!
プラズマ・キャノン、シュート!」
金色のプラズマ火球が夢魔に突き進む。夢魔を高温の炎が包み込んだ。
「今です! 今なら急な温度の変化で夢魔の構造に無理が生じているはずです。強い衝撃を与えることができれば……」
「どうやって?」
「不可能よ、謙治。三機同時攻撃でやっと壁に穴が開いたのよ。それに…… 私のフェニックスブレイカーはもう動けないわ。」
「そんな!」
燃えながらも夢魔は迫ってきた。その巨体で押しつぶすつもりのようだ。まだ美咲と謙治の二人は逃げることができるが、フェニックスブレイカーは完全に動きを止めていた。
(くっ…… このままでは……)
謙治がもう一撃を放とうとする前に夢魔はプラズマ・キャノンを射つことができない至近距離まで近づいていた。反応しきれないサンダーブレイカーの前にフラッシュブレイカーが立ちはだかる。
「危ないっ!」
巨大な夢魔をたった一人でくい止めようとする。その膨大な重量を支えようと四肢に力を込める。若干、その移動速度が落ちはしたが、それでもまだフェニックスブレイカーを踏みつぶすほどの勢いは保っている。
「だめだ…… ボク一人じゃ止められない…… 早く…… 早く麗華ちゃんを……!」
美咲の言葉に我に返る謙治。まだくすぶっているプラズマの炎、それに焼かれているフラッシュブレイカー。動けないのにまだ戦う意志を失っていないフェニックスブレイカーの姿が謙治の中の何かを変えた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
叫びながら全力で体当たりをかける。フラッシュブレイカーと比較すると純粋なパワーはサンダーブレイカーの方が上で、ウェイトもはるかに上である。それのフルパワーだ。さすがの夢魔も吹き飛ばされる。フラッシュブレイカーもそのあおりをくらって地面に転がった。
サンダーブレイカーも代償として肩の装甲が大きく破損した。肩から全身がバラバラに砕けるような痛みに堪えながら立ち上がり、体勢を崩した夢魔に肩のキャノン砲を向ける。まるで何かに
(もっと力が…… 力が欲しい!)
心からの叫びに引かれるように謙治の左腕のドリームティアが黄色の光を放った。それに呼応するように美咲のドリームティアも光を放つ。
(これは…… 新しい「言葉」が来るの?)
美咲が光の中で新しい「力」を感じた。半分トランス状態で自分の意志とは関係なく口が動く。
「バスタータンクに変形して!」
「え……?」
「いいから! 美咲の言うこと聞いて!」
「わ、分かりました。
チェンジ、バスタータンク!」
変形した重戦車をフラッシュブレイカーが追う。美咲もライトクルーザーに変形して並走する。
二機のマシンがそれぞれの光に包まれた。
「ブラスト・コンバージョン!」
バスタータンクを前にして二機が一列に並ぶ。ライトクルーザーの速度が上がった。追突する寸前にバスタータンクが左右に分離する。
「なんだ一体……」
ライトクルーザーを挟み込むようにバスタータンクのパーツが左右から合体する。フラッシュブレイカーのときの腕の部分から新たに大砲が出てくる。全部の砲頭が正面を向いた。
「重砲合体、キャノンブレイカーッ!」
二機が合体して更に重厚さを増した戦車になった。しかし美咲はまだトランス状態から覚めないし、謙治は状況を把握しきれていない。体勢を立て直した夢魔は体当たりを諦めて持ちうる全てのダイヤの鎖を身動きできないブレイカーマシンに伸ばしてきた。
「美咲! 何あんた寝てんのよ! 謙治! あんたも何でもいいから攻撃しなさい!」
「ほえ?」
「は、はいっ!」
麗華の怒鳴り声が二人を正気に戻す。すぐに二人の脳裏に新たな戦闘方法が浮かび上がった。
「サンダー・ファランクス!」
キャノンブレイカーの全砲塔から高速のエネルギー弾が発射された。迫り来る鎖を一つ残らず粉砕する。鎖を失った夢魔にはもう体当たり以外の武器はなかった。
夢魔が最後の攻撃をかけてきた。
策も何もなく夢魔がガムシャラに向かってくる。元はバスタータンクのものであった二門のキャノン砲の先端に光がともった。光はどんどん強くなる。
「もう…… 目覚めの時間だよ……」
「決めてやる!」
光が最高潮に達した。二人がキーワードを解放する。
「ファイナル・ランサー・ブレイクッ!」
光が戒めから解き放たれた。天を駈ける雷のように一直線に光が伸び遥か地平線の彼方まで貫く。その途中に夢魔がいた。突き刺さった光は透明な夢魔を素通りしているようにも見えた。しかし、実際は薄い金属の刃を差し込まれたように夢魔を切り裂いていた。
突撃をかけてきた夢魔の動きが止まる。凍り付いた沈黙の中で不意に小さな音が静寂を満たしていった。
ピシ、ピシリ……
それは夢魔の崩壊の調べであった。
夢魔の身体が空気に溶けるように分解していく。それと同時に上を囲むドームも砕けていく。光の破片が天から舞い降りた。
「きれい……」
美咲が小さく呟く。
全てが終わった後、そこには何かがいた痕跡すらも残っていなかった。
翌日。小鳥遊邸。
「もう、麗華ちゃんも謙治くんもボクを置いていくなんてひどいなぁ。」
「はいはい。だから悪かった、って謝ってるでしょ?」
「どうもすみません……」
「んもう…… しょうがないなあ。今回だけだからね。」
すねた子供のような顔を見せた後にニッコリ笑うと美咲は台所に入っていった。さほど時間も経たないうちに四人分の昼食をお盆に乗せて戻ってきた。
「今日のも美味しいよ。さ、食べて食べて。」
相変わらずニコニコしている美咲であった。
「やはりあの白い奴だな。」
「若、どうかなされましたか?」
背後からの老人の言葉に長身の「若」が振り返る。さっきまで見ていた映像がフッと闇に沈んだ。
「あの三機で一番手ごわそうなのはどれか、なんて考えていた。
攻撃力ではあの戦車タイプ、運動性では飛行タイプの奴だろうが、おそらく一番強いのが『フラッシュブレイカー』と名乗った白い奴だろう……」
「さようですか……」
「奴の戦闘力をもう少し見てみたいものだ。 ……誰か適任はおらんか?」
「こちらに。」
闇のベールの中から声が聞こえてくる。
「私めに是非とも……」
「やってみろ。」
気のない様子で言葉を返す。すぐに闇の中の気配が消える。
「今のは誰だ?」
「は?」
「誰だと聞いている。」
「はい、『鉄拳』と呼ばれる武術の達人と……」
老人の言葉を男は手で遮った。もういい、という意思表示である。
興味をなくしたように男はマントをひるがえし闇に姿を消した。一人になると男はふと自分の左腕を見つめる。
「さて…… 俺の出番はあるかな? 期待しているぞ、フラッシュブレイカー……」
次回予告
??「お前、何言ってんのか解ってるのか? 夢の世界? 夢魔? そんなものがあるわけないだろう? ……と言っている俺が何故こんなところに。これもそれもみんなあの美咲というチビのせいだ。くそっ…… ムシャクシャするがやってやる!
夢の勇者ナイトブレイカー第七話
『青の閃光』
自分の夢は自分で守れ。」
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