第一章『始まりと灰の世界』
第1話『少年とマルス』
▶loadin*...
▷access code (C*a**n)
▶setu* n*w...
▷con*ection fail*d
▶ac*ess code (reboot)
▶setup now...
▶... ... ..
▷connection complete
▶hello guest.
頭が、割れるように痛かった。
そしてそれと同じくらいに、刺すような片頬の冷える感触が、五感で最も主張していた。
瞼を開くと、世界はおよそ九十度ほど回転していた。
視界の半分は、綺麗に
四肢は動く。関節を捻ると、それに合わせて多少の軋んだ音を立ててこそいるが、最低限の五体満足を確認できた。ゆっくりと立ち上がると、
彼が周囲を見渡そうとした瞬間、視界の至る所に意味不明な文字や用途不明のグラフが独りでに浮かび上がる。
▶ Language optimization in progress...
▷......
▶音声言語の最適化が完了しました。***語に変更が完了しました。
▷当機体の状態を確認中…。
▶マザーシステムへの接続に失敗しました。ローカル設定へ移行します。
▷接続ステータスをlocalに変更完了。
▶現在地点:工廠(一般)
▶座標:不明
▶周辺稼動機器:無
▶状態:老朽化(跡地判定)
▶現在時刻:不明
▷視覚デバイスより確認。夜間に設定完了。
▶外部デバイスの状態
▷装甲:損傷大
▷全身に強く打ち付けたような損傷
▷ウィング部:損傷大
▷歩行:可能
▶内部デバイスの状態
▷記憶デバイス:損傷大
▷通信デバイス:損傷大
▷自己修復プログラム:使用可
▶自己修復プログラムを開始しますか?
▷Yes.
▶バックアップデータと機能する残存パーツから、必須部位及びプログラムの自己修復を試行開始。修復完了まで:推定三週間。
──溶けた鉛が型へと流し込まれるように、頭の中に無数の情報が流れ込んできた。浮かび上がった文字の羅列はほとんど理解できなかった。情報が流れ込んだ反動で激しい頭痛は更に強まったが、しばらくしてそれも和らいだ。これも、自己修復プログラムとやらの
唯一身に付けていた
目的地は無かった。
故に、彼は歩いた。白い床に散乱したガラス片や錆塗れの金具は、裸足の彼の柔肌を酷く傷付けたが、当人は気にする素振りすら見せずに歩き続ける。しばらく歩きまわり、彼はこの工廠について一通り把握できた。
工廠内には、稼働している機器は一切見当たらなかった。そして、自分以外の生命体の痕跡も無かった。楽観的かもしれないが、彼はこれらの情報から工廠内は安全が確立されているものと判断した。
加えて、もうひとつ得た情報があった。厳密に言うと、たった今新たに得た情報だった。それは、足元に転がっていた。
彼は、廃材や瓦礫に紛れて転がっていたそれを、両手で拾い上げた。埋め込まれたふたつのガラス玉に、半開きの顎のようなパーツ。半球体のそれはまるで──。
「……ロボット?」
少年じみた幼い声で、彼が呟いた。その直後だった。
「いらっしゃいませ」
背後から、声がした。
そこにいたのは、ロボットだった。影が彼を覆ってしまうほどに、背が高い。
そいつは人型と言われれば人型だが、首が長く脚が太いので、首長竜やヤシの木を象ったものにも見えた。不定形で、幾何学的。数多を寄せ集めたような奇怪なロボットだった。
ギョロギョロと光る目が彼を見下ろし、じっと見つめる。動向がまるで掴めないロボットを前にして、彼は頬を引きつらせて目を見張り、本能的に一歩、後退りをした。
しかし、そこで彼はふと気が付く。
「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいマせ」
「イラッシャイマセ」
長身のロボットの後ろから、同じような口調で機械的に言葉を発するロボットが、ぞろぞろと近付いてきていたのだ。
否。それだけではなかった。
「お疲れ様です」
「お疲れ様……ス」
天井近くに見える、割れた窓ガラスや排気口──至る隙間から、湧くようにロボットが次々と姿を現す。それらは、瞬く間に彼を囲っていき、彼は逃げる暇すら与えられずその場に留まっていた。
敵意は無くとも、少なからず警戒されているような空気感が張り詰めていた。
彼は唾を静かに飲み込み、視界に収まる範囲のロボットの動きを絶えず見張る体勢をとった。ロボットの群れは、彼を覗き込もうと身体を左右に揺らす者や目をギラつかせる者と、いずれも意味不明な挙動を繰り返しており、同時に彼と一定の距離を保ったままそれ以上近づいては来なかった。意味不明だと言わんばかりに、彼は眉を潜める。
「……何なんだ、一体」
《オペレーションシステムの自己修復完了。システムを起動します》
「うわっ!?」
唐突に聞こえてきた低い声に、彼は思わず肩を大きく揺らして声を上げた。辺りを見回す。しかし、それらしい者の存在はどこにも無かった。
すると、再び同じ声が聞こえてきた。
《驚かせてしまったこと、深く謝罪致します。私は、戦闘ロボット用オペレーションシステムのマルスと申します。以後、お見知りおきを》
「オペレーションシステム? ……どこから僕を見ている?」
《はて。頭の中、と申し上げるのが適切でしょうか》
「成る程、訳が分からない」
《一先ず、今は現状を打開致しましょう。詳しい話はそれからです》
「現状を打開?こいつら全員倒すってことか?」
《この場を離脱するのです》
離脱。マルスの提案に、彼は改めて周囲を見渡す。
ロボット達の手元に、武器の類は一見見当たらない。しかし、それはこちらも同じだった。こちらは武器どころか、羽織った襤褸一枚しかない。対して相手は、ほとんど情報が掴めていない。容姿。知能。移動方法。何もかもが予測できない。もしかすると、あの腕が斧やら銃やらに変形する可能性もあるだろう。あの硝子玉の目から光線を射出する可能性だってある。未知数な相手には無駄な抵抗をしない方が身の為だと、彼の本能が語っていた。
「打開、と言っても……打開するには情報が少なすぎる。それに、このロボット達は、ただ行く手を阻んでいるだけで、僕に敵意を持っているようには見えないじゃないか。このままじっとしていれば、もしかしたら勝手にどこかに行ってくれるかも……」
《ロボットである以上、意味のある行動をとっていることは間違いありません。実は、こうしている今も何かのために時間を稼いでいるという可能性が考えられますので、早急にこの場を離れるのが最も得策でしょう》
「……じゃあ、どうすれば? やっぱり戦うか?」
《いいえ、逃げの一択です。アイライトを最大出力で照射したら、彼らの包囲が手薄な左後方へと向かって走り抜けてください》
「アイライト? それってどうやれば……」
《アイライト、照射します》
「は?」
マルスがそう言うと、途端に強い熱が目頭に集中して込み上げてきた。眼球の裏側で何かの回転数が上がるのを感じたのと同時に、熱源から落雷のような激しい閃光が辺りに放出された。
「があああああああっ!!」
「熱い、熱い!! 何だこれ、何だこれ……ッ!」
《俗に言う、目潰しです》
「僕の目も潰れてるんだよ……!!」
《それは、予定外でした。おそらく、視覚デバイスを保護する機能が損傷していたのでしょう。しかし、周囲のロボットも同じように目が眩んでいるはずです。熱源感知を頼りに、包囲網を抜け出しましょう》
「……よく分からないけど頼むよ」
《前方にロボット三体の熱源を確認しています。現在の歩幅と速度のまま、進路を左向きに三十度ほど修正してください》
彼は、言われるがままに向きを変えた。
走り抜ける最中、はためく襤褸が一瞬、何かに触れる感触がした。マルスの言う熱源感知とやらが正しく機能していたとすればおそらく、三体のロボットのうちのどれかを突破したのだろう。
「で、その熱源感知って何だ?」
《次は右に四十五度、進路を調整してください》
「はいはい……」
説明は後、ということらしい。
指示通りに走り続けたところで、ようやくロボット達の声が遠く感じるようになった。
潰されて真っ白になっていた視界も、薄らではあるが段々と回復していることに気が付く。
ちょうど目先に、一本道の通路を輪郭だけ捉えた。彼は、走る速度を速める。
《この部屋を抜ける道は、これまで通った道が後方にひとつと、目の前のひとつのみです。来た道には屋外へと繋がるルートが無かったので、そのまま手前の通路を抜けましょう》
「言われずとも、そうするつもりだよ」
《現状不要なパーツから即席ではありますが、滞留フレアを作成致しました。身を隠してやり過ごす際にご活用ください》
「フレア……って?」
《もし使用する時が来たら、説明致します》
マルスの言葉に、片眉が下がる。
「……また、身体のどこかが発熱したりしないよな。それ」
《生き延びるためには、多少の苦痛が伴うものです》
「つまり、伴うパターンなんだ……あのさ。それってどうにか、手投げできるやつとかそういう──」
彼が文句を垂れようとした時だった。
後方から、一際大きな炸裂音。直後、例えようの無い激痛が、彼の左足を駆け抜けた。
彼は、声を上げる間もなく、前のめりにその場に崩れ落ちた。
「い……っ、た……!!」
《左
「言われなくても大体分かるよ、くそ……ッ!」
立ち上がろうと左足に力を込めるが、激痛に脳からの信号が遮られて、思うように動かなかった。
仕方なく、残った右足と両手を支点に、身を
「くそ、痛い……ッ何でだよ。ロボットなんだろ、僕は。これじゃあ、ロボットだか、ヒトだか、分からないじゃない、か……畜生、動けよ……どうにかしろ、マル……」
ぼやける視界。近付く複数の足音。身体中に広がっていく、痛みと発熱。
まもなく言葉を発する気力も枯渇した少年の聴覚デバイスは、痛みに喘ぐ自身の声と、被弾部のどこかがショートする、バチバチという音ばかりを拾っていた。
薄れゆく意識の中で、とうに聞き飽きた丁寧な口調の声が、近くに聞こえた。
「お疲れ様でした」
何かに抱えられたような感触があった。そんな気がした。
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