第3話 旅立ちの朝

 北の宗都テラにある宗宮の一室に神官と巫女、守護者10名が集まっていた。それぞれ深妙な面持ちで腰掛けていた。

 神官が口火を切り話し始める。

「諸君、4年前、我々の巫女が何者かに殺されたことは記憶に新しいところだ。そして3年前、神樹のお導きにより新たな巫女が選定され、このたび無事に神樹の試練を乗り越え、正式に”北の巫女“になられた静香様だ。」

 巫女は、静かに立ち上がり一礼だけした。

 「本題に入る。ここテラへの襲撃は由々しき事態である。守護者諸君に問う。4年前の教訓がなぜ今回、生かされていないのか。」

 神官の言葉に守護者一同項垂れたまま悔しさを滲ませている。

 「今回の襲撃は、新たに選ばれた北の巫女を狙ったものと推察される。巫女は、生命の母たる神樹と我々とのパイプ役。奴らはこの国を混乱させ、巫女の実力を見定めるためにやったのではないかと思われるが、だが、なぜ宗都テラに入り込めたのか。そこが問題だ。皆の意見を聞きたい。」

 宗都テラは、生命の母たる新樹を護るべく作られた最後の砦なのである。幾重にも厳重なセキュリティーがかけられ、宗都への出入りは特別な許可が必要となる。空間魔法を阻害する特殊な結界も張られている。それが破られていることが事の深刻さを語っている。

 口には出せないが、敵と繋がっているものが守護者にいる疑いがあるからだ。

 誰も意見を言える者はおらず、沈黙の時間だけが流れる。

 「神官様、今日はお開きとしませんか。」

 「巫女様、今何と?」

 「今日は、これまでとしませんか。守護者の方々は、これまでもよく働いて頂いています。襲撃者は撃退されていますし、これからのことは焦らず考えていきましょう。」

 巫女は、優しい笑みを浮かべ一同を見つめる。

 張り詰めた空気が薄れ、守護者達は顔を上げた。





 早朝の涼やかな風が孝太郎と凛を優しく包んでいる。義父母宅からほど近い場所に月姫神社があった。手入れが行き届いた境内は、信心深い地元の人達からの愛が感じられた。

 昨夜の義父母との会話を孝太郎は思い出していた。

 『静香は、この神社の本殿の前に置かれていたと言っていたな。居なくなった時も本殿の前で見つかったと。』

 月姫神社は、本殿が東向きに立てられ、朝7時頃の太陽の光が鳥居から真っ直ぐに本殿を照らす造りになっていた。

 「凛、大丈夫か。」

 孝太郎は、娘の車椅子を本殿に向け押しながら優しく問いかけた。

 「お父さん、心配しなくても大丈夫。」

 「凛、今からお父さんがやることを、不思議に思うかもしれない。だが、お父さんを信じてくれないか。」

 「うん。」

 「静香と凛は、私のかけがえのない宝物だ。静香が突然、居なくなり方々を探し回ったが、手掛かりさえ見つからなかった。凛が原因不明の病にかかり目の前が真っ暗になった。だが、偶然見つけた古文書に静香の手掛かりと凛の病を治癒できるかもしれないヒントがあった。昨夜、静香の両親から話しを聞いて、これに賭けたくなった。」

 「うん、大丈夫。」

 「凛のネックレスをお父さんに貸してくれないか。」

 凛は、母が残してくれたネックレスを父に手渡した。孝太郎は両手で包み込んむようにして受け取った。

 孝太郎と車椅子の凛は、本殿の前に着いた。

 「凛、お父さんを信じて離れないように」

 「うん。」

 孝太郎は、本殿の前で鳥居方向に向き直り、凛の右側に立ち、左手で凛の右手を握りしめた。凛は、左手を胸元で握りしめ祈るように呟いた。

 「ルナ、いるんでしょ。」

 「いるよ。大丈夫だよ。」

 淡い翠色の光が、凛の胸元で光る。

 孝太郎は、ネックレスを右手で空に向け掲げた。

 時間は、ちょうど7時。

 鳥居から差し込む太陽の光が、ネックレスの翠色の水晶に降り注ぐ。水晶は、光を増幅し本殿に翠色の光が差し込んでいく。

 すると本殿から機械音が聞こえてくた。

 『入国が許可されました。』

 『ただいまより手続きが行われます。そのままお待ちください。』

 孝太郎と凛の足元に魔法陣が描かれ、天空へと光の柱が立ち上る。

 刹那、光の柱は光の粒となり霧散する。

 その場には、孝太郎と凛はおらず、車椅子だけが残されていた。

 静寂が戻り、普段と変わらない、涼やかな風が鳥居から本殿に向け吹き込んでいく。

 














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