失踪作者が執筆再開に至る経緯
はやを
ただいまカクヨム
僕は歩いた。歩くとアイデアが思いつくというネットコラムを鵜呑みにして、埃まみれの自室を歩いていた。
(――を?)
そしてホントに思いつく。ダメダメ過ぎる大学生を、可愛い女子高生が延々と肯定し続けるお話。承認欲求に飢えた現代人にはもってこいの筋書きだ。
善は急げ。急いで買ったばかりのノートパソコンを起動させ、オフィスソフトに灯を入れる。ページを横向きにして縦書き設定。行数と文字数を40×40に。ついでイヤホンをスマホに繋いでBGMを流す。これで準備万端。僕はキーボードを叩き、脳内の書き出しを出力した。
「……ありゃ?」
手が止まる。冷静になった頭が文字切れを伝えてくる。39行が空白の画面。イヤホンはまだ音を流している。僕はとりあえず椅子から立ち上がり、ぐるぐると部屋を歩き出した。
数秒そうして椅子に座りなおす。キーボードに手を乗せ、一行目を再確認した。
『幼馴染が僕の部屋で、チアガールになっている。』
改行してちょっと考える。さて、これから何を書こうか。耳を叩く音楽を歌い上げながら、カタカタと指を動かす。
二個ほど会話文を作って限界がきた。最近覚えたショートカットキーで文章を全範囲指定。そのままデリートキーをカチリと押す。僕は画面が真っ白になったのを確認して、保存もせずにソフトを終了した。
まだ心地よい音楽が鳴っている。僕はイヤホンを引っこ抜き、スマホをロックした。そうしてベッドへ崩れるように寝転ぶ。すると、枕元に本があることに気がついた。何の気なしに手にとってページをめくる。一瞬で嫌になった。適当に税抜き800円の置物を元の場所へ放り投げる。
(……また同じことしてる……)
ふとデジャブを感じ、これが昨日のループであることに思い至った。ここ最近ずっと同じだ。歩いて、ちょっと文字を書いて消し、ベッドで不貞腐れて、また歩き出して。繰り返しはギャグの基本だ。そう言ったのは伊藤計劃だったっけ。
僕はスマホを取る。何となくツイッターを開いてタイムラインを見ると、知人たちがつまらない呟きを残していた。ご飯を炊き忘れた、カラオケに行く人募集中、ライブに行ったら金銭難でワロタ。そこに文芸はない。毎日見たような気もする、くだらない文章の数々でしかない。
だが、それは書き残したい出来事を持っている、リア充たちの言葉だ。
僕は嫌な気分になった。それで何がどうなるわけでもないのはよく知っていたから、余計に嫌な気持ちが増大した。腹いせ混じりにスマホを放り、ベッドから抜け出す。そうして僕は歩き出していた。
とはいえ、流石にさっきの今で何かを書く気にはならない。起動しっぱなしのパソコンに向き直った僕は、ネットを開いてブックマーク欄を開いた。これまたお決まりの巡回だ。膨大な数のブックマークの中から、今日は何を見直そうかと考えながら目を通す。
「……ん?」
懐かしい物を見た。スクロールする指を止めて件のブックマークを見返す。遥か昔に作ったフリーのメールアドレスが、忘れられた哀愁を放っていた。
新しい小説投稿サイトができるというので作った登録用アドレス。確か案の定爆死して、一作品限りで失踪したやつだ。苦い思い出のはずだがそういう気分は特にない。こういうのはよくあることだ。ブログを書いて飽きて、ツイッターで呟いて飽きて、他のサイトで活動して飽きてが、この数年の日常なのだから。
そういうわけで、僕はメールアドレスのページへ飛んだ。ひょっとすると何か知らせがあるかもしれないからだ。
「――えっ」
新着報告があった。一年前の作品に。レビューがついたという。たった二ヶ月前という最近に。
僕は無表情でURLをクリックした。
一年ぶりのマイページ。フォロワーがなぜか二人いる。無視してレビュー欄へ。
二件もあった。意味がわからない。僕は無心でレビューを読む。
「……ふむ」
短いレビューだから、数秒で読み終わった。それでも僕は信じられずに、何度か同じ文を読み返す。
いつのまにか、小説管理ボタンをクリックしていた。戸惑う間も無く新規作成ページに行ってタイトルを入力。僕は黙ってキーボードを叩く準備をした。
描くべき話は決まってる。僕はまたWEB作家に戻った。
失踪作者が執筆再開に至る経緯 はやを @hayawo0020
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