#84 Addictive

「WAVE!!」


 大野碧の言葉を待つ前に杖を振っていた。同時に彼女の座る『8』席番のトグルスイッチが毒針を突出させるように信号を走らせる。

 大野碧もまた体を痙攣させ、やがてぐったりと動かなくなってしまった。これで五人目。残る十数名のほとんどはサクラ、そして伊谷信也と藤森千紗両名を含む一般参加者だ。ここまで被害者を出すつもりはなかったが、どうも聞き分けのない客が多いので、無理矢理その口をふさぐ強引な手を使ってしまった。相変わらず彼らは俯いて頑なに私と目を合わせようとしないが、心底私の〝魔法〟に畏怖しているわけではなさそうだ。大野夫妻の死によってさらに疑心を強めた感もある。


 それにしても大野碧の『天井裏の明かり』という言葉が気になる。私が毒針を打ち込む数秒の間に伝えんとした言葉だ。多くを語るつもりはなかったのだろう。そういえば大野夫妻はしきりに天井の方を見上げていた。その時は直面した死に憂いているのだと思っていたし、大野貴一の言い残した『あかり』はてっきり彼女の名を呼んだものと思っていた。しかし、違った。それは大野碧に託されたメッセージだったのだ。彼女はそれを『天井裏の明かり』と言い換えた。彼女たちは一体何に気付いたんだ……。

 サクラは皆知っていることだが、この洋館はマジカル・ジャーニーのためだけにイー・トラベルが建てたものだ。一般参加者を魔法の世界に誘うための仕掛けがあらゆる場所に仕込まれている。壁の向こう側は全部キャストルームだと思っていい。

 しかし――。


「……」


 私は天井を見上げる。ここから見る限り異変はない。

 そもそも天井裏の明かりにどうやって気づく?天井裏のスペースについてはからは何も聞かされていない。石波と徹田からも聞かされていないし、彼らも知らなかったはずだ。


「ぐすん、ぐすん……」


 子供の鼻をすする声が聞こえて、私は巡らせた思考の糸を切る。

 いずれにしても情報量の少ない今、見えない答えを探し当てようとするのは時間の無駄だ。今すべきことは彼らを篭絡すること。いち早く魔法の力を信じ込ませなければいけないのだ。


「全く、困りましたね。どうして目の前の出来事から目を背けようとするんですか……?ねえ皆さん?」


 反応はない。


 ……不味い。このままでは彼ら全員を手に掛けなければならなくなる。からからに乾いた貧相な私の良心がひょっこり顔を出す。

 

 はこの現状をどう見るだろうか。

 きっと私に人を殺せるわけがないと高をくくっていたはずだ。だから予想以上の収穫に喜ぶことは間違いない。だがはきっと「まだ足りない」と言う。この洋館に転がる遺体が多ければ多いほどにとっては都合がいいからだ。

 私は石波と徹田を殺めることが出来ればそれで良かった。だから最低二人と言っていた。蓋を開けてみればこのザマだが、それでも心のどこかで彼女の暴走を止めるストッパーになればと思っていた。一連の計画を企てたを心ひそかに崇拝する一方で、考えが甘すぎるという二律背反の思いが錯綜していた。複雑な人間関係に方法と動機を上手く組み合わせる見事な殺人計画は外見上は美しさを備えている。信じる者は救われるという姿の見えない神の導きによって全ての罪が正当化される。〝魔法〟という特殊な殺害方法は血腥い動機をその神秘的な眩きの中に置いて目を眩ませる。

 だが、その〝魔法〟という方法を採ったからこその危うさがある。我々の生活に身近な〝マジック〟という安価な奇術を傍に置いたことで〝魔法〟は贋作の持つ胡散臭さを纏ってしまった。参加者は神を信じる迷える子羊ではないから、旅行という形で人を集める以上、そうせざるを得なかったのは分かる。ルービックキューブはある一面の色を揃えようとスライドさせれば、別の一面の色が変わる。だから、マジックに頼らず魔法を信じさせようとすれば、今度は参加者を選ぶ必要がある――例えば魔法に縋ってでも危難を避けたいという信心深い人間など。それは計画の意図にそぐわない。つまり、この計画は構造上無理のある、〝魔法〟の一本柱に頼った危ない橋渡しなのだ。

 それでもの計画の片棒を担いだ。それだけ無茶な計画と分かっていながら。頭の中では分かっていながら、私はに従った。


 なぜか――。


 それは私自身が〝魔法〟の魅力に憑りつかれているからだ。


 〝魔法〟を使うたびに得られる満足感と、満たされる征服感。

 小学生の頃、私は身も心も一人の魔法使いになっていた。大嫌いなニンジンやピーマンは瞬きをすれば目の前からすぐに消えた。嫌いな宿題も手を付けないまま机の上に置いておけば、夜中の間に召使の妖精が現れて代わりに仕上げてくれた。そんな私が最初に覚えた〝魔法〟は離れた場所からテレビの電源を入れることだった。指を一振りすれば、音量の上げ下げも、チャンネルを変えることも出来た。結局それは陰でリモコンを操作していた姉の存在があったわけだが、あの時の感覚が忘れらず、しばらくは姉に教えてもらった通り、足下にリモコンを置いて指を振るのと同時にスイッチを押していた。〝魔法〟を使う感覚がたまらなく癖になっていた。

 エアガンで遊んでいた当時だ。今にしてみればあの感覚と似ていたのだと思う。まだエアガンという玩具が世間に広く認知されていなかった頃、私は公園でひとり遠くの木々や葉っぱに向かって撃ち、さらには鳩や雀のような動物まで標的にしていた。引き金一つ引くだけで、対象にを与えた。葉を穿ち、鳥は傷を負った。

 それは手を使わずにテレビの電源を入れる〝魔法〟と似ていた。

 それは手を使わずにドアを閉め、手を使わずに人を死に至らしめる〝魔法〟とよく似ていた。

 だから私はやめられない。

 杖を振るだけで物や現象、そして人でさえも思い通りに動かすことができる。こんな経験、人生を何回繰り返せば巡り合えるというのだ。こんな機会、逃すはずがあるまい。だから多少リスクはあってもの計画に乗った。


「白居さん」


 呼んだのは伊谷信也だった。


「なんですか?」

「少し落ち着きましょう。人はパニックが常態化すると正常な判断ができなくなるものです。このままでは誰もあなたの言葉に耳を貸すことができない」


 正常な判断ができては困る。だからこうやって一人ずつ見せしめにしているのだ。


「お話になりませんね。私は貴方達に命令しているんですよ?信じろ、と言っているだけなんです」

「我々は信じたいものを信じる生き物。現実の宗教でもそうです。信じるものを信じ、信じないものは信じない。決して相容れないものなんです。だから魔法のような非科学的現象を信じられない人が、貴方の言葉を信じることはありません」

「……それは、もっともです」


 私がそう言うと、伊谷信也の強張った表情がホッとした。


「それなら――」

「?」

「その私の言葉を信じる者だけを差し出してください」

「それは、無理です。私は皆さんが何を信じているのか分からない」

「分かりました。なら貴方の答えを聞かせてください」

「私の、答え……」

「信じるのか、信じないのか、どちらかです」


 返答次第でどうなるか、案じて伊谷信也はゆっくり目を閉じた。


 ああ、だからこの瞬間がたまらないのだ。


 指を振って、リモコンを足の指で押した、あの日と同じように――私はまた杖を構え、足下の配線板につつつとつま先を伸ばした。


 

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