第17話
「なんであんなところで服なんか乱してたの?」
「ッ……」
どうやら地雷を踏んだのか、声や表情には出さないが、一瞬だけ激しい動揺が見れた。
今も無意識なのか、先程までの明るい雰囲気を完全に焼失しており、今は手荷物バーガーを支える程の気力も僅かなのか、だんだんと回転するように地面へと向っていく。
「まさか先生にあんなことをやられたってわけじゃないだろ?」
聞いてみれば、やはりと言うべきか、小さく頷いた。
先生がやったのならば、あの場に発情期のサルのように教師が固まることをせずに、事件の究明を間逃れるために、強姦を行った教師が、その最中の動画や画像をカメラなどに収め、データの媒体として配布、または拡散をするはずだ。
でなければ卯豆の周りに、クビという危険を冒してまで群がることの説明がつかない。
ならば誰なのだろうか。
思考を深くするために、顎に手をつけていると、どこからか流れる何かが擦れる音に意識が戻された。
「ん?」
見渡してみれば、どうやら音の発生は卯豆の手に持つバーガーを包む袋からだ。
自然と手に入れる力が強まるのか、腕も小刻みに震えており、明らかに平常心ではないことが分かる。
そんな卯豆が垂れる髪を耳にかけると、口を開いた。
「やったのは……私の彼氏。元だけど」
元。きっとそれは元彼とかではなく、付き合っていた彼氏にやられたから、今その付き合いを切ったのだろう。
それだとしても、元をつけるほどなのならば、何の未練も何もないのだろう。
その証拠にとでも言うべきなのか、先程から虚空を見つめる目には、苛立ちを帯ているようにも見える。
そんな卯豆は食べ物にあたるように、チョビチョビを食べるのをやめ、バクリとカビ率板。
「あなたもしっているでしょ? 私の彼氏。あいつがまさかあんなことをしてくるなんてね……いい人だったのになぁ」
自傷気味に呟く卯豆を見ていると、何故か心ふが満たされていく気分になり、自然と頬が緩んでしまう。
それに気付いてか、卯豆が冗談ほのめかすことを言ってきた。
「君、見かけによらずにいい人そうだしぃ……私貰っちゃおっかな?」
唇を舌でなぞりながら言ってきた。
背に虫唾が走るような嫌悪感。
きっと言った本人は知らないのだろう。
今彼氏候補に誘った人間が、虐めている相手の彼氏で、かつそのいじめを知っていることを。
溜まっていく怒りに比例し、この事実を早く行ってやりたいという欲求が増し、思わず口端が震える。
それを隠すように椅子を立つと、窓の前に立つ。
「お前はさ。茜、関城茜を知っているよな?」
手を上げ、鍵を開け、窓を開く。
外からは、風が拭けば届いてくる校門前の騒動で、罵詈や、怒鳴り声、楽しそうな雰囲気を孕んだ子供のようにはしゃぐ声などが押し寄せ、未だに騒動が治まっていないことが分かる。
「うん、その子は知ってるけど。なんで?」
――ッパキ。
窓枠に着いていた手でレールを握る。
驚くほどの力なのか、金属からは、不穏な高い音が仕切りになり、歪みだしている。
「俺は知っている。茜とは誰か。そしてお前がやってきた、茜に対しての愚行を……」
――ッパキ……ッパキ。
手からは余る力で圧迫され、充血した血が垂れ、地面に滴る。
だがそんなことには気も向けずに続ける。
「俺は感じている――茜の『痛み』を」
時が止まったように無が訪れた。
そして刹那。
「あはッ、あははは、あははは!」
甲高い哄笑が訪れた。
不規則に乱れる呼吸を間に入れ、笑い続けている。
「痛みを知ってる? お前は女か!? お前は関城なのか!? あいつに何しようと私の勝手でしょう?」
すると、白いカーテンが揺れ、大きな風が保健室の中に入ってきた。
風は声を運び、今まで以上にはっきりと耳に入る。
扇情的なセリフを並べては演説をする者や、怒り狂うように怒号を上げるもの、はたまた盛り上げるように焦るようなカウントダウンを叫ぶ声などが入ってくる。
さすがに正確な内容までは聞こえはしないが、卯豆にもノイズ程度には聞こえているのか、高らかな哄笑を止め、聞くことに集中している。
「この騒ぎ、なんだと思う?」
「……さぁ。私が知るわけないでしょ?」
そっけない態度で返された。
別にそれに関してはとやかく言うこともしなければ、答え方は人それぞれだろうと納得も出来る。
だが返してきた返答の内容に俺の堪忍袋の紐を切らした。
「ここで一つ、お前に言いたい事がある。お前を助けたのは茜だってことをだ」
「っは? なんであいつが?」
驚く、といったよりも、不思議がるという反応が返ってきた。
「ま、そうなるのか」
意識が殆どない状態で行われた事など、憶測ですらも予想は出来ない。
むしろ出来るはずがないといったほうが正しいと感じられるほどだ。
だから何故、という疑問が俺の中に浮かんだ。
考えれば直ぐに分かるはずのものだったのだが、何故俺は茜が卯豆を助けた意味が分かっているのかと問いたのか。
「何故茜がお前を助けたのか」
きっと自分でもこれはあてつけという事に気付いてはいるのだろう。
だがそれを認識、受け入れることが出来ない。
今までたえてきていたはずなのに、何故いんなになってここまでの憤りを覚えていたのか。
俺にはわからない。
「きっとそれは俺にすらもわからない」
だが。
それでも一つ。
「一つだけいえることがある」
――俺が茜の彼氏だったからであること。そして。
「アイツが優しくて、お前が流して遊んでいる、不良みたいないけ好かない人間やないってことだよ」
静寂が流れる。
思い返してみれば、俺が言ったことは、一つの事実であり、卯豆にとっては何の意味も、なんの響きにもならないこと。
卯豆は茜のことを全くと言っても理解の上で遊んでいたのだ。それが、今茜の内面が知れた。
それはただの自象であり、卯豆にとってはあってもなくても関係のないものだ。
「フッ。それがどうしたの? 私には何も関係ないじゃない」
想像したとおりの返答だ。
それ故、俺の頭に血をたぎらせた。
それも女に手を上げてしまう程に。
真っ青に染まった手をレールから話すと、確かめるように何度か開閉を繰り返し、握り締めた。
「え? な、なに」
ぎゅぎゅぎゅと凝縮を繰り返す脂肪に埋もれた筋肉を固め天へ掲げ、視線を卯豆にあわせる。
「アイツがどんな惨めをしてお前を助けたか」
「そ、そんなの渡しは頼んでないしッ」
溢れてくるのは卯豆への憤り。そして自分への嫌悪。
誰かに手を上げようとする、女の手を上げようとする自分にすさまじい嫌悪が襲い掛かってくる。
だがそれでも別に良いだろう。
だって。
――ただただそれが愛おしいのだから。
一呼吸つけると、俺は拳を振り下ろした。
笑顔を浮かべながら。
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