第2話 発進! ブレイカーマシン(後編)
「早速で悪いですが、ドリームリアライザーとブレイカーマシンの説明を致します。」
「ドリームリアライザーは人の心の映像を実体化するものですが、想像だけで正確なものを造り上げるのはたいへん困難なわけです。
ですから先に実体化したいものをコンピューターのプログラムとして造っておき、マインドアンプを通して送り込みます。あとはそれに集中する、というわけです。」
「う~ん。だいたい分かったけど…… 実感わかないな。」
自分が思うほど理解しているかどうか
「なるほど、確かにそうですね。『習うより慣れろ。』ということですか。」
呟くように言うと奥から小鳥遊はアタッシュケースを持ってきた。そこには透明、赤、青、黄色の水晶のようなものが丁重に保管されていた。大きさは時計の文字盤程度。不意にそのクリスタルの一つ、透明なものが美咲を誘うかのように光を放って見えた。
無意識にそれに手を伸ばす。触れた瞬間、電撃のようなショックを感じ慌てて手を引っ込めたが、クリスタルは彼女の目の前から消え失せていた。
引っ込めた手の中の硬さに気付き、おそるおそる手を開くと、そこには飛び込んできたかのようにクリスタルが鎮座していた。
「それはブーストクリスタル。マインドアンプに必要な触媒です。……やはり光のドリームティアはあなたを選んだようです。」
「選ぶ……?」
「これは私が
で、常人には大した増幅力を与えませんが、精神波長の合う人間にとっては…… これ以上は説明の必要がありませんね。それはあなたに差し上げます。」
「でも……」
「私が持っていてもさして意味のあるものではありません。では次に夢幻界に行く方法、ドリームダイブについて説明します。」
「どりーむだいぶ?」
さっきから小鳥遊の言葉を繰り返すだけの美咲だが、それでも理解しようと努力しているらしい。目が更に真剣になっている。
「ドリームダイブは簡単にいうと、自らの精神を直接夢幻界に送り込むことです。普通は眠るという方法を用いなければ行けない世界ですが、それを自分の意志で行くわけです。当然ながら『夢』という束縛を離れるために夢幻界を自分の領域から離れて行動できるわけです。
では、実際にやってみましょう。」
言うだけいうと小鳥遊は機械に向かい、様々な操作を始める。周囲の機械の唸り声が高くなってきた。
「え、えぇっ! いきなりなの?」
慌てる美咲に小鳥遊はブレスレットを手渡す。いつの間に用意したのか、それは少女の細い手首にピッタリのようだった。
「これはマインドアンプと通信機を組み合わせたようなものです。研究所の機械とリンクしているため、遠く離れたところからもドリームダイブできます。
ブレスレットのくぼみにドリームティアをはめ込んで下さい。」
渡されて言われるままに手首にはめ、クリスタルを入れてみた。元からそこにあったかのようにすき間無くはまりこんだ。
「後はドリームティアを眉間にかざし、自分の内面に入り込むようなイメージを描いて下さい。」
美咲はしばらくクリスタルを見つめていたが、意を決したようにブレスレットを顔の前に上げ、目を閉じた。
目では見えないが、心の目でドリームティアに集中した。その表面に自分が映っているような気がし、反射して自分に返ってくるのをイメージした。
自分の内面の形の無いものが身体から広がり、そして集束する。まるで一本の線のように全身を伝い左腕に集まった。
(み、美咲さん?)
小鳥遊の声は集中している美咲には届かなかった。
ブレスレットが熱くなったような気がする。しかしそれは一瞬で終わり、意識が現実世界を夢幻界を隔てる壁を飛び越えた。
と、その瞬間、研究所で棒立ちになっていた美咲の身体がグラッと傾く。倒れる前に小鳥遊が小柄な少女の身体を支えた。そのまま抱きかかえると長椅子の上に横たえる。
「まったく…… 人の話は最後まで聞いて欲しかったです。
ドリームダイブをするときには二つのことに注意しなくてはいけません。
一つはダイブした瞬間に意識を失って身体の方が全くの無防備になること。
そしてもう一つは……」
(あれ…… ここは?)
美咲の意識は「夢幻界」、つまりヒトの共有する無意識の世界に着いていた。またここは人が見る夢の世界である。
(ここが…… 夢幻界……なの?)
彼女の前には広大な世界が広がっていた。漠然と見ていると闇の中に何かがあるのが見え、その「もの」に集中すると始めて見えてくるという感じだった。
(なんか身体が軽いような気が…… わ、わぁっ! な、なに! ちょっと……っ!)
何の気無しに自分を見おろした美咲は、自分が全く身体一つだけなことに気付いて思いっきり赤面した。身につけているのは左腕のブレスレットだけである。
その場に座り込んで身体を隠そうとするが周囲は何も無いだだっ広い空間である。心細い上に恥ずかしさも手伝って慌てるばかりだった。
『美咲さぁん。聞こえますかぁ?』
唐突に聞こえてきた小鳥遊の声が余計に彼女を混乱させる。
「うわぁ! ダメ、見ちゃダメ! 博士、目を閉じてぇっ!」
『……そんなことだろうと思いました。ご安心下さい。音声モニターはしていますが映像はまだ切っています。』
「嘘じゃないよね。見ていたんだったら蹴飛ばすからねっ!」
『……睡眠以外の方法で夢幻界に入るときは自分の肉体のイメージし……』
「説明はいいから、早く服ぅ! 何とかしてよぉっ!」
途中で説明を切られたのに落胆のため息をつきながらも現実世界の方で小鳥遊は数枚のディスクを装置にセットする。
『ただ今からマインドアンプを通して服のデータを送ります。急のことだったのでデザインには目をつぶって下さい。』
「何でもいいから早くっ!」
そんなに言うのなら愉快なものを用意すれば良かったかな、と思いながらも一番波風がたたなそうなものを選んでスイッチを入れた。
『ドリームリアライザー、ON!』
「……つまり、服は自分で用意しなければいけないんだね。」
身を包む衣類で肌を隠すことができてとりあえず美咲は落ちつくことが出来た。
小鳥遊の説明によるとドリームダイブをしたときは自分の肉体のイメージしか夢幻界に持ち込むことが出来ない。つまり服を持ち込むことが不可能ということだ。ドリームティアはともかくとしてもブレスレットは心理学的に精神に残るようなデザインをしているため無意識のうちにイメージしているが、服の方は意識的にイメージしないと美咲のような目に逢ってしまうわけだ。
「でも……」
やや呆れ気味に自分を見おろして呟く。
今彼女が着ているのはロボットアニメで主人公が着ていそうなデザインのパイロットスーツのような服だった。多少救われているな、と思ったのはミニスカートでなかったことくらいだ。
「これ…… 何とかならない? 例えば学校の制服のような当たり障りのないもので良かったからさぁ……」
『美咲さん…… 第一、何でもいいから、と言ったのはあなたですし、それに私が女子高生の制服のデータを持っていたらそれはそれで不気味です。』
「う……」
痛いところを突かれて黙り込む美咲。
『ま、ともかく、一度ドリームリアライズの体験をしましたのでコツはつかめたでしょう。ではブレイカーマシンの
「う、うん……」
『やり方はさっきと同じです。左腕のブレスレットからあなたにデータが流れます。後はそれを現実のものと信じることです。』
「あ、ちょっと待って。」
いきなり始まりそうな雰囲気を感じて美咲は小鳥遊を止めた。心の準備を整えるために一度深呼吸してからブレスレットを正面に向け胸の高さまで上げた。
「いいよ。」
『では始めます。システムオープン。データ送信スタート。
……ブレイカーマシン、リアライズ!』
瞬間、周囲の景色が反転したかのように輝いた。ドリームダイブをしたときのように自分の内部に落ちるような感覚。しかし今度は落ちていく場所が違った。
周り全てが機械に囲まれる。細々した部品が目の前で組み立てられ姿を大きくしていく。早送りのフィルムのような光景の奥に何かの意識を感じた。
まるで助けを、救いを求めているような音なき声。そんな意識に気を取られていると目の前の機械が一つの固まった形を造り上げた。
巨大な人型。まさにそれは巨大なロボットだった。それが白い光に包まれ、その光の中でいくつかの形に姿を変えたが眩しくて美咲には良く見えなかった。そこに重なるように赤、青、黄色の光が集まり一つになる。そこには更に巨大な……
不意に閉じていた目を開いたかのように辺りの風景が激変した。まるで周りすべてが星空のように見える夢幻界。その切り替えが美咲に「データ送信」なるものが終了したことを悟らせた。
「わっ。」
突然、ブレスレットのドリームティアが明るい白の光を放った。溢れだす光は圧力を感じさせ腕を押す。最初は無秩序に放たれた光は一筋に集束すると、レーザーアートのように空間に「何か」を描き始めた。
CGによるエフェクトのように枠線が先に描かれると枠の内側を埋めるように色が加えられる。
「うわぁ……」
『これは……』
二人とも言葉にならない声をあげる。さしたる時間もかからずに三次元の「絵」が完成した。触れれば幻のように消えてしまいそうな不安定な映像。しかし刹那に閃光が発せられる。光が消えるとそこには実体を持つ巨大な物体ができていた。
「できた……」
『すごい、成功だ……」
現れたものを目を輝かせて見ていた美咲だが、首を左右に振って全体を眺めると不意に表情を曇らせる。
「でも……」
『う~む……』
二人同時に言葉に詰まる。
しばらくしてやっとのことで美咲が口を開いた。
「これ…… ロボットじゃないよね……」
そしてそれは美咲の言うとおりであった。
ブレスレットから光と共に出てきたマシンは強いて近いものを捜せばキャンピングカー、またはトレーラーだろうか。
コンテナのような四角いモノを平べったい車が引っ張っているような形をしている。サイズがサイズだけに車には見えないが、どう考えても人型のロボットには見えない。
「ねえ、これどうしよう?」
『とりあえず…… 中に入れませんか?』
「入る? どこからさ。」
見回しても入り口らしきものは見あたらない。試しにマシンの周りを一周してもやっぱり見あたらない。
「無いなぁ……
やっぱりあれかな。『入れ』とか念じる…… う、うわぁっ!」
唐突に身体が引っ張られる。マシンに引き寄せられているようだ。そして次の瞬間、美咲の身体は消え失せていた。
『美咲さん!』
(……あれぇ。ここどこだ……?)
呟くと同時に視界が開ける。美咲はどこか狭い空間にいた。身体を起こそうとしたとき、急に周りが明るくなった。
最初に目についたのは正面の大型スクリーン。左右にも小さいが同じようなものが配置されている。そこに夢幻界の映像が映し出された。つかみやすい位置に二本のレバー。レバーにはいくつものボタンやスイッチがある。
他にもいくつかあるディスプレイにさっきのマシンの三面図が表示される。その後部のコンテナの真ん中付近が赤く点滅する。どうやら美咲の今いる場所らしい。
電子音と共に正面スクリーンの隅に「CALL」の文字が光ると聞き慣れた小鳥遊の声がこのコクピットと思われる空間に聞こえてきた。
『美咲さぁん! どこですか?』
「博士…… ボク…… 中にいるみたい。」
『それは良かった。……で、動かせそうですか?』
「う~ん。ちょっと待って。」
これまでのことでこの世界でのルールがなんとなく解ってきた。
結局、精神世界なのだから心の動きで物事が決まることが多いようだ。美咲の手が二本のレバーを握る。
起動。
美咲は心の中でそう念じた。
ところせましと配置されたスイッチが次々に手も触れないのに入っていく。ディスプレイに文字の羅列が走った。起動準備が整えられているようだ。
――Light Cruiser all System stand by!
(すごい……)
緊張で乾いてきた唇をなめて湿らす。
後は美咲の発進の指示だけだ。
どういう原理でつながっているのか分からないが、現実世界の小鳥遊に一声かけると両方のレバーを一気に前に押し出す。
「ライトクルーザー、GO!」
ブレイカーマシンが夢幻界に走りだした。
「意外と何にもないね。」
星空のような光景の中をクルーザーが走る。リアライズの際に得たのだろう。いつの間にかに美咲は操縦方法を憶えていた。さしたる苦もなく、とまではいかないが彼女の思いのままにそれなりに動かすことができた。
美咲の感じたとおりあまり周囲の風景に目につくものは無かった。思いだしたかのように人の姿を見るが、他にはほとんど何も無い。
『当然です。』
どうやら状況にも慣れた小鳥遊が学者的な落ちつきを見せ、解説を始める。
『今の時間、寝ている人間などほとんどいません。いたとしても夢を見る暇もないほど疲れて眠っています。夜になればもう少し賑やかになりますよ。』「あ、そっか。」
『ま、退屈でしょうが、ブレイカーマシンに慣れるためと思って…… 私の計算ではまだ当分は
しばらく無人の荒野を進む。時間感覚が良く分からないが、それでも結構な時間が経過する。
何も出ないで少々退屈してきた美咲の耳に真剣味を帯びた小鳥遊の声が聞こえてきた。
『……ちょっと待って下さい。』
夢幻界をモニターしていた小鳥遊は装置が妙な反応を捉えたことに気付いた。人間の精神とは違うパターンを持つエネルギー反応。解析を開始する。
ほぼそれと同時に美咲の方でも画面の一つに変化が起きていた。
美咲の注意を喚起するように電子音が鳴る。モニターの一つに目を向けると自動的に光が点り、テレビで見るようなレーダースクリーンに変化した。
夢幻界だから東西南北がハッキリするわけではないが、斜め前方で光点が点滅する。
「なにこれ……」
呟きに反応して別なモニターに映像がでる。どうやらライトクルーザーは美咲の意志に敏感に察知しているようだ。
最初は黒い点にしか見えないものが徐々にズームアップされていく。拡大されるにつれそれが生物的なフォルムを持った何かであることが分かってくる。
大きさはクルーザーとほぼ同じと思われた。それだけで少なくとも現実に存在する生物ではないことが分かる。更に……
「尻尾が二本…… 全身に角かなぁ…… なんかいっぱいトゲトゲが生えてる……」
見たこともない生物に身を乗り出すようにモニターを覗いていて操縦の方がおろそかになっていた。
『美咲さん、接近しすぎです! そいつは…… そいつは夢魔ですっ! 離れてっ!』
「え……?」
突然、クルーザーに大きな衝撃がかかった。十数メートルの巨体が宙に舞う。錐揉み状態のまま落下し地面で一回バウンドする。
巨大生物の尻尾がライトクルーザーを弾き飛ばしたのだ。
クルーザーには一種の衝撃吸収装置が備えられていたのだろう。これだけの目に遭っても中の美咲にはそれほど伝わっていない。
「なにこいつ!」
上下逆さまのコクピット内で美咲が喚いた。レバーを掴みひっくり返った機体を立て直す。
ある程度距離をおいて巨大生物、いや夢魔と対峙した。しかし美咲の知識にはクルーザーによる戦闘方法はなかった。
「博士! どうするの?」
『ダメです! 逃げて下さい! 相手のエネルギーレベルはB。人間では倒せない相手です。』
「人間では…… 倒せない……
それこそダメだよ! 放っておいていいわけないよ……」
『しかし……』
「なんのためのブレイカーマシンさ! こうなったら……」
美咲はクルーザーを夢魔の方に向ける。レバーを握る手に汗がにじんだ。頬を汗が一筋流れ落ちた。
「ぶつけてでも止めてやる……」
自分に気合いをいれるためにもワザと大声を出す。
「行くよっ! ライトクルーザー、GO!」
……と、意気込んでは見たものの、直進性はともかく小回りの利かないクルーザーでは生物の俊敏な動きを見せる夢魔相手に苦戦、どころか一方的にやられていた。
体当たりをしようとしても簡単に避けられ、お返しとばかりに尻尾の攻撃に吹き飛ばされる。
「つう……」
頭を打ったのだろう、美咲の髪の生え際の辺りから赤いものが線を描いていた。無意識のうちに拭ったのか手の甲にも血がこびりついていた。
「負けられない…… こんなの放っておいたら夢や心を壊される人が出てくる……
ボクは負けられないんだ!」
美咲の心が光を呼んだ。ドリームティアが光を放った。
光は美咲を包み、コクピットを、そしてライトクルーザーを包み込んだ。光に押され夢魔が後づさる。
美咲の心にキーワードが浮かんだ。ためらわずにそれを言葉にした。
「ライトクルーザー、スタンドアップ!
チェンジ! フラッシュブレイカーッ!」
「ドリームティアが…… 夢幻界が彼女に力を与えているのか……?」
美咲の闘いの様子を見ていた小鳥遊が小さく呟く。光でホワイトアウトしたスクリーンの中心で何かが、いやライトクルーザーが姿を変えているのがおぼろげに分かった。
「そうか! そうだったのかっ!」
いきなり叫ぶと手近な端末に飛びつく。ブレイカーマシンのデータを呼び出すと3Dポリゴンで表示させた。
手元のマウスを操作して形状を変化させる。
「やっぱり……」
不意に湧いた仮説が確信に変わる。再びスクリーンに目を戻した。既に光量は落ちてきており、夢魔、そしてそれと対峙するマシンがシルエットで浮かんだ。
「これが…… ブレイカーマシンの真の姿か…… しかしこれだけでは……」
美咲は不思議な高揚感に包まれていた。まるで自分の中の秘められた力を呼び起こされたような感じだった。
光の中でクルーザーに変化が起きる。前半分が左右に二つに割れ、その先端部分が九十度上に曲がる。そのまま鋼の脚に変わる。
全体がフワリと宙に浮く。先ほどの部分を足とするならば腰から下が半回転し、クルーザーの底面が前に現れる。背中に当たる場所に亀裂が生じ、そこを境目に左右に開いた。それは腕だった。腕に密着していた肩のパーツが跳ね上がり水平よりも少し上で固定される。腕が伸び、金属の手が先端から現れる。
力強く拳を握りしめ、腕を上でクロスさせる。それを振り下ろした瞬間、首の位置から頭が現れる。
数秒の時間の間にクルーザーは巨大ロボット、フラッシュブレイカーに変形していたのであった。
(やった……!)
変形で向きが変化したコクピット。その中で美咲は自分の中に力が沸き上がるのを感じた。少女自身は気付かなかったが、それは俗に言うところの「自信」というものであった。さっきまでは乗り慣れないブレイカーマシンで実のところ動かすだけでも苦労していた。しかし今は人型のフラッシュブレイカー、彼女になら……
『ダメです! やっぱり逃げて下さい! さっきデータを確認したところ…… そのブレイカーマシンには固定武装がないんです!』
「大丈夫だよ博士……」
無意識のうちにバンダナを実体化させて血止めも兼ねて頭に巻く。
「武器なら…… あるんだからっ!」
美咲はフラッシュブレイカーを跳躍させた。目の前から目標を失って周囲を見回す夢魔に急降下の跳び蹴りを喰らわす。
手ごたえがあった。吹き飛ばされた夢魔が頭を振って身体を起こすが、さっきに比べ若干動きが鈍ったように見える。
その隙に美咲は夢魔の頭に軽く手をのせ、そこを支点に跳躍し大きく後ろにへと回り込む。すぐさまその長い尾を掴むとその巨体を自分を中心に振り回した。途中で無造作に手をはなすだけで夢魔の体は地面を離れ空に舞っていた。
その落下地点にすばやく移動すると全身の力と速度をのせて無防備な腹に
『すごい……』
小鳥遊がそれ以上言葉を継ぐことができず沈黙する。
ズズーン、と鈍い音を立て夢魔が落下する。その生命力は無限なのか、これだけの攻撃を受けても立ち上がってくる。そして今度は全身に生えた鋭い刺とげ状のものを伸ばし、更にそれをミサイルのように飛ばしてきた。
「うわっと!」
横に大きく飛んでその棘をかわす。
『気をつけて! うかつに殴ったらこっちが怪我します!』
「困ったなあ……」
何本も飛んでくる刺を避けながら…… いや、運悪く一本が太股にあたる部分をかすった。その瞬間、美咲の足にも痛みが走る。
「痛……!」
反射的に膝をつくフラッシュブレイカー。その機を逃さずに鋭い刺が襲う。
体勢を崩したせいか完全に避けきることが出来そうにない。まかりなりにも格闘家の美咲には悲しいことにそれが理解できていた。
(なにか武器!)
フラッシュブレイカーの手が虚空を掴む。無論何もない空間をだ。美咲は手の中に本当に武器があることを念じた。
(何か簡単な武器を…… 来てっ!)
(まただ……)
小鳥遊が手を触れてないのにドリームリアライザーが勝手に作動する。
(あの
外部からの、夢幻界からのアクセスでリアライザーはある物体を実体化させようとしていた。
(それとも、人間の精神力がそこまで低下してしまったのか……)
考えずにいられない小鳥遊であった。
手に現れた武器を風車のように回す。美咲の創り出したのは一本の
一斉に刺を発射したあとはどうしても隙ができる。その間に一気に間合いをつめた。
「突きぃーっ!」
鋭い棍の一撃が夢魔に当たる。二撃、三撃。突きの速度がどんどん増してくる。棍の勢いで夢魔がジリジリ後退する。
「百裂突きぃー! なんてね。」
突きを止めると、今度は棍で地面を強く突いた。それに合わせて高く跳躍する。落下する勢いに全体重を加え、すべての力を棍に乗せる。
一種の奇襲技で、しかも外せば致命的な隙を生むことになるが、それでもさっきの衝撃で動きの鈍った夢魔にはそれを避ける術はなかった。
気合いの声と共に放った一撃は確実に夢魔の頭と思われる部分をとらえた。さすがの夢魔も動きを止めた。しかしまだ倒してはいない。
(今だ!)
声に出さず叫んだ瞬間、再び美咲の心の中にキーワードが浮かぶ。直感的にそれがフラッシュブレイカーに秘められた力と分かる。
棍を手放し、間合いを開ける。両腕を腰だめに構え、わずかに腰を落とし、全身に力を込める。両方の肩と腹部のパーツに光がともる。光は徐々に強くなり、それぞれが隣のパーツに光を伸ばす。肩と腹部を結んだ光線は逆正三角形を描いていた。
美咲がキーワードを解放する。
「シャイニング・ホールドッ!」
三角形の光が回転しながら飛んで行く。まだ動くことが出来たのか、夢魔が身を起こしかける。そこに光がたどり着く。
光は最初、夢魔になにも影響を及ぼさないように見えた。光の三角は夢魔の頭部を何事もなく通過した。
しかし、身体の半分ほどに達したときにそれは停止し、まるでそこに封じ込めようとするかのごとく夢魔を逆三角形の中に磔はりつけにした。
「もう…… 目覚めの時間だよ……」
少し寂しげに呟くと美咲は胸よりも少し高い位置で腕をクロスさせた。フラッシュブレイカーも同じ動作をする。今度は両手の甲と額から光が溢れ出す。同様に光が伸びると顔の前で正三角形を形作った。
「イルミネーション……」
正三角形をたもちながら、そしてそれを弾き飛ばすように腕を振り下ろし叫ぶ。
「ブレイクッ!」
光が放たれた。狙い違わず夢魔に到達し、最初の三角と上下逆になった。二つの図形は
光のヘキサグラムが夢魔の内部に侵入するように集束し、そして内部で炸裂した。
声にならない悲鳴を上げ、夢魔はガラスの彫像のように砕け、破片は宙で空気に溶けるようにして消えた。
「……ふう。」
夢魔の痕跡すら見えなくなるまで美咲は夢魔のいた空間を凝視する。完全に視界からいなくなったのを確認すると小さなため息が美咲の口から洩れた。
緊張が解け気が緩んだのか、コクピットの中でいつしか少女の意識は闇の中に沈んでいた。
「あんな武器があったとは……」
小鳥遊の目の前で夢魔が消滅したところだった。
「まだまだブレイカーマシンには隠された能力があるようです……」
小さな電子音が小鳥遊を思考の世界から引きずり出した。その音が示すのは美咲の精神が現実世界に戻ってきたことだった。それと同時にブレイカーマシンも霞のように夢幻界から消滅する。
精神が戻ってきたから直に目を覚ますだろう、と思って長椅子に横たえられた美咲の方に目を向ける。
ねぎらいの言葉をかけようか、それとも手放しで褒めようか、そんなことを考えていると、しばらく時間が経ったのにも関わらず少女が目覚める気配がないのに気付いた。
慌てて計器の方を見るが、確かに彼女の精神は現実世界に戻ってきている。もしかして精神に何らかの異常が…… そう考えて青ざめる小鳥遊に微かな音が聞こえてきた。
スゥー…… スゥー……
それは少女の寝息だった。そのことに気付いて安堵し、ここで徹夜していたときに使っていた毛布をかける。そしてそっとその場から離れた。何となく女の子の寝顔を見ているのが悪いことのような気がしたのだ。
出来るだけ音を立てないように上がるとすっかり見違えたキッチンでコーヒーを準備する。
「ゆっくりお休み下さい。今日だけはあなたのおかげで悪夢を見ることはありません。」
褐色の液体の香りを楽しみながら誰にとでもなく小鳥遊は呟いた。
次回予告
??「は? 私に化け物退治をして欲しいですって? 失礼ですが、正気ですか? はあ…… これを見て欲しいと。分かりました。ここまでするとは敬服しましたわ。じゃあ、一回だけですからね。……誰、このおチビさんは? え? この子も……
夢の勇者ナイトブレイカー、第三話。
『
皆さん、いい夢をご覧になってます?」
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