第5話 雷の戦士きたる
「
「あんた…… 随分余裕あるわね……」
息も絶え絶えの麗華。別に疲れているわけではない。
ただ単に
今回の夢魔はその外見以前に大きな特徴があった。なんと二体である。仮に美咲に近い方を夢魔A、麗華に近い方を夢魔Bとしておく。
いつもにも輪をかけて丈夫にできており、一つ一つは弱くても嫌になるほどの攻撃を放ってくる。基本的に上からの攻撃だけにさらされている美咲はともかく、空中で四方八方から攻撃される麗華はたまったもんじゃない。実際のところは二人の戦闘能力の差も余裕の差になってあらわれてくる。
「全く鬱陶(うっとう)しいわねえ。なんかいい加減攻撃するのが無駄に思えてきたわ。」
確かに積極的に攻撃を仕掛けない限り、避けるのはさほど難しくない。
「でも……」
何か変だ…… と声も出さずに呟く美咲。
(こっちを倒そうという気が無いみたい。じゃあ、敵の目的は……?)
夢魔Aの触手が伸びてきた。それを棍で受け流すが、麗華に向かって伸びる触手とは速度が違う。美咲の方が若干速い。彼女だから避けられるが、麗華では少々きついだろう。
(こっちの技量に合わせて攻撃をしかけてきている?)
「そうか! 麗華ちゃんダメだよ。相手の手に乗っちゃあ。」
「手……?」
「そう。夢魔はこっちを疲れさせようとしているんだよ、長時間戦わせて…… そして何とか倒したところで別の夢魔が出て来るんだよ、きっと……」
「なるほどねえ…… それじゃあ……」
麗華が
「美咲! こんな奴らにはもったいないけど、一気にケリをつけるわよ。私の合図で同時攻撃よ。」
「わかった!」
相手の動きを牽制しながら徐々にフェニックスブレイカーが高度を上げる。その動きで美咲には彼女がやろうとしていることがなんとなく理解できた。
(そっか、それなら……)
フラッシュブレイカーが自分の肩に手をかける。
「グラスブーメラン!」
現れた透明の刃を剣のように構え、ジリジリと間合いをあける。二人の動きに夢魔達が操られたかのように引き寄せられてきた。
麗華の位置から地上の夢魔Aと空中の夢魔Bが一直線上に並ぶ。
「フルブラストッ!」
翼の付け根のヒートパルサー、喉から発せられるバードウェイブ、目から出る光線ゲイズバーン、機体下部のカギ爪の先端を撃ち出すクローナイフ、などなどを夢魔Bに一斉にたたきこんだ。
と同時に美咲も夢魔Aにブーメランを投げつける。
しかし、すでに予想していたのか夢魔Bはその全力斉射を軽くかわし、夢魔Aも足元を狙ったブーメランを跳んで回避する。
((ニヤリ。))
二人が攻撃が無効に終わったのに、その顔に笑みを浮かべる。技の放った後の隙をついて夢魔がブレイカーマシンに殺到した。
と次の瞬間、夢魔Aの背中にさっきのフルブラストがまとめて命中し、夢魔Bは背後からグラスブーメランに袈裟切りにされる。
夢魔Aが身体の半分近くを一瞬で失い、Bは体勢を崩して落下を始めていた。
動きを止めた夢魔Aをフラッシュブレイカーがムンズとつかみ、その巨体を空高く放り投げる。
美咲が落下してくる夢魔Bに、麗華が投げられた夢魔Aに狙いを定めた。
「イルミネーション・ブレイクッ!」
「バースト・トルネード・ブレイクッ!」
二機の必殺技が夢魔に炸裂し、夢魔は光と炎の中にその姿を消した。
「もう一回……?」
「うん…… 来るよきっと……」
辺りを沈黙が支配する。弾けば音が出そうなほど張り詰めた静けさの中で美咲は一心に精神を集中させた。
(不意うちをかけるとしたらどっちに来る? 麗華ちゃんの方は空で居場所がつかみづらい…… ということは……)
「美咲、下!」
麗華の声が聞こえるか聞こえないかの内に美咲はフラッシュブレイカーを跳躍させていた。その寸前まで脚があったところを泥のような腕が通り過ぎていく。
悔しそうに地面から泥の巨人が姿を姿を見せた。ずうっと隠れて機会をうかがっていたようだ。
「麗華ちゃん、いくよ!」
美咲の言葉にその意図を悟った麗華はフェニックスブレイカーを空中のフラッシュブレイカーに接近させた。
「バード・コンビネーション!」
ブレイカーマシンがそれぞれの象徴の光を放つ。空中で変形し、二機が合体した。真紅の翼を持つロボットに。
「天空合体、ウィングブレイカーッ!」
上昇して間合いを開く。雰囲気からしてこの夢魔は空を飛べそうに無いと思われる。
「今度はボクの方からいくよ! フレイムスラッシャー!」
炎の剣が手中に現れる。夢魔は泥の腕を伸ばして掴みかかってくるが、難なく切り落とされる。
正面に構えられた剣の炎がクルリと円を描き、炎の円盤になる。それを振りかぶって投げつけた。
「ファイヤーソーサー!」
狙い違わず円盤は夢魔の身体を貫き戻ってくる。返ってきた円盤は再び炎の剣になる。
「ファイヤー・ストラングル!」
フレイムスラッシャーが伸びて夢魔に絡みつく。炎の鞭が巨人の胴体をを縛りつけた。
ウィングブレイカーが上昇をかける。その身体を炎が包み込んだ。
「バーニング…… ええっ!」
エネルギーを炎にして腕に集中させる瞬間、わずかながらウィングブレイカーは無防備になる。そこを狙ってか、夢魔が泥の頭を飛ばしてきた。不気味に口を開き、噛みつこうと迫ってくる。
「麗華ちゃん、回避!」
「ダメッ……! パワーが上がらない!」
動けないウィングブレイカーに夢魔の頭が肉薄した!
「サンダー・ショット!」
一筋の電光が走りウィングブレイカーの眼前で頭が破裂する。
「今です! はやく!」
聞き慣れない少年の声が美咲を動かした。
「!
バーニング・フェザー・ブレイクッ!」
「いやあ、まいったまいった。」
「まさかあんな夢魔がいたなんてね……」
「でも…… あの声、誰だったんだろうね。」
「さあ……?」
話している内に研究所が見えてくる。話の決着がつかないまま、二人はインターホンを鳴らした。普段なら出迎えどころか返事すらしない小鳥遊なのだが、珍しくニコニコしながら玄関に小鳥遊が姿を見せた。
「お待ちしていましたよ。美咲さん、麗華さん。」
別に小鳥遊は愛想が悪いわけではないが、二人がおかしい、と思えるほどに愛想が良かった。
(なんか悪いものでも食べたんじゃない?)
(麗華ちゃん…… それは……)
顔を付き合わせてヒソヒソ話す。そんな少女達の様子に気付いたか気付かないのか、相変わらずニコニコ顔で小鳥遊が二人を家の中に案内する。
「いい知らせがあるんですよ。」
その笑顔の理由を端的に説明するが、端的すぎて内容まで理解できない。訝しがる二人は首を傾げながらも中に入っていった。
「どーもどーも。こんにちは。」
普段は美咲と麗華と小鳥遊しかいないリビングに見慣れない少年が座っていた。年の頃は二人と同じくらい、おそらく高校生だろう。
眼鏡をかけていて、雰囲気はなんとなくマニアっぽく見えた。その少年は無遠慮に二人に近づいてきた。
「えーと、
そう言いながら手を握ってくる。美咲はキョトンとしているが、麗華はその手を無造作に払いのけた。不機嫌そうな表情で小鳥遊を睨みつける。
「小鳥遊さん…… 何? この軽薄そうな奴は……」
「まあまあ…… そう言わずに……」
麗華の言葉に苦笑しながら紹介しようとする小鳥遊を少年が押し止めた。
「自己紹介なら僕がします。
僕はあなた達と同じ高校の二年。エアライフル部所属、
そして……」
謙治と名乗った少年が左腕を二人の目の高さに上げた。
「あっ……!」
「まさか……!」
驚きの声を上げる二人に黄色のドリームティアのはまったブレスレットをハッキリと見せる。そしてニッコリ笑った。
「三番目のブレイカーマシン、バスタータンクのパイロットです。」
「ちょっと待ってよ……」
麗華が頭をかかえた。基本的に、というか、なんとなく生理的にこういうなれなれしい男は嫌いであった。更にマニアっぽいのはもっと嫌いだった。そんな麗華のうめき声にも気付かずに美咲が口を開く。
「じゃあ、あの時のは……?」
「ええ、こう見えても僕は射撃が得意なんです。あれくらいの目標なら撃ち抜くのに造作もありません。」
「いいなぁ……」
バンッ……!
麗華が思いきりテーブルを叩いた。上に乗っていたコーヒーカップが一瞬宙に浮く。にこやかに話をしていた美咲と謙治、小鳥遊が同時に振り向いた。
「美咲…… 行くわよ。」
言い終わる前にもう麗華は席を立っていた。慌てて追いかける美咲。
残された謙治と小鳥遊が呆然としている間に荒々しくドアが音をたてて閉じられた。
「何か機嫌が悪いようでしたが……」
「だめですね。女心を理解してあげないと。」
「女……心ですか?」
「そう、微妙なお年頃なんですよ。」
顔と年齢に似合わないことを言う謙治はニコニコとした表情を消そうとしなかった。
「麗華ちゃん、どうしたの?」
「…………」
「麗華ちゃん……」
まるで返事をしないでズカズカ歩いていく麗華に美咲は心細さを覚えていく。
「ねえ……」
その泣きだしそうな表情に麗華は大きなため息をついた。髪をかきあげて立ち止まり、美咲を振り返る。
「美咲、私だって仲間が増えれば楽だし、有り難いのは分かっているわ。でもね……」
ここまで言うと息を一つ吸い込む。
「私はああいう男が大嫌いなのよ。助けてもらったことには感謝するけど、あんな奴の前でなんかまっぴらよ。」
「ふ~ん。」
あまり理解できないような顔でとりあえず美咲は頷く。とりあえず、というところに気付かれたのか、思いきり麗華に睨まれて身を竦める。
「ま、人見知りなんかしないあんたになんか言っても分からないだろうけど…… 人間、誰にでも先天的に気に喰わない奴、ていうのがいるものよ。」
「ふ~ん。」
「とにかく、あんたもあんな奴に気を許すんじゃないよ。きっと油断も隙もならない奴なんだろうから。」
(でも、ボクには悪い人には思えないし……
麗華ちゃんの思うような人でも無いと思うよ。きっと……)
カリカリしている麗華を横目に見ながら、声に出さないで美咲は呟いた。
「すっかり嫌われましたねえ。」
そう言いつつも謙治はニコニコしていた。その様子に小鳥遊は不思議そうな顔をする。
「なんか…… 嬉しそうですね。」
「ええ、嬉しいことが三つもありましたからね。
一つはブレイカーマシンのパイロットになれたこと。ドリームリアライザーにはちょっと興味がわいたんですよ。
もう一つはあの二人とお知り合いになれたこと。あの二人がうちの高校で十指に入る、というのは誇張でもなんでもないんです。
最後の一つは…… いや、いいか。別に気にしないで下さい。」
「そうですか……」
「それより……」
謙治が手近の端末に向かう。まるで自分の家にいるかのように軽快に操作する。画面に装甲車の三面図が表示された。
「バスタータンクですね。」
「ええ、僕のブレイカーマシンですが…… この構造と、橘さんと神楽崎さんのマシンの構造を比較しますといくつかの仮定が考えられます。」
…………
…………
…………
「なるほど…… 確かに理にかなってます。しかし、ずいぶんと詳しいですね。」
「ええまあ…… 兵器にはちょっとうるさいんでね。」
「でも…… 構造的にはそうかも知れませんが、問題は発動させるキーです。美咲さんのときはギリギリで発動し、なんとか逆転できましたが……」
「やってみなくては分かりません。」
思案顔の小鳥遊にキッパリ言い放つ謙治。その返事の早さと表情に小鳥遊は謙治に対する評価を若干変えることにした。
(第一印象はアテにならないものですね。)
BEEP! BEEP!
突然、地下の研究所内にけたたましい警報が鳴り響いた。
「まさか!」
「夢魔ですか?」
端末を操作した小鳥遊が顔をあげる。アメーバーのような単細胞生物を思わせるシルエットがディスプレイに表示される。
「そうです。
謙治君、いそいで出動してくれ。」
「分かっています。小鳥遊博士、彼女達にも連絡を。」
言いながらドリームティアを額にかざす。
「ドリーム・ダイブ!」
ピロピロピロ……
「ん? なんの音?」
チョコレートパフェの長いスプーンを口にくわえた美咲が首を傾げる。その向かいで優雅に紅茶を飲んでいた麗華が渋い顔をした。
「私の携帯電話よ。ちょっと待ちなさい……
はい、麗華です。あら、小鳥遊さん。
……はい? なんですって?」
麗華がことさら渋い顔になった。
「ええ…… 美咲? 美咲なら目の前にいるわよ。はい…… はい…… 分かったわ。」
パチン、と電話をたたむと残った紅茶を一気に飲み干す。と、思い出したように電話を開いた。
「もしもし、私。悪いけど来てもらえるかしら。そう…… ちょっと止めてよね、その言い方。とにかく急いでね。」
携帯をバッグに戻してため息をつく麗華。幸せそうにパフェを食べる美咲をチラリと睨むとまた小さくため息をついた。
「麗華ちゃん……?」
「また夢魔が出たらしいわ。……こら美咲、人前でダイブするな、って何度言えば分かるのよ。
……もう少しで迎えが来るから、さっさと食べちゃいなさい。」
麗華の言葉に残りのパフェを流し込むように口に運ぶ美咲。冷たい物を一気に食べたせいか頭に響く。
「ううっ…… 頭が……」
「あんたは子供か……」
呆れる麗華の視界の端で黒くて大きい物が停止した。それを認識してまたため息をつく。
「行くわよ。」
ムンズ。
「れ、麗華ちゃん! ボクにだって足はあるよぉ。」
「うるさい! のんびりする方が悪い!」
「でも、何が…… うわあ…… おっきい車……」
美咲の言うとおり大きな黒塗りのリムジンが二人が入っていた喫茶店に横付けされていた。慌てたように黒服の執事風の男が車の中からかけてくる。
「勘定は任せたわよ。」
「かしこまりました。」
その黒服は麗華に深々と頭を下げるとレジに走っていく。
「いいの……?」
「あんたは気にしなくていいの。」
何事もないかのように麗華(と半ば引きづられている美咲)が車のそばにくると恭しく頭を下げて別の男がドアを開いた。
そのまま麗華が車内に体を滑り込ませると向かい合わせになった席に美咲を放り込む。状況の変化について行けないでいる少女にチラリと視線を投げかけると左腕のブレスレットを額にかざした。
その動作の意味するところを知って美咲も同様にする。
「ここなら何も気にしなくていいわ。……私達が目を覚ますまで適当に流していてちょうだい。」
前半は美咲に、後半は「どちらまで?」と訊ねてきた運転手に対して行ったものだ。エンジンの音も聞かせずにリムジンが走り出す。
二人の少女が目を閉じた。ドリームティアが光を放つ。
「ドリーム・ダイブ!」
後部座席の二人がクタッと気を失っても運転手は顔色一つ変えてなかった。
「早かったですね。」
「な・ん・で・あ・ん・た・が……」
絞り出すような声が麗華の喉からもれるが、それにも気にした様子もなく謙治はニコニコしている。
「いえね、さっきまで小鳥遊博士の所にいたんですよ。そこで……」
謙治が空を指さす。アメーバーのような単細胞生物を巨大化させたような夢魔がそこには漂っていた。
「あれ、が出たのを聞いたんです。」
「そう…… それで?」
とことん謙治には冷たい麗華。さっさと彼を無視してドリームティアを構える。
「美咲、あんたもさっさと来なさい。
ブレイカーマシン、リアライズ!
カモン! フェニックスブレイカーッ!」
炎と共に麗華のマシンが現れる。翼から炎を吹き出して上昇し、夢魔に肉薄する。
「ヒートパルサー!」
熱線が夢魔を貫く。貫かれたところが蒸発するが、大したダメージを与えているように見えない。
「イライラさせるわねえ……
これならどう? クローナイフ!」
カギ爪がミサイルとなって発射される。そして夢魔の体に突き刺さり爆発した。爆発で夢魔の液体状の体の一部が吹き飛び、破片が飛散する。それは雨のように下の二人に降ってきた。
「うわっ!
ブレイカーマシン、リアライズ!
チェンジ! フラッシュブレイカーッ!」
瞬間的に召喚されたフラッシュブレイカーがまだ生身のままの謙治をかばう。その背中に夢魔の体の一部が付着し、何かが溶けるような音と共に白煙が立ち昇った。
「くっ……」
「気をつけて神楽崎さん! そいつの体は酸のようなものでできているようです。」
「なんですって! 美咲! 大丈夫?」
酸の雨が止んでフラッシュブレイカーがゆっくりと身をおこす。
「うん、大丈夫。ちょっと驚いただけだから……」
「こら、そこの! あんたも何かしなさい!
女の子ばかりに戦わせて恥ずかしくないのか!」
(分かってますって。)
聞こえないように呟くと謙治もブレスレットを胸の前に構えた。
「ブレイカーマシン、リアライズ!」
稲妻が謙治の四方に落ちる。その四点が正方形を描き、謙治を中心に黄色く輝いた。少年の体がフワリと浮いた。
その浮いたのにあわせるように硬質なフォルムをした装甲車が地面からにじむように現れた。
二本の太い主砲を備えた戦車の全体が出てくると、謙治の姿が内部に転送される。コクピットの中で眠っていた計器が目を覚ます。
「バスタータンク、発進!」
キャタピラーの音を響かせながらブレイカーマシンが動きだした。
「天空合体、ウィングブレイカーッ!」
すかさず二機が空中で合体し、空と陸からの二面攻撃を仕掛ける。夢魔の体質を考えて両機とも遠距離攻撃をしかける。
「ファイヤーソーサー!」
「サンダーキャノン!」
それぞれの武器が火を(いや、雷も)吹いた。夢魔の体をジワリジワリ削っていく。酸の破片が周囲に飛び散るが、ウィングブレイカーは夢魔の更に上で、バスタータンクはそれが届かないような遠距離から主砲を撃っている。心なしか夢魔が小さくなってきた。
「美咲…… さっさととどめをさすわよ。」
「麗華ちゃん、なんか焦ってない?」
美咲に謙治に対する無意識的な敵愾心てきがいしんを悟られたかと思ってギクリとするが、取り繕うように次の言葉に続ける。
「いいのよ…… いいからいくわよ。」
「うん……」
美咲の直感はまだ早いと彼女に告げているが、それでも両手でフレイムスラッシャーを構え、夢魔に向かって降り下ろした。
「ファイヤー・ストラングル!」
(早すぎる!)
下でその様子を見ていた謙治は思わず舌打ちした。いつもは冷静な麗華が今日は不思議に思うくらい戦い方が荒い。
(やりすぎたかな……)
実のところをいえば、謙治はワザと麗華の神経を逆なでするような行動をとっていた。怒らせて冷静な仮面の裏側を見てみよう、なんて考えていたのだ。そして今、それが裏目に出ていた。
「バーニング・フェザー・ブレイクッ!」
放たれた炎の塊が夢魔に突き進む。その熱に吹き飛ばされたようにブヨブヨとした液体の体がはじけた……ようにウィングブレイカーの位置からは見えただろう。
夢魔は炎に焼かれる寸前に体を大きく広げ薄っぺらくなり、貫かれる部分を最小限に抑えた。
(ん…… あれは……?)
謙治の目には広がっても一カ所だけ薄くならず球体をたもっている部分があるのに気付いた。わずかにそこだけ色が濃く見えた。
広がった夢魔はそのまま大きく回り込み、ウィングブレイカーを包み込もうと体を伸ばしてきた。
「……! 麗華ちゃん! まだだっ! 囲まれている!」
その言葉にザッと周囲に目を走らせる麗華。見ただけでウィングブレイカーでの脱出は不可能に見えた。どう動いても大きく広がった翼が引っかかりそうだった。
(翼か…… それなら!)
「美咲! あんただけでも逃げて!
コンビネーション・アウト!」
無理矢理分離させられたフラッシュブレイカーが落下する。それと同時に残されたフェニックスブレイカーが夢魔に包み込まれた。
「麗華ちゃん! ……うわっ!」
かなりの高さから落ちたため、フラッシュブレイカーのダメージも少なくない。しかしそれ以上に夢魔に捕らえられたフェニックスブレイカーが傷ついていく。
「っ…………!」
全身から高温を発し、侵食されるのを防いではいるが、徐々に酸がフェニックスブレイカーの機体を溶かしていった。
「…………!
麗華ちゃんが…… 麗華ちゃんがぁ!」
謙治は冷静に分析をしていた。さっき彼が見た球体はおそらく核か、それに類似する器官だろう。それも今はフェニックスブレイカーの機体の影にわずかに見えかくれしている。フラッシュブレイカーのグラスブーメランでもバスタータンクの武器でも攻撃の幅が広すぎてフェニックスブレイカーを、麗華を傷つけずに核だけを撃ち抜くことができない。
せめてヒートパルサー並の集束された攻撃方法が……
(そうだ!)
「橘さん! クリスタルシューターだ! あれなら……」
「無理だよ…… ボクじゃとてもじゃないけど…… それに体がまだ……」
落下の衝撃は美咲にもダメージを与えていた。そんな状況で精密射撃をしろというのは無茶な注文だった。仮に美咲の射撃の腕が良かったとしても。
(僕なら…… 僕なら当てる自信があるのに……)
戦車形態のバスタータンクでは銃の形をしたクリスタル・シューターを撃つのはどう考えても不可能である。
(僕の理論では変形してロボット形態になれるはずなのに…… ダメだ、理論だけじゃあ何もできない。小鳥遊博士が言ったのはこのことだったのか……)
「…………」
「麗華ちゃんっ!」
不意にフェニックスブレイカーから聞こえてきた苦痛の声が途切れる。すでに翼の半分近くが溶解していた。
(理論も計算も…… 夢幻界では通用しないんだ。強い感情だけが力に……)
ふと麗華に関する評判が思い出される。
彼女は怒った顔も素敵だが、自然に微笑んだ顔はずっと綺麗だという。
(いやだっ! 僕は彼女の笑い顔をまだ見ていない! それなのに…… こんなことで諦めてたまるかぁっ!)
冷静な判断力を強い願望が打ち砕いた。その瞬間、謙治の心に「言葉」が浮かび上がってきた。
「バスタータンク、フォームアップ!
チェンジ! サンダーブレイカーッ!」
黄色い閃光の中で重戦車は重装甲のロボットに変形していた。両肩に二本の主砲がマウントされる。
「橘さん! クリスタル・シューターを!」
「……分かった!
クリスタル・シューター!」
まだ動けないフラッシュブレイカーの手に鋭角的な銃が虚空より生み出される。それを手首だけで投げ渡した。
サンダーブレイカーはそれを両手で構えて上空の夢魔に狙いを定める。フェニックスブレイカーの残った翼の付け根のあたりに核らしきものが微妙に見え隠れする。
ギリッと歯を噛みしめ、謙治は引き金を絞った。
クリスタル・シューターから放たれた光線は、フェニックスブレイカーの翼をスレスレでくぐり抜け、夢魔の内部の球体の中心を貫いた。
それまで攻撃にほとんど反応を見せなかった夢魔が苦しむように震えた。その体内に取り込んだマシンを思わず離してしまう。
「麗華ちゃん!」
フラッシュブレイカーが最後の気力を振り絞ってその落下地点に走り込む。完全に動きを止めているフェニックスブレイカーを地面スレスレで受けとめた。その瞬間、フェニックスブレイカーはその姿を消し、手の中には動かない麗華が残った。
美咲はブレイカーマシンから降りると麗華の元に駆け寄る。脈をとったり、胸に耳を当てたりしすると泣き出しそうになりながら顔をあげた。
「よかったぁ…… 麗華ちゃん無事だよ…… よかったぁ……」
厳密に言えば無事でもないのだが、それでも命に別状ないことが確認できた。美咲の言葉に安堵の息をつく。
「それは良かった…… さて、」
謙治は普段から想像できないような、怖いほど真剣な表情をすると上空の夢魔に鋭い視線を向ける。
「僕の責任があったとしても、女の子を傷つけたんです。」
両肩のキャノン砲がゆっくりと上を向いた。
「しかも二人も…… いい加減、僕も腹をくくりました。橘さんのように使命感に燃えているわけでもありませんが……」
謙治の指先がトリガーをさぐる。
「お前ら夢魔は許すわけにはいかない!」
謙治が吼えた。耳をつんざく轟音と共にキャノン砲が二門同時に火を吹いた。高出力のエネルギーを付加された砲弾が夢魔を激しく揺れ動かした。謙治の怒りが添加されたのか夢魔の体がゴッソリと吹き飛ばされる。
夢魔の破片が酸の雨となって飛散する。しかし謙治はその様子に凄みのある笑みを浮かべた。サンダーブレイカーが右手を上げる。
「うるさい!
サンダー・スプラッシュ!」
天に向けた手のひらから傘をひっくり返したような感じで電撃が広がる。降ってきた破片は電光の網に触れると瞬間で微細にまで分解され蒸発する。
不意に正気に戻る。熱くなった自分を諌めるように眼鏡を直すと醒めた目で上空の夢魔を見つめる。その身を大きく破壊されていてもほとんど動きには影響が見えない。
「ちまちま削っても無駄ですね……」
ゆっくりとだが夢魔は再生を始めていた。
「ならば一撃で決めるしかない、ということですか。」
サンダーブレイカーが胸の前で手をあわせた。そのすき間を徐々に開いていく。手と手の間に電気の球が生まれていた。
手の動きにあわせて雷球は大きくなる。人間のサイズで例えればビーチボールほどになったときサンダーブレイカーが顔を上げた。
半ば再生の終えた夢魔が体の一部を地上に投げつける。フラッシュブレイカーよりも装甲が厚いとはいえ、少なからずダメージを与えているはずなのだが、それにもかかわらず謙治は手の中の雷球に力を込めた。電気の濃度が高まっていく。青白の火花が球体の表面から散った。
「決めてやる! いっけぇーっ!
ライトニング・バスター・ブレイクッ!」
雷球を解き放つ。夢魔はさっきと同じように体を薄く広げて被害を最小限にくい止めようとする。しかし、謙治にはその行動は予想済みだった。
「はじけろっ!」
謙治の叫びと共に雷球はその場でエネルギーを解放し、広がった夢魔の全身に電撃を浴びせた。稲妻の一本が核の球体を完全に打ち砕く。二機のブレイカーマシンを苦しめた夢魔は刹那の時間で蒸発させられ尽くした。
「う、う~ん……」
苦しげな表情を見せていた麗華がゆっくりと目を開いた。悪夢を見ていたかのようにじっとりと汗をかいていた。
「麗華ちゃん…… 大丈夫?」
「美咲、か。ううん、平気よ。なんか悪い夢を見てた…… いやその通りよね。
で、夢魔は?」
美咲が簡単に説明すると麗華は小さくため息をついてから運転手に行き先の変更を告げた。それを聞いた美咲が目を丸くする。
「研究所に……?」
そう改めて言われると麗華は嫌そうな顔をして髪をかきあげる。そして美咲の方に顔を向けた。
「あんたの律儀さがうつったのかな…… どうしてもあいつに何か言わないと気がすまないのよ。」
「ふ~ん。」
「美咲…… あんた今笑ったでしょ。」
「い、いや、笑ってないよぉ……」
言い訳する美咲から視線を外すと麗華は口の中で「ま、いいか。」と呟いた。
「よかったら教えてくれませんか? さっき言ってた三つ目のいいことって。」
「ええ…… 実はですね。神楽崎さんの怒った顔が見れたことです。評判通りにとても素敵でした。」
「ほぉ……」
近くで車が止まる音がわずかに聞こえた。
「もしかしたら今日四つ目のいいことが起きるかも知れません。」
そう言って謙治はニッコリと微笑んだ。玄関のチャイムが軽やかな音をたてた。
次回予告
小鳥遊「はあ…… 小型ながらもまた夢魔ですか。いいんですか、美咲さん。二人に連絡しなくても。ええ、まあそうなんですがね。無理だけはしないで下さい、と言ってるそばからこれですか…… 今回は麗華さんと謙治君の二人にがんばってもらいましょう。
夢の勇者ナイトブレイカー第六話。
『驚異の重砲合体』
今日見る夢はどんな夢ですか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます