第3話 不死鳥飛翔
「偵察用の
宙に浮いたいくつかの青白い炎だけが闇を照らす空間。二人の人間が虚空に佇んでいる。
小柄な方の人影が口を開いた。背中が丸くなりかけているので相当の齢を重ねていると思われる。シルエットだけながらその容貌にふさわしい落ちついた声であった。
「なるほどな、」
小柄な方に背を向けていたもう一人の男がテノールを響かせた。比較対象がないから正確には分からないが、スタイルを見ればそれなりの長身であることは容易に想像できる。
「人間を侮ったのは早計だったかな。しかし…… そうなるとますます人の世界が欲しくなるものだな。」
「は。」
「まあ良い。まだ侵攻には早い。もう一体偵察用の奴を送り込んでみるか……」
「かしこまりました。」
小柄の男が深々と頭を下げると闇にとけ込むように姿を消す。そうして一人になると男は小さく呟く。
「『夢見る者』め、味な真似をする…… それもまた面白いか……」
「夢…… なんだよね。」
どうもうまい言葉が思いつかない。
なにか調べることがあるということでブレスレットは
今はバンダナの下に隠れている頭の傷と太股に残る赤い筋さえなければ夢の中の出来事…… いや、実際に夢の中のことだったのだが、それでも本当にあったこととは思えなかった。
(博士が何とかしてくれるのかな……)
授業中にもかかわらず考えごとを美咲。更に考えることは色々あった。
(ドリームティア、っていうあの水晶みたいの…… あと三つあったよね。じゃあボクみたいのがまだ三人いる、ってことかな?)
そのことに関しては小鳥遊は何も言ってなかった。うがった見方をすればワザと何も言わなかったように見えるのだが、人をあまり疑わない美咲にそのことに気づけというのはちょっと酷というものだ。
(でもいい天気……)
テストも終わり、後は夏休みを迎えるだけだ。授業もとりあえずキリのいいところまで進んでおけばいいのでペースはだいぶ落ちている。
春とは違って眠い陽気ではない。窓の外を眺めながら美咲は青い海に想いを馳せていた。
(いけない。授業、授業。)
意識を教科書と黒板に戻そうとして美咲は始めて異変に気付いた。相変わらず運動は得意でも勉強はからっきしの美咲だった。
いや、そうではない。美咲が気付いたのは、というほどではない。見ただけで分かる。この時間――古典の教師が教卓を枕に居眠りをしていた。
そして更に美咲を除く全ての生徒が眠りに落ちていた。それも眠くなって寝た、という感じではない。唐突に、まるで気絶したかのように眠っていた。
「どうなってるのこれっ!」
手近な一人に近づき、肩を揺さぶる。
まるで起きる気配がない。
「ちょっと……! なんかの冗談? ねえ、
次々に同級生を起こそうとするが、眠りを妨げることは出来なかった。
(なにこれ…… 絶対変だよ……)
まるで何かに憑つかれたよう…… そこまで考えたときに美咲の頭に一つの単語が閃く。
(
その予感が美咲を走らせた。
校内を走る間に他の教室も確認したが、それは美咲だけが起きている人間であることを再確認するに過ぎなかった。
(まずはどうしよう…… ドリームダイブするにもブレイカーマシンを呼ぶにもブレスレットが必要だから…… そうだ、博士に連絡しよう!)
ここから小鳥遊の研究所までは相当の距離がある。走って行くのは体力的にはさほど問題がないが、時間的には大いに問題がある。
電話で連絡する方法を思いついて、学校で電話のあるところを思い出そうとる。
(そういえば職員室のそばに……)
方向を変え走りだした瞬間、起きている人間がいないはずの校内に人の声が響いた。
『美咲さぁん! 聞こえましたら急いで……って、ここはどこでしたっけ?』
「博士……?」
ここにはいないはずの小鳥遊の声だ。全校放送をかけているところを見ると放送室にいるようだ。とぼけたような小鳥遊の声に重なって別な女性の声が聞こえてくる。
『ちょっと私に貸しなさい! 美咲さんとやら、起きているんでしたらすぐに来なさい! ま、あなたが来てもどうなるものでもないようですけどね。』
……カチン。
妙に嫌みったらしいその声に一瞬怒りを感じたが、意外と近くに小鳥遊がいることを知って美咲は更に速度を上げて走る。
「ホントに強いのかしら、その
美咲と同じ制服を着た少女が隣で困ったように頬をかいている小鳥遊に鋭い視線を投げかける。その少女の左手首には美咲がつけていた物と同じブレスレットがはめられている。違うのはドリームティアの色。美咲のは完全に澄み切った透明。しかしこの少女のは炎のような
「失礼なことを言ってはいけません。彼女は始めてづくしの中で夢魔との戦闘に勝利したのですよ。」
「単なる偶然じゃない。」
「偶然ですか…… でも偶然も二度続けば奇跡、三度も続けば実力です。」
「……そういうものかしら?」
飽くまでも挑発的な態度を崩さない少女。
そんな二人の耳に誰かが走ってくるような足音が聞こえてきた。
まるでドアを吹き飛ばすような勢いで放送室に美咲が入ってきた。
「博士! ……あれ? 誰? この人……」
中で小鳥遊といた少女は美咲とまるで対照的だった。身長は小鳥遊ほどでもないが、女の子にしては高い部類に入るだろう。少し茶色がかったロングの髪。目の色も若干薄く、もしかしたら純粋な日本人でないのかもしれない。そのせいだろうかスタイルもグンバツ(死語)だった。
少女は美咲を見ると手首のブレスレットを隠すように後ろで手を組む。値踏みするような目で美咲を見るが、そんなことに気付きもしないで小鳥遊に詰めよる美咲。
「博士! あれ…… その……」
「ご安心下さい。彼女は多少ながら事情を知っています。」
「ふ~ん。ならいいや。ねえ! やっぱりあれ夢魔のせいなの?」
「……そうです。」
「早くブレスレットを!」
美咲の強い口調に小鳥遊はためらいの表情を見せる。ブレイカーマシンでの戦いが彼女自身にもダメージを与えることは良く知っているはずだ。それにもかかわらず……
「私はあそこまで夢魔との戦いが危険とは知りませんでした……」
「それがどうしたの! このままじゃみんなが寝たまま目覚めないんだよ。それを考えたら…… ボクが怪我することなんてなんでもないよ!」
美咲の言葉にもう一人の少女は少し目を細めた。
(単なるチンチクリンかと思ったけど…… お手並み拝見といこうかしら。)
「ご安心下さい。あなたの戦闘データから欠点を改良しました。もう少し楽に戦えるはずです。はい、どうぞ。」
ブレスレットを手渡されると美咲はそれをすぐに手首にはめた。小鳥遊にニッコリ微笑みかけてからドリームティアを額にかざす。
「じゃ、行ってるね。ドリームダイブ!」
ドリームティアが光を放つと美咲の意識が夢幻界へと飛躍する。と、その瞬間、棒立ちになった美咲がくたっとその場に倒れ込んだ。慌てて支える小鳥遊。
「まったく…… 前も同じ失敗をしたじゃありませんか……」
「単純な娘ね。」
「それは違います。」
痛烈な少女の言葉に小鳥遊は小さく首を振った。
「いい意味でも、悪い意味でも真っ直ぐなだけです。だから光のドリームティアは彼女を選んだでしょう。無色透明、それが美咲さんです。」
小鳥遊のクサい台詞を鼻で小さく笑うと少女は軽く髪をかきあげるた。そして手近な椅子を引き寄せると足を組んで腰掛ける。
「いい? 寝てる間に変なことをしたら承知しませんわよ。」
「じゃあ……」
小鳥遊の表情が明るくなる。
「誤解しないように。別に小鳥遊さんの言葉にのったわけじゃないわ。」
ふと視線を宙にさまよわせ言葉を選ぶ。
「……面白そうだから見に行くだけよ。」
(あの子、すごく気になる……)
そう言うと少女は目を閉じた。
「……ドリームダイブ!」
「なにこれ……」
夢幻界は前と様子が違っていた。巨大なガラスの破片ようなものが見渡す限りに落ちていた。その中には人が閉じ込められていた。試しにガラスの一つに触ってみたがとても破れそうにない。
「ええと…… 夢幻界は夢の世界で、そこにいるのはその人間の精神なんだから……
そっか! みんな夢に捕らわれたから眠りから覚めないんだ。じゃあ…… 夢魔さえいなくなれば何とかなるのかな?」
『その通りです、美咲さん。とりあえずブレイカーマシンを。』
「うん、いくよ。
ブレイカーマシン、リアライズ!」
ドリームティアが光を放つ。実体化と同時に中に乗り込む。ここまでの手順が前回と比べものにならないほど簡単になっていた。ドリームダイブの際も服が自動的に用意され、前みたいに恥ずかしいことにもならなくなったし、リアライズも短時間で行うことができるようになった。
「ライトクルーザー、GO!」
走り始めるとすぐにレーダーに反応があった。それと同時に多数の小型高速飛行体が急速接近していることが表示される。
「何か来てる…… 上!」
見上げたと同時にクルーザーの周りで爆発が起きる。何かミサイルのようなものが炸裂したようだ。
爆発の煙がはれ、視界が鮮明になると夢魔が見えてきた。外見は鳥のようだが、全身が爬虫類のような皮膚で、翼もこうもりの皮膜のような質感をしている。
そして夢魔はクルーザーが手出しできない高空から執拗にミサイルを放ってくる。武装も無く、飛行も出来ないクルーザーはただ逃げるしかなかった。
「くう…… ずるいなぁ。ボクが飛べないからっていい気になって…… やってやる!
ライトクルーザー、スタンドアップ!
チェンジ! フラッシュブレイカーッ!」
ロボットタイプに変形するが、それでも不利は変わらなかった。結局、空を飛べないことと武装に乏しいことに違いはなかった。今まで分かっている唯一の武器、イルミネーション・ブレイクは射程も短いし、相手の動きが止まってないときめることが。多少変化があるとすればミサイルを回避しやすくなったことくらいだろう。
「ほ!」
体操選手のように軽やかな動きで余裕混じりにミサイルを避ける。一瞬遅れてフラッシュブレイカーのいた場所で爆発がおきた。
「う~ん。このままじゃあキリがないよ…… 博士! 何かいい手ないの?」
『お任せ下さい。フラッシュブレイカーを改良したときにいくつかの武装を取り付けておきました。使い方はブレイカーマシンに聞いて下さい。』
小鳥遊の言葉で美咲は意識を集中する。少女の脳裏にいくつかの武器が浮かぶ。この状況で使えるものを選んで叫んだ。
「クリスタル・シューター!」
前に伸ばした手の中に鋭角的なフォルムもった銃が現れる。それを両手で構えて空中の敵を狙う。ミサイルの間隙で動きの止まった瞬間に引き金を続けざまにひいた。
放たれた光線が空に直線を描いて伸びる。数条の光線は空中の夢魔にかすりもしないでそのまま霧散した。
「…………」
自分の下手さ加減に絶句する美咲だった。その隙を突いたかどうか知らないが、夢魔が再び美咲めがけてミサイルを放った。
またさっきまでのように避けようとして身を捻ろうとしたとき、視界の隅に人が閉じ込められているあのガラスが見えた。
ここでフラッシュブレイカーがミサイルをかわしたらこのガラスの破片を直撃することになる。夢幻界で人間の精神の投影したものが破壊されたらどうなるか、美咲は考えたくなかった。
無意識のうちに動こうとする体を無理矢理大地に縛りつけてガラスをかばう盾になる。フラッシュブレイカーの表面でミサイルが爆発した。
「うわぁっ!」
相手が動かないとみたか、ここぞとばかりに夢魔がミサイルを放った。フラッシュブレイカーが爆炎で見えなくなる。
そしてそれを夢幻界で見ていた一人の少女がいることに美咲は気付いていない。
「なにやってるのよあの子!」
少し離れたところで苛立たしそうに夢魔との戦いを見ていた少女がいる。
「あれくらい簡単に避けられるじゃない!」
『そうもいかないのです。』
少女のブレスレットから切羽詰まった小鳥遊の声が聞こえてきた。
『彼女の後ろを見て下さい。』
「後ろ……? そうか…… あの中には人がいたんだっけ……」
『お願いします! 彼女を助けて下さい。このままではフラッシュブレイカーが…… 美咲さんが……!』
「馬鹿ね……」
小鳥遊の決死の声にも少女は冷たく言い放つ。そう言いつつも少女の握りしめた拳に力がこもっていた。
『
小鳥遊の声を無視するように二、三歩前に出ると左腕を上げブレスレットを正面に向ける。
スッと麗華と呼ばれた少女は目を細めた。
爆発の閃光の中で美咲は一人の少女が近づいてくるのが見えた。前回と違ってブレイカーマシンに与えられたダメージはパイロットに直接影響を及ぼさない。それでもジワリジワリと美咲にもダメージが蓄積されてくる。ガードしている腕が重くなってきた。腕が下がってくるのが分かる。
そんなときだ。美咲が少女を発見したのは。
苦痛に堪えて必死に叫ぶ。
「逃げて! 危ないから逃げてぇ!」
「逃げる……?」
遠くにいるはずの、ブレイカーマシンを通しての声のはずなのに少女の声が美咲には直接聞こえてきた。
人を小馬鹿にしたような笑いを浮かべると胸の前の左腕に神経を集中させる。そしてはるか上空の夢魔にも聞こえるような
「私は
(おチビさんって…… ボク?)
美咲の小さな呟きは目の前の少女に届く気配すらない。
「とにかく! こんなことは今回だけですからね……
ブレイカーマシン、リアライズ!
カモン! フェニックスブレイカーッ!」
ブレスレットの赤のドリームティアが紅蓮の炎を吹きだした。空を貫くような勢いの火柱が立ち、それが地面を焦がすように舞い戻ってくる。炎が少女を包んだ。
その炎の勢いに夢魔の攻撃の手が止まる。美咲は半ば呆然とその光景を見ていた。
(どうなってるの……)
炎の色が変化した。赤から橙、黄色、青白と温度が上昇しているようだ。ついには眩しいほどの白色になり、その内部で何かが光った。
その刹那、炎の塊が飛び出す。空高く舞い上がりその途中で速度が生んだ風が火を少しずつ吹き飛ばす。炎の中から
それは鋼の鳥であった。羽毛にくるまれたそれではなく飛行機のように硬く鋭い翼。金属光沢を放つくちばし。そして紅玉のように輝く眼光。真紅の鳥型マシンが炎の中からジェットの尾を引いて現れた。
一瞬で夢魔より高く飛び上がると急降下しながらすれ違いざまに攻撃をかける。武器は翼から発射される熱線、ヒートパルサーだ。
高温の光線が夢魔に突き刺さる。夢魔が苦痛の声を上げた。地面で反撃も出来ない敵よりも自分と同じように空を飛び回る方が強敵と考えたのか、夢魔がフェニックスブレイカーに空中戦を挑んだ。
攻撃の目標から外れてガックリと
『美咲さん、大丈夫ですか!』
「う、うん…… ボクは無事だけど…… ブレイカーマシンが……」
『気弱なことを言ってはいけません。気弱になればブレイカーマシンも弱くなります。ブレイカーマシンはあなたの心の鏡なのです。』
「うん…… 分かった。」
『とりあえず一度夢幻界から脱出して下さい。精神疲労が高くなっています。』
小鳥遊の撤退の勧めに美咲は急に声を大きくした。
「ダメだよ! ボクだけ逃げるなんて、そんなことできるわけないよ。」
美咲の声の強さに反応したのか、力を失いかけたフラッシュブレイカーが再び立ち上がる。その様子に小鳥遊は小さく首を振った。
『分かりました…… しかし、これだけはお願いします。危なくなったら…… 必ず逃げて下さい。』
「分かってる!」
攻撃を受けて落としたクリスタルシューターを拾い、空に向かって構える。微妙に銃口が震えた。
(なにやってんのよあの子。)
はるか上空で激しい空中戦を繰り広げる麗華から下で銃を構えるロボットが見えた。無謀にも高速で交差しあう物体に狙いをつけようとしているようだ。
(ちょっと止めてよ……)
美咲の射撃の腕はさっきので大体把握できた。ハッキリ言って下手。そう麗華は把握した。撃ったところで当たらないどころが逆にこっちに命中するかもしれない。
「撃つんじゃない! 撃ったら怒るわよ!」
「え……?」
「あんたみたいな死に損ないの下手っぴが撃って当たるわけないじゃない!
いい? こいつは私が倒すからあんたは黙ってそこで見てなさい!」
「うん……」
一方的に言い負かされて美咲が攻撃の意志を失ったのかクリスタルシューターが虚空に消える。体力の回復を図るためかフェニックスブレイカーの戦いを観戦することにした。それと同時に小鳥遊に通信を入れる。
「ねえ、聞きそびれたけどさ。あの人誰? あのブレイカーマシンは?」
『炎のドリームティアに選ばれた二番目の夢の戦士、神楽崎麗華さんです。彼女が操るのは伝説の火の鳥、フェニックスブレイカーです。』
「ふ~ん……」
『こう言っては美咲さんに失礼かも知れませんが…… 相手が空にいる以上、フラッシュブレイカーは単体では戦いになりません。ま、今回は麗華さんに花を持たせるということで……』
「そうだね。」
いくら美咲でも拳が届かなければ殴ることは出来ない。そう達観して再び戦いに目を向けた。
そこでは激しい戦いが続いていた。が、若干フェニックスブレイカーが不利に見えた。夢魔の攻撃を避け続け、攻撃を命中はさせているが、フラッシュブレイカーと比べると攻撃力自体は低い。更に防御力も低いからさっきの美咲のように集中砲火を浴びたとしたら一溜まりも無い。
麗華もそのことに気付いているのだろう。積極的に攻撃を仕掛けることができない。
(おかしい…… 夢魔が少しだけど攻撃のパターンを変えている。)
下で見ていた美咲が夢魔の動きの変化が直感的に分かった。しかし麗華は気付いていないのだろう。同じように撃っては離れるヒット・アンド・アウェイを繰り返す。
(いけない…… 次のタイミングで……)
「ダメ! 麗華ちゃん一回離れてっ!」
美咲の一言に麗華の手が思いきり脱力する。操縦捍が斜めに傾き、フェニックスブレイカーが失速する。さっきまでブレイカーマシンがいたところに夢魔の翼に生えた鋭い爪が通り過ぎた。しかし麗華はまだ気付いていない。
「何が『麗華ちゃん』よ! そんなガキじみた呼び方するんじゃない!」
美咲を怒鳴りつけている間に注意がおろそかになる。背後に夢魔が迫った。
「麗華ちゃん、後ろ!」
(少しは人の話を…… え、後ろ?)
振り向いた瞬間、フェニックスブレイカーの後部警戒モニターに夢魔の姿が大写しになった。夢魔が口が開く。喉の奥に破壊エネルギーの光が見えた。
「きゃあああっ!」
「危ないっ!」
夢魔が破壊光線を至近距離で吐き出すのはまさに刹那のことであろう。しかし、それよりも速く美咲は前も使った
狙い違わず棍は夢魔の喉を突く。夢魔の悲鳴と共に放たれた光線がフェニックスブレイカーの上を焼き払った。
「……礼は後で言わせてもらうわ。」
「えへへ……」
「とにかくこっちが先よ!」
水平からいきなり直角に上昇する。そこから急降下をかけ、喉を打たれてまだ苦しんでいる無防備な背中を狙う。
「バードウェイブ!」
今度はフェニックスブレイカーが口を開いた。喉の奥から音の域を越えた衝撃波が発せられる。空間を渡る振動が夢魔を包む。
夢魔の体が細かく震えた。生物的な表面のはずなのに、夢魔の皮膚に、翼の皮膜に亀裂が生じ始めた。特に右翼の破損が大きく、浮力を失った夢魔は見る間に高度を落としていった。
(来た!)
ほとんど出番が無くてボーッとしていた美咲は降下してくる夢魔を見て、心の中で小さく
(え……?)
力が入らない。飛び上がろうとしたフラッシュブレイカーの体勢が崩れる。ガクッと両手をついた。そうでもしないと体を支えられない。彼女の予想以上にダメージが蓄積されていた。美咲もまた疲労のため目眩を感じる。視界が一瞬ブラックアウトした。
地面との激突によって夢魔はダメージを受けたようだが、その生命力で徐々に再生しつつあった。前の戦いでそのしぶとさは分かっていた。
(今やらないと……)
萎える力を無理矢理奮い立たせて立ち上がる。腰を落とし、まだもがいている夢魔に向きなおった。
『無茶です美咲さん! 今のあなたの精神力では……』
小鳥遊が彼女の意図を察して止めようとするが、それよりも先に美咲がキーワードを解放していた。
「シャイニング…… ホールドッ!」
血を吐くような勢いで叫ぶ。フラッシュブレイカーの両肩と腹部を結んだ正三角形の光が放たれる。光が夢魔にたどり着く前にブレイカーマシンが力尽きたように倒れた。霞のように巨大ロボットが消滅する。そこには一人の少女が倒れていた。美咲は動く気配すらない。完全に気絶しているようだ。
三角形の光は確かに夢魔を捕らえたが、完全に動きを止めることができなかった。半身だけを封じられた夢魔は、自分の眼前の人間が敵であったことを認識していた。
身を護る術を失った少女に夢魔が口を開いた。
基本的に麗華は他人に干渉することも干渉されることも嫌いだった。いや、厳密にいえば嫌いではない。しかし、一度関わると最後まで付き合わなければならないと考える性格のため、できるだけ人には接しないようにしていた。ドリームダイブのときに小鳥遊に言った言葉もそのあらわれだった。
しかしこのとき麗華はそんなポリシーのことを完全に忘れていた。地面との激突を恐れて低空には行かないようにしていたが、シャイニングホールドで動けない夢魔は地上だ。そして美咲も。
麗華はためらわず地面スレスレまで高度を下げた。限界を越えた速度で飛行する。一瞬でも操作を誤ったらフェニックスブレイカーごとバラバラだ。しかし麗華の中ではそんな恐怖よりも美咲への心配が勝っていた。
(させるものですか……!)
大気との摩擦熱が、そして麗華の美咲を想う熱い心が炎を生んだ。フェニックスブレイカーが紅蓮の火炎で身を包んだ。更に速度が上がり、翼を畳んで高速回転を始めた。炎を身にまとい、フェニックスブレイカーの姿が真紅の竜巻に変化した。
「これでおしまいよ!」
フェニックスブレイカーは一筋の火の槍となって突き進む。麗華の目が夢魔を捉えた。
麗華の心にキーワードが浮かんだ。
「バースト・トルネード・ブレイクッ!」
炎に貫かれた夢魔が凍り付いたように動きを止める。身体に開いた大穴から火を吹き出す。それは全身を焼き尽くすまで止まらなかった。
そして…… あとには燃えカスすら残らなかった。
「どうするのこの子……?」
結局、美咲は精神力の使い過ぎとダメージの受け過ぎたのもあって深い眠りについていた。疲労困憊していて簡単に目覚めそうにない。
「まだ授業中なのよ。みんなもうすぐ起き出すわ。」
「すみません麗華さん。部外者である私はさっさと退散しなければならないのです。
ですから……」
小鳥遊の言い訳がましい言葉に麗華は乱暴に髪をかきあげた。
「いいわよもう! あなたはとっとと帰りなさい。」
シッシッ、と犬を追い払うように手を振る麗華。彼女に見えないようにソッと小鳥遊は笑みをもらすと慌てて片付ける振りをして放送室から出ていく。あとには美咲と麗華が残された。
「…………」
しばらくイライラしたように美咲を見ていたが意を決したのかゆっくり眠っている少女に近づく。すぐそばに行くと屈んで顔を近づけた。そっと耳元に囁く。
「分かってるのか? おい。あんたのせいだからね、あんたの。」
美咲は応えない。
「……この私が化物退治か。どうしてくれるのよ、花の女子高生の青春を返しなさい。」
目覚めない美咲に愚痴をこぼすと諦めたかのように肩をすくめた。起こさないように美咲を背中に背負うと放送室のドアに手をかける。去り際に小さくため息をついた。
「私って…… 案外お人好しかもね……」
また再び闇の中。
「なるほどな……」
男は先ほどの戦いの映像を見ていた。
「あの程度の獣魔で苦戦するなら大したことはないな。この俺が手を下すまでもない。誰か適当な奴にやらせておけ。」
「は。」
老人の声が闇に没する。
「しかし…… あれで後ろの人間がいなかったらどうだったかな……?」
呟いた独り言がおかしかったのか、低い忍び笑いが辺りに響いていた。
次回予告
美咲「また空飛ぶ夢魔ぁ? やだなぁ、もう…… じゃ、麗華ちゃんがんばってね。
え、ちょっと嘘…… このままじゃ麗華ちゃんがやられちゃうよ。博士! 何とかできないの? こんな時にボクに…… ボクにも翼があったら……
夢の勇者ナイトブレイカー、第四話。
『深紅の翼、ウィングブレイカー』
やっぱり夢を見るのは楽しみだよね。」
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