第4話 真紅の翼、ウィングブレイカー

「ねえねえ、残りの二人は見つかったの?」

「それがですね、夢の中で呼びかけているのですが、お二人のように簡単には……」


 美咲みさき小鳥遊たかなしが少し遅めの昼食のテーブルを囲んでいた。麗華れいかも相伴している。


「でもあれからしばらく夢魔むまは来てないじゃない。急がなくてもいいんじゃないかしら?

 ……あら、これ美味しいわね。」


 肉ジャガを口に運んで感嘆の声をあげる麗華。場所は小鳥遊の研究所だが、当然ながら作ったのは彼ではなく美咲である。

 小鳥遊の生活能力の無さを見るに堪えなかったのか美咲は毎日のように小鳥遊の家に行っては料理や掃除、洗濯などをやっていた。麗華も暇なのか特に手伝うでもなく家事をする美咲を毎日のように眺めている。

 待ちに待った夏休み。始まったばかりでさほどすることが思いつかないのか、美咲と麗華はブレイカーマシンによる戦闘訓練も兼ねて小鳥遊の研究所に通っていた。


「どうでもいいけど、美咲。あんたの射撃の下手さどうにかならない?」

「だって…… ボクだって努力してるんだけどさ……」

「努力してたって結果が伴わなければダメじゃないのかしら?」

「そうだけど……」

「まあまあ……」


 やんわりと小鳥遊が間に入る。


「そうは言いますけど、手投げ武器の命中率は実に高いですよ。まあ、確かに銃や固定装備の射撃は……」

「下手なんでしょ?」

「う~……」

「そうですが…… それを補うだけの接近戦闘の強さがあります。」

「でもねえ……」


 そう言って麗華は皮肉めいた視線を向ける。


「もし夢魔がが前みたいに空飛ぶ奴だったらどうするのさ? 私しか相手できないじゃない。」


 麗華の言葉に小鳥遊は真剣な表情を浮かべる。


「そこなんです、問題は。」

「問題?」


 そうです。と前置きしてから説明を始める。


「フラッシュブレイカーは確かに攻撃力は高いですが、空中の相手にはほとんど戦いになりません。またフェニックスブレイカーは空を飛べて飛び道具も充実してますが…… どうしても攻撃力に劣ります。」

「……それってどういうこと?」


 首を傾げる美咲に麗華は冷たく言い放つ。


「馬鹿ね、もしも前よりも丈夫な夢魔が……って、それって大変じゃない?」

「え? え?」


 美咲はまだ理解していないしていないようだった。麗華がことさら大きなため息をつく。このあと十分以上をかけて詳しく説明してやっと納得する。


「ええ~っ! それって大変じゃない!」

「だから何回も言ってるでしょう! あんたには頭が無いの!」

「麗華ちゃん怖い……」

「だぁ、かぁ、らぁ…… 『ちゃん』づけは止めなさい、って言ってるでしょう!」

「ハハハ……」


 二人の少女のやりとりを苦笑いを浮かべ小鳥遊は眺めている。


(仲が良いのか悪いのか……)


 頭ごなしに怒鳴りつけられる美咲と、ペースを狂わせられまくりの麗華。どう見ても仲が良いように見えないが、後に残らないところを見るとそれなりに楽しんでやっているようだ。


(しかし、もしも予感が的中したら…… 早く第三、第四の戦士を見つけなくては……)


 小鳥遊の心配もよそにとりあえず研究所は平和だった。



「なるほど、それがお前の作戦か。」

「はい、あの小癪こしゃくなマシンを必ずや倒しましょう。」


(偵察用の獣魔を二体倒されただけで『小癪』とはな。言葉はもう少しうまく使え。)


 そう思いながらもそのことをまるで表情に出さないで言葉を続ける。


「しかしまだ脅威とは思えないが。」

「脅威になってからは遅すぎます。ここで叩いておいて是非とも人間界への足がかりを。」


(しょせんは名誉を欲しがる小物か……)


 目の前で畏まる兵に哀れみの視線を向ける長身の男。兵は顔を下げていてそのことに気付いていない。


「ま、相手の弱点を突くのだからな。勝てない方がおかしい。」

「か、必ずや……」

「期待しているぞ。」

「は、この命にかえましても。」


 兵の姿が闇に没した。それを気配だけで察する。長身の男が小さく嬉しそうな笑みを口の端に浮かべる。


(これでやられるようならそれまでだな。)



「で、どうしますか? 午後も少し美咲さんの練習をさせた方がいいですかね?」

「そうね……」


 食事がすんで、美咲は台所で皿を洗っている。お茶を飲みながら麗華と小鳥遊が少し低めの声で話していた。


「正直言って、あの子に銃を持たせても上達しないんじゃない?

 上から見てて分かったけど、銃は美咲の手の延長にはならないんじゃないかしら。」

「手の延長ですか……」

「そう、手の延長、つまり体の一部にならないのよ。あれだけ狙って外すくらいですからね。あれならクリスタルシューターを投げた方が当たるわ。」

「そうですか…… せっかく私が設計したんですが……」


 少し悲しげに呟く小鳥遊につられたのか麗華も表情を曇らせる。


「でもね、悔しいけど、やっぱりあの子は凄いわよ。あれだけブレイカーマシンを手足のように操れるなんて。」

「あれ? どうしたの二人して?」


 エプロンを外しながら美咲が戻ってくる。そんな彼女を麗華が焼き殺さんばかりの視線で睨みつける。


「それがこんなお気楽娘かと思うと…… なぁ~んであんたはいつもそうやってニコニコしてんのよ!」

「えぇ~ で、でも……」

「まあいいわ。」


 麗華がスッと優雅な動きで立ち上がった。


「特に午後は予定がないから買い物にでも行きましょ…… ちょっと美咲、何よその『行ってらっしゃい』の手は。あんたも行くに決まってるでしょう?」

「ボクも?」

「当たり前でしょ。女の子の買い物に小鳥遊さんを連れて行くわけにいかないわ。」

「はあ……」


 突然の展開に口をはさめない小鳥遊。麗華はそんな彼を丁寧に無視し、まだ展開についていけない美咲の手を無理矢理引っ張っていく。


「それでは小鳥遊さん、失礼いたしますわ。また今度お伺いします。」

「あ、ごめん。また来るね。」


 引きずられていく美咲がヒラヒラと手を振ると小鳥遊も疲れたように手を上げる。少女二人が去った後、一人残された小鳥遊がため息をついた。


(私も若いと思ったが…… やっぱり女子高生にはかなわないか……)


 小鳥遊一樹、二七歳。微妙な年頃である、と彼は思っている。



「ねえねえ、麗華ちゃん。何買うの……」

「あんたねえ…… いや、いいわ。」


 言っても無駄と悟ったか、口をつぐむ麗華。髪をかきあげると気を取り直したように言葉を続けた。


「ちょっと遅いかも知れないけど、水着でも見ようかな、てね。」

「水着かぁ…… 夏だもんね。」


 人通りの少ない道を歩いている二人。陽光は強く、帽子無しでは外に出るのが躊躇われるほどだ。無論、天然元気少女の美咲にはさほど関係のないことだが。


「そうよ夏よ……」


 ふと麗華が目を細める。その視線の先にはこちらに走ってくるオートバイが見える。片手で運転している。空いた手にはハンドバックらしきものを持っている。


「……馬鹿も増えてくるしね。」

「どけどけどけぇーっ!」


 典型なかっぱらいだった。その後ろからはスーツ姿の女性がハイヒールで追いかけているのが見える。


「……美咲。」

「うん。」


 二人が道をあけるように左右に分かれる。その間をバイクが通り過ぎようとしたとき、美咲がフッと身を沈めた。

 次の瞬間。

 無人のバイクが走っている。すぐにふらふらと蛇行し、電信柱に衝突して止まった。

 ライダーの方は母なる大地に抱き止められていた。


「お見事。」


 麗華の言葉が終わってからやっと美咲は着地した。あの一瞬で美咲はヘルメットのバイザーに空中で回し蹴りをたたきこんだのだ。たたきこんだ、という表現は適切でないかもしれない。彼女にとってはただ単に「空中の一点に足を置いた」に過ぎない、いや、やっぱり蹴飛ばしたことには変わらない。


「麗華ちゃん行こう。」

「そうね。しかし今日は暑いわねぇ。」


 何事も無かったように二人が歩いていく。やっと追いついたスーツの女性が声をかけ損ねたのか、視線と指先だけが少女達を追っていく。

 オートバイのエンジンが不満そうな音を立てていた。後ろのタイヤだけがカラカラと回っていた。

 何のこともない、平和な夏の日の光景だった。この時までは。



「なかなか『これ』というものがないわねぇ……」

「麗華ちゃんスタイルいいから何でも似合うんじゃない?」


 街中のデパートに入り水着を物色する。既に秋物や、更に気の早いことに冬物もボチボチ見えているが、さすがに夏真っ盛りカラフルな水着がフロアの大部分を占めている。

 同様に夏休みでたくさんの学生、特に女の子の姿が多い。キッチリ制服を着込んでいる従業員のためなのか、薄着の美咲達にはデパートの冷房はちょっとばかり肌寒く感じられる。


「だから逆に難しいのよ…… ついつい欲張っちゃってね。」

「ふ~ん。ボクには関係ない悩みだね。」

「そうかしら……?」


 頭のてっぺんからつま先まで美咲の品定めをする麗華。


「まだまだ美咲だって伸びるって。それにもともと均整のとれた体つきだからね、これからよこれから。」

「そうかなぁ……」


 疑問半分、嬉しさ半分の表情を浮かべ、美咲も自分に合うものを探しに奥に入っていった。そんな後ろ姿を見て、麗華がそっと呟く。


「ま、まだまだ私に張り合うのは無理ね。」



(そろそろ始めるか。)


 夢幻界に人間とは違う精神エネルギーが現れた。それは人間のものを正とするならば負のエネルギーであった。


(相手はたかが二体。空を飛ぶ方の攻撃を封じれば倒すのはたやすい。

 さて、奴らを誘き出すか…… 奴らを倒して人間どもも……

 ふっふっふ…… 今から楽しみだ。)



「ねぇねぇ、麗華ちゃん。こんなのどうかなぁ?」


 美咲がワンピースの水着を持って戻ってくる。しかし麗華はそっけない。


「変ねぇ……」

「そんなに似合わない……?」


 少し悲しげに言う美咲だが、麗華が自分の方をまったく見ていないことに気付いて彼女の視線の先を追う。

 冷房が強いのか、露出している肌をさすっている女の子達の姿が見える。そんなに珍しくない光景に思える。


「…………?」


 店員も客の女の子達よりは厚着をしているが寒そうに身を震わせている。

 美咲にはさっきに比べ気温がそんなに下がっているようには感じない。

 相変わらず美咲を無視するように麗華が外の見える窓の方に歩いていく。そこから下の雑踏を見ると「やっぱり……」と呟いた。


「どうしたの麗華ちゃん。」

「見てみなさい。」


 麗華が窓から外を指さす。いつもと変わりない街の賑わいだが、印象が少し違うような気がする。

 すぐにその違和感の理由が分かった。さんさんと輝く太陽の下で妙に長袖の厚着をしている人間が多いのだ。それでも寒そうにしているのが遠目でも分かった。


「どうなってるの……」


 美咲は背後の気配が変化したのを感じた。否が応でも少女の身体に緊張が走る。頭では理解しきれていないが、身体が状況が切迫していることを感じとっていた。

 フラフラと周囲の人間が倒れているのが目を閉じていても気配だけで察することができる。それが逆に辛かった。目を開くのが怖かった。

 いきなりガシッと両肩を掴まれる。おそるおそる目を開けると怒ったような目をした麗華が美咲のことを睨んでいた。


「美咲! あんた何現実から目をそらしているのよ。この異常な状態が分からないの。

 私達の出番よ、きっと……」

「そう、だよね……」


 美咲が呟いて周囲の状況を目に入れる。二人を除いた人々が倒れ伏していた。身を震わせているのはまだ元気な方だ。大半は身動き一つしていない。冬山のパロディに使われる「寝たら死ぬぞ!」と同じ状況であるが、現実となると死んでも笑えない。


「麗華ちゃん……」


 美咲の瞳が湿り気を帯びる。


「あんたはもう…… 敵が見えないとからっきしダメなんだから……」


 わざとらしくため息をつくと持っていたバックから携帯電話を取り出す。何となく嫌そうな顔をしながら電源をいれる。


「こんなもの使わないなんて思ってたけど…… ホントに使うことになるとはね……

 ……もしもし、そう、私。小鳥遊さんは無事? そうよね、無事だから出てるのよね。うん、そう…… うん、分かったわ。」


 携帯電話を閉じてバックに戻すと、疲れたように麗華は息を吐く。やおらに髪をかきあげると無言で美咲の襟首をつかんだ。


「行くわよ。」

「う、うわっ、麗華ちゃん?」


 わめく美咲を無視して引きずっていく。場所が悪く半ば荷物置き場になっている階段の踊り場を探すと、やっと美咲を解放した。

 急に手を離されてトテッという感じでその場に座り込む形になる。麗華がその隣に腰を下ろした。


「ねえ、麗華ちゃん……」

「あんたねえ…… いい加減に事態を把握しなさい! これは夢魔の仕業よ。小鳥遊さんもそう言ってたわ。詳しいことはダイブしてからだって。」

「うん…… でもどうしてこんな所まで?」


 美咲の言葉に麗華は呆れたように顔に手をあてた。盛大にため息がもれる。


「あんたねぇ…… どこそこ構わずダイブして、その度に周りに迷惑かけて楽しいの?

 それにね、私は寝姿をあまり人に見られたくないの。

 とにかく! 急ぐわよ。早くしないと死ぬ人が出てくるそうよ。」

「ごめん…… そうだった。」


 二人が並んで自分のブレスレットを眉間にかざした。そして目を閉じる。


「ドリーム・ダイブ!」



「寒ぅ~い。」


 午前中に入ったときには何の変哲も無かった夢幻界むげんかいは、真冬以上の冷気に包まれていた。


「これじゃあバナナで釘が打てちゃうよぉ……」


 吐き出す息も白い。


『美咲さん。麗華さん。聞こえますか?』


 ブレスレットから聞きおぼえのある声が流れてきた。二人の返事を確認すると小鳥遊が状況を分析する。


『こちらのデータと街中の様子を考えますと、夢幻界はひどく寒くありませんか?』

「そうね、冬物のコートが欲しいところよ。」

『前もお話ししたと思いますが、夢幻界とは人間の無意識の集合です。また、人間の精神に何らかの方法で強烈なイメージを送り込むことができればそれは脳裏に強く刻み込まれることになります。』


 小鳥遊の言葉に麗華は一つの単語を閃いた。


「『暗示』ってことかしら?」

『その通りです。そして精神は肉体にも影響を及ぼします。無論、この冷気は普通ものではなく何者かに、夢魔に作り出されたものでしょう……

 無意識層から精神に影響を受けたのなら当分は保つでしょうが、何らかの理由で眠っていて精神が夢幻界にいるのならば事態は一刻を争います。』

「よく分からないけど、要は夢魔を倒せばいいんだしょ?」


 聞き取りようによっては物騒に聞こえる美咲の言葉に、小鳥遊は小さく苦笑を浮かべる。


『そうですね。後はお二人の頑張りに期待するだけです。気をつけて下さい。』

「分かってるって。麗華ちゃん、行くよ!」

「はいはい……」


 急に元気になった美咲に麗華も苦笑を浮かべながらも彼女同様にブレスレットを身体の前に構え、集中した。


「「ブレイカーマシン、リアライズ!」」


 ドリームティアからあふれ出した光と炎が彼女達のマシンを召喚する。ライトクルーザーが地上から、フェニックスブレイカーが空から夢魔を探す。


「見つけた!」


 フェニックスブレイカーの方が探知能力が高い。すぐに夢魔を発見した。すぐにそのデータが美咲の方にも転送される。


「また空だ……」


 肉眼で見えてきた。特大のクラゲのようなものが宙に浮いていた。全体的に半透明で柔らかそうな触手が下に生えている。特に長い触手が二本目立っていた。


「先手必勝!」


 相手の動きが鈍そうと思ったか、麗華は一気に接近してヒートパルサーを連射した。が、放たれた熱線はそのほとんどが夢魔の身体を通過し、まるでダメージを与えないように見えた。


「うっそぉ……」

『どうやら光学兵器は通用しないようです。麗華さん、別な武器を。』


 夢魔は何事もなかったようにフワフワ漂っている。その態度がよけいに麗華を苛立たせた。


「これならどう? バード・ウェイブ!」

『麗華さん! それも……』


 言いかけた小鳥遊の言葉が麗華の悲鳴にかき消される。


「きゃあぁぁぁぁっ!」


 フェニックスブレイカーの衝撃波は確かに夢魔をとらえたが、その振動は内部に吸収された。そしてエネルギーは増幅され、麗華の方に返ってきた。


「麗華ちゃん!」


 間一髪避けた、ように思えたが、衝撃波が左の翼をかすった。一時的にコントロールを失い錐揉み状態で落下する。


「やったわねえ……」


 地上スレスレで機体を立て直し急上昇をかける。夢魔を抜き去り更に上昇する。フェニックスブレイカーが美咲からほとんど見えなくなるまで高度を上げると、今度は急降下に入る。

 徐々に速度が増す。空気との摩擦熱でフェニックスブレイカーが炎を身にまとった。必殺技の体勢だ。翼を畳み回転を始める。


「これでおしまいよ!」


 フェニックスブレイカーが炎の竜巻になった。



「バースト・トルネード……」


 麗華がキーワードを解放する前に夢魔の長い触手から水のようなものが吹き出される。それは真っ直ぐ突っ込んでくるフェニックスブレイカーを直撃し、燃えさかる炎の勢いを殺し始めた。


「なんですって!」


 夢魔の強力な冷凍液がまとった炎を完全に消し去り、無防備になったフェニックスブレイカーを襲う。

 たちまち表面が凍り付き始めた。目に見えてスピードが落ちる。そこを狙って残りの触手がフェニックスブレイカーに巻き付いてきた。締め付けられてきて表面装甲が嫌な音を立てる。


「くっ…… うっ……」


 麗華にブレイカーマシンの痛みが伝わってくる。フルパワーで逃げようとしても夢魔の方が力が上だった。


「麗華ちゃん……!

 博士! なんとかならないの!」

『…………』


 美咲の必死の叫びに小鳥遊は何も応えなかった。今の状況では美咲に手のうちようがなかった。クリスタルシューターはまず当たらないし、当たったとしても光学兵器はあの夢魔には通用しない。棍では触手を斬り裂けない。イルミネーション・ブレイクは前と同様射程が短すぎる。


「博士!」

『できました。フラッシュブレイカーの新しい武器です。』

「ホント?」

『これなら麗華さんを助けられます。急いで下さい!』


「ライトクルーザー、スタンドアップ!

 チェンジ、フラッシュブレイカーッ!

 これだね、新しい武器って……」


 変形したフラッシュブレイカーが肩に触れる。それと同時に手に透明な刃が現れた。左右の刃をくっつけた。それは「く」の字の形をした武器になった。


「グラスブーメラン!」


 透明の刃が空間を走った。



「いけない…… 第一から第四のエンジンが凍結。パワーが全然上がらないわ……

 このままじゃ装甲が保たない。バラバラにされる……」

「麗華ちゃん、行ったよ!」


 危機的状況の麗華に美咲の声が飛んだ。予告も無しに触手が全て切り落とされた。


「なんなの一体?」


 斬った物の正体が分からないでいると、一瞬遠くで光の反射が見えた。すぐに夢魔の半球の部分に切れ目が入る。


「今だよ、離れて!」


 美咲の言葉に麗華はレバーを引いた。


 カチッ、カチッ。


 凍り付いたブレイカーマシンは何も反応しなかった。


「ダメ! エンジンが…… 落ちる!」


 触手に巻き付かれたままフェニックスブレイカーが落下する。あの高度では落ちたら木っ端微塵だ。

 慌ててフラッシュブレイカーが駆け寄ろうとするが、そこまでの距離はあまりにも遠かった。


「ボクに…… ボクに翼があったら……」


 落下している麗華も美咲と同じようなことを考えていた。


「私にもっと力があれば……」


 それはお互いに欠けているものだった。

 しかし、時は無情に過ぎていく。


「麗華ちゃぁぁぁぁん!」


 まさに地面に接触するというときに、美咲が心の奥から叫んだ。その叫びが記憶を呼び覚ました。美咲の脳裏に最初にブレイカーマシンを実体化したときのことがよみがえる。あのとき誰かの声が聞こえた。

 そして今、あの声が再び聞こえてきた。


(力を…… 力を差し上げます。

 さあ、「言葉」を……)

(言葉……)


 美咲はキーワードを解放した。



「バード・コンビネーション!」


 美咲のマシンが白の、麗華のマシンが赤の閃光を発する。光が二機のブレイカーマシンを宙に誘った。見えざる手に操られるように引き寄せられる。


「何が起きるの……」


いつの間にかフェニックスブレイカーは重力の鎖から解き放たれていた。空を飛べないはずのフラッシュブレイカーも宙に浮いている。


 白と赤の光が交差する中で二機が変形を始めていた。

 ライトクルーザーのときのように肩のパーツが腕に密着し、両腕が背中にまわって一つになる。

 一方、フェニックスブレイカーの機体が二つに分割する。一つは翼とそれに付随するエンジンの部分。そこがフラッシュブレイカーの腕だったところに装着される。

 残りの胴体に当たる部分が中心から左右に分かれ、頭だったところが折れ曲がる。二本の棒状のものが胸板を間にはさんで広がる。

 そのパーツが翼の反対、足の方から考えると正面からドッキングしてフラッシュブレイカーの新たな腕と胸になった。

 最後に猛禽類を思わせる鋭さをもった顔が現れた。

 二機のブレイカーマシンは真紅の翼を持った新しいロボットになっていた。


「天空合体、ウィングブレイカーッ!」


 翼を広げ、ポーズを決める。

 不意にさっきまで熱っぽく叫んでいた美咲が正気に戻ったような声を出す。


「……あれ? 麗華ちゃん……? 麗華ちゃん! どこ行ったの!」

「美咲……」


 彼女の様子から一時期の記憶がまるでないと麗華は直感的に察した。


「あんた…… 何も憶えてないの?」

「え? なんの…… 麗華ちゃん! 今どこにいるの!」


 状況をまるで把握してない美咲。さっきのグラスブーメランで触手を斬られた夢魔が思い出したかのように攻撃を再開する。つららのように鋭い氷のミサイルが動きを止めているウィングブレイカーを襲う。


「うわ、来た!」


 反射的に美咲は手を突き出す。フェニックスブレイカーの一部だったせいか、手のひらから激しい炎が吹き出す。一瞬の内につららが溶かされ蒸発する。


「なにこれ……」


 変化した腕と自分が空を飛んでいるという事実にこの時点でやっと気付く。


「説明はあとでしてあげる。とにかく、あんたのマシンと私のマシンが合体したのよ。よそ見しないで前に集中して。」

「うん! わかった。」


 すぐに二人の脳裏に新たな戦闘方法や武器が浮かぶ。麗華の指示が飛んだ。


「美咲! 左肩に炎の剣、フレイムスラッシャーがあるわ。それを使いなさい!」


 どうせ飛び道具はあてにならないしね、と呟くが美咲には聞こえない。すぐさまウィングブレイカーが左肩に手をかけた。

 肩から炎が細長く伸び、硬化して細身の剣になる。背中の翼から炎を噴射して飛翔した。


「空中制御は私に任せて!」

「任せたよ! 行っけぇぇぇぇぇ!」


 このクラゲのような夢魔では速度のあるウィングブレイカーを避けることは難しいように思える。つららのミサイルや冷凍液を撃ってはくるが美咲の剣の前にたやすく蒸発してしまう。


「秘剣! 十文字斬りぃぃぃぃ! ……なぁんちゃって。」


 言うことは冗談めかしているが、すれ違いざまに夢魔に斬りつけた腕前は並のものじゃない。深く縦横に斬られた夢魔がその動きを止めた。


「今だ!」

「今よ!」

「「ファイヤー・ストラングル!」」


 二人がキーワードを解放する。

 両手で握りしめた剣の炎ががいきなり鞭のように唸りをあげて夢魔に伸びていく。そのまま炎の鞭が絡みつく。細長い炎が夢魔を空中に縛りつけた。


「もう…… 目覚めの時間だよ……」

「これでおしまいよ!」


 フレイムスラッシャーを手から離し、ウィングブレイカーが高空に舞い上がった。夢魔を遥か下に望む位置で停止した。体の前で手を組み、ゆっくりと頭の上に掲げた。


「バーニング・フェザー……」


 ウィングブレイカーの全身から炎が吹き出してきた。すぐにその身を炎で包み込む。炎は握りしめた手に特に集中した。


「ブレイクッ!」


 腕を叩きつけるように振り下ろす。腕の先に集まった灼熱の炎が長い尾を引きながら夢魔に突き進む。火炎は徐々に火の鳥の形をとり、真紅の翼を大きく広げた。

 逃げられない夢魔を火の鳥が貫いた。翼が夢魔の身体を上下に斬り裂いた。そして夢魔の身体が落下するよりも先にそれは形も残さずに燃え尽きていた。



「いやー、疲れた疲れた。」

「でも良かったね。みんな無事で。」

「あーあ。でもすっかり買いそびれちゃったわ、水着。結構気に入ったのあったのに。」


 結局あの後、夢魔が倒れたことによって冷気の影響が無くなって人々が目覚め始めた。長々とその場にいたら要らぬ騒ぎに巻き込まれそうだったので早々に二人はデパートを後にしていた。


「しょうがないよ。夢魔が出たんだし。」


 ちょっとガッカリ顔の麗華に対して、美咲は何となくニコニコしていた。そんな態度に麗華の顔にも苦笑気味の笑みが浮かんでくる。


(まったくこの子は……)


 午後もいい時間を過ぎたが、まだ太陽は大地を熱く照らしつける。麗華は眩しい陽光にちょっと目を細めると、思い出したように隣を歩く少女に声をかける。


「そうそう、」


 麗華の言葉に美咲が顔をあげる。


「さっきの水着…… 似合ってたわよ。」

「え? そ、そう?」


 子供じみた声をあげる美咲に、麗華はホントに同い年なのか、という疑問にちょいとばかり頭を悩ませていた。



「愚物め…… 下手に追いつめるからこのような結果になるのだ。」


 男は低く呟いた。


「しかし面白い…… 早く叩き潰した方が良いのは分かっているが…… どうしても強くなるのを期待してしまう。」


 男の影がユラリと動いた。


「さて…… 次はどうなるかな……」


 忍び笑いだけが闇の中に低く響いた。




次回予告


??「これがドリームリアライザーですか。これはすごい…… え、パイロットは学校でも有名なたちばなさんに神楽崎かぐらざきさんなんですか?

 いやあ、嬉しいなあ。いいことが続くなんて…… え? 僕も戦うんですか? あ、それは少し考えさせてもらえませんか?


 夢の勇者ナイトブレイカー第五話。

『雷の戦士きたる』


 いい夢は心の栄養です。」

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